失踪した婚約者の連れ子と隠し子を溺愛しています。

木山楽斗

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3.響き渡る怒号

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「……ふざけないでください! あなたそれでも……」
「ふん! ふざけているのはお前の方だ!」

 メイドのクルネアさんと一緒に客室から出た私は、聞こえてくる声に少し驚いた。
 なんというか、誰かが言い争っているといった感じだ。何かあったのだろうか。少なくとも一人の声は、ヴォルダー伯爵の声であると思うのだが。

「クルネアさん、この声は……」
「申し訳ありません。どうやら、話が少々拗れているようですね……しかし、お気になさらないでください」
「えっと……」

 焦っている私とは対照的に、クルネアさんはとても冷静だった。
 彼女は、声を気にすることもなく歩き続ける。メイドとして、それはとても正しい姿だ。
 ただ、いくらなんでも動揺しなさすぎではないだろうか。私は少し気になっていた。

「あの……ヴォルダー伯爵は、気性が荒い方なのですか?」
「……それは私には答えかねます」
「ああ、それはそうですよね。すみませんでした。でも、誰にも言いませんから少し教えていただけませんか? こういうことはよくあるのか、とか……」

 私は、一応これからここで暮らしていくことになる。
 気は進まないが、そのためにはヴォルダー伯爵のことをある程度知っておいた方がいいのは事実だ。
 故に私は、クルネアさんに問いかけた。周囲には特に人は見当たらないし、これなら彼女も答えてくれるのではないだろうか。

「……気性は荒いといえるでしょうね。あの方は、まともな人ではありませんから」
「……え?」

 そんな私は、クルネアさんからの予想外の返答に思わず驚いてしまった。
 彼女の声色は、今までと違う。とても暗く、重苦しいものだ。

「あなたも気を付けた方がよろしいかと。立場上、中々難しいかもしれませんが……」
「え、ええ、それはそうなのですが……」

 クルネアさんの態度は、なんというか歪であるような気がした。
 しかしそれも当然なのかもしれない。ヴォルダー伯爵は、あのような人だ。メイドから忌み嫌われていてもおかしくはない。

「……申し訳ありません。どうか、先程の言葉は忘れてください」
「あ、はい。もちろんです、誰にも言いませんよ」
「ありがとうございます」

 そこでクルネアさんは、目を丸くしてそのようなことを言い出した。
 彼女は明らかに、しまったというような顔をしている。どうやら先程の言葉は、失言であったらしい。
 しかしそうせざるを得ない程に、ヴォルダー伯爵はあくどい人ということなのだろう。私は彼のことを、また一つ嫌いになった。
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