乙女ゲームの悪役法師陰陽師に転生した俺は、どうやら昔助けた秀麗な半妖陰陽師を狂わせているようです。

雨宮一楼

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第53話−乙女ゲーム主人公 橘香澄

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「羅城門前に着いたぞ」

和紀の声が聞こえると、俺は荷車の藁を隠れている良佳の体にまんべんなく被せる。
問題が無いか確認すると手の動きで「行け」と指示を出す。
すると荷車は動き始めた。

俺と良佳は酒瓶を詰め込んだ荷車の中に隠れた。人型の時でも良佳の体は成人男性より一回りほど大きいもんだから、どうにか体を丸めてもらって隠すのには苦労した。そして俺は体をまるめた良佳の内側に収まる様に向かい合う形で膝を曲げて横になり隠れた。
良佳の顔が俺のちょうど下を向いた前にあるから顔を上にあげられなければ、良佳の形のいい額を観賞することが出来る。
鼻が高いな~。

よしこのまま誰にも声を掛けられずに兄様のもとに行ければいいんだが、きっと奴らが警備をしているんだろうな。

門を過ぎようとした時、衛兵だろう男に和紀は声を掛けられた。

「おお、陰陽師の方が納品物を持ってくるとは珍しいですな」

「ああ、人使いの荒いでな、頼まれたんだ。私なら多くの人を使わなくても、式神が手伝ってくれるからな」

「ははは、そのちっちゃい嬢ちゃんも式神かい? 本物の人間の稚児に見えるよ」

「わたし、人間よ」

本人はいたって真面目なんだろうが、怒っている声が可愛く聞こえる。男は「すまねえ嬢ちゃん」と言って謝った。

「式神は荷車につけているんですよ、だからこんなに大きな荷車でも、軽くて運搬しやすいのです」

「へえ、式神ってやつあ便利なものだなあ」

和紀が慌てるように荷車に手を掛けたらしく、身体が揺れた。

「それでは失礼します」

「ああ、気をつけてな」

なんとか気づかれずに通り過ぎることが出来たか。

ヒッ! 良佳放せ!

良佳はジッとするのが我慢出来なくなったのか俺の腰に腕を巻き付け、衣の中に手を侵入させてきた。
俺の反応を見て楽しんでいるのだろう。喉の奥で小さく笑っている音がこの近さだから聞こえてくる。

「あと少しです、あまり揺れないでくださいよ」

和紀、すまん。
ふざけるな、と良佳の顔に手を押し当てた。

本当に近くだったらしく、すぐに「着きましたよ」と和紀の声が聞こえた。

やっと着いたのか!!

和則が玄関で使用人と話している声が聞こえ荷車が揺れて少し移動してから止まると、懐かしい声で「もう出てきていいですよ」と言う声が聞こえた。

「忠栄兄様! 満成戻りました!」

俺はそう言って藁を被ったまま荷車の上で立ち上がった。

「おかえりなさい」

忠栄兄様の品よく落ち着いた雰囲気を纏った柔和な笑みを浮かべる姿を久しぶりに見て、数か月しか離れていなかったにも関わらず、胸が締め付けられた。

「ふふ、お転婆になられましたね」

俺は自分の姿が荒れていることに気付き、「あ」と声を漏らした。

「俺、身だしなみが整ってないので、あんまり見ないでください」

忠栄兄様から自分の姿を隠すように和紀の後ろに隠れる。
和紀は意外にもそのまま動かずにいてくれた。

「隠れなくても良いんですよ。皆さん長旅ご苦労様でした。清めの準備はしてありますよ」

「ありがとうございます。使わせて頂きます!」

***
ふう、さっぱりした。

良佳と和紀も一緒に体を洗おうと誘ったが、二人は言葉を濁し、俺が終わるまで外で待っていた。

まあ、気にしない。菫も綺麗にしてもらったな。

小さい子供用の衣なんて無いかと思ったが、忠栄兄様が子供の頃に着ていた水干を菫に着せてくれた。
菫は着慣れない水干を俺に見せてきたので、「良く似合ってるよ」というと嬉しそうに笑った。
そして俺の後ろについて歩く姿は小さいころの弟、友成を思い出しよしよしと頭を撫でたくなったので、一応女の子だから優しく撫でた。
「満成様は頭に変な物被らなくていいの?」
烏帽子の事か?
「ん? ああ、面倒だからいいんだ」
烏帽子を被るのははっきり言って面倒だ。俺は別にこの世界の羞恥心とかあんまり感じないしな。
宿舎にいた頃の兄様も気にしてなかったしな。髪を一本に結ぶのが楽だから、その姿でいても何も言われないだろう。
俺は菫を連れて忠栄兄様のいる部屋に着いた。

「兄様ありがとうございました!」

中には兄様の他に男が一人いた。白い狩衣を着ている、陰陽師だろうか。
しかし彼は、兄様の正面に座り、俺からは後ろ姿しか見えない。

「お邪魔でしたか?」

そう声を掛ける。

「いいえ、貴方に紹介したい方がいましてね」

「紹介したい人?」

俺は手招きされ忠栄の傍に近寄ろうとして、その通り過ぎ様にその男の顔を見た。
足が止まった。息をするのも忘れるほど、その男の顔が美しすぎた。
いや、それだけじゃない。その顔は俺の記憶を呼び覚ました。

「蘆屋満成……なぜお前がここに」

「生きて、たのか」

香澄だ、橘香澄の姿だ。紛れもなく乙女ゲームの主人公の容貌をしている彼に俺は驚きを隠せなかった。

なぜだ? 俺は、彼を助けられなかった。生きていたのか、そうか。生きていたのか。それよりも香澄の姿だが、なにか重要な事を忘れてる気が……。

橘香澄が生きていたことに安堵していると、俺と男の様子に兄様が心配するように声を掛けられハッとする。

「二人は知り合いかい?」

何から答えようか、いや兄様にも話すべきなのか? と迷っている間に「満成?」と兄様の声が近づいた。

「あ、兄様……」

兄様は俺の腕を掴み、眉を下げながら「大丈夫かい?」と言った。

いや、話すべきではないな。自分がゲームの、作られた世界のキャラクターであると言われても理解できないだろう。むしろ、これまで助けてくれた兄様を混乱させるわけにいかない。

不安を和らげるよう心配する兄様に笑顔を向け、俺の袖を掴むその腕を離す。

香澄に近づくと彼の肩が小刻みに震えているのに気付いた。

ああ、そうか、彼はさっき俺の名前を言っていた。
ということは、俺と同じ転生者か?
俺はこの世界で香澄と会ったことはない。
だから、彼が俺の名前、それと一致する姿を見て驚く理由が無い。

「兄様彼と二人にさせていただけませんか?」

「ええ、分かりました」

「菫、少し兄様と二人になっていてくれるか? 大丈夫兄様はとてもお優しい御人だ」

菫と目線を合わせ、頭を優しく撫でながら言った。菫は頷いて忠栄兄様が差し出た手を握って外に出た。

おろおろとしている香澄の前に座ると、彼はビクッと肩を揺らした。

彼がいつこっち・・・に転生してきたのかも知りたいな。
それに橘家が滅亡したという事実がある以上、彼が生きてきたこれまでのいきさつを知りたい。

俺は自分が『恋歌物語』の悪役であることを考え、彼を怖がらせないように尋ねた。

「記憶があるのか?」

「どうして、お前がここにいる」

俺の問いに答えず、彼は声を震えさせながら言った。

やはりこの場所に俺がいることを不自然だと思っているな。

俺は彼の顔に近寄り、耳元で小さく言った。

誰かに聞き耳をたてられていたら面倒だ。そんなことをするような奴は兄様の邸宅にはいないと思うがな。

「……この世界は、『恋歌物語』の世界ではない」

香澄の顔はアッと驚いているようだった。

香澄も「なぜそれを!?」と小声で言った。

「俺は転生者だ」

俺が放った言葉に、香澄はさらに目を見開いた。
そりゃそうだ。自分以外の転生者がいたら、そう反応するだろう。

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