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第46話−羅城門の鬼の琵琶

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俺と善晴、静春は文章博士の屋敷についた。

「すまない、重はいるか?」そう静春は下人に尋ねた。

「重様はその、お亡くになられた父上様のお屋敷に行かれました」

「そうか、ありがとう」静春はそう言って門から離れた。

「よし、そんじゃ高階邸に行けば会えるんだな」

「ああ」静春は浮かない顔をしている。

そりゃあそうだ。親しかった友人が救おうとしていた父親が亡くなって、いまだにその父親の屋敷に通っているんだからな。

クソ、俺があの時倒れなければ、三毒の呪に打ち勝てれば……、後悔してももう遅いことは分かっている。

すでに、死んだ者は戻らない。

「おい、阿呆早くしろ」善晴はぶっきらぼうに静春を呼ぶ。

「善晴、少し黙っててくれ」そう言うと、善晴は大人しく黙った。

こいつは、なんでこう、空気を読むのが下手なんだ。

『恋歌物語』の善晴はもう少し気配りが出来て、むしろ雅峰の方がぶっきらぼうで、主人公に対する雅峰の言葉遣いや態度を指摘していたような男だったのに。

「すまないな、行くか」静春は何かを考えていたようで少ししてから、車に乗り込む。その顔からは疲労している様子が分かる。

「大丈夫か?」「忠栄のところに戻るか?」「疲れてるなら休め」頭の中でそんな言葉はいくらでもでるけれど、それを静春に伝えるのは、なんか違う気がした。

おそらく、静春自身にそれを伝えたい相手がいて、そういうのが悶々と悩ましい気持ちにしているんだろう。

「静春、高階邸に着いたら文章博士のことをよろしく頼む」

そう言うと、静春は少し躊躇いがちに曖昧な笑みを浮かべた。

これも、違ったか? 俺は何度失敗すればいいだろうか。

それからは、誰も喋ることなく高階邸に着いた。

静春はどうやら、ずっとさっき俺が言った事について考えていたらしく、
「うん、やっぱり俺が先に入るな」と言って門を開けた。

中に入った静春の後に続いて、門を通ろうとすると、「静春様か?」と文章博士の声がした。

俺は息を呑む。久しぶりに見た文章博士の姿が痛々しかったからだ。青白い顔に隈と血色のよくない唇、そして衣の上からでも分かる弱々しく痩せ細った体。三年前に窺えた明敏な識者のような印象は、身なりがいいだけの病人のような印象に変わっていた。

「やめてくれ、静春でいい、ただ官位が上がっただけだ、俺だって重って呼んでただろう」静春の声や態度には彼らしい明るい調子はなく、何かを我慢するように淡々と話しているようだった。

「そう言ってくれるな、私は文章博士で君の官位に敬意を払っているのだよ」そう言って博士は乾いた笑い声を上げる。

「お久しぶりです、文章博士」俺はそう言ってから、東宮学士の死にお悔やみの言葉を伝えた。文章博士は「人はいずれ死に向かいます、お気になさらないで」と落ち着いた声で言った。

俺たちは「とりあえず中にどうぞ」と博士に言われたので中に上がった。

「さっきの……あやつら、たかが官位で揉めているのか?」善晴が耳元で言った。

「揉めているわけではない、文章博士という立場上、目上の人には他の者より言動、態度には気をつけなきゃいけないんだ。陰陽博士の兄様だって実力もだが、貴族に対する敬意を持っているだろう?」善晴の方を向いて小声でそう言うと、「よく解らん」と本当に分かっていなさそうな顔をして返した。

そりゃ、そうだろうな。今のこいつには敬意など無縁な言葉だ。
流石に、帝の前での態度はキチンとしていたようだが、朝廷には公家の目もあったからな。いや、普段呼ばれているのに参加してない時点でそんなもの感じていないか。

「おい、お前らこんなとこで何してるんだ? 満成、重が見せたい物があるってさ」

「あ、ああ」急に後ろを向いた静春に返事をし、文章博士が見せたい物と言った言葉を聞いて、例の物が見つかったのか、と彼らにすぐ追い付いた。

「これが、その右大臣様からの贈り物です」

通された部屋に下人が持ってきた大きな漆塗りの箱を前に、そう言って蓋を開けた。

「……これは!」俺は中身を見て、これがなぜここに? と驚いた。

右大臣からの贈り物の正体は琵琶だった。そして、その琵琶は俺が良く知っている物で、『恋歌物語』のなかで良佳が持っていた琵琶にそっくりだったのだ。俺はミニゲームでその琵琶を近くで見たから間違いはないはずだ。

紫壇で作られた螺鈿模様が特徴の琵琶。

なぜ、これを右大臣が持っていた? 東宮学士に送った理由はなんだ?

「この琵琶を知っているのか?」静春の声を聞いて我に返る。

言うべきか、だが、俺が琵琶の持ち主を知っていたとしたら、なぜ知っているのかと問われるだろうな。

「いや、呪が酷すぎると思ってな、なあ文章博士、これを忠栄兄様のところに持っていきたいんだが」

そう言うと、文章博士は答えを渋っている。

「どうかしたのか?」

「その、この屋敷の周りには右大臣様の影が潜んでおりまして、私も遺品整理のためとかこついて、屋敷から出そうと考えたのですが、盗賊に紛れて父を苦しめた証拠が消されるのではないかと恐れているのです」

「……そうだったのか」

そしたら、今も屋敷の周りをうろついているだろうな。
だが、この夥しい呪の想いは強すぎて、普通の人なら瘴気にあてられるかもしれない。文章博士も自分の屋敷に持って行かなかったのは得策だったかもな。

「なら、一旦呪を抑えるだけにしておくか」

「……そうだな」善晴はそう言って護符を取り出し、琵琶を囲むように陣を張る。

俺と善晴は琵琶を挟んで向かいあって座り、呪の瘴気を抑えつける呪を唱える。

クソ、なんだこの呪は……

何度も呪力を送り続け、瘴気を落ち着かせようとするが、その呪に込められた怨念の強さは、火に油を注ぐように増すだけだった。

「兄様、これは……」切羽詰まった善晴の声が聞え、善晴を見ると額に汗を滲ませ、眉を寄せて、険しい顔つきになっている。

「善晴、大丈夫か?」

俺も呪力を吸い尽くされそうだ……。

「……一度、やめましょう」善晴の言葉に同意し、呪力の流れを止める。

「おいおい、大丈夫か?」静春はそう言って、俺の側に近寄った。

「兄様から離れろ」そう言って、心配してくれているだけの静春を睨みつける。

静春は俺の肩を引っ張る。そのまま、俺は静春の体に寄りかかってしまった。
すると、善晴は勢いよく立ち上がって静春の体を押した。
「うッ……」と後ろによろけた静春は煽るような笑みを浮かべて「子供じみた真似するなよ」と善晴に言った。

おいおい、今度は静春にか? つか、こいつどんだけ体力残ってんだよ……、俺はもうヘトヘトだ。

「いい加減にしろ善晴、俺は疲れた」俺はこれ以上機嫌を損ねないよう、隣にいた善晴の足元に寄りかかった。体制を整え、横に座りなおした善晴は一度離した俺の体を再度支えるように抱きしめた。

また、体の自由を奪われた困るからな。


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