『競艇放浪記』

凛七星

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第二十一章

【多摩川篇】

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 しばらく『競艇放浪記』を書くために、まだ取り上げていなかった本場へはここのところ訪れる機会がなかったので、ついつい執筆も休んでしまった。

 なにしろ遠くへ旅打ちするどころか、いつものネット観戦で勝負する資金も事欠くありさまが長く、この企画も頓挫する羽目になるのかと憂慮していたが、しかし捨てる神あれば拾う神ありなのである。強い風雨ばかりが続く日も、いつかは晴れ間が訪れるもの。いやいや、拾う神に恵まれたとおもっているのが、果たして幸運なのか悲劇への道案内人かは結果次第というやつなのだが。

 ともかく三月中旬に東京の方面へ、ある用件を請け負ったことで招かれた。

「よしっ!この機会に時間が許す限り首都圏の競艇場へと顔を出してみるか。ちょうど去年は中止になったSG総理大臣杯(現・ボートレース クラシック)も戸田で開催されることだし。金は…ま、そのうちなんとか、なぁるだぁろ~♪」

 と、昔の映画『無責任男』シリーズで植木等が唄うフレーズを口にして、これまでの金欠苦のことなど頭からすっ飛んで、うきうきワクワクしてしまうのだから、まったく我ながらである。マジメな堅気の人たちから見れば狂ってるとしか見えないだろう。

 だが、狂うほどに没頭できてこそ味わえるものがある。おまけに人によっては命よりもたいせつな金を賭けるのであるから、その興奮と恍惚は身悶えして「ジュリーッ!」と叫んだ樹木希林演じる婆さんの比ではないぞ(それにしても例えが植木等だとか樹木希林だとか、古すぎて若い人たちには何のこっちゃだろうな)。こればかりは博奕をしたことがないとわからないものだ。

 とくに競艇はわずか6艇で争うレースという点で、いろいろなデータをもとに展開を読み当てるという楽しさが競馬や競輪より大きい。見事に推理どおり展開と結果が的中したときなんぞ、コナンや明智、金田一もできんドヤ顔になっていたりする。そういう知的ゲーム要素での充足感もあるんですのよ。(ほんまはどうだか?)

 加えてモータースポーツの醍醐味という本質もあるのだから、ぜひ未体験の人は本場まで足を一度運んでみては?と、おすすめしたいのである。



 今回の関東遠征で最初に訪れたのは東京の府中にある多摩川競艇場だった。

 訪れた日は戸田での大レースが2日後に控えてるせいで、ここはガマンをと控えているファンが多いのか、日本一と評される静水面同様に観客席の方も静かで、客数も多くはなかった。

 三寒四温という言葉どおり春先の不安定な気候が続いていて、東京に着く道中では雪がチラつく景色も目にしていたが、この日は天気がよくて、陽当たりのよいところは心地よいものであった。

 そのせいではあるまいが、どこか本場に流れる空気には鉄火場の殺伐としたものがなく、のんびりとしている。野次のひとつもないと「勝負だっ!という雰囲気にならん」ではないのと、まずは本場内をウロウロとしてみた。

 まだ開門したばかりで人影もまばらだし、食堂や屋台なども商売の準備に忙しい。

 ビールは注文できたが、夕方から用件が待っている。一瞬どうしたものかと逡巡したものの、やはり観戦には欠かせないと午前中ではあるが頼むことに。

「くぅ~っ!これがないとね」なんぞと言いたれつつ、紙コップ片手に屋内観客席でよいポジションを陣取って水面のバトルを眺めていた。

 ホントなら総理大臣杯でのタネ銭を増やしたいところだが、懐中の具合は寂しいうえに緩んだ本場の空気が気合いを入れた勝負には向かず、小銭でちょろっと遊ぶ程度の様子見で時間を過ごす。

 さすがに昼を過ぎると少々客足も増してきたが、それでも熱気を発するには程遠いもの。屋外席に出ると、まるで午後の公園で日向ぼっこしているようなのどかさである。

 どうも噛み合わせが悪い感じで、競艇場に来たからには稼いでおかなければ旅の途中で行き倒れに…と、気持ちを引き締め勝負に挑む。

 ところがケータイからネット投票できる口座に少しあった残高もなくなって、現金で舟券を買おうとマークシート式の投票用紙と鉛筆を近くの設置場所まで取りに行ったらば、とてもクールな感じの若い美女が熱心に出走表と投票用紙とを交互に睨めっこしているではないか。

 どうも独りで勝負しているらしい。カップルで若い女性が本場まで来ることはあっても、こういう風景は珍しいものだ。ミニスカートのスーツからスラリと伸びた脚は、美女の存在に気づいたオヤジたちの視線を奪う。

 もちろん脚フェチなわたしもご同様。つい「どんな娘さん」かと興味が湧いて隣に行くと並んで投票用紙を塗りつつ、容姿を横目に確かめてみた。年齢は二十代半ばか。ちょっと夜の仕事っぽい匂いもする。

「次はそれを買うのかぁ…」

 わたしが彼女の手にある投票用紙を見て、ついこぼした言葉に顔をこちらへ向けた美女は微笑んで軽くウインクした。

 気さくな素振りに、ついついついと出走表を指して「ヒモは、こっちがいいよ」と、お節介を焼いてしまった。

「うーん…じゃ、そうしよっかなぁ」

 なんと彼女は改めて投票用紙を手にして、わたしのアドバイスどおりの目を買うことにしたではないか。こりゃ次のレースはキッチリ当たってくれないと面目丸つぶれである。

 スタートを知らせるファンファーレのあと、水面のレース展開にわたしが叫び声を上げると、辺りの観客が驚いたように視線を向けてきた。アホー鳥の啼き声が多摩川ではそんなに珍しいのだろうか。

 いつもおもうのだが、最終レースを迎えるころの夕暮れ、斜陽に水面が輝く景色は、どうにも美しいものである。ときに理不尽なまでに勝負で叩きのめされたときなどは感動的だと言っても過言でない。どうしてそう感じるかは、理屈にならない感覚なのだが。

 そもそも人間というものは理不尽なところを数多く抱え生きている。すべてをもっともらしい辻褄を合わせた話で説明をしようなどというのが間違いである。辻褄が合わないのと、噛み合わないのとは意味が違う。まぁ、そこはどうでもいい。(いいんかい!)

 多摩川での勝負は最終レースを取りこぼし、タネ銭増加作戦は成功しなかった。美脚の娘さんはどうだったろう。とりあえずアドバイスした舟券は的中して、面目躍如ではあったが。

 ふだんなら、あのような機会を逃さず「レース後に一杯どう?」などと誘うものだが、なにしろ懐中が心許ないし、まだ関東遠征一発目の勝負である。あとあとのことを考えると、そんな余裕はない。それに大事な用件が待っていたしね。

 そんなこんなで噛み合わないままの多摩川を、入出門近くにいたマスコットキャラのウエイキーに見送られると、わたしは横浜へと向かった。

 とある駅を降りると、そこは閑静な住宅街。迎えに来てくれた方と、夜道を用件の打ち合わせをしつつ歩いてる目前に忽然と現れたのが、中華居酒屋としながら名前がナターシャという、どうにもチグハグで噛み合わない店。

「なんじゃ、こりゃ!いったい、何をどうしたい?いかん、どうにも入りたい。入りたすぎるっ!どんな店なのだ?」

 いつもならこのような遭遇があれば問答無用で中に入り確かめるものだが、このときは同行の人がわたしの好奇心を知ってか知らずか、ずんずんと先へ進んでしまうので、しょうがなく諦めることにした。

 こうして噛み合わないことだらけな一日は用件の打ち合わせでもつづくのだが、それがどういった話かは、ちょっとここで申し上げるものではないので遠慮しとこう。

 それにしても気になるのがナターシャだ。次にまた横浜を訪れたときは必ず行ってやろう。


つづく

※このエッセイは数年前に書いたものに手を入れて掲載しています。
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