【運命】に捨てられ捨てたΩ

諦念

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第ニ章 運命の番

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「きゃー! イケメン!! また、たくみの知り合いなの!? あんたどんだけイイ男侍らせてんのよ!」
 ママは顔を真っ赤にし、美しさとは程遠い顔で、拓海の肩を前後に強く揺らす。
「ねえ、入学式の時に告白してきたイイ男って、あの子よね? そうでしょう?」拓海の耳元に近づいて小声で言った。
 ママの鋭い洞察力は当たっていた。誤魔化すと後々面倒くさいと思った拓海は、揺さぶられすぎて気持ちが悪くなりながらも「そう」と声を絞り出した。
 拓海と秀也の関係は、四川料理を食べに行ってから友人のようにご飯や遊びに行くまでで止まっていた。αと一線を引いている拓海がそうさせていたんだが。それは意図せずとも機会はやってきた。
 あと半年もすれば、六年生になる拓海は以前より忙しく、バーの出勤数も減らし、臨床実習や試験に向けて勉強をしていた。秀也は可愛い後輩であるけれど、いきなり友人以上の距離を詰めて来ようとするので、逃げる良い口実となって助かっていた。そのため、秀也と会うのはいつも大学の正門で待っている秀也と講義室まで行く間だけになった。
 しかし、まさか、しつこく聞かれたから教えた自分のアルバイト先にまで来るとは思わなかった。
 拓海はかなり動揺して、秀也の方を見ることが出来なかった。
「あなた、年齢は?」
「はい、二十です」
「あらあ! ピチピチじゃない! 秀也君だっけ? もうお酒は呑んでる? 好きなお酒とかある?」
 ママは秀也の身体に近づいて、上目遣いであれこれ聞いている。その間、拓海はヨウ君におしぼりを渡し、席に案内していた。
「あ、それが昨日誕生日を迎えたので、まだお酒に詳しくなくて」
「え! 誕生日、昨日だったの!? 拓海! 今すぐケーキワンホール買ってきなさい! 秀也君も一緒に選んできなさい、ね!」
 ママは財布から一万円札を取り出し、拓海に渡した。「なんで俺が」という、拓海の視線に笑顔で無言の圧力をかける。
「……わかったよ、秀也君行こっか」
「はい! えーと、ママさん? ありがとうございます!」
「いいえ~! いってらっしゃ~い!」
 ママが手を振っているのを怪訝な目で拓海は見た。

 なんか、ママに上手く事を運ばれた気がするんだけど。まあ、一万も貰ったんだ。高いケーキを買っていってやろう。

「どんなケーキが良い? 甘いの? 甘すぎないの?」
「あまり甘くないのが、好きです」
 拓海は秀也の「好きです」の言葉に変に意識してしまった。その勢いで秀也を見たが、彼は平然と歩いている。視線に気づいた秀也は「どうしました?」と言って首を傾げた。その拍子に真ん中で分けられている前髪の毛先が揺れて、銀フレームの眼鏡にかかる。一瞬、眼鏡の奥の切れ長の目が、危険な魅力を醸す外科用メスの刃のようだと拓海は思った。
 さらに、駅近くの夜の街頭とショーウィンドウの照明を受けて、彼の姿は神秘的で優艶な雰囲気を生み出している。昼間の教授風な佇まいとは異なって見える。

 相変わらず格好いい。顔も整っているし、スタイルも良い。こんな男が一年半も、Ωの俺を追いかけてるとは思えない。もっと良いαがいるというのに……

 平日の夜、人通りの多い喧騒の中、拓海は秀也と並んで歩いている自分がどんな目で見られているのか、考えずにはいられなかった。Ωだと主張する黒いチョーカー。これを付けていなければ、Ωであっても性被害を受けた時に誰も庇ってはくれない。むしろ、α側が有利に働く事になる。
 国が最善だと決めたルール。それは普通に過ごしたいΩを余計に人目に晒しているのだと、国は気づいていなのだろうか、と嘆いていた時期も拓海にはあった。

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