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第43話−それから三年後
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ある日のこと、善晴は父の安倍と陰陽頭賀茂の屋敷に行き、俺は双葉と白狐の三人でお留守番をしていた。
俺が体を休めている部屋で白狐は山の動物、妖からもらってきた薬草を使って、薬を作っている。
外の陽気な天気の下では、双葉火玉は池の周りで水遊びをして、楽しそうだ。
火の精なのに、水遊びを楽しめるのか。それにしても、美少年だった双葉が美青年の姿で変わらず遊んでいる姿は、不思議な感じた。
なんて羨ましく思いながら、病人のように伏している自分は、一応病人であるが体を動かしたくてしょうがない。
「まだ、動いてはならぬぞ」
「……分かってる」
すると白狐は何かを思い出したらしく、そういえば、と声を小さくして言った。
「おぬし、静春という男に本来の姿をみせたのか?」
静春に?
「は? あるわけないだろう?」
つられて俺も小さく答えた。
そんなことが出来るわけない。白狐が知ったのでさえ、状況が状況だったから。あの姿には、あの夢以来戻ったことない。
そうか、と白狐は考える素振りをすると、悩ましげな表情をした。
「どうしたんだ?」
「それがな、賀茂の子に頼まれて、あやつの薬呪を祓いに行った時にな、面白そうな気配がして記憶の中に入ったんじゃが、そこでな」
なんだ? そんな険しい顔をして、何を見たんだ?
「高階の屋敷の中で、本来のおぬしの顔に似た女を見つめていたようなのじゃ」
「……」
「……」
「はあ!?」
「まあ、その反応になるよな、わしも興味本位で記憶の中に入り込んだが、その後よくよく考えたら、あの薬呪は想い人、もしくは己がもっとも美しい、好ましいと思う顔を見せる効果があったので、もしかしたらと思ってな」
「見せてないが、それって」
俺は、白狐に似た女に見えたんだよな、そう、久しぶりに会った……善晴のような、うん、たしかにめっちゃ美青年って感じで、あとニ、三年すれば俺のイチオシになる顔だしな。
白狐は盛大に溜息をついて、見つめてくる。
いつもの声量に戻り、俺も呆れて普段通りの声量に戻す。
「おぬしの世界だったら、わしの息子はあやつに先を越されていたな」
「クク、あんなやつと先に出会っても、からかいがいのある友人でいるだけだ」
「ほお、そうか、それは良かった」
そう言って、棚に置いてある銀砂子の扇を見てニヤリと笑う。
何を笑っているんだ?
夕方ごろ、屋敷に戻った二人はすぐに部屋に籠もり、その日は善晴と話すことは無かった。
白狐と食事を済ませた後も、俺の顔を見てニヤニヤと笑う彼女に嫌気をさしながら病人らしく薬を飲んで眠りに逃げた。
まあ、そんなこともあったが、彼らの屋敷に留まってから三年が経ち、薬呪で犯された気脈は正常に戻った。
修行をする間、屋敷から外に出ることはなかった。
まさか、屋敷の一部屋を修練場にしてしまうとはな。
部屋の前にある柱に貼った符を変えると、符に書かれた特徴のある部屋に変わった。
例えば、符を作るだけならば机と椅子、調度品のある部屋に、呪を的の人形に放つならば空間を引き伸ばした部屋に、双葉火玉を使って実戦を行う時は空間に強力な結界が敷かれ、弓術や刀術、さらには馬術までも一つの部屋で行うことができる。
庭は貴重な薬草が生えているから、二重に結界を敷くと毒になるかもしれないし、枯れてしまうらしい。
それに、気脈の呪の解毒剤を作ってくれた白狐には感謝だ。
庭の薬草は高等薬草ばかりで、白狐はなんならと言って、俺に見合った呪力を増幅させる薬呪も作ってくれた。
そのおかげで、今まで無理していた分の呪力を使っても体にかかる負担が格段と減った。
安倍から教わった陰陽道は、陰陽寮で教わったこととは違い、我流のものが多く、これまで正確さを意識して唱えていた言葉も、自分の呪力に負担がかからなければ、念じながら「急急如律令」と唱えても、事象は起こると教えてくれた。
そのおかげで、無駄な時間を取られずにすむ。
これなら、海徳法師を止められるかもな。
それにしても、何の因果か、三年という時間は『恋歌物語』の攻略対象の彼らが、主人公香澄と出会う年齢にしたのだ。
安部善晴と雅峰は二十歳、賀茂忠栄と在原静春は二十五歳、俺はまあ、悪役だからか年齢不詳とされていたが、数えると二十六歳らしい。
ただ、白狐の結界に迷ってしまったため、実年齢より若く見えている。
『恋歌物語』の善晴、雅峰は年相応の容姿だが、彼らは半妖陰陽師、これまでの東宮という立場のせいか、同年代より大人びている。
まあ、弟の友成も二十歳だから、俺らが二人でいれば年子の兄弟に見間違えられても仕方がないぐらいには若いらしい。
まあ、それは良い、それよりも俺は善晴の行動で心が荒んでいる。
いや、行動は行動なのだが、何もしてこない、という行動だ。
あの日、俺を抱いた日から善晴は俺の肌に触れてくることはなかった。
寝室はなぜか同じ部屋だが、顔や髪に触れることはあっても、それ以上のことはしてこない。
善晴に噛まれた首の傷はすでに消えている。
印ってなんだろうな。だが、あれで気が済んだなら良かったのかもな。
「兄様、本当に朝廷に行かれるのか?」
しっかりとした体躯に陰陽寮の白い狩衣を纏った善晴は不安そうな気持ちを無表情な顔に薄っすらと浮かべて言った。
善晴はこの三年のうち一年間を形ばかりの陰陽生として過ごし、帝の前で異色の才を発揮し、二年間は陰陽師として活動している。
善晴が不安そうにしている理由は、京で起きている対立のせいだろう。
先日忠栄が屋敷に訪れた。
俺を正式に陰陽師として陰陽寮に所属させる事が決まったらしい。
高階東宮学士が昨年亡くなり、それ以降、右大臣の動きは活発になっていることから、陰陽頭賀茂は朝廷で陰陽師に俺の名を上げたようだ。
だが案の定、周りの貴族の反発があり、帝は受け入れを渋ったが、帝の寵臣である左大臣と在原氏を四大氏族にまでのしあげた頭中将静春、東宮の雅峰、さらには皇家のお抱えである陰陽博士忠栄による力添えにより、その場に不在だったにも関わらず俺は陰陽師として認められた。
しかし、当時右大臣は黙っておらず、その場で不在でいる俺について言及したという。
俺が高階邸で姿を消した事、また京に鬼が現れたという噂から姿をくらました俺とその鬼は高階邸で一緒にいた事を帝に言った。
やはり右大臣は鬼の正体に気づいていたようだが、なぜか鬼が良佳である事は伏せたようだ。
鬼が良佳だと言ってしまえば、夕方に良佳と行動していたことは通りを歩いてた人は見ていたはずで、証人は沢山いたのに。
それゆえ、俺らが一緒にいたという証拠は屋敷の下人にすぎず、当時そこには意識を混濁させる薬呪が撒かれており、その下人の証言は虚言とされた。
まあ、俺が朝廷に現れない理由は、陰陽助安倍が俺がいる居場所は自分の屋敷だ、とその場で暴露してくれた結果、異論なしということになったのだ。
そして、今日俺は帝、東宮、公家のいる朝廷に出向くことになった。
「ああ、もうすでに決めた事だ」
「……もし、私のために、ここにとどまってくれと言ってもそうはしてくれないのだろうな」
「ああ、だが、もうお前を置いていくことはしないさ」
「兄様」
俺は銀砂子の扇を開き、いつものように顔を半分隠す。
善晴の両目を見据えながら、頼りにしていると目元に笑みを浮かべる。
「一緒に行くぞ」
「ああ、兄様を守るのは、この私だ」
そう自信満々に言う善晴は、再会したときから安定の無表情のままだ。
だが、それでも善晴は少しばかりの期待を俺に持たせてくれる言葉をくれる。
再会……そっか、俺はここに転生して六年が過ぎたのか。
まさか、『恋歌物語』の見るはずのない 時 を過ごすことになったとはな。
だが、もう後戻りは出来ない。
新しい物語は新しい悪役を用意した。
主人公が転生して現れる可能性は限りなく低いだろう。
だから、彼女を救えなかった俺が、この新しき物語の陰陽師として、悪役になってしまった海徳法師を止めてみせる!
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