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第13話-羅城門を通る

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白狐の腕の中にいた蘆屋満成の姿は光りに包まれて消えた。


後ろ姿の白狐の顔は見えなかったが、彼女の心には人以上の情があるのだろうと思った。

掠れた声が静まりかえった世界に響いた。
白狐は咳払いをして俺に話しかけてくれた。

彼女が振り向いたとき、肩までのざんばらだった髪は、切りそろえられており黒壇の髪が懐かしさを感じさせた。

「大丈夫か?」

「はい、助けてくれてありがとうございます」

「それにしても……」

白狐は不思議そうな顔で今の俺の姿を何度も上下見ながら近づいてきた。白狐の刃先のような鋭利に切り整えられた短い髪がスーツの襟に触れそうになる。

美しい顔がいきなり近づいてきて少し後ずさった。

「はて、なんとも面妖な姿か」

「びゃ、白狐!」

「む? ああ、すまぬ。おかしな格好に見入ってしまったわ」

白狐は体を離し、いつものようにクスクスと笑った。

「それよりも、その姿が本来のものか?」

「ああ」

「魂が二つあるとは思っていたが……」

「え?」

「なんだ、おぬしは気づかなかったのか?」

「いや、白狐は気づいてたのか」

「当たり前じゃ、もっともわしのような高位の妖や実力ある陰陽師ならすぐ気づく」

白狐はそう言いながら、ずっと俺の姿を気にしているようだった。

「ふむ、元の器の影響を受けてるとはいえ、面妖な格好だな」

なんと答えたらいいんだ。
これは。未来の服ですよ~! これはこれで、機能性ばっちりな仕事着なんですよ~! 俺は新手の販売員か?
……そんなこと言ったら今の白狐に身包み剥がされそうだな。

「まあ、よいか。その姿も見納めじゃ」

そう言って白狐はニコリと微笑んだ。
狐のような笑い方だ。赤い紅が白い肌に映えている。

見惚れていた俺は、白狐の言っている意味を理解するまで、少し遅れてしまった。

「どういう、ことですか?」

「あの者のかすかに残っていた魂も消えた。あの者の器はおぬしのものじゃ」

「そうか……もう消えたのか」

力なく左胸あたりを触れた。
そこにあっただろう鼓動は自分の鼓動だけだ。

あ、これは、ここが作り出した幻だ、……でも、少し軽くなった気がする。

白狐は唐突に質問してきた。

「……おぬしの名は?」

「あ、俺は……んん!」

聞いてきた白狐は俺の口を手で塞ぐ。
形のいい眉根を寄せ、呆れたように溜息を吐く。

「おぬしは特別みたいだからな。簡単に名を他人に教えるものじゃないぞ……おぬしは満成だ」

「ぷは、気をつけます」

「うむ」

そういえば、いつもと雰囲気が違うな。
話し方か? さっきも高位な妖って自分で言ってたし、前の白狐とは大分性格が変わったような。

「なあ、白狐は記憶が戻ったのか?
前までと喋り方も違うし、今も満成の夢の中にいるし……って、あれ?」

気がつくと、俺らは雪の中にいた。
真っ白な雪に覆われた大地の上に立っている。
そして、見慣れたあの古びた屋敷の庭にいることがわかった。

あ、白狐と太郎丸と一緒に過ごした場所だ。

「ここは、わしの意識の中じゃ。あの世界はもう無い」

「……そっか。太郎丸は元気か?」

「ああ、元気だぞ。都で一緒に住んでいる」

「そうか」

「……あの時、逃げることに必死で力を使い果たしてしまった。記憶のなかったわしと太郎丸を助けてくれたお主には感謝している。出会ったのが、お主で良かった」

未来で自分を殺した人間を助け、恩を抱かせようと思って行動していただけなんだ。

汚れのない気持ちで感謝され、心に氷柱が刺さった気がした。

「それでは、わしは帰るぞ」

「待って!」

つい、後ろを向いた白狐の腕を掴んでしまった。
白狐は驚いた顔をしたが、呆れたように溜息をついた。

「おぬしは常識を知らなすぎじゃ」

「……それは、ごめん」

「して、なんじゃ?」

「その、俺はあかねとあかりを助けて、二人は生き延びている。あの、満成は本当にひとりじゃないのか?」

「あの者の記憶では、あのこらの魂はすでに消滅している。
……だから、気にするな。あれらの魂はすでに満たされていった呪よ」

白狐の穏やかな微笑みは、俺の心配を晴らそうとしてくれているのがわかる。

「この世のすべてが、その魂に当てはまるわけではないのだ。
あやつの魂がもつ過去もまた真。魂の生き続けてきた世界が現よ」

「そう、か、良かった」 


自分には想像しかできない満成の過去を思い出し、眉間に力が入った。

白狐は、俺の眉間に優しく触れ、また現で、と言って降り始めた雪の中に消えていった。


いつのまにか、火のゆらめきが二つ俺のそばに来た。それらは帰るべき道を教えてくれているようだった。

しだいに雪の感触がしなくなって、俺は目を覚ました。

「みづなりざまあ"!」
「満成様ぁ!」

「ハハ、また泣いてる」

寝ている自分の両脇で顔に涙を溢れさせている双葉火玉を見て笑ってしまった。
よく見ると、二人の目は酷く充血している。

「良かっだぁ!」

「帰ってきてそうそう死んじゃうかと思いました!」

「おはよう、あかね、あかり」

「おばようございまずぅう!」
「っおはようございます!」

たくさん心配させて、いつも二人のことを泣かせてしまっているな。

泣き続けている二人の頭を優しく撫でる。

「お前らが迎えに来てくれたんだな。ありがとう」

二人は、抱きしめる腕に力をこめる。
衣がクシャクシャになった。
それさえも、愛おしいと思った。

難は去った。が、まだ何が起きるか分からない。

彼らを絶対に消滅させるわけにはいかないと心に決めた。



泣き止んだ双葉火玉が着替を持ってきてくれた。この世界に目覚めたときと同じように、涙と鼻水に濡れた衣から着替えた。

よし、あいつに会いにいくか。

枕元に置いてあった銀砂子の扇を大切にもち、左大将に会うため準備をした。
やはり、昨日心配してくれていたのか、私も一緒に行くぞと突然言い出した父とそれに乗っかるように僕も! という友成を抑えて、長い挨拶を済ませてから輿に乗り込んだ。

流石に屋敷を空けるのはまずいだろうし、この依頼は俺にあてた嫌味みたいものだ。他の策に巻き込ませてはいけない。

 

それから日を掛けて都の門、羅城門の前についた。
つくまでに腰輿ようよを運ぶ従者の力者や武士を休ませるために、休憩をいれていれながら、なんとか無事につくことが出来た。まだ日が高い頃で門前は賑わっていた。

その近くで三人の童たちが大声で喧嘩をしていた。

「お前! 嘘つきだ!」
「嘘つきは羅城門の鬼に食われちゃうんだぞ!」

「嘘じゃないやい! 羅城門の鬼なんか怖くないやい!」


鬼?

そんな童たちの様子を見ていた商人達が怖い顔をしながらある噂話をしていた。

その声が聞こえて、従者に輿を止めるよう言う。

噂の内容は羅城門の鬼の話だった。

***

それは、都が移される前のこと。
とある寺院に捨てられ、稚児育ちの絶世の美少年は多くの女性の恋の怨念により鬼になった。
鬼となり理性を失っていたところ助けてくれた当時の第一皇子に彼は忠誠を誓った。
しかし、当時の帝は寵愛していた側室の子供である第二皇子を次期帝にと考えていた。他の貴族らが止めるのも聞かず、なんとしてでもと盲目的になっていた。
そこで、第一皇子は帝の権力の元、本来であれば臣下にさせるべき、都の近くの洛外にて視察を命じた。命を受け視察に向かった彼は、帝の思惑により部下もろとも殺された。
鬼はその悲しみ、恨みから帝を殺した。鬼は第一皇子が可愛がっていた恨めしい第二皇子を殺しはしなかった。鬼から逃れた第二皇子は帝に即位し都を移した。その後、鬼は第二皇子が自分を忘れないよう羅城門に住み着くようになったそうだ。

***
 羅城門の鬼……確か、攻略対象にいたな

別の離れたところから童らが遊んでいるようで、楽しそうな声が聞こえた。
耳につく男の声に目を見開いた。

簾を開けようとしたとき、そばで女らの声が話が聞こえた。

「良佳さん、いつもウチの子と遊んでくれて助かるわ」

「そうね、忙しくて子供と遊ぶ体力がないから助かるわ」

「うんうん、うちの子供も内気だから一緒に遊んでくれて友達が出来てよかったわ」

「それにしても、良佳さんい男よね。二人きりでジッと見つめられたら孕みそう」

「わかるわ~、ウチの旦那もあんなに顔が整っていればよかったのに」

「ハッハッハッ、無理だねえ。あんたんとこの旦那は武士だろう? あそこまで見目が良かったら貴族の姫さんが離さず傍に置くだろうよ!」

「そうそう、運よく離れてもあんたなんか選ばないさ!」

「もう! わかっているわよ!」

「あっはっはっは!」

「あ、ほら。そろそろ切り上げましょう」

「良佳さんもずっと見てくれてるから疲れちゃうわよね」

良佳と呼ばれた男は、女たちに呼ばれた。喉元から甘さを含む好青年の若さらしい明るい声の親しげな口調で話している。

満成は、この声の主を知っていた。いや、名前を聞いた時点でほぼ確信していた。

「やはり、あの良佳か」

羅城門の鬼、良佳。五人目の攻略対象である。

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