【運命】に捨てられ捨てたΩ

諦念

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第四章 最愛の番

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秀也と久しぶりに、というよりほとんど会っていなかったお互いが顔を合わせる事になった当日。拓海は思いのほか落ち着いた様子でいた。服装なども気にも留めず、普段通りの格好で待ち合わせのカフェに向かった。
空は快晴で、暖かい日差しに花を揺らす風、咲き乱れる桜並木を見るために人がごった返ししている道を窓ガラス越しに拓海は眺め、秀也を待つ。

珈琲を注文して、暫くしてスーツを着た秀也が拓海の席のガラス前を通り過ぎる。

 相変わらず男前だな。

拓海を見つけた秀也が「拓海さん。お久しぶりです」
と挨拶をして、机を挟んだ反対のソファに座る。

「久しぶりだな」
「電話で伝えたお話ですが、拓海さん。僕と別れてください」

拓海は「別れ」に驚くことはなかったが、こんなに早くその話が出るとは思っておらず、心臓のあたりがひやりと冷たくなるような緊張を感じた。
拓海はそれにすぐ答える事はしなかった。「別れ」を切り出す今日までの秀也の今までの行動の真意を知りたかったのだ。だから、拓海は心臓あたりに感じる鈍い痛みを和らげるように奥歯を噛みしめて、秀也に尋ねた。
「アメリカに戻ってからどうしてた?」
「今は、実家の病院で働いてます」
「……婚約者がいたんだな」
驚いた顔をして「それは!」といきなりはっきりとした声で言った。
「一度、彼女に恋人が出来て婚約破棄したんです。でも俺は、彼女との婚約を破棄した後に、拓海さんに告白しました」
どこか言い訳じみたような話し方に聞こえて、本当にその通りの話なんだろうが、拓海は秀也のその言葉に「そうか」と一言答えるしかできなかった。
秀也は拓海の反応を見て、真剣な顔付きで言った。
「元婚約者なだけです」
「元、ね」
秀也は不思議そうな顔をした。なぜ、拓海は“元”を強調しているのか何か知っているのか、と勘繰っているような表情だ。
 浮気をした人のような顔をするなよ。
「元、じゃないんだろ?」
観念したような表情をする秀也。
「話すつもりはありませんでした。アメリカにいる間父と話して彼女との婚約をまとめました」
その時、空気の悪い席に注文を受けたウェイトレスが「失礼します」と言って、【自家焙煎・挽きたて!】の売り文句のコーヒーを拓海の前に置いた。
店員が席から離れると秀也は頭を下げて謝罪した。
「拓海さん。ごめんなさい」
無言のまま運ばれてきたコーヒーを飲み、そのままカップのなかを見つめる拓海に秀也は最初の「別れ」への答えを聞きたいのだろうか、急かすよう言った。
「拓海さん? 聞こえてますか?」
「お前が決めた事だろう、こっちはそれに従うさ」
濡れた瞳を秀也に見せないよう拓海はわざと視線を手元に移し目を伏せた。
溜息と同時に「……そうですか、ありがとうございます」と安堵した様子で言った秀也の声を聞きたくない、と逃げるように拓海は音を立ててカップを机に置いた。
「それじゃあ、もうこの話は終わりだな」
 お前のいう運命を信じていたのに。結局、運命なんてそんなもんなんだ。
拓海はそう言って財布から珈琲代を机に置いて席を立ち、秀也の横を通り過ぎようとした時、秀也に腕を掴まれ引き留められる。
「……何か、お手伝いできることがあれば何でも言ってください」
「お前に頼むことも、俺から連絡を取ることも金輪際ないから」
拓海は無感情のまま素の声で言って、掴まれた腕を雑に振り払い、足早にカフェから出て行った。

桜の香りが拓海の鼻を掠めた。拓海が歩いてきた街路樹には桜の花が賑やかに咲いていた。
懐かしいな。
拓海はを過去の思い出に思い馳せるがすぐに今に戻る。
ああ、でもそれはもう過去なのか。
会っている最中は自分の気持ちを我慢をしていたのだが、秀也から離れた途端それらは春の風に乗って過ぎ去っていたような気がした。
 そうか、秀也と話すことが怖かったのか。秀也から何を言われるのか身構えて、自分の気持ちも秀也の雰囲気に流されて、罵詈雑言を浴びせたい気持ちになっただけだったんだ。
拓海はさっきの事を南に話そうと連絡を入れようとしたが、今知らせたら忙しいなか心配をさせてしまう、帰ってきたら全部話そうと決めた。
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