46 / 55
第46話−羅城門の鬼の琵琶
しおりを挟む
俺と善晴、静春は文章博士の屋敷についた。
「すまない、重はいるか?」そう静春は下人に尋ねた。
「重様はその、お亡くになられた父上様のお屋敷に行かれました」
「そうか、ありがとう」静春はそう言って門から離れた。
「よし、そんじゃ高階邸に行けば会えるんだな」
「ああ」静春は浮かない顔をしている。
そりゃあそうだ。親しかった友人が救おうとしていた父親が亡くなって、いまだにその父親の屋敷に通っているんだからな。
クソ、俺があの時倒れなければ、三毒の呪に打ち勝てれば……、後悔してももう遅いことは分かっている。
すでに、死んだ者は戻らない。
「おい、阿呆早くしろ」善晴はぶっきらぼうに静春を呼ぶ。
「善晴、少し黙っててくれ」そう言うと、善晴は大人しく黙った。
こいつは、なんでこう、空気を読むのが下手なんだ。
『恋歌物語』の善晴はもう少し気配りが出来て、むしろ雅峰の方がぶっきらぼうで、主人公に対する雅峰の言葉遣いや態度を指摘していたような男だったのに。
「すまないな、行くか」静春は何かを考えていたようで少ししてから、車に乗り込む。その顔からは疲労している様子が分かる。
「大丈夫か?」「忠栄のところに戻るか?」「疲れてるなら休め」頭の中でそんな言葉はいくらでもでるけれど、それを静春に伝えるのは、なんか違う気がした。
おそらく、静春自身にそれを伝えたい相手がいて、そういうのが悶々と悩ましい気持ちにしているんだろう。
「静春、高階邸に着いたら文章博士のことをよろしく頼む」
そう言うと、静春は少し躊躇いがちに曖昧な笑みを浮かべた。
これも、違ったか? 俺は何度失敗すればいいだろうか。
それからは、誰も喋ることなく高階邸に着いた。
静春はどうやら、ずっとさっき俺が言った事について考えていたらしく、
「うん、やっぱり俺が先に入るな」と言って門を開けた。
中に入った静春の後に続いて、門を通ろうとすると、「静春様か?」と文章博士の声がした。
俺は息を呑む。久しぶりに見た文章博士の姿が痛々しかったからだ。青白い顔に隈と血色のよくない唇、そして衣の上からでも分かる弱々しく痩せ細った体。三年前に窺えた明敏な識者のような印象は、身なりがいいだけの病人のような印象に変わっていた。
「やめてくれ、静春でいい、ただ官位が上がっただけだ、俺だって重って呼んでただろう」静春の声や態度には彼らしい明るい調子はなく、何かを我慢するように淡々と話しているようだった。
「そう言ってくれるな、私は文章博士で君の官位に敬意を払っているのだよ」そう言って博士は乾いた笑い声を上げる。
「お久しぶりです、文章博士」俺はそう言ってから、東宮学士の死にお悔やみの言葉を伝えた。文章博士は「人はいずれ死に向かいます、お気になさらないで」と落ち着いた声で言った。
俺たちは「とりあえず中にどうぞ」と博士に言われたので中に上がった。
「さっきの……あやつら、たかが官位で揉めているのか?」善晴が耳元で言った。
「揉めているわけではない、文章博士という立場上、目上の人には他の者より言動、態度には気をつけなきゃいけないんだ。陰陽博士の兄様だって実力もだが、貴族に対する敬意を持っているだろう?」善晴の方を向いて小声でそう言うと、「よく解らん」と本当に分かっていなさそうな顔をして返した。
そりゃ、そうだろうな。今のこいつには敬意など無縁な言葉だ。
流石に、帝の前での態度はキチンとしていたようだが、朝廷には公家の目もあったからな。いや、普段呼ばれているのに参加してない時点でそんなもの感じていないか。
「おい、お前らこんなとこで何してるんだ? 満成、重が見せたい物があるってさ」
「あ、ああ」急に後ろを向いた静春に返事をし、文章博士が見せたい物と言った言葉を聞いて、例の物が見つかったのか、と彼らにすぐ追い付いた。
「これが、その右大臣様からの贈り物です」
通された部屋に下人が持ってきた大きな漆塗りの箱を前に、そう言って蓋を開けた。
「……これは!」俺は中身を見て、これがなぜここに? と驚いた。
右大臣からの贈り物の正体は琵琶だった。そして、その琵琶は俺が良く知っている物で、『恋歌物語』のなかで良佳が持っていた琵琶にそっくりだったのだ。俺はミニゲームでその琵琶を近くで見たから間違いはないはずだ。
紫壇で作られた螺鈿模様が特徴の琵琶。
なぜ、これを右大臣が持っていた? 東宮学士に送った理由はなんだ?
「この琵琶を知っているのか?」静春の声を聞いて我に返る。
言うべきか、だが、俺が琵琶の持ち主を知っていたとしたら、なぜ知っているのかと問われるだろうな。
「いや、呪が酷すぎると思ってな、なあ文章博士、これを忠栄兄様のところに持っていきたいんだが」
そう言うと、文章博士は答えを渋っている。
「どうかしたのか?」
「その、この屋敷の周りには右大臣様の影が潜んでおりまして、私も遺品整理のためとかこついて、屋敷から出そうと考えたのですが、盗賊に紛れて父を苦しめた証拠が消されるのではないかと恐れているのです」
「……そうだったのか」
そしたら、今も屋敷の周りをうろついているだろうな。
だが、この夥しい呪の想いは強すぎて、普通の人なら瘴気にあてられるかもしれない。文章博士も自分の屋敷に持って行かなかったのは得策だったかもな。
「なら、一旦呪を抑えるだけにしておくか」
「……そうだな」善晴はそう言って護符を取り出し、琵琶を囲むように陣を張る。
俺と善晴は琵琶を挟んで向かいあって座り、呪の瘴気を抑えつける呪を唱える。
クソ、なんだこの呪は……
何度も呪力を送り続け、瘴気を落ち着かせようとするが、その呪に込められた怨念の強さは、火に油を注ぐように増すだけだった。
「兄様、これは……」切羽詰まった善晴の声が聞え、善晴を見ると額に汗を滲ませ、眉を寄せて、険しい顔つきになっている。
「善晴、大丈夫か?」
俺も呪力を吸い尽くされそうだ……。
「……一度、やめましょう」善晴の言葉に同意し、呪力の流れを止める。
「おいおい、大丈夫か?」静春はそう言って、俺の側に近寄った。
「兄様から離れろ」そう言って、心配してくれているだけの静春を睨みつける。
静春は俺の肩を引っ張る。そのまま、俺は静春の体に寄りかかってしまった。
すると、善晴は勢いよく立ち上がって静春の体を押した。
「うッ……」と後ろによろけた静春は煽るような笑みを浮かべて「子供じみた真似するなよ」と善晴に言った。
おいおい、今度は静春にか? つか、こいつどんだけ体力残ってんだよ……、俺はもうヘトヘトだ。
「いい加減にしろ善晴、俺は疲れた」俺はこれ以上機嫌を損ねないよう、隣にいた善晴の足元に寄りかかった。体制を整え、横に座りなおした善晴は一度離した俺の体を再度支えるように抱きしめた。
また、体の自由を奪われた困るからな。
「すまない、重はいるか?」そう静春は下人に尋ねた。
「重様はその、お亡くになられた父上様のお屋敷に行かれました」
「そうか、ありがとう」静春はそう言って門から離れた。
「よし、そんじゃ高階邸に行けば会えるんだな」
「ああ」静春は浮かない顔をしている。
そりゃあそうだ。親しかった友人が救おうとしていた父親が亡くなって、いまだにその父親の屋敷に通っているんだからな。
クソ、俺があの時倒れなければ、三毒の呪に打ち勝てれば……、後悔してももう遅いことは分かっている。
すでに、死んだ者は戻らない。
「おい、阿呆早くしろ」善晴はぶっきらぼうに静春を呼ぶ。
「善晴、少し黙っててくれ」そう言うと、善晴は大人しく黙った。
こいつは、なんでこう、空気を読むのが下手なんだ。
『恋歌物語』の善晴はもう少し気配りが出来て、むしろ雅峰の方がぶっきらぼうで、主人公に対する雅峰の言葉遣いや態度を指摘していたような男だったのに。
「すまないな、行くか」静春は何かを考えていたようで少ししてから、車に乗り込む。その顔からは疲労している様子が分かる。
「大丈夫か?」「忠栄のところに戻るか?」「疲れてるなら休め」頭の中でそんな言葉はいくらでもでるけれど、それを静春に伝えるのは、なんか違う気がした。
おそらく、静春自身にそれを伝えたい相手がいて、そういうのが悶々と悩ましい気持ちにしているんだろう。
「静春、高階邸に着いたら文章博士のことをよろしく頼む」
そう言うと、静春は少し躊躇いがちに曖昧な笑みを浮かべた。
これも、違ったか? 俺は何度失敗すればいいだろうか。
それからは、誰も喋ることなく高階邸に着いた。
静春はどうやら、ずっとさっき俺が言った事について考えていたらしく、
「うん、やっぱり俺が先に入るな」と言って門を開けた。
中に入った静春の後に続いて、門を通ろうとすると、「静春様か?」と文章博士の声がした。
俺は息を呑む。久しぶりに見た文章博士の姿が痛々しかったからだ。青白い顔に隈と血色のよくない唇、そして衣の上からでも分かる弱々しく痩せ細った体。三年前に窺えた明敏な識者のような印象は、身なりがいいだけの病人のような印象に変わっていた。
「やめてくれ、静春でいい、ただ官位が上がっただけだ、俺だって重って呼んでただろう」静春の声や態度には彼らしい明るい調子はなく、何かを我慢するように淡々と話しているようだった。
「そう言ってくれるな、私は文章博士で君の官位に敬意を払っているのだよ」そう言って博士は乾いた笑い声を上げる。
「お久しぶりです、文章博士」俺はそう言ってから、東宮学士の死にお悔やみの言葉を伝えた。文章博士は「人はいずれ死に向かいます、お気になさらないで」と落ち着いた声で言った。
俺たちは「とりあえず中にどうぞ」と博士に言われたので中に上がった。
「さっきの……あやつら、たかが官位で揉めているのか?」善晴が耳元で言った。
「揉めているわけではない、文章博士という立場上、目上の人には他の者より言動、態度には気をつけなきゃいけないんだ。陰陽博士の兄様だって実力もだが、貴族に対する敬意を持っているだろう?」善晴の方を向いて小声でそう言うと、「よく解らん」と本当に分かっていなさそうな顔をして返した。
そりゃ、そうだろうな。今のこいつには敬意など無縁な言葉だ。
流石に、帝の前での態度はキチンとしていたようだが、朝廷には公家の目もあったからな。いや、普段呼ばれているのに参加してない時点でそんなもの感じていないか。
「おい、お前らこんなとこで何してるんだ? 満成、重が見せたい物があるってさ」
「あ、ああ」急に後ろを向いた静春に返事をし、文章博士が見せたい物と言った言葉を聞いて、例の物が見つかったのか、と彼らにすぐ追い付いた。
「これが、その右大臣様からの贈り物です」
通された部屋に下人が持ってきた大きな漆塗りの箱を前に、そう言って蓋を開けた。
「……これは!」俺は中身を見て、これがなぜここに? と驚いた。
右大臣からの贈り物の正体は琵琶だった。そして、その琵琶は俺が良く知っている物で、『恋歌物語』のなかで良佳が持っていた琵琶にそっくりだったのだ。俺はミニゲームでその琵琶を近くで見たから間違いはないはずだ。
紫壇で作られた螺鈿模様が特徴の琵琶。
なぜ、これを右大臣が持っていた? 東宮学士に送った理由はなんだ?
「この琵琶を知っているのか?」静春の声を聞いて我に返る。
言うべきか、だが、俺が琵琶の持ち主を知っていたとしたら、なぜ知っているのかと問われるだろうな。
「いや、呪が酷すぎると思ってな、なあ文章博士、これを忠栄兄様のところに持っていきたいんだが」
そう言うと、文章博士は答えを渋っている。
「どうかしたのか?」
「その、この屋敷の周りには右大臣様の影が潜んでおりまして、私も遺品整理のためとかこついて、屋敷から出そうと考えたのですが、盗賊に紛れて父を苦しめた証拠が消されるのではないかと恐れているのです」
「……そうだったのか」
そしたら、今も屋敷の周りをうろついているだろうな。
だが、この夥しい呪の想いは強すぎて、普通の人なら瘴気にあてられるかもしれない。文章博士も自分の屋敷に持って行かなかったのは得策だったかもな。
「なら、一旦呪を抑えるだけにしておくか」
「……そうだな」善晴はそう言って護符を取り出し、琵琶を囲むように陣を張る。
俺と善晴は琵琶を挟んで向かいあって座り、呪の瘴気を抑えつける呪を唱える。
クソ、なんだこの呪は……
何度も呪力を送り続け、瘴気を落ち着かせようとするが、その呪に込められた怨念の強さは、火に油を注ぐように増すだけだった。
「兄様、これは……」切羽詰まった善晴の声が聞え、善晴を見ると額に汗を滲ませ、眉を寄せて、険しい顔つきになっている。
「善晴、大丈夫か?」
俺も呪力を吸い尽くされそうだ……。
「……一度、やめましょう」善晴の言葉に同意し、呪力の流れを止める。
「おいおい、大丈夫か?」静春はそう言って、俺の側に近寄った。
「兄様から離れろ」そう言って、心配してくれているだけの静春を睨みつける。
静春は俺の肩を引っ張る。そのまま、俺は静春の体に寄りかかってしまった。
すると、善晴は勢いよく立ち上がって静春の体を押した。
「うッ……」と後ろによろけた静春は煽るような笑みを浮かべて「子供じみた真似するなよ」と善晴に言った。
おいおい、今度は静春にか? つか、こいつどんだけ体力残ってんだよ……、俺はもうヘトヘトだ。
「いい加減にしろ善晴、俺は疲れた」俺はこれ以上機嫌を損ねないよう、隣にいた善晴の足元に寄りかかった。体制を整え、横に座りなおした善晴は一度離した俺の体を再度支えるように抱きしめた。
また、体の自由を奪われた困るからな。
0
お気に入りに追加
303
あなたにおすすめの小説
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
【完結】別れ……ますよね?
325号室の住人
BL
☆全3話、完結済
僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。
ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。
突然異世界転移させられたと思ったら騎士に拾われて執事にされて愛されています
ブラフ
BL
学校からの帰宅中、突然マンホールが光って知らない場所にいた神田伊織は森の中を彷徨っていた
魔獣に襲われ通りかかった騎士に助けてもらったところ、なぜだか騎士にいたく気に入られて屋敷に連れて帰られて執事となった。
そこまではよかったがなぜだか騎士に別の意味で気に入られていたのだった。
だがその騎士にも秘密があった―――。
その秘密を知り、伊織はどう決断していくのか。
【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。
白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。
最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。
(同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!)
(勘違いだよな? そうに決まってる!)
気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。
異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話
深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?
俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き
toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった!
※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。
pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!
https://www.pixiv.net/artworks/100148872
平凡ハイスペックのマイペース少年!〜王道学園風〜
ミクリ21
BL
竜城 梓という平凡な見た目のハイスペック高校生の話です。
王道学園物が元ネタで、とにかくコメディに走る物語を心掛けています!
※作者の遊び心を詰め込んだ作品になります。
※現在連載中止中で、途中までしかないです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる