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第47話−羅城門の鬼の出現
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最近はこういったスキンシップしかないから、今も自分をあの時の熱っぽい目で見てくれているのかな。いや、夢の中で謝り続けた幼い姿の善晴のことを考えると、あの行為の後きっと後悔していたに違いない。
それが現実のこいつに当てはまるかどうかは分からない、だが、もし兄弟子関係に戻ろうとしているのであれば、親友……この時代背景なら、知己か、そうなれるかもしれない。それぐらい俺は、こいつのことを信用しているし、難にあえば共にあろうとさえ思える。善晴は今、どう思ってくれているのだろうか?
あぐらをかいた善晴の腕のなかにすっぽりと収まるような体制で体を休めていると、近くから慣れしたんだ妖の気配を感じた。
「蘆屋の小僧、随分とやつれているな」外から透き通った声が聞こえたと思ったら、まだ明るい空から牛車ほどの大きさの猫又が優雅に降り立った。
か、かっけえ!急な猫又の登場に感動していると、猫又がこっちにこいと言うように特徴的な靴下を履いたような黒毛の前足を動かしている。
その大きすぎる前足のもふもふ感に誘われるように疲れている体を無理矢理起こそうとすると、善晴が一緒に立ち上がって体を支えてくれた。善晴の手が、俺を決して放さないと語るように力を込めて覆っている気がして、善晴の態度から気持ちを知ろうとする俺の心は擽ったくなる。
兄様に対する弟として気遣ってくれただけであろう善晴に「ありがとう」と照れくさくなりながら言って、自分たちより少し大きい猫又に近づく。
兄様からなんの文も送られていないのに、急に現れた猫又を不思議に思い「何かあったのか?」と聞くと、猫又が「羅城門に鬼が現れた」と緊張感を含ませた声色で言った。その返事に俺は怪訝に思い「羅城門の、鬼が?」と反復した。
なぜだ? まだ日が昇っているのに、こんな時間にどうして……
「どうやら──」焦燥を滲ませた表情をして教えてくれようとした猫又の声に「おい!」と怒鳴る静春の声が被る。
「み、満成、誰と話してるんだ?」そう怯えながら几帳の裏に文章博士と隠れていた静春が言った。
「あ、すまん、兄様の式神だ。ここに猫又がいるんだ」
「え! 猫又が? 俺だっていつもは見えてんのに」
ああ、そうか、いつもの猫又の姿は、よくいる猫の姿で普通の人にも見えるようにしていたのだろうが、今の猫又は本来の姿をしているから、見鬼の才、陰陽道に通じた俺らにしか見えないのだろう。
静春の言葉で話が途切れてしまったが、なぜその状況になってしまったのか、猫又に「それより、どうして?」と再度聞くが、「京にいる陰陽師にはすでに伝達済みだ、お前らを羅城門に連れて行く」と言って猫又は「乗れ」とその場に伏せた。
「……わかった、皆は無事か?」
友成は忠栄のところにいるだろうか? 不安で心が押しつぶされそうになる。
「ああ、おぬしの弟は忠栄とともに、鬼との争いに備え陰陽寮にいる、雅峰は内裏に行ったようだ」
陰陽博士の忠栄が陰陽寮にいる理由は突然の鬼の出現によって、鬼退治することになったら力不足で瀕死状態になってしまった陰陽師の代わりに学生である陰陽生を羅城門へ派遣する指示を出すためだろう。だが、忠栄はきっと彼らを簡単に羅城門へは向わせない。未熟な陰陽生を、力ある陰陽師が倒れた場所にただ死を覚悟させて送り込むなんて真似は絶対にしないだろう。だから、そんな彼と友成が共に居ることは、心配無用だった。
しかし、雅峰が内裏に戻ったという話は右大臣の件もあって「警護はいたのか?」と尋ねると猫又は頷いたが不安は消えない、だが猫又も切羽詰まった様子で「早く乗れ」とニ尾にわれた尻尾を揺らして急かしてきた。
「二人はここにいろ、俺たちは羅城門に行ってくる」俺は静春と文章博士に向かって叫んだ。
「あ、ああ、わかった!」
「お気をつけて……」
彼らのいる方を向いた際に床の上に置いてある琵琶に目がいった。そうだ、琵琶の呪がいつ爆発するか分からない。琵琶は持っていくしかないな。俺は琵琶を手に取り、外に出る。
「猫又頼むぞ」俺と善晴は馬を乗るように猫又の体に跨ると、猫又が「任せろ」と力強く頷いて地面を蹴る。
猫又の体が風を切って空に登るなか、跨っている俺らは平安京を一望出来たが、今はそんな余裕はない。「羅城門の出現についてじゃが」と猫又は先ほど静春に遮られた、羅城門付近に鬼が突如出現に至った経緯を教えてくれた。
「どうやら、右大将である平の兵が鬼を焚きつけたらしい、兵は平の兵だと名乗りはしたが鬼を焚きつけたのは独断で行っているらしい……だが、おそらく平の仕業だろう、あの実質剛健な男は時に荒事を起こすからな」
右大将の平か。平家といえば武家として名高く、猫又の言う通り誠実さを兼ね備えているが血の気の多い一族だ。
武術の実力は京一と謳われ、『恋歌物語』の雅峰も腕を磨くために彼のもとで鍛えたという過去エピソードがあったな。はあ、そんな男とこれから一戦交えることになるのか。
……待て、俺詰んでね?
こちとら妖退治が目的の陰陽師だぞ、そんな筋肉だるまと戦うなんて体が持つかどうか……。まあ、善晴もいるから大丈夫だよな?
「あれは……!」猫又の焦る声がして、下を覗くと羅城門のあたりで水干姿が三つ、対面には男と女の姿があった。猫又が驚いた理由はさらに彼らに近づいて降りている時に気づいた。
水干姿の男のひとりがまだ、五歳ぐらいの子供を後ろから掴んで、その顔に刀先を向けていた!
対面にいたのはよく見知った雄々しいフェロモンを漂わせた顔の男、良佳で泣き叫ぶ女を抑えている。どうやら、水干男が掴んでいる子供の母親らしい。子供が恐怖に泣き続け、女が「放して! 私の子を返してッ!」と抑えられている隙間から手を伸ばしている。
子を人質にしているのか!? 良佳が庶民の子供と遊んであげているのを知っているということは、鬼が良佳だと断定していたことになる! それよりも──
「……ッ貴様! その子を放せッ!」猫又の上から飛び降りると、運良く着地できる程の高さで、俺は水干男の前に何事もなく降り立った。
うおおお! 良かった! 勢いのまま降りちまったから空に飛んでたの忘れてた!!
「なぜお前がここに」
俺の登場にギョッとした表情の良佳。その声は驚いている様でたどたどしかった。
それが現実のこいつに当てはまるかどうかは分からない、だが、もし兄弟子関係に戻ろうとしているのであれば、親友……この時代背景なら、知己か、そうなれるかもしれない。それぐらい俺は、こいつのことを信用しているし、難にあえば共にあろうとさえ思える。善晴は今、どう思ってくれているのだろうか?
あぐらをかいた善晴の腕のなかにすっぽりと収まるような体制で体を休めていると、近くから慣れしたんだ妖の気配を感じた。
「蘆屋の小僧、随分とやつれているな」外から透き通った声が聞こえたと思ったら、まだ明るい空から牛車ほどの大きさの猫又が優雅に降り立った。
か、かっけえ!急な猫又の登場に感動していると、猫又がこっちにこいと言うように特徴的な靴下を履いたような黒毛の前足を動かしている。
その大きすぎる前足のもふもふ感に誘われるように疲れている体を無理矢理起こそうとすると、善晴が一緒に立ち上がって体を支えてくれた。善晴の手が、俺を決して放さないと語るように力を込めて覆っている気がして、善晴の態度から気持ちを知ろうとする俺の心は擽ったくなる。
兄様に対する弟として気遣ってくれただけであろう善晴に「ありがとう」と照れくさくなりながら言って、自分たちより少し大きい猫又に近づく。
兄様からなんの文も送られていないのに、急に現れた猫又を不思議に思い「何かあったのか?」と聞くと、猫又が「羅城門に鬼が現れた」と緊張感を含ませた声色で言った。その返事に俺は怪訝に思い「羅城門の、鬼が?」と反復した。
なぜだ? まだ日が昇っているのに、こんな時間にどうして……
「どうやら──」焦燥を滲ませた表情をして教えてくれようとした猫又の声に「おい!」と怒鳴る静春の声が被る。
「み、満成、誰と話してるんだ?」そう怯えながら几帳の裏に文章博士と隠れていた静春が言った。
「あ、すまん、兄様の式神だ。ここに猫又がいるんだ」
「え! 猫又が? 俺だっていつもは見えてんのに」
ああ、そうか、いつもの猫又の姿は、よくいる猫の姿で普通の人にも見えるようにしていたのだろうが、今の猫又は本来の姿をしているから、見鬼の才、陰陽道に通じた俺らにしか見えないのだろう。
静春の言葉で話が途切れてしまったが、なぜその状況になってしまったのか、猫又に「それより、どうして?」と再度聞くが、「京にいる陰陽師にはすでに伝達済みだ、お前らを羅城門に連れて行く」と言って猫又は「乗れ」とその場に伏せた。
「……わかった、皆は無事か?」
友成は忠栄のところにいるだろうか? 不安で心が押しつぶされそうになる。
「ああ、おぬしの弟は忠栄とともに、鬼との争いに備え陰陽寮にいる、雅峰は内裏に行ったようだ」
陰陽博士の忠栄が陰陽寮にいる理由は突然の鬼の出現によって、鬼退治することになったら力不足で瀕死状態になってしまった陰陽師の代わりに学生である陰陽生を羅城門へ派遣する指示を出すためだろう。だが、忠栄はきっと彼らを簡単に羅城門へは向わせない。未熟な陰陽生を、力ある陰陽師が倒れた場所にただ死を覚悟させて送り込むなんて真似は絶対にしないだろう。だから、そんな彼と友成が共に居ることは、心配無用だった。
しかし、雅峰が内裏に戻ったという話は右大臣の件もあって「警護はいたのか?」と尋ねると猫又は頷いたが不安は消えない、だが猫又も切羽詰まった様子で「早く乗れ」とニ尾にわれた尻尾を揺らして急かしてきた。
「二人はここにいろ、俺たちは羅城門に行ってくる」俺は静春と文章博士に向かって叫んだ。
「あ、ああ、わかった!」
「お気をつけて……」
彼らのいる方を向いた際に床の上に置いてある琵琶に目がいった。そうだ、琵琶の呪がいつ爆発するか分からない。琵琶は持っていくしかないな。俺は琵琶を手に取り、外に出る。
「猫又頼むぞ」俺と善晴は馬を乗るように猫又の体に跨ると、猫又が「任せろ」と力強く頷いて地面を蹴る。
猫又の体が風を切って空に登るなか、跨っている俺らは平安京を一望出来たが、今はそんな余裕はない。「羅城門の出現についてじゃが」と猫又は先ほど静春に遮られた、羅城門付近に鬼が突如出現に至った経緯を教えてくれた。
「どうやら、右大将である平の兵が鬼を焚きつけたらしい、兵は平の兵だと名乗りはしたが鬼を焚きつけたのは独断で行っているらしい……だが、おそらく平の仕業だろう、あの実質剛健な男は時に荒事を起こすからな」
右大将の平か。平家といえば武家として名高く、猫又の言う通り誠実さを兼ね備えているが血の気の多い一族だ。
武術の実力は京一と謳われ、『恋歌物語』の雅峰も腕を磨くために彼のもとで鍛えたという過去エピソードがあったな。はあ、そんな男とこれから一戦交えることになるのか。
……待て、俺詰んでね?
こちとら妖退治が目的の陰陽師だぞ、そんな筋肉だるまと戦うなんて体が持つかどうか……。まあ、善晴もいるから大丈夫だよな?
「あれは……!」猫又の焦る声がして、下を覗くと羅城門のあたりで水干姿が三つ、対面には男と女の姿があった。猫又が驚いた理由はさらに彼らに近づいて降りている時に気づいた。
水干姿の男のひとりがまだ、五歳ぐらいの子供を後ろから掴んで、その顔に刀先を向けていた!
対面にいたのはよく見知った雄々しいフェロモンを漂わせた顔の男、良佳で泣き叫ぶ女を抑えている。どうやら、水干男が掴んでいる子供の母親らしい。子供が恐怖に泣き続け、女が「放して! 私の子を返してッ!」と抑えられている隙間から手を伸ばしている。
子を人質にしているのか!? 良佳が庶民の子供と遊んであげているのを知っているということは、鬼が良佳だと断定していたことになる! それよりも──
「……ッ貴様! その子を放せッ!」猫又の上から飛び降りると、運良く着地できる程の高さで、俺は水干男の前に何事もなく降り立った。
うおおお! 良かった! 勢いのまま降りちまったから空に飛んでたの忘れてた!!
「なぜお前がここに」
俺の登場にギョッとした表情の良佳。その声は驚いている様でたどたどしかった。
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