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第50話-羅城門の鬼と少女 前編

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なんで、どうして、頭の中にグルグルと芦屋光弘の記憶が巡る。『恋歌物語』の世界にいるはずがないの存在。

「あ、私あなたたちの服見たことある! 偉い人でしょ? もしかして道に迷っちゃった? ぼたん寺に行こうとしてたんでしょ! こっちは危ないって弘法様が言ってたよ」

小さい頃の妹と同じでまくしたてるように喋る。一度口を開けば、自分の言いたいことを最後まで言わずにはいられない性質で、この少女も俺の返事を待たずに喋り続けている。

「私がぼたん寺まで案内してあげる!」

そう言って少女は小さな体で翻り、一度振り返り「ついてきて!」と言った。

「どうかしたのか?」と良佳が言ったが、少女の後ろ姿から目を外せずに、ゆっくりと歩みを進めた。

いつの間にか霧が晴れると、空は茜色になっていた。少女の姿が良く見える。
少女の顔はやはりと同じだった。
しかし、少女がではないことは、分りきっていた。
名前を呼んでも「お兄ちゃん!」と言ってくれない。笑い方も妹と少し違っていた。
少し歩いて大分落ち着きを取り戻し、少女に声をかける。

「なあ、ぼたん寺ってあとどのくらいで着くんだ?」

もし、時間がかかるようであれば、火玉達に空を飛ばせよう。
少女は、時間を数えられないらしく、「うーん」と悩んでから「暗くなったら!」と褒めてあげたくなるような自信ありげな顔して言った。
それなら、双葉に乗ったほうが早いな。
「双葉火雲かうん」式神を取り出し、そう言うと双葉は人が四人程乗れる大きさの炎の姿で現れる。
「わあ! 凄い!」
さっきの幽霊の行列が見えなかったのだから、妖も見えないはずだ。案内してもらうため少女にも双葉の姿が見えたほうが良いと思ったが、怖がらないのか。
「乗れ」と言うと少女は目を輝かせながら火の雲に乗り込む。
普通こんなの見たら地獄に連れていかれるとか想像して、乗るのが躊躇われる姿なのにな。
双葉に乗って空を飛んでいる間、ぼたん寺まで案内してくれている少女が、良佳の具合の悪そうな顔を見て「ねえねえ、大丈夫? 頭痛いの?」と心配そうに言った。
良佳は俺の肩に寄り掛かりながら、少女の頭を撫でた。少女は嬉しそうに笑った。

暫くすると少女が「ついたよ!」と言って指をさした。そこには森の中に荘厳とした寺があった。
俺たちは近くで火玉から降りると、寺の方に近づいた。鬼・妖・幽の祓いをされているかもしれないと、良佳の中の鬼の力を封じる印を額に描き、門を通る。
少女が「弘法様!」と外に出ていた坊主を呼び止める。
「おや、今度は人を連れて来るとは珍しい」そう言って、慈しみを込めた笑みを浮かべて少女の頭を撫でた。少女は「えへへ」と顔を赤らめて笑っている。
寺だと分かって入ったが、満成の記憶が呼び起こされそう手気分が悪い。どうしてもあの子を触る手が汚いものに見えてしまう。場所を間違えたな。だが、良佳の体調も悪いし、飯を貰えればこっちとしても助かる。
それに……妹の顔をしたあの子の事も気になる。
「すまん、近くで盗賊に襲われてな、一晩宿を貸していただけないだろうか」
愛想笑いを浮かべて坊主に頼み込むと「ええ、大変でしたね、直ぐに準備します」と笑みを崩さず言った。
胡散臭い、坊主の笑みに反吐がでそうだ。

「余っている部屋が狭いところしかなくて申し訳ありません、後で食事をお持ちします」そう言って通された部屋は、男二人が大の字になって寝転んでも、決して狭くはない部屋だった。
坊主に「ありがとうございます」と言うと、坊主は頭を下げて部屋の前から去った。
俺は坊主の後ろ姿が見えなくなったのを確認して良佳と部屋の中に入った。
こめかみを痛めているような表情で「ううん」と唸っている良佳を畳に寝かせ、懐中から護符を取り出し部屋の中に結界を張った。
「良佳もう大丈夫だ、辛いか?」
良佳の隣に座って尋ねると、面白くなさそうに辺りを見渡して、「ここの空気は気持ちが悪い」と言った。
良佳は仰向きに寝転んだ体を横に向けて、手を振って俺を呼ぶ。
「どうかしたのか?」
膝と脛とを畳に擦らせながら少し良佳に近寄った。すると、良佳の大きな手に急に両足を掴まれ、そのまま良佳の頭の方に引きずられ、俗にいう膝枕をしてあげている状態になった。
「おい、自分の腕で頭を支えろ! こんなところ坊主に見られたら恥ずかしいだろう!」
「我は頭が痛い、お前の柔い足じゃないとさらに痛くなってしまう」
そうは言うが、俺の足も女じゃないんだから柔くないだろう思いつつ、本当に気分を悪くしているらしい良佳の額の汗を拭ってやった。
ほどなくして「失礼します」と礼儀を習った稚児の様に先ほどの少女の声が外から聞こえた。
「入れ」と言うと、少女は戸を開き二人分の食膳を持ってきた。
配膳してくれている少女に「お前は飯を食ったのか?」と聞くと、「これから弘法様達と食べます!」と嬉しそうに言った。
「流れ者にも飯を与えるとはよほど大層な寺らしいな」
良佳は舌打ちをして起き上がった。その時に見た良佳の目に、俺は体中に戦慄が走った。
「良佳……」
「それじゃあ、私はこれで失礼します!」少女はそう言って部屋から出て行った。

俺は二人分の食事に毒が入っていない事を確認した。毒の気が無い事がわかると俺と良佳は特に話す事もなく、黙食を続けた。
良佳が鬼だとバレてしまわぬように注意して、少女以外の者が来ると困るので外に空になった配膳を置いた。
「そうだ、この琵琶。もう呪は取り除けているから持ってていいぞ」
そう言って、琵琶に貼っていた符を剥がすと、琵琶を良佳に向けた。
「ああ、感謝する。そうだ、今我は気分が良い。ひとつ弾いてやろう」
良佳は暗い部屋のなかで唯一の明かりである火を恐ろし気に揺らめかせながら、弦を弾いた。
静寂な中に弦が弾かれる音、ひとつひとつ重みのある音を軽快に奏でている。
良佳の琵琶を見る目がどこか寂しそうだった。彼の奏でる琵琶の音が時空を歪ませる様な、彼の世と此の世が交じる不思議な感覚を覚える。それらが相まって良佳が奈落の底に落とされるような錯覚を起こした。
「弾くな」
そう言って腕を伸ばし、弦を弾く良佳の手を止めさせた。
良佳はフッと笑って、琵琶を放り投げた。俺は良佳が琵琶を大切にしていると思っていたので、その行動に驚いた。
すると、良佳が俺の腕を掴むと畳に押さえつけた。俺は両腕を抑えられ、自由が利かなくなった体を仰向けにされた。したり顔の良佳の顔を睨んだ。
「良佳、離せ」
「羅城門のところで思ったんだが、ぬし狐に印をつけられたな」
「印?」
訳が分からず、聞き返すと良佳はさらに顔をほくそ笑むと、片手で俺の首元の衣を横にずらし、「ここだ」と言った。
そこは善晴に噛まれたところだ。でも、かなり前の事だから跡も消えているのになんでわかったんだ?
「そうか、狐に喰われたか。先に見つけたのは俺だというのにな」
こいつ何言ってんだ!?
「良佳! 離すんだ! クソっ! ふた――」
双葉を召喚しようと名前を呼ぼうとした口を手で塞がれる。
やばい、まじでなんも出来ねえ!
「んーんー」と威嚇するが、良佳は気にせず印があると言っていた首をジッと見て考えこんでいる。
「ああ、こりゃあ駄目だ」そう言って良佳は俺の口と両腕から手を離した。
俺は急いで状態を起こし良佳から間を取ろうと、後ろに下がった。
「何のつもりだ!?」
「……印がな、強すぎる。下手した術者も刻印された者も、それを解こうとした奴もお陀仏だ」
なッ!? はあ!? そんなものが俺の体に掛けられてんのか!?
俺は首元を確認しようにも、ぎりぎり自分では見えないところにあるらしく、良佳に確認しても「無駄だ」と言われた。

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