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第52話−羅城門の鬼と帰京

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春の日差しに、まだまだ冷たい風が衣を撫でる。
酒気の赤みを顔に帯びた良佳の目つきが険しくなる。
そう見えた思えば、瞬時に目尻が垂れる。梅の実がポツポツと寂しい木の枝で芽生える様を、視線の先に捉えているようだ。

気持ちの良い天気に旨い酒、豪華な果実や肴がところ狭しと客の前に並べられている。菫は俺らを気にして、お菓子をじっと見つめていた。俺はお菓子を一つ摘み菫の口に放り込む。お菓子を噛みしめたのだろう瞬間、目を瞬かせ口角が自然に上がる様子から、相当気に入ってくれたようだ。

少女に名前を聞いても、私には名前がないと言ったので良佳が少女に与えた菫から名前をとった。
その名前を気にいってくれたようで、名前を呼ぶとすごく喜んだ。
特に良佳に呼ばれる顔を赤らめながら返事をするもんだから、俺は可愛いなと思いつつも少し嫉妬していた。前世の妹と同じ姿だからだろう。他意はない。誰に向けた言い訳を考えているんだが、と自分に呆れる。

今俺たちは客、というよりは、押し入りのような形で俺達は甲州の地方官の屋敷にいる。

「まさか、こんな旨い酒にありつけるとはな!」
良佳はすでに空になった瓶を簀子の上に転がした。い葡萄酒を前にご満悦の様子だ。
「そうだろうそうだろう、全国に愛人がいると言われている雅男、在原静春様をお嵌めになった遥任国司様の秘蔵の酒だからな!」
「へへへ、は、嵌めたなどと滅相もございません、」
「そうかい? 話によれば、ここの国司は左大将様の領地と聞いておる。国司の代わりにこんな上等な酒を御造りになっていたとは、遥任国司様は大層なお方だ」
「そんなこと……」
「いやあ、こんな上等な酒を京でも呑めなかったからな。豪族も京と並ぶ力を持つ世の中になりそうですな」
「法師様! そのような滅多な事を言わないでくだされ! 誰かに聞かれてしまいまする」
「なあに、気にするな。ここは京より離れた甲州ではないか。お主上の耳に入らないさ」
「そうですが……」
甲州、京から離れている甲斐国。といっても、猫又に乗せてもらって4日で着いたけどな。早すぎて目眩が出ないように 人間の菫には薬を飲んでもらった。
菫には申し訳ないが、早めに来る必要があったからな。

酒はついでの、脅し用。いやあ、良佳が嬉しそうで来たかいがあったな! 菫も菓子を美味しそうに食べてるし、見てると妹の子供の頃を思い出すな~。

俺がここに来た本来の目的は、猫又から忠栄兄様の言伝を受けたからだ。
まあそれも、もうそろそろ姿を現すだろう。
久しぶりだから楽しみだなあ。腐男子として彼の近況を早々に聴かなくては!

玄関の方が騒がしくなったのに気づいた国司は、俺らから逃げるように部屋から出て行った。
すると、来訪者がどんな人物なのかを知った国司の喜ぶ声が聞こえた。彼の「ささ、こちらにいらしてくださいな」という調子のいい声が聞こえ、俺はにやりと笑った。

「やはりお前か! 蘆屋満成!」

そう言って、俺の前に現れた陰陽師の白い狩衣の青年。
当時より大人びた風貌のワンコ系陰陽生だった現陰陽師・賀茂和紀だ。

「待ってました!」

俺が大きい声で彼の登場を喜ぶもんだから、その場にいた皆が驚いた顔した。

待ち望み過ぎて声に出てしまった。なんてこった。恥ずかしい。

「待ってましただと? 忠栄兄様にも、安部の陰陽師にも迷惑をかけて、いったい何の真似ですか! 安部の兄様が地方の陰陽師に任命されていて難を逃れたので良かったですが!」

ほうほう、聞いてもいないが、彼が好きな安部の兄様は離れ離れになっているのか。うん、遠距離恋愛は大変だよな。色々あったし、あんまり考えたくはなかったけど、善晴は元気にしているだろうか。あんな去り方をして、酷い言葉を放った、俺に良佳曰く恐ろしい印を施したようなやつだ、きっと深く傷ついたに違いない。はあ、会いたいな。

「どうしました?」和紀が気遣わしげに言った。

「いやあ、話せば長くなるんだが」と言うと、「兄様以外の事なんて興味ありませんよ」と素っ気ない態度をとられた。

経緯を話すのが億劫になってる俺に気をまわしてくれたようだ。

まあ、そうだよな。俺はただの同門の師弟で、いまじゃ同じ陰陽師でもないからな。忠栄兄様に言われて会いに来てくれただけでも、義理がある事に感謝しなくては。

「……あなた、怪我はしていませんか?」

「ん”、大丈夫です」

ツ・ン・デ・レ! 可愛すぎです。ありがとうございます。

「で、これはなんですか? それにあなた、……稚児趣味なんてあったんですか?」

「誤解です」

俺は逃げてる道中助けてくれた恩人として良佳を紹介し、菫の事は良佳の妹だと言ってなんとか誤魔化した。良佳が羅城門の鬼だと言ったら、戦闘に入りそうだもんな。「なぜ鬼と結託してるんですか!」と怒られかねない。
それにしても、良佳の風貌がここまで伝わっていなくてよかった。どうやら俺が都で問題を起こしたとしか知らされていないのだろう。それにしてもこの土地に、和紀がいてくれて助かった。兄様の言伝を聞いた時はおお! 一石二鳥じゃないか! と自分の運の良さに震えたぜ。

「忠栄兄様からは来る陰陽師に話しを聞くようにと命があったので話を聞きますが、何用ですか?」

「手伝ってほしいことがあってな、派手に京へ戻ることは出来ないから、門を通って帰ろうと思うのだが」

「まさか、僕に使いの様な真似をしろと?」

「察しが良くて助かるよ和紀陰陽師」

「はあ、忠栄兄様の頼みですからね」

「ありがとう」

「納品は何にするんですか?」

「この果実酒だぜ」俺は国司が密造している小さな酒瓶を和紀に投げた。
受け取った和紀は酒瓶の中の香りを嗅いで、国司を睨みつける。
国司は小さく悲鳴をあげて、この陰陽師を中に入れた事を後悔している様だった。

和紀は溜め息をついて、俺に向きなおった。

「廿日程かかると思うが、俺らなら七日でいけるだろう?」

「いつ出るんですか?」

「すぐだ」

「はあ、国司。屋敷にあるこの酒をすべてだしなさい。それと荷車を準備なさい」

国司は和紀の命令に背くことが出来ず、言われるがままに家の者に命じ準備させた。

「クク、話が早くて頼もしいぜ」

「あなたも準備なさい、この量を運ぶのだから負担がかかるでしょう」

「ああ、だから猫又にも頼んである」

「ほんとに、忠栄兄様の式神にまで手伝わせるなんて」


庭からにゃあおと鳴き声がして、そっちをみると猫が庭木から飛び降りて変化する。

「坊主の命なら、忠栄の次に聞いてやりたいものよ」

急に現れた猫又の姿と、その顔に浮かべた独特な笑みに、国司と近くにいた家の者の悲鳴と慌て走りまわる足音が聞こえた。

「そう驚かしてやるな」

俺は庭に出て猫又の柔らかい毛を撫でる。
うーん、やっぱり気持ちいいな。

「持ってきたら、庭に全部置きなさい」

「は、はいい」

なんか、ゲーム通りではないが悪役の気分だな。

「よくここの国司が令で定められた醸造酒でなかったと知りえましたね」

和紀は感心しているようだった。

「ああ、とある好色貴族様がに泣きながら頼まれたからな」

久しぶりに会いたいな、あいつにも。
いきなり俺らが京に戻ったらどんな反応するだろうか。

「ほら、ぼうとしてないで。準備が終わりましたよ」

和紀の呼び声に俺は振り向く。猫又の体に酒瓶を乗せた荷車の紐を巻きつけてあるのを確認した。良佳と菫を双葉火雲に乗せて、空に飛んで行った。
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