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第三章 愛した人
十三
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午前中に副院長が診察したカルテの確認を拓海はしていると、診察室の扉をノックする音がした。拓海は返事をすると穏やかな笑みを眼鏡越しに浮かべた院長が部屋に入ってきた。
慌てて椅子から立ち上がろうとする拓海を院長が制止する。座っている拓海の前にある患者用の椅子に院長は座った。優しい雰囲気を壊さない落ち着いた声色で院長は言った。
「新条君、仕事に慣れてきましたか?」
「はい! 不安もありますが、なんとか」
「そうですか、不安はどういった事ですか?」
「その、技術の面でまだ不安が」
拓海がそう言うと、いつの間にか裏から診察室に移動してきた看護師の三人。裏といっても、四つの診察室は薄い壁で仕切られているだけで、診察室の扉の反対側は従業員が患者のいる扉から入らずとも、移動できるように通路となっている。看護師たちはそこで医療器具や機械などを必要になった診察室にすぐ持っていけるように、待機していた。
なるほど、院長がわざわざが診察室の扉から入ってきたのは、彼女たちが通路で世間話に夢中になっていたからか。
彼女たちは拓海の話を遮り、勝手に話し始めた。
「なーに言ってんの! 看護師の私達より採血が丁寧で、患者さんの不安も取り除くのも上手じゃない」
「それに、看護師の私たちの仕事もほとんど一人でやっちゃうから、手伝いたいのにすることないのよ」
「老若男女の患者さんを虜にしている、若手先生って患者さんの間で有名よ~」
「まだまだ研修中の身ですから」
拓海は最後の方の看護師が言っているのは褒め言葉として受け取っていいモノか分からず、愛想笑いをした。
「ハハハ、流石だね新条君」
院長が彼女たちの言葉を聞いて、嬉しそうに頷く。
「五十嵐先生のファンの多くは、新條先生に乗り換えてるとか」
看護師がその話をした時、南が「にぎやかだから何してるかと思ったら」と言いながら裏から姿を現した。患者と医者と看護師の多くても三、四人が入れるのを想定して作られているのだろう診察室が狭くなった。
「皆さん患者の事ファン呼ばわりして、それだけなら耳を塞ぎますけど、拓海に変な事吹き込まないでくださいよ~」
看護師の一人が「あら、新條先生のお兄さんが登場ね」と言った。
「新条先生、皆さんに仕事以外の話を振られても、適当に返事するだけで良いですからね」
拓海も南も普段から、ここまでかしこまった会話をしたことが、それこそ初対面の時以来で、拓海は未だにこの環境で慣れていないのは南との会話だけだなと感じていた。他の人がいない時でも、このような話し方をされるもんだから、拓海は学生気分から早く抜けることが出来たが、いち医者として立場上の責任を強く持つようになった。拓海は南を医者として尊敬しており、それは、あの日の”運命の番”としても本能より、純粋で受け入れやすい感情だと思った。
「もう、五十嵐先生ったら冗談が通じないんだから!」そう言う看護師たちの反応は決して快く思わぬものでなく、南の仕事に真面目な一面を良く思っている様だ。
「そろそろ、お昼にしようか」と言った院長の声で看護師たちは目を輝かせた。南は看護師たちに、今日は別のお店でお弁当を頼んでたんですよねと言って診察室から連れ出した。
「今日の診察が終わったら、相談がありますから、後で院長室に来てくださいね」
拓海が返事をすると院長が「私たちも行きましょう」と言った。
なんの相談だろう、と疑問に思いつつも残りの副院長との仕事もミスなく終わることが出来た。
慌てて椅子から立ち上がろうとする拓海を院長が制止する。座っている拓海の前にある患者用の椅子に院長は座った。優しい雰囲気を壊さない落ち着いた声色で院長は言った。
「新条君、仕事に慣れてきましたか?」
「はい! 不安もありますが、なんとか」
「そうですか、不安はどういった事ですか?」
「その、技術の面でまだ不安が」
拓海がそう言うと、いつの間にか裏から診察室に移動してきた看護師の三人。裏といっても、四つの診察室は薄い壁で仕切られているだけで、診察室の扉の反対側は従業員が患者のいる扉から入らずとも、移動できるように通路となっている。看護師たちはそこで医療器具や機械などを必要になった診察室にすぐ持っていけるように、待機していた。
なるほど、院長がわざわざが診察室の扉から入ってきたのは、彼女たちが通路で世間話に夢中になっていたからか。
彼女たちは拓海の話を遮り、勝手に話し始めた。
「なーに言ってんの! 看護師の私達より採血が丁寧で、患者さんの不安も取り除くのも上手じゃない」
「それに、看護師の私たちの仕事もほとんど一人でやっちゃうから、手伝いたいのにすることないのよ」
「老若男女の患者さんを虜にしている、若手先生って患者さんの間で有名よ~」
「まだまだ研修中の身ですから」
拓海は最後の方の看護師が言っているのは褒め言葉として受け取っていいモノか分からず、愛想笑いをした。
「ハハハ、流石だね新条君」
院長が彼女たちの言葉を聞いて、嬉しそうに頷く。
「五十嵐先生のファンの多くは、新條先生に乗り換えてるとか」
看護師がその話をした時、南が「にぎやかだから何してるかと思ったら」と言いながら裏から姿を現した。患者と医者と看護師の多くても三、四人が入れるのを想定して作られているのだろう診察室が狭くなった。
「皆さん患者の事ファン呼ばわりして、それだけなら耳を塞ぎますけど、拓海に変な事吹き込まないでくださいよ~」
看護師の一人が「あら、新條先生のお兄さんが登場ね」と言った。
「新条先生、皆さんに仕事以外の話を振られても、適当に返事するだけで良いですからね」
拓海も南も普段から、ここまでかしこまった会話をしたことが、それこそ初対面の時以来で、拓海は未だにこの環境で慣れていないのは南との会話だけだなと感じていた。他の人がいない時でも、このような話し方をされるもんだから、拓海は学生気分から早く抜けることが出来たが、いち医者として立場上の責任を強く持つようになった。拓海は南を医者として尊敬しており、それは、あの日の”運命の番”としても本能より、純粋で受け入れやすい感情だと思った。
「もう、五十嵐先生ったら冗談が通じないんだから!」そう言う看護師たちの反応は決して快く思わぬものでなく、南の仕事に真面目な一面を良く思っている様だ。
「そろそろ、お昼にしようか」と言った院長の声で看護師たちは目を輝かせた。南は看護師たちに、今日は別のお店でお弁当を頼んでたんですよねと言って診察室から連れ出した。
「今日の診察が終わったら、相談がありますから、後で院長室に来てくださいね」
拓海が返事をすると院長が「私たちも行きましょう」と言った。
なんの相談だろう、と疑問に思いつつも残りの副院長との仕事もミスなく終わることが出来た。
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