上 下
10 / 55

第10話-家族との再会

しおりを挟む
これまでの時間の流れは、『恋歌物語』のシナリオ通り進んでいる。
風雅を誇っていた橘家は、今はもう口にするのも忍ばれている。しかし、シナリオと違うところをあげると、俺が悪役法師としての道を進んでいないということだ。
それは喜ばしい事である。

シナリオで、満成は貴族に復讐すべく都で計画を練っていた。当然、その惨劇をリアルタイムで見ることが出来たのだ。己の野望が勝手に自滅する姿を。
満成は、助けを乞う関係者を救わず、橘家の惨劇を面白そうに見物していただけだった。
だが、唯一の生き残りとなる、幼き美しい姫君───橘嘉子たちばなのかこを救ったのだ。
そう、近い未来に、本来の異世界転生者、美人女子高生橘香澄たちばなかすみの器となる重要人物だ。
ちなみに、二人の容姿は合わせられたように瓜二つだったのだ。
救ったは良いが、満成の彼女への対応は人間に対する扱いではなかった。むしろ奴隷のようだった。

しかし、今生き残れるはずだった橘香澄の生存が分からない以上、俺は彼女を見殺しにした気分だ……
山に閉じ込められていたからと言って、知っている未来を変えられなかったのは心苦しいな。

あれこれ、考えながら帰路についていると、ついに七年ぶりの屋敷についた。
門を叩くと、番のものが泣きながら俺の帰りを大声で告げた。
すると、すぐにいつのもの柔和な笑みを浮かべた父と自分と年が変わらなく見えるほど成長した藤千代、そして双葉火玉は涙を流しながら迎えてくれた。

申し訳ないことをしてしまったな。
きっと、みんな俺のこんな姿を見て向かわせたことを後悔するだろう。
みんなの辛そうな顔を見ると心が痛む。

双葉火玉は突進するようにしがみついてきた。帰ってくる間に冷えた体に感じた温かさは酷く懐かしいと感じた。
腰辺りの衣の色が双葉の涙で濃くなった。

主と長い間離されていたからか強いストレスを感じていたのだろう、泣き疲れもあってすぐに式に戻った。安心したかのようにそれからしばらく式のまま静かにしていた。

折烏帽子おりえぼしを被り橙色の錦生地の水干姿の弟が双葉が式に戻ったのを確認して、俺を呼んだ。

「兄上」

見ないうちに藤千代には武人らしくもあり、さらに貴族としての風格が備わっていた。
少年から成人に変わった彼の成長に寂しさより喜びが勝った。

「藤千代」

名前を呼ぶと、彼の蝶結びした首紙の緒が揺れた。
昔から変わらないものがあって満成は安心した。

藤千代は羽織を掛けてくれた。そして、家族に手をひかれて、屋敷に入った。いつものように火鉢を寄せてくれて、温石もすぐに準備してくれた。

その間、父は残りの仕事をすぐに片付けてくると言い、席を立った。兄弟の再会を優先してくれたのだろう。

温石を持って藤千代と庭が見える簀子の上で立ちながら話した。

「兄上がいない間に、元服の議が終わってしまったのですよ」

「すまんな」

「寂しかったですが、兄上の仕事のほうが大事です」

「……名はなんともらった?」

友成ともなりです」

「そうか、友成、おめでとう」

心からそう言うと、友成が堪えていらしい涙を流しながら抱きついてきた。

「う゛ぅ~、兄うえぇ゛本当にご無事でよがったぁ~」

「泣くな、泣くな……、俺だって、グス……父上と藤千代が無事で良かった」

藤千代、幼名を変え友成となった彼は俺と同じ背丈だった。成長を感じ、泣くなといいながらも自分も泣いてしまった。
そして両腕で最愛の弟、友成を強く抱きしめた。


転生前の友成との記憶は、確かに蘆屋満成の物だけど、でも俺のなかでも友成は藤千代として過去から過ごしてきた可愛い弟なんだ。

だいぶ落ち着いてから、お互いの涙で濡れた顔をみて笑いあった。

「うう”、泣き顔も美しすぎますよ! 朝露のように垂れていますよ」

「はは! 友成は逞しくなりおって、涙が似合わん男になったなあ」

お互いの涙を袖で拭き合った。
離れていた兄弟と再会出来たことに嬉しさで胸がいっぱいになった。

そのうち、火鉢を横において簀子の上で座りながら俺がいなかった七年間のことを教えてくれた。
それは、村人から聞いた話とまったく同じだった。
式神が俺を待っていたことや、左大将が俺を探すのを手伝ってくれたことなど、橘家の全ての屋敷が燃え、使用人もろとも殺され、全てが灰になり、生存者の確認ができない状況だったと教えてくれた。

俺は「そうか」とだけ、答えるしか出来なかった。
夕餉の刻になり、久しぶりに家族で食べていると、その話はあがった。

「戻ってきたばかりで大変だろうが、満成は明日都へ出立しなさい」

「左大将様ですか?」

「そうだ。左大将様から、もし戻ることがあれば屋敷に来てほしいと言われている」

「わかりました。明日の朝向かいます」

「兄上! いくらなんでも明日の朝だなんて!
ご無理をなさらないでください!」

「友成~、お前に良いことを教えてやろう」

「何ですか?」

「いいか? 位の高いもんには逆らうな」

「そんな、本当に兄上ですか? 兄上は、目上の方でも関係なく、人を助ける為なら立ち向かっていたではないですか!」

「ほほぉ、俺が何かに逆らっていることは理解しているみたいだな。でもな、貴族として生きていくうえでは、お前もきちんとしなきゃだめだ」

「でも」

「でもじゃない、お前は蘆屋家としてこの家を背負っていくことになるんだ。分かったな」

「……はい!」

友成の返事から、武士貴族であった自分たちの先祖をきちんと敬っていることが伝わってきた。
今自分が言ったことをこれからの自分にも当てはめた。
そして、ある可能性の未来の話が口からぽつりと溢れた。

「……もし、俺が人の道を踏み外したら、」

父と友成はそう溢した俺の顔を不安げそうに見ている。

「兄上?」

「満成?」

「俺が人を殺めるためにこの力を使ったらお前は兄を見捨てろよ」

友成の顔を真剣な顔で見つめる。
友成は何を言われているのか分からず、助けを求めるかのように父の方を向いた。

父は、俺が言いたいことの意味を理解しているのだろう。

一つ目、民間陰陽法師ほど自由がなく、手を指し伸ばせる範囲が限られるということ。

二つ目、宮廷陰陽師として貴族の前に出れば、権力争いのために人に害を加えるために呪を使うことがあるということ。


ニつ目は、……これだけは、俺が二度目の生を全うするために、極力近寄らないように気をつける必要がある。


蘆屋家から宮廷陰陽師が出るのは初めてのことだ。都での権力争いに俺が巻き込まれないか心配してくれているのだろう。
父は口にはしないが、いつも子供の心配事があると眉根を寄せる。
今の父の眉根にもくっきりと濃い皺がある。

食事を終えると、父は優し声で言った。

「満成、明日も早いだろう。そろそろ休みなさい」

「父上」

「はい。そうします」

友成の、まだ不満そうな気持ちが声から感じとれた。

挨拶をした後、部屋に戻った。
すると、いきなり式に戻っていた双葉が形を成した。
しかし、その姿は疲れが取れていないからか、火玉の形になってふよふよと浮いているだけだった。

「起きてるのか?」

「……」

呼んでみても双葉からの返事がない。
しかし、寝台に上がると、双葉はゆっくりと傍によってきた。

久しぶりの家族とも会えたし、色々ありすぎて疲れた。

長旅の疲れと、一日で変わってしまった現実から逃れるように眠りに入り、ゆっくりと深い意識の中に落ちていった。

しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました

ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載

乙女ゲーの悪役に転生したらハーレム作り上げてしまった

かえで
BL
二十歳のある日、俺は交通事故に遭い命を終わらせた… と思ったら何故か知らない世界で美少年として産まれていた!? ていうかこれ妹がやってた乙女ゲーの世界じゃない!? おいお前らヒロインあっち、俺じゃないってば!ヒロインさん何で涎垂らしてるのぉ!? 主人公総受けのハーレムエンドになる予定です。シリアスはどこかに飛んで行きました 初投稿です 語彙力皆無なのでお気をつけください 誤字脱字訂正の方は感想でおっしゃって頂けると助かります 豆腐メンタルの為、内容等に関する批判は控えて頂けると嬉しいです

転生したら同性から性的な目で見られている俺の冒険紀行

BL
ある日突然トラックに跳ねられ死んだと思ったら知らない森の中にいた神崎満(かんざきみちる)。異世界への暮らしに心踊らされるも同性から言い寄られるばかりで・・・ 主人公チートの総受けストリーです。

突然異世界転移させられたと思ったら騎士に拾われて執事にされて愛されています

ブラフ
BL
学校からの帰宅中、突然マンホールが光って知らない場所にいた神田伊織は森の中を彷徨っていた 魔獣に襲われ通りかかった騎士に助けてもらったところ、なぜだか騎士にいたく気に入られて屋敷に連れて帰られて執事となった。 そこまではよかったがなぜだか騎士に別の意味で気に入られていたのだった。 だがその騎士にも秘密があった―――。 その秘密を知り、伊織はどう決断していくのか。

学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語

紅林
BL
『桜田門学院高等学校』 日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

悪役令嬢のペットは殿下に囲われ溺愛される

白霧雪。
BL
旧題:悪役令嬢のポチは第一王子に囲われて溺愛されてます!? 愛される喜びを知ってしまった―― 公爵令嬢ベアトリーチェの幼馴染兼従者として生まれ育ったヴィンセント。ベアトリーチェの婚約者が他の女に現を抜かすため、彼女が不幸な結婚をする前に何とか婚約を解消できないかと考えていると、彼女の婚約者の兄であり第一王子であるエドワードが現れる。「自分がベアトリーチェの婚約について、『ベアトリーチェにとって不幸な結末』にならないよう取り計らう」「その代わり、ヴィンセントが欲しい」と取引を持ち掛けられ、不審に思いつつも受け入れることに。警戒を解かないヴィンセントに対し、エドワードは甘く溺愛してきて…… ❁❀花籠の泥人形編 更新中✿ 残4話予定✾ ❀小話を番外編にまとめました❀ ✿背後注意話✿ ✾Twitter → @yuki_cat8 (作業過程や裏話など) ❀書籍化記念IFSSを番外編に追加しました!(23.1.11)❀

俺以外美形なバンドメンバー、なぜか全員俺のことが好き

toki
BL
美形揃いのバンドメンバーの中で唯一平凡な主人公・神崎。しかし突然メンバー全員から告白されてしまった! ※美形×平凡、総受けものです。激重美形バンドマン3人に平凡くんが愛されまくるお話。 pixiv/ムーンライトノベルズでも同タイトルで投稿しています。 もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿ 感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_ Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109 素敵な表紙お借りしました! https://www.pixiv.net/artworks/100148872

処理中です...