【運命】に捨てられ捨てたΩ

諦念

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第ニ章 運命の番

十二

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***
 ──誠に残念だが、君には卒業したら別の病院に就職してもらう。

 そう言われたのは、つい数時間前。拓海は理事長室で起きた出来事を思い出していた。

 どうしよう。大学に残る事ができたのは良かったけど、就職先がないと貸与分の借金を返済できない。

 理事長室のテーブルに置かれていた一般的なクリアファイルほどの大きさの茶封筒。理事長がその袋を開け、取り出した中身は、拓海と秀也と南が写っている写真だった。
 拓海の顔とその手前で二人が眩しそうにこちらを見ている。
 理事長が言うには、先日の騒動の時に悪意ある記事をネット公開している有名な記者が、野次馬の中にいたらしく、それの写真を理事長宛に贈った物だったらしい。
 もちろん、大学側も池上家との関係や五十嵐家の体裁を守るため、口封じにその記者へ多額のお金を渡したのだろう。
 拓海はその記事をネットで見る事はなかった。写真に写っている中の拓海だけが、この医大の中で力を持たないΩだったからか、拓海にしかこの話をしていないようだ。拓海が附属病院に就職しないかわりに医者の資格だけはくれてやると言っているようなものだ。拓海は「はい」としかそれ以外は何も言えなかった。
 ママの言葉のおかげか、こうなってしまった状況でも拓海は二人に対して怒りが湧いてこなかった。

 これじゃあ、後悔する前に就職先見つけなきゃ。だから、今は──

 拓海はそう考えながら、正門に向かっていると、初めて会った桜並木、今はもう木枯が寂しさを残すように数枚の葉だけがついている並木に、一人佇んでいる黒いコートを羽織った秀也が目に入った。
 磨かれた黒い革靴の爪先が拓海の方に向く。銀フレームの眼鏡の奥の双眸は寂しそうでもあり、物欲しそうにも見える。
 拓海が彼に声を掛けるよりも先に「拓海先輩」と言って近づいてくる。
「申し訳ありませんでした。父から話を聞きました……」
 どうやら、秀也は理事長が言わなくても父から話を聞いたらしい。

 騒動の話を聞いたのなら、俺みたいなΩは面倒だと思うかもしれない。そうなったら、俺は……きっと、こいつの前から消えるだろう。

 拓海は理事長室での出来事より、目の前の秀也の事しか考えられなくなってしまった。だから、言うはずでは無かった筈なのに、拓海は心を潰すような思いで秀也に尋ねた。
「……本気で俺の事を幸せにしたいのか?」
 拓海は秀也から目を離さなかった。これまで避け続けてきた一つの【運命】と向き合おうとしていた。
 秀也は「はい」と静かに言って、硝子細工を触るように拓海の頬に触れた。
「拓海先輩が、【運命の番】を認識したように、僕にも【運命】を感じて欲しかったです」
 近づいた秀也のガラス越しの双眸は睫毛ともに濡れていた。
「貴方を幸せにしたい……、僕を貴方の"唯一"の人にしてほしい」
 秀也は拓海の耳にかかる髪に唇を押し当ててそう言った。拓海は秀也の微かに掠れた震えている声に心が乱れ、さらに、秀也の強すぎるα特有の匂いに酔いそうになった。

 どうして、今日の秀也はこんなにαの匂いがするんだ?

 拓海は発情期が終わったばかりだというのに、秀也の匂いで発情しそうになる自分に動揺した。
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