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第49話−羅城門の鬼と長岡京

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平安京を背に俺らは洛外に出た。辺りは昼間だというのに鬱蒼とした森が広がり、下には人や動物の骸が地面から剥き出しになっておどろおどろしい様をして、濁った瘴気を漂わせている。その上を猫又が重量がないかのように木の枝に足を乗せ、飛び上がる。

俺の成人男性の体重と人間の姿をしているがそれなりに恰幅のある良佳を乗せていて重いだろうに猫又は気にした様子を見せない。忠栄の式神だというのに勝手に猫又の手を借りてしまった。だが、あの時猫又が俺の指示に従ってくれたおかげで、俺らは助かっている。本当に忠栄に似た人情深い式神だ。
唯一救いだったのが、猫又は普通の人には見えていなかったから、忠栄の元に戻ることは出来るだろう。

今頃、京では貴族連中が面白おかしく話を誇張して俺を非難しているだろう。京での俺の噂──陰陽師達を利用した妖、もしくは播磨の法師陰陽師を悪とするだろう。これで、善晴や忠栄達は俺に騙された陰陽師、だが、帝の信頼を受けている彼らであれば、貴族連中は何も言うまい。
それに、俺はすぐに京に戻るつもりだ。雅峰の状態も気になるからな。今回の件もあいつらの仕業だろう。これ以上海徳法師らの好き勝手にはさせてたまるか。

それにしても、悪役風の空気作りのために双葉を火玉にして召喚したのは、成功だったようだが……善晴には申し訳ないことをした。あんな事を言って、さらに傷つけてしまったかもしれない。

「小僧、どこに向かうのか決まっておるのか?」

とりあえず羅城門から離れただけで目的もなく猫又が走ってくれていたのだが、まだ、ここは洛外の近く、強い怨念と妖達が蔓延るこんな場所からは早く移動をした方が良いと思ったが「播磨に古い屋敷があるが、ここからだ遠いな、休みを入れて行くとしてもここらで休むのは危険すぎるしな」と悩んでいると、「長岡京だ」と頭に手を当てて良佳が声を絞り出した。

たしかに、ここからなら長岡京までそんなにかからない。当時はまだ造営中だったとしても仮住まいぐらいできるだろうし、また平安京に戻るなら立地的にもアリだ。それに、京の連中も羅城門の鬼が憎悪から襲った京、長岡京に身を置くとは思わないだろう。

「猫又、長岡京の場所は分かるか?」と聞くと、猫又は頷いて走る足の向きを長岡京方面へ変えた。

「すまない。我のせいだ、ぬしの未来を壊してしまった」ぐったりとしている良佳の声が掠れていて相当辛い痛みに襲われている事が分かる。

京を脅かす鬼とは正反対の可哀そうな姿を見て、良佳の境遇に同情する。しかし、今回の件は俺の過去も関わっていて、むしろ良佳を巻き込んでしまったのは自分のせいなのだと悔やむ。

「なに、俺はもともと京勤めなど似合わない」

咄嗟に出た言葉だが本心だった。陰陽寮での生活は腐活も出来たし満足していた、だが忠栄と出仕した左大臣邸での出来事や、高階学士の事などを振り返ると、この世界の人達はゲームの世界の住人ではなくて、自分が生きているように、彼らもこの世界で天寿を全うしているんだと気づかされた。前世の世界とは違う境遇にお客様感覚でこの世界に定住して、勝手に悪役という役目を、運命を変えてしまった。
蘆屋満成が生きた過去の復讐への決意を、俺は――

「救ってくれて感謝する」そう言って良佳は俯いていた顔を上げ、痛みに耐えながら微笑む。

ああ、良佳すまない。結局俺が悪の道に進んでもお前を利用して京を破壊していただろう。なのに、その感謝の言葉が心を温かくする。
俺が傷心している感じ取ってくれたのか、空に浮いていた双葉火玉が人型になって俺の両手を握った。

「私たちがいます! 満成様のお力はあんな身も心も腐敗した人間どもにお与えするものではありません、満成様の意のままにお力を使ってくださいませ」

「うん! 僕たちは満成様の式神です、満成様の意のままに使われることを望んでいます! 満成様、本当に助けたい人を助けましょう!」

双葉火玉……、そうだな。俺は陰陽師なんて向いていなかったんだ。貴族の顔色に媚びへつらうのはやめよう。法師陰陽師として、蘆屋満成として生きていこう。そして、京の問題が片付いたら、日本一周もいいな。双葉火玉もいるし、この時代に転生したんだせっかくだから転生する前みたいに自分の意志で人助けをして天寿を全うしよう!

俺は両手で思いっきり頬を叩き、その様子に驚いた双葉の頭を撫で「よし! まずは体力回復だ」と双葉と良佳のおかげで堂々と顔に笑み浮かべた。

暫くすると、長岡京が見えてきた。
猫又が立ち止まり、先に降りた俺は良佳を支えながら降ろす。
古びた版築法の築地塀は外観を気にせず、大洪水があった跡を残す乾燥した土や黒いシミなどが付着したままそこに威厳を象徴するかのように存在していた。
門を前にして、古くに鬼が暴れた後だと分かる数多の怨念を感じた。

猫又を一旦忠栄の元へ帰らせ、平安京の羅城門で起きた詳細を伝えて貰うことにした。そして、「俺が戻るまで友成と父の事をどうか守ってほしい、愚かな弟弟子の願いです、どうかよろしくお願いします」とニ通の文を持たせた。

猫又は嵐のように風を轟かせ、京へ戻って行った。

長岡京の門を前に、良佳は過去を思い出しているのだろう苦々しい顔を浮かべている。
そういえば、良佳は平城京最後の帝の子、第一皇子を慕っていたんだっけ。長岡京遷都に携わった際に当時の平城京の洛外でその第一皇子は謀殺された。その恨みから長岡京の離宮に寝泊まりしていた帝の妻やその赤児などを呪い、内裏を燃やしたりと、また朝廷の中心だった公家らの屋敷も雷雨が去った後のように壁や屋根に穴が開いていたと流れ者の庶民達の噂で聞いた。

門の近くは造営中だったためか下級貴族の屋敷、庶民の家は建設途中だったらしく、被害もなにも器具などが放り出されたまんまなだけで、探せば雨をしのぐ屋根付きの家を見つけられるだろう。

良佳の体を支えながら中に入る。こんな薄気味悪く瘴気ばかりで空気が悪い場所には人ひとりもいないだろう。
長岡京に着いた時、俺は体を休める場所がないかと上空に双葉を飛ばせて探させていた。暮れも近いのだろう、しだいに辺りが暗くなっていき、どこから現れたのか霧が濃くなってきた。

しまった。こんな瘴気が強い場所を根城にしない妖や幽がいるわけがない。

「双葉戻ってこい!」そう言って双葉を呼び戻す。良佳も事態を察知して、体調が悪い体を立て直そうとした。

そんな良佳に「お前は動くな」と言って良佳の体を支え直す。

目の前の霧が濃くなっていき、火玉姿の双葉の明かりがどんどん薄れていく。
これじゃあ、
双葉たちとはぐれてしまうだけだ。
俺は、双葉を式札に戻し代わりに護符を指に挟み、体の前で「自分たちの姿をこの世の者ではないモノたちに見せないように守護」する印を切る。

すると、一瞬生きた者かと思うほど、綺麗な身なりのモノや庶民の姿をしたモノ、そんな死者たちの影が大行列を作る様に目の前を通った。
……これは、ここで亡くなった者たちか?
それにしても、なぜこの人たちは列なんて作ってんだ?

「あなた達は?」

異様な光景の中で幼い声が響いた。それは、生きた子供の声だと分かった。「見鬼の才」を持つ者であれば、幼いころから区別してきた死者の声と生者の声を判断するのは安易だ。満成の記憶からか、体の機能としてか、俺にもその力はあるので、その声がこんな場所に似つかわしくない声だと判断できた。

俺はすぐに辺りを見渡し、死者に気付かれる前にその声の主を探す。すると、振り返った際に俺の後ろをぴったりとくっついて歩いていたらしい少女が大きな目を広げて首を傾げている。顔や小さすぎる衣の袖や裾にも土を付けた姿は死者と見間違えてしまうだろう。だが、生気を帯びた肌の色や瞳、血色のいい唇から生者である事が判る。

少女の容貌を見て、俺は頭より先に口が動いた。

「り、か?」

少女は意味が分からなそうに「りか?」と反芻した。そして「お兄さんはだれ?」と付け足し、可愛らしくはにかんだ。

そこには、小さいころの俺の妹にそっくりな少女が立っていた。
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