【運命】に捨てられ捨てたΩ

雨宮一楼

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第一章 運命の出会い

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「なあ、ママ話聞いてる? 番を前提にお付き合いしてくださいだってよ! 今どきそんな坊ちゃんがいたなんて驚いたよ!」

 縦長の部屋に狭いバーカウンター、薄暗い部屋はわざと照明を調節し、オレンジ色の照明に反射した壁紙の光沢が幻想的な雰囲気を作っていた。
 カウンターの内側でひとりで話し続ける拓海をママと呼ばれた黒髪ロングヘアに派手めの化粧をした美人が、男顔負けの野太い声で「うるさいわねッ!」と怒鳴った。
「そんなに何回も同じ話しなくて良いわよ! あんたもう酔っ払っているの? 客が一人しかいないからってアタシに恋愛相談しないでちょうだい! ほら、ヨウ君次なに呑む? こんな子ほっといてあっちで呑みましょう」
 ママは若い空気が嫌そうで、うざったらしそうに拓海を一瞥して、客に美しいと思わせる笑顔を向ける。
 すると、ヨウ君と呼ばれたこちらはベージュのスーツを着た三十代手前の人の良さそうな笑みを浮かべる男が、「ママ、みい君の話を聞いてあげなよ。やっとみい君にも春が来たんだよ?」と言った。ヨウ君は透明のガラスコップの半分まで氷が溶け切った、三分目ほど残った焼酎八割のウーロンハイを一気に呑み終えると「次は、みい君の春を祝ってボトル空けちゃおう!」と付け加えた。
 みい君とは、源氏名も本名の拓海として働いている時のあだ名だ。可愛らしい容姿の拓海にぴったりで、常連客のほとんどが彼をそう呼んでいる。
「え! まじでいいの!? 別に春が来たわけじゃないけど、呑んでいいなら空けちゃうよ!」
 拓海はそう言って裏から何色かあるパステルカラーのお酒の中から黄色のボトルを取り出した。そして、狭い食器棚から細長いワイングラスを三人分取り出すと、泡を小さく立てて琥珀色の液体が溜まっていく。
「たくみ! ついでに裏からあんたの好きなつまみ取ってきなさい。ヨウ君がノリ気じゃ、サービスするしかないわ。ほら、ヨウ君も適当につまみ選んで、今日はとことんたくみの春祝いをするわよ」
 ママの言葉に二人は息をそろえて「ママ大好き」と言った。
 拓海がつまみを取りに行こうとすると、「へえ、誰の春祝い?」と言いながら、開店している事が来店客に分かる様に半分空いている入口から長身で甘い顔が特徴の二十代半ばぐらいの男が入ってきた。
 拓海はその男の姿を確認すると「南先輩!」と目を輝かせて男の名を呼ぶ。南は拓海の顔を見るとより一層甘い顔を緩めて「やっと時間が出来たから来たよ」そう言ってヨウ君とママが話している場所から何席か間を空けてカウンターの椅子に腰かける。
「それで、なに? 春祝いって?」南は拓海を見つめて言った。
 南の顔は口角が上がっているように見えるが、実はそれは生まれつきで、目を見ても顔全体の雰囲気を見ても笑っていない事は一目瞭然だ。しかし、そんな事お構いなしな性格の拓海は南の表情は無表情なだけで、決して怒っているのではないと知っていた。
「なんか、俺のらしいです~」と言って困り顔を見せた。
 拓海と親しさを感じさせるこの男は、他の常連客とは違って拓海をあだ名で呼ぶことはなく、むしろ昼間の日常でも名前を呼んでいそうな雰囲気で、「拓海の?」と言った。
「好きな子出来たの?」南は表情を変えることなく、拓海に問いかけた。
「そうじゃなくて、今日、ウチの大学入学式じゃなかったですか、昼間アルバイトとして参加してたんですけど、帰ろうとしたとき新入生の子に声かけられて、そしたら「番を前提に付き合ってください」って言われたんですよ、やばくないですか? 今どき番を前提にって口に出して言っちゃうんですよ?」
 拓海が自嘲気味に笑いながら言うと、南はその話を聞いて少し不機嫌顔を浮かべた。拓海はなんか気に障ることを言っただろうか、と気にしはじめ、南にいつものドリンクを渡したついでに「南先輩?」と首を傾げて呼んだ。
「あ、ああ悪い。それで返事はどうしたんだ?」と話を掘り下げたが、今度は逆に拓海の表情が曇った。しかし、それは一瞬のことで、表情のコントロールが上手い拓海は、いつもの明るい愛嬌のある顔を浮かべている。
「もちろん、断りましたよ、"番"なんていても面倒なだけですもん」
 そう言って、ヨウ君が入れてくれたスパークリングとは別の南がボトルキープしているウィスキーを氷を入れたロックグラスに注いで南と乾杯すると、煽るように呑み干した。
「拓海、お前春祝いじゃなくて傷心会でも開くつもりか」
 甘い顔に呆れを浮かべながら言った優しい口調が、拓海の心に沁みた。
「別に、春じゃないって言ったじゃないですか」
「ああ、先を越されるかとヒヤヒヤした」
 そう言った南に、拓海は彼の最近の恋愛状況を思い出した。
「ハハ、また振られたんですか? 今度はなんて言われました? 愛されてる実感がない? 他に好きな人が出来た?」
 容赦のない過去のトラウマを思い出させる拓海の言葉に、南は噎せ返る。
「きみね、はあ……時間、自分達の時間をもっと作れってさ」
「わあ、医大の六年生に酷なこと言うね」
 それでも週に一回はここに顔を出しているんだから、その時間を相手に割けば良かったのに、と思った拓海だが、それを口にしなかった。
 南は炭酸が入った琥珀色のお酒を中の氷と揺らすと、半分まで二口で飲んだ。
「しょうがないよ、相手はホワイト企業の女性だ、時間が有るから余計寂しくさせたのかもしれない」
「ふーん、α同士の恋愛でも大変なんですね」
 自分とは縁遠いαの恋愛を聞いて、自分に告白してきた池上秀也を思い出した。しかし、彼の顔を頭の中から消すように、おかわりをしたグラスを傾ける。今度は、小さく一口。それだけでも彼の気持ちを抑えるには十分だった。
 そんなやり取りをしていた二人は、「みい君と南さんもこっちで一緒に呑みましょうよ」と顔を赤らめながら楽しそうに笑っているヨウ君に誘われて、席を移動した。
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