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第48話−羅城門の鬼と破鬼剣

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「い、いま、空から……」そう言って水干男は尻もちをついて、空を指さしながら恐怖に揺れる目を向けた。

「兄様ッ! 急に降りるなんて無茶をッ!」

その空からまたひとり、人間離れした美しい容貌の善晴が降りてきた事で水干男は熱中症になったかのように顔を真っ赤にして気絶した。

わかる。こんな美を体現したような人間が空から降ってきたら、天女かと思うな。

「すまんすまん」といつもならすぐに適当に謝ることができただが、目の前の状況は緊迫しており、善晴の方に目を向けることさえ出来ない。いまだ水干男の仲間である無精髭を生やした男が、子供に鈍い色が光る刃先を向けている。

男をジッと見つめていると、「ッく、来るな! 近づくな!」ジリジリと後退りながら刃先を俺らに向けた。

「……へ? ぐあッ!!」その声とともに、子供の身体が逞しい腕に引っ張られ、膝蹴りを食らった無精髭男の顎が変な音を立てて倒れ、地面に砂埃を立ち込める。

砂埃のなかから、無精髭男を戦闘不能にさせ、子供を脇に抱えた良佳が現れた。良佳は砂埃を邪魔そうに払いながら「……ふぅ、助かった、満成」と言って、子供を返そうと母親に近づこうとした時馬の蹄が土を踏み留まる音が聞こえると────「止まれ、羅城門の鬼」良佳の動きを制止する声がした。

貴族でいて貴族でないような、しかし、重々しく厳粛な声があたりに響いた。
男が身に着けている鎧には、輪の中に羽を休ませる優雅な揚羽蝶の家紋があった。

右大将、桓武平氏 平将盛たいらのまさもり

宮中の警固を司る右近衛大将、武官の中でも最高職従三位を冠する公家。世襲制が特徴のこの時代において、数少ない平家は他の公家の中でも抜きん出た武を誇る武家だ。この猛々しい態度と精悍な顔つきの武官は歴代最高の武人と呼ばれる。

そして、雅峰の師匠!! 十ほど離れている年の差! ただでさえ師弟関係ってだけに萌える要素しかないのに! 日頃からどんなをしているんだ!? 

どんな状況でも、腐が目の前にあれば妄想してしまう。しかし、右大将平が姿を現したあと、次々と平軍の武士が姿を見せる。「こっちだ! 鬼がでたんだ!」どうやら、三人目の水干男が彼らを引き連れて来たらしい。

ハッ! いかんいかん、今はそんな事を考えている余裕はない!

しかし、三人目の水干が平の武士を連れてきたのが、あまりにも到着が早すぎると違和感を抱いた。
そもそも、この三人は水干姿なだけで、平の武士は彼らの顔を見ても同じ平家の者ではないような接し方だった。

どういうことだ? 平の武士が絡んでいると聞いたんだが。

平は地面にうつ伏せに倒れている武士を一瞥すると、その視線はまた良佳に戻った。

「貴様の仕業だな」疑問ではなく、断定している声色だった。

「おいッ! こいつは人質に取られた子供を助けただけだ!」平に向かって事実を叫ぶが、平が俺を見ることは無かった。

すると、後ろから冷たい声で「兄様、あれは鬼だ、貴方が庇う必要はない」と良佳の正体に気づいている善晴が言った。

庇う? 違う、どう見たって良佳は自分のために暴力をしたわけではない!

声に出して善晴に言いたくなったが、振り向いた時の善晴の顔が、祓うべき鬼を見る陰陽師の顔をしていて、俺は喉でその言葉を止めた。

「……我の名は良佳だ、羅城門の鬼とはなんのことだ?」良佳は冷静な態度でそう言った。

そして、母親の前まで行き、抱いていた子供の脇から手を離そうとした。

その時、母親が子供の身体を奪い取るように良佳から離した。
「あッ……、あ」と涙を流しながら良佳を見ている。良佳は一瞬驚いたが、ため息をついて「去れ」と冷たい声で言った。
母親は震えながら涙で濡れた地面に立ち上がると、子を抱いて走って行った。
良佳が水干男を蹴り飛ばし、厳然とした態度の平が放った【鬼】という言葉を聞き、おそらく恐怖から我が子を助けようとしたのだろう。

良佳の顔は無だった。哀しさも怒りもない、ただあの母子の後ろ姿が消えるのを見ていた。

姿が見えなくなると、平が良佳に「人から恐れられれば、鬼よ」と憐憫を含ませた声で荘重な立ち振る舞いを壊さず言った。

「人とは愚かだ、利己心の介入によって縁に亀裂を生じる」良佳はその利己心こそがお前だと言わんばかりの目で平を睨んでいる。

「我が鬼であっても、人であっても、貴様らは己らが作り上げた世の理を解さず、他愛の無い事のように我らの縁を乱す」

この場にいる全ての者が戦慄を覚える。そんな恐ろしい気を放った良佳がその場から去ろうとした時、琵琶の音色が聴こえた。

「こ、れは──」良佳はそう言って俺の方をぐるりと振り返り、勢いよく近づいてきた。

これかッ!? 持っている琵琶が人の手が触れずとも勝手に弦を弾き音色を響かせている。

「兄様に近づくなッ!」善晴が俺の前に立ちはだかる。
良佳は分が悪いようで、近くまできて止まった。

良佳の背後を見ると平の武士たちが弓を引いて、放つ指示を待っている。

「その琵琶、なぜ持っている」虚ろな目をした良佳が琵琶を指差す。

「……」平の目もあり、俺は琵琶の出所を伏せるつもりで何も言わなかった。

この場で鬼に琵琶を手渡すということは、平の敵になってしまう。それに、善晴がいる手前、迂闊に口を滑らせて善晴の立場を悪くする可能性もある。

陰陽師が鬼にプレゼント? そんなの帝の耳に入ったら、終わりだ。

「おい、満成……ウ"ッ!」すると急に良佳の様子がおかしくなり、何かを耐えるかのように叫ぶと、まるで頭が割れるのを抑えるようにして、頭を抱えながら蹲った。

「良佳ッどうした!?」俺は良佳の状態を無視できず、善晴の身体をどかし、良佳に近づく。

すると、タイミングを見計らっていたかのように空から良佳に振り下ろされる剣が視界を過ぎった。

「良佳ッ!」俺は良佳を庇うように身体を覆った。しかし、その剣が振り下ろされる事はなかった。

「雅峰ッ! 貴様!」善晴の激昂した怒号が頭上で予期せぬ人物の名前をあげた。

雅峰……? 勢いよく顔をあげると、そこには『破鬼剣はきけん』を手に持った、雅峰がいた。

『破鬼剣』────皇家に伝わる、鬼・妖・霊を斬りつける事が出来る剣。対の『護主剣ごしゅけん』は主人を護る剣である。全て『恋歌物語』内に存在する霊剣だ。

善晴は雅峰が持っている剣が自分の家が代々関わっている『破鬼剣』であると気づいているだろう。

陰陽師 賀茂家が皇家を護る霊剣を鋳造し、代々皇家の身が病に悩まされると『護主剣』の厭術を行っている。

また、陰陽師 安倍家がその対となる霊剣を鋳造し、代々皇家に代わって敵を討伐する大将軍に与えた節刀『破鬼剣』に集まる怨恨祓いを行っている。

俺はその剣が『恋歌物語』で臣籍降下した源雅峰が師匠の平から『破鬼剣』を譲り受けていたのを思い出した。

なぜ、雅峰が破鬼剣を持っているんだ!?

右大臣に目をつけられないよう、東宮という立場を忠栄達と守ってきたはずだ。平が師匠だとしても、まだ皇家の一員である雅峰に譲るわけがない!

思った通り平も、急な雅峰の登場と、彼が持っている『破鬼剣』を見て顔を青くして「東宮様!」と近づいた。

しかし、雅峰はそんな言葉が聞こえないのか、あるいは、無視しているのか、良佳に向かって再度襲いかかった。

俺は懐中から数枚の符を取り出し目の前に投げた。
──撃を防ぎ、我を守護しろ「急急如律令ッ!」

目の前の符から光が広がり、雅峰の攻撃を防いだ。

流石、安倍家鋳造の剣、霊力が強すぎる!

その時、近くで見た雅峰の目はどこか虚ろで弦の音を聴いた後の良佳と同じ瞳をしていた。

「何をしている! 目の前にいるのは、鬼だッ!」雅峰の鷹揚な声で右大将平も目の前にいる【鬼】を意識したようだ。

「東宮様を御護りしろ! そして、羅城門の鬼を討て! 天子の裏切り者を捕らえよ!」

クソッ! 破鬼剣だと強靭な肉体を持つ鬼の良佳でも殺されてしまう!

「双葉火玉! 幻炎!」

双葉の式札が火玉の姿に変化すると、火玉から火炎放射器のように炎が渦を巻いて彼らを囲んだ。
幻の炎に惑わされ、火を消そうと平の兵たちは狼狽えている。

このままだと、いつかは炎が幻だと気づかれてしまう。
もう俺は後戻りが出来ない事をしてしまった。良佳だけでも逃さないと!

「兄様、どうして」隣に立つ善晴の細い声が聞こえた。

……善晴、駄目だ、お前まで裏切り者に出来ない────

「──猫又ッ!」近くにいなければ聞こえないほどの声量で猫又を呼ぶと、動物の精である猫又は聞き逃さずに上空から猫又が近くに降りてきてくれた。俺は良佳を猫又の背に乗せると、琵琶を持って猫又に跨った。

右大将平を含めたの兵たちは、猫又の姿が見えていない。
「あの男、急に空に浮きやがった!」「なんだ、あの恐ろしい姿は!」口々に当たりに散らばる武士達が言っている。俺が妖を使役し、二つの火玉を侍らせているように見えているだろう。

俺は扇を善晴の前に投げた。いや、実は呪力を使って善晴の前まで飛ばし、一センチほどの高さで流れを止めたのだ。
そして、俺はしってやったりと勝ち誇った表情を顔に浮かべ、誇張するような態度で叫ぶ。

「安倍の! ククッ、貴様ら一族の秘法術は全て奪った! 感謝の印に貴様にかけた妖術は解いていってやる!」

俺の容貌を見た右大将平と武士達は、鈴鹿山にいる鬼の美女「悪玉」の容貌と妖術に魅入ったように、後々思えてくるだろう。
おっと、これは自慢ではなく、傾国の男の容姿をしている蘆屋満成であることを第三者である俺、芦屋弘光から見た客観的な感想だ。

そして、羅城門の上を飛び越え俺らは目的もなく、平の兵から逃げた。
その間、ずっと俯いていた善晴の顔は見えなかった。



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