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第一章 運命の出会い
七
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講義を受けている間や、教室移動の最中、拓海は周りのαに自分の発情期が乱れた異変を悟られないよう注意して一日を終えた。
拓海は最後の講義が終わると、中学生の時バース検査をしたかかりつけの診療所に向かった。
清潔な診察室に通された拓海は見慣れた白衣姿に柔和な笑みを浮かべる壮年の男を見て青白くした顔に安堵した表情を浮かべる。
「久しぶりです新條君。定期健診にお越しにならないので心配していましたよ」
「相模先生、ご無沙汰しております。その、大学が忙しくて……」
拓海の不安気な様子を見て相模は気がかりな表情を浮かべたまま、「座って」と椅子に座るよう促した。
「そうですよね、四年生になれば講義の他にも国家試験や臨床実習があって大変ですよね」
拓海は「はい」と蚊の羽音のような小さい声で返事をした。
「……身体になにか変化がありました?」
相模の声にビクッと肩を震わせる。患者を前にした医者がその様子に気付かないはずがなく、落ち着いた声で「お話を聞かせてください」と言った。
「初めて、発情期が二週間ほど遅れているんです」
拓海の頭の中は真っ白になっていて、簡潔に事実だけを述べた。
相模は人が少なかったからか、普段から溜まっていた疲れまでも打ち明けた拓海に親身になってカウンセリングをしてくれた。診察は二時間が経ち、診寮所から出ると空にはすでに数えるのも億劫になるほどの星が輝いていた。
気分が大分落ち着いてきて、拓海の精神状態は安定してきた。
あ! バイト先に連絡してない! クビになったら大変だ!
拓海は診療所に来るまで気が動転して心ここにあらずの状態だったため、今アルバイトを初めて無断欠勤してしまった事に気付いた。急いで普段から通知を消しているスマホを開くとバーの「ママ」からメッセージがあり、恐る恐る中身を確認すると、そこには拓海の身を心配する言葉でいっぱいだった。
最初の二、三件は遅刻するのか、という過度な怒りが込められていたが、その後のメッセージにはΩの体質についてで、焦燥に駆られていることが伝わる内容だった。何件か電話もあった。最後のメッセージは「見たらすぐに連絡しなさい」と五分前にきていた。
拓海は「ママ」にすぐ電話をかけ、謝罪と発情期について話した。すると、「ママ」は拓海の性格を知ってか、発情期が来るまでの間の勤務分の給料を「貸し」出すから、発情期が終わるまでお店に来るなと怒鳴った。拓海は普段から積極的にお店に立っているため、それだけでも生活費を賄うには十分で、クビにもならずに済んで胸を撫で下した。拓海は「ママ」に深く感謝した。
「ママ」との通話を切ると、最後の講義が終わったぐらいの時間に秀也からメッセージがあった事に気付いた。
【明日の集合時間、何時にしますか?】
そうだ、誘われてたんだとあの場で断らなかった約束を思い出し拓海は非常に困った。
バースの乱れが始まったばかりだ、外に出るのも憚れるのに、αと遊ぶなんて論外だろう。
すると、拓海が既読を付けた瞬間、秀也から新たなメッセージが送られてきた。
【明日、拓海先輩が好きそうなお店を見つけたので、そこに行きませんか?】
三枚の写真が同時に送られた。拓海は「俺の好み?」と興味を惹かれて返信より先に写真を見た。写真にはお店の外観や鍋の中に真っ赤な汁と白い汁が分けられた上に唐辛子や薬膳がそのまま入っている鍋料理と真っ赤な麻油をかけた水餃子が写っていて、拓海の食欲を奮い立たせた。
これは! 四川の火鍋だと! なんであいつは俺が辛党だと知っているんだ!?
断るという選択肢がすでに拓海の中にはほとんど無かった。なぜならば、拓海の周りには辛い食べ物、ましてや四川料理を一緒に食べに行ってくれる友人がいないからだ。
急な発情期が来ても強制的に抑える薬を処方された拓海は、一日ぐらい大丈夫だろうと覚悟を決め、「昼前に集合」とだけ送って帰路についた。
拓海は最後の講義が終わると、中学生の時バース検査をしたかかりつけの診療所に向かった。
清潔な診察室に通された拓海は見慣れた白衣姿に柔和な笑みを浮かべる壮年の男を見て青白くした顔に安堵した表情を浮かべる。
「久しぶりです新條君。定期健診にお越しにならないので心配していましたよ」
「相模先生、ご無沙汰しております。その、大学が忙しくて……」
拓海の不安気な様子を見て相模は気がかりな表情を浮かべたまま、「座って」と椅子に座るよう促した。
「そうですよね、四年生になれば講義の他にも国家試験や臨床実習があって大変ですよね」
拓海は「はい」と蚊の羽音のような小さい声で返事をした。
「……身体になにか変化がありました?」
相模の声にビクッと肩を震わせる。患者を前にした医者がその様子に気付かないはずがなく、落ち着いた声で「お話を聞かせてください」と言った。
「初めて、発情期が二週間ほど遅れているんです」
拓海の頭の中は真っ白になっていて、簡潔に事実だけを述べた。
相模は人が少なかったからか、普段から溜まっていた疲れまでも打ち明けた拓海に親身になってカウンセリングをしてくれた。診察は二時間が経ち、診寮所から出ると空にはすでに数えるのも億劫になるほどの星が輝いていた。
気分が大分落ち着いてきて、拓海の精神状態は安定してきた。
あ! バイト先に連絡してない! クビになったら大変だ!
拓海は診療所に来るまで気が動転して心ここにあらずの状態だったため、今アルバイトを初めて無断欠勤してしまった事に気付いた。急いで普段から通知を消しているスマホを開くとバーの「ママ」からメッセージがあり、恐る恐る中身を確認すると、そこには拓海の身を心配する言葉でいっぱいだった。
最初の二、三件は遅刻するのか、という過度な怒りが込められていたが、その後のメッセージにはΩの体質についてで、焦燥に駆られていることが伝わる内容だった。何件か電話もあった。最後のメッセージは「見たらすぐに連絡しなさい」と五分前にきていた。
拓海は「ママ」にすぐ電話をかけ、謝罪と発情期について話した。すると、「ママ」は拓海の性格を知ってか、発情期が来るまでの間の勤務分の給料を「貸し」出すから、発情期が終わるまでお店に来るなと怒鳴った。拓海は普段から積極的にお店に立っているため、それだけでも生活費を賄うには十分で、クビにもならずに済んで胸を撫で下した。拓海は「ママ」に深く感謝した。
「ママ」との通話を切ると、最後の講義が終わったぐらいの時間に秀也からメッセージがあった事に気付いた。
【明日の集合時間、何時にしますか?】
そうだ、誘われてたんだとあの場で断らなかった約束を思い出し拓海は非常に困った。
バースの乱れが始まったばかりだ、外に出るのも憚れるのに、αと遊ぶなんて論外だろう。
すると、拓海が既読を付けた瞬間、秀也から新たなメッセージが送られてきた。
【明日、拓海先輩が好きそうなお店を見つけたので、そこに行きませんか?】
三枚の写真が同時に送られた。拓海は「俺の好み?」と興味を惹かれて返信より先に写真を見た。写真にはお店の外観や鍋の中に真っ赤な汁と白い汁が分けられた上に唐辛子や薬膳がそのまま入っている鍋料理と真っ赤な麻油をかけた水餃子が写っていて、拓海の食欲を奮い立たせた。
これは! 四川の火鍋だと! なんであいつは俺が辛党だと知っているんだ!?
断るという選択肢がすでに拓海の中にはほとんど無かった。なぜならば、拓海の周りには辛い食べ物、ましてや四川料理を一緒に食べに行ってくれる友人がいないからだ。
急な発情期が来ても強制的に抑える薬を処方された拓海は、一日ぐらい大丈夫だろうと覚悟を決め、「昼前に集合」とだけ送って帰路についた。
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