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第19話-攻略対象 賀茂忠栄

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彼らに引率され、すぐに陰陽寮生用の寄宿舎に着いた。
場所を分けるだけの薄い門がある入口は、市のように賑わっており、在籍している先輩たちから制服化している白の狩衣と陰陽道の書が配られた。

ここが陰陽寮の寄宿舎! 
男子全寮制……感激だ! ここで推しを観賞できる! 
夢の始まりだ!

布で包まれた支給品を貰って、各専攻の宿舎へと案内された。

門の中にはそれぞれ竹垣で遮られた三つの宿舎が横に並んであり、右端が陰陽生の宿舎であった。
中に入ると左側手前に二つの小屋があり。それを奥だけ囲うように宿舎は建てられていた。
宿舎の玄関先のようなところにつくと、引率していた博士は先輩らに引き継ぎ、慌てて帰っていった。

にもかかわらず、なぜか安部はここに残っていた。
鬼才と呼ばれる安部がいることによって先輩方は怯えながら宿舎の説明をした。
話によると外にある小屋は台所と物置だった。それから廊下は小屋の方に面してあり、手前に八部屋、左奥に二部屋、曲がり角から左奥に五部屋ほど取った場所は食堂となっていた。

部屋はひとり一部屋、部屋はすでに決まっているらしい。

その後、各々の部屋を案内されるとき、安倍は俺の荷物を持つと、腕を急に引っ張った。何も言わず引っ張られていると、奥にある端の部屋の前で足を止める。

「ここが君の部屋ね」

突き当りの部屋か……。
障子を開けて中に入ると、そこは新人に与えられる広さではなかった。

「君の部屋は特別に得業生が使う部屋にしたよ」

「え! それはさすがに」

「君は特例でね、部屋の数が空いていないんだ」

「なら、先輩方をこちらの部屋に」

「ははは、その先輩方は……良いって言ってるよ」

絶対言ってない。
まあここなら、確かに静かだけど。

中から外を見ると、小屋が重なってぎりぎり玄関先が隠れていた。

全体を見渡すことが出来ないな、せめて隣の部屋が良かった。

俺の不満げな雰囲気を察知したのか、安部は不思議そうに聞いてきた。

「違うところが良いのかい?」

「あー、この隣とかは空いてないですか?」

我儘のように思われただろうな、と思ったが安部は喜んだ顔で承諾してくれた。
しかし、そこは空き部屋ではなかった。
それが分かったのは安部が中にいる人の許可を得ずに、無縁慮のまま障子を開けた。そのことに溜息をつきながら艶のある声が中から聞こえてきてからだ。

「安部様、何度もおやめくださいと言ったでしょう?」

「ごめんね~、忠栄ただよし~この部屋今から空けてくれない?」

「は?」

こ、このなめらかな艶のある声……、しかも、この人今なんつった? 忠栄ただよし? 
あの、エロビッチ系兄さんですか!?

外に出てきた彼を見ると体は石のように固まった。
二十代前半の立烏帽子を被った白い狩衣姿の青年だった。

「えろ? びち? 彼は一体何を?」

「ブハッ! 私もよく分かんない……ふふ、目やばいよ君」

「へ」

慌てて扇で顔を全部隠す。

口に出してた!? 
終わっ……ってはない! 
俺の言った意味が分かってなさそうだ!

「す、すみません! 今のはナシで!」

「は、はあ」

「あははは、君最高!」

前と同じように安部が笑い終えるのを待っている間に、俺は挨拶をした。

「はじめまして、これからお世話になります。陰陽生の蘆屋満成と申します」

「はじめまして。陰陽得業生とくごうしょう賀茂忠栄かもただよしです。こちらこそよろしくお願いしますね」

忠栄は形のいい眉の先と切れ長の目尻を下げ、薄い桃色の唇の口角を吊り上げるようにして微笑んだ。
彼の雰囲気から慈愛に満ちた人だと感じた。
華奢な体だと狩衣の垂れ具合から、またその首の細さが襟元で強調されている。
濃い隈を浮かべている以外はゲームで見た本人と違いなかった。

「この子新入生の子なんだけど、私がせっかく空けておいた部屋が気に入らないらしくて」

「いやあ、その」

い、言えねえ~! 
男同士のいちゃラブを見たいがために、玄関から部屋まで見通しの良いところがあなたのいる部屋なんです、なんて言えねえよ! 

「ああ、まあ。突き当りじゃあ何かありましたら私がいないと困りますよね」

「ああ、そういうことか! ごめんね、そこの配慮が欠けてたね」

「あ、すみません」

頭の中でどういうことだ?、と考えを巡らせていると、忠栄は心配そうな顔で言った。

「気にしなくていいですよ。君ぐらいの歳の子で、しかも顔を隠しているようですし、何か訳アリでしょう?」

忠栄は中に戻り、少ない身の回り品を簀子の上に出した。

「それじゃあ、私は帰るよ。君たち仲良くできそうだから暫く二人で行動してここに慣れちゃって」

「わかりました。それにしても、彼を一年目から陰陽道の授業に参加させるんですか? 貴族でしたらまだ、大学寮の学生にしか見えませんが……、もしくは、師がすでにいるのですか?」

「ん? ああ、この子忠栄ただよしより一つ年上だよ。それと、この子法師としての学もあるから、忠栄も良い経験になるんじゃない?」

安倍は忠栄にそう言うと、今度は俺に顔を向けた。

「あと、君さ、法師だってこと私ら以外の人に言わない方が良いよ。頭の固い貴族と陰陽師は陰陽法師が苦手だからね。じゃあ、またね~」

「……」

安倍の声が聞こえるうちにその姿はいつの間にか消えていた。

挨拶していた時に、外道の、って言葉が聞こえたから、出自から嫌われてるのは分かった。
しかし、もしかしたら寺院の頃の俺を知っている人間が少なからずいるのかもしれない。それゆえの注意だろう。

よっし!
それよりもやっと邪魔者はいなくなった! 
これからは、この攻略対象と仲良くしていこう。

忠栄は、こちらの世界に転生したばかりの主人公を自分の屋敷と陰陽寮で匿う重要な仕事をする人物だ。たしか、在原静春ありはらのしづはるが洛外で彼女を見つけ、親友の忠栄に相談を持ち掛けるところから関係性が始まる。

ここでは、友成の性格を真似して可愛がってもらおう。

安部の残して言った言葉に驚いて固まっている忠栄に声を掛ける。

「はい! 忠栄ただよし兄様よろしくお願いします!」

「え!? いや、あの私のことを、一年先にいるだけなのに兄様なんて呼ばないでいいですから!」

この陰陽寮では兄弟子のことを兄様と呼ぶ。これは、多くのプレイヤーにとってゲーム上萌える設定だった。

「いえ! そのようなわけにはいきません! 忠栄兄様と呼ばせてください!」

「はぁ、分かりました。これからよろしくお願いしますね」

「はい! 忠栄兄様!」

「……ねえ、やはり、兄様は、」

「呼ばせて、いただけないのですか?」

「むう」

涙目で訴える俺の勢いに負けてくれたのか忠栄は諦めたようだった。

荷物を仕舞終えると忠栄はこの寮での過ごし方を教えてくれた。

それは、すごく単純だった。
学生の身分のうちは博士の授業を受けること。
依頼があった陰陽師、陰陽得業生は陰陽頭、陰陽助が認める学生と共に出仕すること。
陰陽寮は安倍家と賀茂家の世襲制のためか、各家の集合があれば片方が出仕すること。
朝夕は何もなければ寮で待機すること。

また、ゲームで明かされていない関係性も教えてくれた。

忠栄いわく、自由奔放な安倍と真面目な陰陽頭は知己朋友らしい。
二人は陰陽頭の父を師として仰ぎ、陰陽寮に所属したという。
学生時代、陰陽頭の父と妖退治に出仕していた安倍と陰陽頭。その先で狡猾さを備えた安倍に何度も助けられたこともあり、陰陽頭は強く出られないらしい。
しかし、お互いの性格を熟知しているので、安倍の行いが悪行に走らなければ、彼の考えを受け入れているのだと、近くで二人を見ている忠栄は感じたらしい。

なるほど、だから俺の入寮も許可したのか。

なんとなく、そんな話になり陰陽頭についてもっと聞いてみた。しかし、返ってきたのは作業効率を上げるもっともらしい考えだった。

「まぁ、使える人間が欲しいからだと思いますけどね」

「え? ここにいる方は皆さん素晴らしい身分の方ですよね?」

「うん、形上はね。身分も高いし、安部、賀茂家の人間も多いですけど、使えるのは一握りなんですよ」

「へえ」

「あの人が連れてきたあなただけは今年の入寮生の中で一番使えそうですね」

「使えそう……はは」

「使えそうで良いんですよ、使えなかったら即帰されますし」

「そうなんですね」

「ええ、だから、万年人手不足なんですよ。全く、それなら世襲制だけでなく民間から実力者を集えばよろしいのに」

民間陰陽師、か。

「……そうですかね、確かに俺の家は民間陰陽師を輩出していますが、全ての者が正しい道を歩んできたわけではありません。手を差し伸ばす先を決めるのは自身ですから、金を積まれれば悪行に走る者もおります。元から貴族の出であれば、受けた側は帝の目も気にしますし、頼む側も目が眩むほどの大金を用意する必要があります。民間から集えば、より収拾がつかなくなるでしょう」

伏せた目を上げると忠栄は目を見開いていた。

「すみません。でしゃばりすぎました」

「……いいえ、私は無知なのです。あなたが来てくれて良かった」

優しく微笑む忠栄に俺は心穏やかな気持ちになった。

それから、初日のうちは特にやることも無かった。
忠栄に明日のために夕餉を終えたらすぐ休むと良い、と言われたので、その通りに早めに眠りについた。


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