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第5話-白狐と童

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「今から!?」と父と藤千代に心配されながらも双子火玉を連れ出し、屋敷を出てきた。双子火玉は今度こそ置いていかれずに済んで、喜んでいるようだ。

双葉火玉は童の姿になって、俺の前を歩いていく。

件の村は父が国司として役目を果たす際、特に気を付けるほどの問題が起きるようなところではなかったため重視していなかった村だ。そんな平穏な村の近くで妖が出るとは当時の満成自身も考えていなかっただろう。

数日歩いていると目的の村についた。それが分かったのは、道中すれ違う者たちが例の噂を口にしていたからだ。

俺は畑を耕している人々を見つけた。双子を紙に戻し、近くにいた初老の男に声をかけた。

「すまない、ここらで人を襲う女が出ると聞いたんだが」

「……」

「……おーい?」

「……」


声を掛けた初老の男に黙りながら見つめられてる光景ってなかなか阿呆みたいだな。

大方この顔に見惚れてるんだろう。満成の顔は一級品だからな!

……これって、俺はナルシストって事になるのか?

まあいい。それよりも、このまま日が暮れてしまうのも困る。昼の内に事を済ませたい。

俺は初老にもう一度声をかけた。

「おい、聞いているか?」

「えッ! あ、ああ、あの恐ろしい話ですかい」

初老の男はどもりながら、こたえた。

「どんな人間を襲うんだ? ここの若い男か?」

「いいや、それが、老若問わず、薬師や都で商いをしている薬廛やくてんの使いどもです。ここの森には多くの薬の材料になるものが生えているとかなんとかでよく森に入られるのですが、徐々に同じ者の姿を見るのが減っていったような気がして、森の奥深くに入って唯一戻ってきた男がおんなにおそわれた、他の薬師の籠があったとか言って、森に近づかなくなったんです。それがいつ、村に降りてくるかわからないのでおそろしくておそろしくて……」

「そうか、……なるほどな」

「ああ、そうだ。地方に在住する貴族様も薬が届かないんで、たいそうご立腹だと次に来た薬廛の使いが言っていました」

「ふむ」

山に入る薬師に固執しているのはなぜだ? 

もし、あの左大将の言う通りな妖狐であれば薬の知識なんて朝飯前だろう。

山に住み山の恵みの知識が豊富な狐は、妖狐になると人型になって薬学で人を助けたり、また殺して喰ったりすると聞いた事がある。

ただ、白狐であれば善行な狐だぞ?

陰陽師が従えていれば、強力な味方になるというのに。

それを、左大将は殺して来いと命ずるとは、何か裏があるな。

俺はどうやら初老を無視して考えごとをしていたらしい。

初老は恐る恐るといった風に尋ねてきた。

「あの、もしや、貴方様は国司様のご令息の満成様でおられますか?」

「ん? なぜそれを?」

ここは播磨国の中でも蘆屋家からはだいぶ離れていたため、息子がいるということは知られていても顔までは知られていないはずだ、と満成は疑問に思った。

「さきに通った貴族様の武士様方が蘆屋満成様の名前とともに大きな声で、才能あふれる法師様がこの村を助けて下さる、とおっしゃられていたもので」

あいつら俺が来なかったら村人を焚きつけて反乱でも起こさせようとしていたのか?

「ですが、まだこんなにも幼い……」

「すでに元服済みだ。それに、ぬしらが困っているのを見過ごす訳にもいかないだろう」

「法師様!」

初老の男は感動極まって涙を流した。

山の方を向いて、辺りを見渡す。

「あれが入口か?」

「はい。これまで多くの人が入っていたので、あそこからなら山道に続いております」

「うむ、わかった」

「よ、よろしくお願いいたします! お気をつけて」


***

───蘆屋満成は決して普通の人間に式神を見せなかった。

ひそかに、満成は火玉の性質を変えていた。それは、進化というよりは、元に戻ったという認識の方が近い。満成の使役している火玉は元は炎だった。
幼少のころ家の灯籠に使用人が炎から取った火を灯した。
満成が見た時には一つの灯籠に二つの火が双葉のように咲いていた。そこには二つの魂が宿っていたのだ。
満成は火玉の精は下級と位置付けられているの耳にしていたが、彼らを使役したのだ。
それから満成と双葉は兄弟のように、時には師弟のように修業をした。
その間に、火玉は満成の成長した力を身体に流していると徐々に火の性質が元の炎と同じ力を得た。そして、いつのまにか下級に属してしまう要因の不完全燃焼を克服したのである。
それが、炎鬼神ほのおのきじんと位が上がっていると当時の満成は気づいてなかった。
並の陰陽師らを抑えつける事は簡単だったのだが、気づいてなかったため、火玉が陰陽師に消されてしまった。
左大将に満成の家族を人質に取られ、陰陽師らに敵わないと感じた満成は自ら式神との力の回路を絶ってしまったのだ。

それが、陰陽師を恨み、貴族を恨み、都を破壊しようしていた男の過去か……最後には、安部善晴に呪を放たれ、源雅峰に刺され、鬼の良佳に木っ端み……考えるのをやめよう。

嫌なものまで思い出した。こんな未来があったら俺は……ああ!
やめだやめだ! こんなこと考えても生きてるのは今だ!
それよりも、道は合ってるのか? まずはここで詰まないように気をつけないと!

ふとあたりを見渡すと森の中にある獣跡などから、歩いてきた道と同じ風景を見ているようだ。
はは、道に迷った。

「や、やっちまった!」

「満成さま~どうしたの?」

あかねの零れそうな丸い目は不思議そうにしていた。

「えっへん。満成様!」

「な、なんだあかね」

「満成様が道に迷られることは十二分に分かっておりました!」

おい、それは流石に酷いぞ。

「私は来た道にお戻りできるよう秘策を使っておりました」

「ほお、それはどんなものだ?」

「ふふん、実はですね、藤千代様と近くの森で集めていたどんぐりをですね~……あ!」

嫌な予感がする。あかねがどんぐりを蒔いて来た道を振り返ると、辺り一面にどんぐりが落ちており、どれが自分の蒔いたどんぐりか分からなくなっていた。

「ほら、もう元気出せって」

「私めは役立たずでございます」

日が沈み始め、辺りには静けさと前方と背後からは暗闇に飲み込まれそうな雰囲気が漂っている。双子火玉は俺の裾にぴったりとくっついている。
ちっこくて可愛いなあ。

「ふたりとも、離れるなよ」

「は、はいい」
「はいい!」

すると、目の前に銀に近い白色の狐が飛び出ててきて俺らを見つめている。まるで、ついてこいというように、山道のなか案内してくれるかのようだ。

「ついて、行くか」

「ま、まじですか~!?」
「本当にですか!?」

「あたりまえだろ、このままじゃずっと閉じ込められるぞ」

火玉たちは意を決して、強者の懐に入ることにした。

「はい」

しばらく白狐を追っていると、荒れ果てた古い下級貴族の屋敷の様なところに着いた。
白い狐は壊れかけた門の中にするりと入る。俺らも続けて入っていった。
門の中に入ると狐は急に姿を消した。

「ぼ、僕たち食べられてしまうのでしょうか?」

「な、なな情けないことを言うな! わ、私たちには、み、満成様がお、おられるだろう!」

「二人とも落ち着け。まずは中を見て、夜を越せそうな場所を見つけるんだ」

双子は頷き、姿を火玉に変えた。俺は酒瓶を腰からとり、拾った木の先を濡らし彼らの火を移すと松明を作った。

「何かあったら、すぐに呼べ」

「は、はいぃ」
「わ、わかりました!」

それぞれ、小屋に近い広さの部屋をそれぞれ見て回った。

俺は屋敷の主人の子供たちが過ごすような場所についた。
火の明かりがところどころ裂けている御簾の隙間から漏れていることに気が付く。
静かに近づき、簾をあげると中には、火の明かりに照らされた美しい女がいた。
女は俺に視線を向けることなく、まっすぐ下を見ている。
涙袋に長い睫毛の影をさしている、その目には哀しみと恐怖が混じり合っていた。
その視線の先に目をやると、そこには女と同じく、いや女よりも美しく、その言葉だけでは形容できないほど麗しい童がいた。しかし、その童の顔には苦痛の色が浮かび、白い衣から覗く小さな身体には赤みが帯びている。

「この子は太郎丸と言います」

「ぬしの子か?」

「わかりませぬ」

俺はこの童が、後に都一の実力者安倍善晴なる陰陽師である事実に見当がついてしまった。

近づくとよく見える、この童が延ばした右腕の内側にくっきりと肌に馴染むことのない五芒星の痣があったからだ。

五芒星───それは安部家の初代が自分の子孫に呪いをかけ、妖から身を守るものとして伝わっているが、現在の安部家では分家が多く存在しているため痣の濃さによって資質が問われる血筋印のようなものである。それを、主人公は風邪を引いてしまった安倍善晴を看病している最中に見つけるのだ。くっきりとまるで刺青のような黒い五芒星の痣を。

 彼が、安部善晴───

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