【運命】に捨てられ捨てたΩ

雨宮一楼

文字の大きさ
上 下
9 / 65
第一章 運命の出会い

しおりを挟む
 講義を受けている間や、教室移動の最中、拓海は周りのαに自分の発情期が乱れた異変を悟られないよう注意して一日を終えた。
 拓海は最後の講義が終わると、中学生の時バース検査をしたかかりつけの診療所に向かった。
 清潔な診察室に通された拓海は見慣れた白衣姿に柔和な笑みを浮かべる壮年の男を見て青白くした顔に安堵した表情を浮かべる。
「久しぶりです新條君。定期健診にお越しにならないので心配していましたよ」
「相模先生、ご無沙汰しております。その、大学が忙しくて……」
 拓海の不安気な様子を見て相模は気がかりな表情を浮かべたまま、「座って」と椅子に座るよう促した。
「そうですよね、四年生になれば講義の他にも国家試験や臨床実習があって大変ですよね」
 拓海は「はい」と蚊の羽音のような小さい声で返事をした。
「……身体になにか変化がありました?」
 相模の声にビクッと肩を震わせる。患者を前にした医者がその様子に気付かないはずがなく、落ち着いた声で「お話を聞かせてください」と言った。
「初めて、発情期が二週間ほど遅れているんです」
 拓海の頭の中は真っ白になっていて、簡潔に事実だけを述べた。

 相模は人が少なかったからか、普段から溜まっていた疲れまでも打ち明けた拓海に親身になってカウンセリングをしてくれた。診察は二時間が経ち、診寮所から出ると空にはすでに数えるのも億劫になるほどの星が輝いていた。
 気分が大分落ち着いてきて、拓海の精神状態は安定してきた。

 あ! バイト先に連絡してない! クビになったら大変だ!

 拓海は診療所に来るまで気が動転して心ここにあらずの状態だったため、今アルバイトを初めて無断欠勤してしまった事に気付いた。急いで普段から通知を消しているスマホを開くとバーの「ママ」からメッセージがあり、恐る恐る中身を確認すると、そこには拓海の身を心配する言葉でいっぱいだった。
 最初の二、三件は遅刻するのか、という過度な怒りが込められていたが、その後のメッセージにはΩの体質についてで、焦燥に駆られていることが伝わる内容だった。何件か電話もあった。最後のメッセージは「見たらすぐに連絡しなさい」と五分前にきていた。
 拓海は「ママ」にすぐ電話をかけ、謝罪と発情期について話した。すると、「ママ」は拓海の性格を知ってか、発情期が来るまでの間の勤務分の給料を「貸し」出すから、発情期が終わるまでお店に来るなと怒鳴った。拓海は普段から積極的にお店に立っているため、それだけでも生活費を賄うには十分で、クビにもならずに済んで胸を撫で下した。拓海は「ママ」に深く感謝した。
 「ママ」との通話を切ると、最後の講義が終わったぐらいの時間に秀也からメッセージがあった事に気付いた。

【明日の集合時間、何時にしますか?】

 そうだ、誘われてたんだとあの場で断らなかった約束を思い出し拓海は非常に困った。

 バースの乱れが始まったばかりだ、外に出るのも憚れるのに、αと遊ぶなんて論外だろう。

 すると、拓海が既読を付けた瞬間、秀也から新たなメッセージが送られてきた。

【明日、拓海先輩が好きそうなお店を見つけたので、そこに行きませんか?】

 三枚の写真が同時に送られた。拓海は「俺の好み?」と興味を惹かれて返信より先に写真を見た。写真にはお店の外観や鍋の中に真っ赤な汁と白い汁が分けられた上に唐辛子や薬膳がそのまま入っている鍋料理と真っ赤な麻油をかけた水餃子が写っていて、拓海の食欲を奮い立たせた。

 これは! 四川の火鍋だと! なんであいつは俺が辛党だと知っているんだ!?

 断るという選択肢がすでに拓海の中にはほとんど無かった。なぜならば、拓海の周りには辛い食べ物、ましてや四川料理を一緒に食べに行ってくれる友人がいないからだ。
 急な発情期が来ても強制的に抑える薬を処方された拓海は、一日ぐらい大丈夫だろうと覚悟を決め、「昼前に集合」とだけ送って帰路についた。
 
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、自らを反省しました。BLゲームの世界で推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)

それ以上近づかないでください。

ぽぽ
BL
「誰がお前のことなんか好きになると思うの?」 地味で冴えない小鳥遊凪は、ある日、憧れの人である蓮見馨に不意に告白をしてしまい、2人は付き合うことになった。 まるで夢のような時間――しかし、その恋はある出来事をきっかけに儚くも終わりを迎える。 転校を機に、馨のことを全てを忘れようと決意した凪。もう二度と彼と会うことはないはずだった。 ところが、あることがきっかけで馨と再会することになる。 「本当に可愛い。」 「凪、俺以外のやつと話していいんだっけ?」 かつてとはまるで別人のような馨の様子に戸惑う凪。 「お願いだから、僕にもう近づかないで」

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。 1日2話ずつ投稿します。

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。 他サイトでも公開中

やり直せるなら、貴方達とは関わらない。

いろまにもめと
BL
俺はレオベルト・エンフィア。 エンフィア侯爵家の長男であり、前世持ちだ。 俺は幼馴染のアラン・メロヴィングに惚れ込み、恋人でもないのにアランは俺の嫁だと言ってまわるというはずかしい事をし、最終的にアランと恋に落ちた王太子によって、アランに付きまとっていた俺は処刑された。 処刑の直前、俺は前世を思い出した。日本という国の一般サラリーマンだった頃を。そして、ここは前世有名だったBLゲームの世界と一致する事を。 こんな時に思い出しても遅せぇわ!と思い、どうかもう一度やり直せたら、貴族なんだから可愛い嫁さんと裕福にのんびり暮らしたい…! そう思った俺の願いは届いたのだ。 5歳の時の俺に戻ってきた…! 今度は絶対関わらない!

春を拒む【完結】

璃々丸
BL
 日本有数の財閥三男でΩの北條院環(ほうじょういん たまき)の目の前には見るからに可憐で儚げなΩの女子大生、桜雛子(さくら ひなこ)が座っていた。 「ケイト君を解放してあげてください!」  大きなおめめをうるうるさせながらそう訴えかけてきた。  ケイト君────諏訪恵都(すわ けいと)は環の婚約者であるαだった。  環とはひとまわり歳の差がある。この女はそんな環の負い目を突いてきたつもりだろうが、『こちとらお前等より人生経験それなりに積んどんねん────!』  そう簡単に譲って堪るか、と大人げない反撃を開始するのであった。  オメガバな設定ですが設定は緩めで独自設定があります、ご注意。 不定期更新になります。   

婚約者の恋

うりぼう
BL
親が決めた婚約者に突然婚約を破棄したいと言われた。 そんな時、俺は「前世」の記憶を取り戻した! 婚約破棄? どうぞどうぞ それよりも魔法と剣の世界を楽しみたい! ……のになんで王子はしつこく追いかけてくるんですかね? そんな主人公のお話。 ※異世界転生 ※エセファンタジー ※なんちゃって王室 ※なんちゃって魔法 ※婚約破棄 ※婚約解消を解消 ※みんなちょろい ※普通に日本食出てきます ※とんでも展開 ※細かいツッコミはなしでお願いします ※勇者の料理番とほんの少しだけリンクしてます

嫌われ者の僕が学園を去る話

おこげ茶
BL
嫌われ者の男の子が学園を去って生活していく話です。 一旦ものすごく不幸にしたかったのですがあんまなってないかもです…。 最終的にはハピエンの予定です。 Rは書けるかわからなくて入れるか迷っているので今のところなしにしておきます。 ↓↓↓ 微妙なやつのタイトルに※つけておくので苦手な方は自衛お願いします。 設定ガバガバです。なんでも許せる方向け。 不定期更新です。(目標週1) 勝手もわかっていない超初心者が書いた拙い文章ですが、楽しんでいただければ幸いです。 誤字などがありましたらふわふわ言葉で教えて欲しいです。爆速で修正します。

処理中です...