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第一章 婚約者と母の裏切り

22.あくまで冷静に

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「……随分と久し振りに会うような気がするな、アメルタ」

 私達とお母様との間にあった沈黙を破ったのは、お父様だった。
 彼は、ゆっくりと一歩前に出る。そして上着を脱ぎ、それをお母様に投げ渡す。
 渋々といった感じで、彼女はそれを羽織った。こんな状況であるというのに、それでもお父様はある程度お母様のことを気遣っているようだ。

「結論から言わせてもらおう。お前とは離婚すると」
「……ええ、それで構いませんよ」
「なっ……」

 お父様の言葉に対して、お母様はとても端的な返答を返した。
 その内容に、私は思わず声をあげてしまった。あまりにもあっさりとし過ぎた――反省の色が見えない言葉に怒りを覚えたからだ。

「……しかし、参考までに聞かせてくれないか。一体お前は、いつから私に愛想を尽かしていたのかということを」
「……さあ、いつだったでしょうか? あまりよく覚えていません。いいえ、そもそもあなたに愛情を感じたことなどなかったのかも」
「なるほど……だがお前は、少なくとも良き母ではあったはずだ。アルメアに対する愛情はあっただろう? それなのにどうして、その婚約者と関係など持ったのだ?」

 お父様は、あくまで冷静にお母様と接していた。
 当然怒りは覚えているだろうに、とても落ち着いている。故に私は、出てきそうになった言葉を収めざるを得なかった。
 ここは恐らく、お父様に任せた方がいいのだろう。子供の意見は、後で聞かせればいい。そう思って、私は隣のイルルドの手をそっと握る。

「……見届けよう、姉さん」
「ええ……」

 それだけイルルドは、全てを察してくれた。
 彼は力強く、私の手を握ってくれている。それだけで私は落ち着けた。
 きっと、それはイルルドも同じだったのだろう。彼の表情が、少し緩んだのを私は認識した。

「仕方なかったのよ。リビルトは、私に随分と惚れ込んでいたみたいだし……断ると悪いと思ってしまったの」
「それが、どれだけ罪深いことかわかっているのか?」
「人を愛することに、罪があるというの?」
「真っ当に愛し合いたかったのなら、筋を通すべきだったのだ。それがわかぬ程子供ではあるまい。結局の所、お前達はお互いにそれが一時の火遊びに過ぎないと思っていたのだろう。お前は自分が、本命でないことをわかっていたのだ」
「ち、違う。私は……」

 お父様の言葉に、お母様は動揺していた。それは恐らく、その言葉が図星だったからなのだろう。
 そういえば、お母様は家から出て行く前はリビルト様から一歩引いた態度だった。それは彼女のいわば保険だったのだろうか。
 いざという時、あれは本気ではなかったと自分を納得させられるように、備えていただけだったかもしれない。そうだとしたら、あまりに哀れで愚かなような気もするが。
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