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第十二章
記憶
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「おいコラ、どういうことやねん、おまえ…」
徳山、いやヒョンスは気色ばむ声で電話口に出た。
「ヒョンス、聞いてくれ」
「なんじゃ、急にそんな名前で呼びやがって。情けを買おうってか?」
「オレは金山のオジキを殺ってない。殺るはずがない」
「ふざけてんちゃうぞぉ。おのれ衛藤にケツ掻かれて動いとんのやろが」
「違うって言ってるだろうが、落ち着いて聞いてくれ。お前に会ってホントのところを話したいんだよ」
ケイは何度も落ち着いて話を聞いて欲しいと徳山に訴えた。ここで話を聞いてもらえなければ万事休すだという切迫感が伝わったのか、徳山も少し冷静になってきた。
「おまえにホントのことを話すつもりがなきゃ、わざわざ危険なところへ足を向けることはないだろ。頼むサシで会って話を聞いてくれ。それでも許せないってんなら、おまえの好きにしてくれればいい」
「ジョンファン……どこにおんねん、いま?」
ケイは自分のことを本名で呼ぶ徳山に、話ができることを確信した。そして電話をしながらあたりを見渡して、目についた表通りにあるカフェの名前を徳山に告げた。
「ほんなら、そこで待ってろや。いまからすぐ行くさかい」
電話を切るとケイは車をカフェの目の前のパーキングエリアに停めて、シートを倒し外から自分の姿をよく見えないようにしながら、徳山を待つことにした。
ケイはシートに横たわりながら目を閉じて、こんな窮地に陥りながら白姫を助けようとする自分がいることに、いままで抑えこんでいた、遠い過去の記憶をよみがえらせずにはいられなかった。それは触りたくない傷口をえぐるような行為だった。できればないものとして脳の記憶域からその部分を削り取ってしまいたかった。だが、その反面で自分という存在が何なのかと考えずには、この社会で生きて抜くだけの意志が折れ崩れてしまう。そんな逃げたいが捨てきられない矛盾を孕んだ混沌こそがケイという存在そのものだった。
ケイは在日コリアンだったが、いま日本にいる多くの在日たちとは事情がかなり違った。日本で生まれ、育ちながら自分たちのルーツや社会の中でのポジションに悩み苦しむ彼らとは大きな違いがあった。なぜならケイは密航してこの国に来た人間だったからだ。ケイ、いやジョンファンの両親は、ともにかつて在日で日本に住んでいた。ところが、その昔に北朝鮮と日本の間で国家的な思惑から行われた帰国事業によって、多くの在日コリアンが家族とともに彼の地に渡った。だが夢の楽園と称された母国は、まだまだ朝鮮戦争の傷跡と疲弊が残った貧しい国であったうえに、独裁者による恐怖政治によって支配されていた。
祖国での暮らしを夢見て当時帰国した在日たちは、ジョンファンの両親も同様なのは言うに及ばずだが、復興のための労働力としてしか見なされていなかった。そして母国に帰っても他所者扱いを受け差別され苦しい生活を送らなければならなかった。そんな状況を十数年過ごす中で、同じ境遇の若者として出会ったジョンファンの両親は、必然のように恋をして結ばれた。
やがてジョンファンと妹の二人の子に恵まれたが、家族の生活は日に日に過酷さを増していく。絶望的な暮らしの中でジョンファンの両親は、文字通り命を懸けた脱出を実行した。かつて、いろいろな悲哀や辛苦を味わった日本ではあったが、それでもまだ北にいるよりはいいと、幼いジョンファンと生まれて間もない女の子を抱え、小さく粗末な漁船に身を潜めて密航をしたのだ。
それはあまりに危険な逃避行だった。冬の荒ぶるオホーツク海からの寒流に揺られ、吹きつけるシベリアからの極寒の風を受けながら、ジョンファンの家族は船底に身を隠して、国境を警備する目から突破しようとした。そして、あともう少しで日本の海域というところで警備艇に気づかれ銃撃を受けてしまう。それでも、なんとか家族を乗せた漁船は逃げ切ったが、不運にもジョンファンの母と赤ん坊だった妹は銃弾を受けて死んでしまった。まだものごころもつかないほど幼かったジョンファンは何が起こったかも理解できずに、ただ呆然と涙も出ないまま血に染まる母と妹を抱え泣き叫ぶ父の姿を見つめていた。そのときの情景はいまでもときおり悪夢となって、昨日のことのようにあざやかな映像で瞼に浮かぶのだった…。
携帯電話の着信音が、過去の時間に彷徨っていたケイを現実に引き戻した。
「どこにおんねん」
「カフェの前に黒のスカイラインが停まってるだろ」
「ふぅん……あっ、わかった、いまそっちへ行く」
電話を切ってすぐ、うしろのウインドウガラス越しにこちらを覗き込む徳山の姿をケイは見つけた。
「どういうことなんや、ちゃんと聞かせてもらおか」
車の助手席に乗り込むや否や、徳山はケイに向かって問いただした。ケイは一連の流れをかいつまみながらも、過不足ないよう的確に徳山に話した。
「なるほどぉ、話としてはつじつまが合わんことはないなぁ……」
「金山のオジキに助けてもらおうとおもってたオレが殺るわけがないだろ」
話を聞いて得心したような徳山にケイは念を押すように言った。
「と、いうことはや。オヤジを消して、おまえも処分して都合がええのは誰かとなったら」
「山内か衛藤の兄貴ってことになるな」
「そんで、衛藤のオッサンも姿をくらましとるっちゅうことはやな……」
三人寄れば文殊の知恵という慣用句があるが、ケイひとりでは見えてこなかった全体像が、徳山と額をくっつけるようにして話し合うことで、だんだんとハッキリ見えてきた。
「衛藤の兄貴も消されている可能性があるな」
「山内と鈴木のやつら、この機に自分らが成り上がろうと手を組みよったか」
「ありえる、な」
ケイと徳山は顔を見合わせてうなずいた。
「そやけど、どうするねん。たった、ひとりで」
「おまえんとこの兵隊はどうしてんだよ。使えんかな?」
「あかん、あかん、なに言うとんねん。おまえを探しに全員が出払っとるわ。それにやでオヤジをおまえが殺ったとおもいこんどるヤツらやで。ヘタしたら山内らに呼び出されて向こうで待ち構えとんのとちゃうかぁ」
せっかく徳山に納得してもらっても、それでは手の打ちようがない。このままではむざむざ殺られに行くようなもんだとケイは頭をひねった。
「こうなったら……」
と、ケイは後ろのトランクを振り返って、押し込んでいる劉の使い方を変えようと考えた。
「それは、むちゃな博奕やなぁ!チャンがそんな話に乗りよるかぁ?」
ケイの思惑を聞いた徳山は素っ頓狂な声を上げて驚いた。だがケイがそれしかないという顔をしているのをまじまじと見て、両手で頭を抱えると獣のようなうめき声を上げた。
「ヒョンス……もういい、話を持ちかけてすまん。おまえも組での立場があるだろうし、誰かにオレといっしょにいるところを見られでもしたら……。だから早く車から降りて行け」
「アホかぁ、ここに来たっちゅうことはや、もうオレも引き戻せんちゅうことじゃ」
ケイと徳山の視線がぶつかりあう。
「いいのか?」
「自分の目と耳でおまえの話がホンマかどうか確かめんとなぁ。それに山内がオヤジを殺ったんなら、きっちりケジメを取らなあかんやろ」
その答えを聞いて、ケイはそれ以上の言葉を発することなく車のギアをドライブに入れた。
ケイと徳山が乗った車は湾岸部へと向かう幹線道路を、他の車を縫うようにして先を急ぐ。道中、ケイがチャンに電話をしてからというもの、ふたりとも沈黙を続けていた。重苦しい空気に、いたたまれないように徳山がタバコを吸おうとすると、ケイも指を差し出して一本挟んでもらう。徳山は自分の分に火をつけると、ライターをケイの前に持っていった。
「よぉ、ホントのこと言うたらな、オレは店なんか持たされてへんし、組でも居心地ようないんや」
「そうか」
ケイは徳山の告白を、すでにわかっていたように静かに聞いた。
「オヤジがヘタを打って大阪から流れてきたヤサグレのオレを、同じ在日のよしみやから言うて拾ってくれたわけやろ。組の古株の連中からの風当たりが強いんや。どこのウマの骨じゃ、みたいなこっちゃな。おまけに山内なんかは自分のオヤジが朝鮮人やいうのに、やたらと差別しよるしな。オレのことを影で、あのチョンは信用でけへんとか、チョンにいい顔をさせてどないすんねんとか……まぁ、そんなふうに何かと陰口たたきやがってやな」
二人はフロントガラスの向こうに光るテールランプの帯を見続けていた。この赤い帯をたどっていけば、その先には自分たちの居場所が見つけられる道標があるんだろうかと、ケイは考えてみたりした。
「なんや、そんな話はわかっとるみたいな感じやな」
「いやな、わかってたんじゃないけどよ、おまえに電話したとき、みんなでオレの行方を追って出払ってるって言ってたろ。そのとき自分以外の全員って話しっぷりが妙だなって」
ケイがそう言ってタバコの灰を落とそうとしたときに、同時にタバコを灰皿に突き出した徳山と顔を見合わせた。そして、どちらからともなく笑みをこぼした。
「なぁ、オレらが出会ったころは、なんでも簡単な話でよかったとおもわへんけ?ややこしいこと考える必要もない。腕っ節で勝負つけたらええだけやった」
「そうだな……はぐれ者のただの暴れん坊だったしなぁ」
それを聞いた徳山は頭のうしろで手を組むと、虚ろな目になってケイにつぶやいた。
「ヤクザの世界はケンカが強かったら居場所があるんかなとおもてたけど……けっきょくどこへ行ってもあかんなぁ。どこへ行ってもイジメられるわ」
徳山は短くなったタバコを灰皿で揉み消すと、もう一本くわえ火をつけた。
「オレな、この前オヤジといっしょに韓国へ行ってんけどな。どこへ行っても表ヅラではキョッポって言うて笑顔を見せるんやけど、たいていは裏でパンチョッパリって呼んどんねんアイツら。なぁんや祖国やなんやい言うても、ここにもオレらの居場所なんてないんやなぁって、そうおもたわ」
そうだ、オレたちはどこにも属することができない。国からも社会からも、仲間からも裏切られ、切り捨てられた存在だ、とケイは胸の内でつぶやいた。
「おまえもなぁ、もう十年ほど生まれんのが遅かったら……ほら、言うとったやろ。音楽をしてたときにプロデューサーやったかな、殴って干されたこと。いまじゃ、なんやようわからん韓流ブームっちゃらで、韓国の俳優やらミュージシャンやらが、もてはやされとるやんけ。在日のヤツも堂々と在日として名乗ってるし。いまなら、おまえが音楽をやめなあかんようなこともなかったやろ」
ケイも徳山からまたタバコをもらい大きく一服すると、小さく頭を横に振った。
「いまさらそんな話をしてもしょうがないだろ。それよりヒョンス、おまえ道具は何を持ってる?」
「いちおう、これはあるけどな」
徳山は懐からトカレフを抜いて見せた。ケイも徳山にローマンKⅢを見せる。互いにそれを見てため息に似たものを吐き出した。
「これだけやしなぁ。あとはチャンしだいってことかぁ」
「あぁ、そうだな。とにかくオレは白姫を山内の手から救ってやれれば、あとは……覚悟してる。おまえをつきあわせたのに悪いんだけどな」
ケイの言葉に徳山は苦笑いした。
「ホンマや、たまらんで。そやけど、あのネーチャンを救ってやりたい気持ちもわからんでない。それにこのまま山内と鈴木がこの街をシメるようなら、どっちみちオレも先はないしな」
ケイも徳山の言葉に苦笑いした。そしてアクセルを踏み込み、車のスピードを上げた。
つづく
徳山、いやヒョンスは気色ばむ声で電話口に出た。
「ヒョンス、聞いてくれ」
「なんじゃ、急にそんな名前で呼びやがって。情けを買おうってか?」
「オレは金山のオジキを殺ってない。殺るはずがない」
「ふざけてんちゃうぞぉ。おのれ衛藤にケツ掻かれて動いとんのやろが」
「違うって言ってるだろうが、落ち着いて聞いてくれ。お前に会ってホントのところを話したいんだよ」
ケイは何度も落ち着いて話を聞いて欲しいと徳山に訴えた。ここで話を聞いてもらえなければ万事休すだという切迫感が伝わったのか、徳山も少し冷静になってきた。
「おまえにホントのことを話すつもりがなきゃ、わざわざ危険なところへ足を向けることはないだろ。頼むサシで会って話を聞いてくれ。それでも許せないってんなら、おまえの好きにしてくれればいい」
「ジョンファン……どこにおんねん、いま?」
ケイは自分のことを本名で呼ぶ徳山に、話ができることを確信した。そして電話をしながらあたりを見渡して、目についた表通りにあるカフェの名前を徳山に告げた。
「ほんなら、そこで待ってろや。いまからすぐ行くさかい」
電話を切るとケイは車をカフェの目の前のパーキングエリアに停めて、シートを倒し外から自分の姿をよく見えないようにしながら、徳山を待つことにした。
ケイはシートに横たわりながら目を閉じて、こんな窮地に陥りながら白姫を助けようとする自分がいることに、いままで抑えこんでいた、遠い過去の記憶をよみがえらせずにはいられなかった。それは触りたくない傷口をえぐるような行為だった。できればないものとして脳の記憶域からその部分を削り取ってしまいたかった。だが、その反面で自分という存在が何なのかと考えずには、この社会で生きて抜くだけの意志が折れ崩れてしまう。そんな逃げたいが捨てきられない矛盾を孕んだ混沌こそがケイという存在そのものだった。
ケイは在日コリアンだったが、いま日本にいる多くの在日たちとは事情がかなり違った。日本で生まれ、育ちながら自分たちのルーツや社会の中でのポジションに悩み苦しむ彼らとは大きな違いがあった。なぜならケイは密航してこの国に来た人間だったからだ。ケイ、いやジョンファンの両親は、ともにかつて在日で日本に住んでいた。ところが、その昔に北朝鮮と日本の間で国家的な思惑から行われた帰国事業によって、多くの在日コリアンが家族とともに彼の地に渡った。だが夢の楽園と称された母国は、まだまだ朝鮮戦争の傷跡と疲弊が残った貧しい国であったうえに、独裁者による恐怖政治によって支配されていた。
祖国での暮らしを夢見て当時帰国した在日たちは、ジョンファンの両親も同様なのは言うに及ばずだが、復興のための労働力としてしか見なされていなかった。そして母国に帰っても他所者扱いを受け差別され苦しい生活を送らなければならなかった。そんな状況を十数年過ごす中で、同じ境遇の若者として出会ったジョンファンの両親は、必然のように恋をして結ばれた。
やがてジョンファンと妹の二人の子に恵まれたが、家族の生活は日に日に過酷さを増していく。絶望的な暮らしの中でジョンファンの両親は、文字通り命を懸けた脱出を実行した。かつて、いろいろな悲哀や辛苦を味わった日本ではあったが、それでもまだ北にいるよりはいいと、幼いジョンファンと生まれて間もない女の子を抱え、小さく粗末な漁船に身を潜めて密航をしたのだ。
それはあまりに危険な逃避行だった。冬の荒ぶるオホーツク海からの寒流に揺られ、吹きつけるシベリアからの極寒の風を受けながら、ジョンファンの家族は船底に身を隠して、国境を警備する目から突破しようとした。そして、あともう少しで日本の海域というところで警備艇に気づかれ銃撃を受けてしまう。それでも、なんとか家族を乗せた漁船は逃げ切ったが、不運にもジョンファンの母と赤ん坊だった妹は銃弾を受けて死んでしまった。まだものごころもつかないほど幼かったジョンファンは何が起こったかも理解できずに、ただ呆然と涙も出ないまま血に染まる母と妹を抱え泣き叫ぶ父の姿を見つめていた。そのときの情景はいまでもときおり悪夢となって、昨日のことのようにあざやかな映像で瞼に浮かぶのだった…。
携帯電話の着信音が、過去の時間に彷徨っていたケイを現実に引き戻した。
「どこにおんねん」
「カフェの前に黒のスカイラインが停まってるだろ」
「ふぅん……あっ、わかった、いまそっちへ行く」
電話を切ってすぐ、うしろのウインドウガラス越しにこちらを覗き込む徳山の姿をケイは見つけた。
「どういうことなんや、ちゃんと聞かせてもらおか」
車の助手席に乗り込むや否や、徳山はケイに向かって問いただした。ケイは一連の流れをかいつまみながらも、過不足ないよう的確に徳山に話した。
「なるほどぉ、話としてはつじつまが合わんことはないなぁ……」
「金山のオジキに助けてもらおうとおもってたオレが殺るわけがないだろ」
話を聞いて得心したような徳山にケイは念を押すように言った。
「と、いうことはや。オヤジを消して、おまえも処分して都合がええのは誰かとなったら」
「山内か衛藤の兄貴ってことになるな」
「そんで、衛藤のオッサンも姿をくらましとるっちゅうことはやな……」
三人寄れば文殊の知恵という慣用句があるが、ケイひとりでは見えてこなかった全体像が、徳山と額をくっつけるようにして話し合うことで、だんだんとハッキリ見えてきた。
「衛藤の兄貴も消されている可能性があるな」
「山内と鈴木のやつら、この機に自分らが成り上がろうと手を組みよったか」
「ありえる、な」
ケイと徳山は顔を見合わせてうなずいた。
「そやけど、どうするねん。たった、ひとりで」
「おまえんとこの兵隊はどうしてんだよ。使えんかな?」
「あかん、あかん、なに言うとんねん。おまえを探しに全員が出払っとるわ。それにやでオヤジをおまえが殺ったとおもいこんどるヤツらやで。ヘタしたら山内らに呼び出されて向こうで待ち構えとんのとちゃうかぁ」
せっかく徳山に納得してもらっても、それでは手の打ちようがない。このままではむざむざ殺られに行くようなもんだとケイは頭をひねった。
「こうなったら……」
と、ケイは後ろのトランクを振り返って、押し込んでいる劉の使い方を変えようと考えた。
「それは、むちゃな博奕やなぁ!チャンがそんな話に乗りよるかぁ?」
ケイの思惑を聞いた徳山は素っ頓狂な声を上げて驚いた。だがケイがそれしかないという顔をしているのをまじまじと見て、両手で頭を抱えると獣のようなうめき声を上げた。
「ヒョンス……もういい、話を持ちかけてすまん。おまえも組での立場があるだろうし、誰かにオレといっしょにいるところを見られでもしたら……。だから早く車から降りて行け」
「アホかぁ、ここに来たっちゅうことはや、もうオレも引き戻せんちゅうことじゃ」
ケイと徳山の視線がぶつかりあう。
「いいのか?」
「自分の目と耳でおまえの話がホンマかどうか確かめんとなぁ。それに山内がオヤジを殺ったんなら、きっちりケジメを取らなあかんやろ」
その答えを聞いて、ケイはそれ以上の言葉を発することなく車のギアをドライブに入れた。
ケイと徳山が乗った車は湾岸部へと向かう幹線道路を、他の車を縫うようにして先を急ぐ。道中、ケイがチャンに電話をしてからというもの、ふたりとも沈黙を続けていた。重苦しい空気に、いたたまれないように徳山がタバコを吸おうとすると、ケイも指を差し出して一本挟んでもらう。徳山は自分の分に火をつけると、ライターをケイの前に持っていった。
「よぉ、ホントのこと言うたらな、オレは店なんか持たされてへんし、組でも居心地ようないんや」
「そうか」
ケイは徳山の告白を、すでにわかっていたように静かに聞いた。
「オヤジがヘタを打って大阪から流れてきたヤサグレのオレを、同じ在日のよしみやから言うて拾ってくれたわけやろ。組の古株の連中からの風当たりが強いんや。どこのウマの骨じゃ、みたいなこっちゃな。おまけに山内なんかは自分のオヤジが朝鮮人やいうのに、やたらと差別しよるしな。オレのことを影で、あのチョンは信用でけへんとか、チョンにいい顔をさせてどないすんねんとか……まぁ、そんなふうに何かと陰口たたきやがってやな」
二人はフロントガラスの向こうに光るテールランプの帯を見続けていた。この赤い帯をたどっていけば、その先には自分たちの居場所が見つけられる道標があるんだろうかと、ケイは考えてみたりした。
「なんや、そんな話はわかっとるみたいな感じやな」
「いやな、わかってたんじゃないけどよ、おまえに電話したとき、みんなでオレの行方を追って出払ってるって言ってたろ。そのとき自分以外の全員って話しっぷりが妙だなって」
ケイがそう言ってタバコの灰を落とそうとしたときに、同時にタバコを灰皿に突き出した徳山と顔を見合わせた。そして、どちらからともなく笑みをこぼした。
「なぁ、オレらが出会ったころは、なんでも簡単な話でよかったとおもわへんけ?ややこしいこと考える必要もない。腕っ節で勝負つけたらええだけやった」
「そうだな……はぐれ者のただの暴れん坊だったしなぁ」
それを聞いた徳山は頭のうしろで手を組むと、虚ろな目になってケイにつぶやいた。
「ヤクザの世界はケンカが強かったら居場所があるんかなとおもてたけど……けっきょくどこへ行ってもあかんなぁ。どこへ行ってもイジメられるわ」
徳山は短くなったタバコを灰皿で揉み消すと、もう一本くわえ火をつけた。
「オレな、この前オヤジといっしょに韓国へ行ってんけどな。どこへ行っても表ヅラではキョッポって言うて笑顔を見せるんやけど、たいていは裏でパンチョッパリって呼んどんねんアイツら。なぁんや祖国やなんやい言うても、ここにもオレらの居場所なんてないんやなぁって、そうおもたわ」
そうだ、オレたちはどこにも属することができない。国からも社会からも、仲間からも裏切られ、切り捨てられた存在だ、とケイは胸の内でつぶやいた。
「おまえもなぁ、もう十年ほど生まれんのが遅かったら……ほら、言うとったやろ。音楽をしてたときにプロデューサーやったかな、殴って干されたこと。いまじゃ、なんやようわからん韓流ブームっちゃらで、韓国の俳優やらミュージシャンやらが、もてはやされとるやんけ。在日のヤツも堂々と在日として名乗ってるし。いまなら、おまえが音楽をやめなあかんようなこともなかったやろ」
ケイも徳山からまたタバコをもらい大きく一服すると、小さく頭を横に振った。
「いまさらそんな話をしてもしょうがないだろ。それよりヒョンス、おまえ道具は何を持ってる?」
「いちおう、これはあるけどな」
徳山は懐からトカレフを抜いて見せた。ケイも徳山にローマンKⅢを見せる。互いにそれを見てため息に似たものを吐き出した。
「これだけやしなぁ。あとはチャンしだいってことかぁ」
「あぁ、そうだな。とにかくオレは白姫を山内の手から救ってやれれば、あとは……覚悟してる。おまえをつきあわせたのに悪いんだけどな」
ケイの言葉に徳山は苦笑いした。
「ホンマや、たまらんで。そやけど、あのネーチャンを救ってやりたい気持ちもわからんでない。それにこのまま山内と鈴木がこの街をシメるようなら、どっちみちオレも先はないしな」
ケイも徳山の言葉に苦笑いした。そしてアクセルを踏み込み、車のスピードを上げた。
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