4 / 65
第一章 運命の出会い
二
しおりを挟む
「なあ、ママ話聞いてる? 番を前提にお付き合いしてくださいだってよ! 今どきそんな坊ちゃんがいたなんて驚いたよ!」
縦長の部屋に狭いバーカウンター、薄暗い部屋はわざと照明を調節し、オレンジ色の照明に反射した壁紙の光沢が幻想的な雰囲気を作っていた。
カウンターの内側でひとりで話し続ける拓海をママと呼ばれた黒髪ロングヘアに派手めの化粧をした美人が、男顔負けの野太い声で「うるさいわねッ!」と怒鳴った。
「そんなに何回も同じ話しなくて良いわよ! あんたもう酔っ払っているの? 客が一人しかいないからってアタシに恋愛相談しないでちょうだい! ほら、ヨウ君次なに呑む? こんな子ほっといてあっちで呑みましょう」
ママは若い空気が嫌そうで、うざったらしそうに拓海を一瞥して、客に美しいと思わせる笑顔を向ける。
すると、ヨウ君と呼ばれたこちらはベージュのスーツを着た三十代手前の人の良さそうな笑みを浮かべる男が、「ママ、みい君の話を聞いてあげなよ。やっとみい君にも春が来たんだよ?」と言った。ヨウ君は透明のガラスコップの半分まで氷が溶け切った、三分目ほど残った焼酎八割のウーロンハイを一気に呑み終えると「次は、みい君の春を祝ってボトル空けちゃおう!」と付け加えた。
みい君とは、源氏名も本名の拓海として働いている時のあだ名だ。可愛らしい容姿の拓海にぴったりで、常連客のほとんどが彼をそう呼んでいる。
「え! まじでいいの!? 別に春が来たわけじゃないけど、呑んでいいなら空けちゃうよ!」
拓海はそう言って裏から何色かあるパステルカラーのお酒の中から黄色のボトルを取り出した。そして、狭い食器棚から細長いワイングラスを三人分取り出すと、泡を小さく立てて琥珀色の液体が溜まっていく。
「たくみ! ついでに裏からあんたの好きなつまみ取ってきなさい。ヨウ君がノリ気じゃ、サービスするしかないわ。ほら、ヨウ君も適当につまみ選んで、今日はとことんたくみの春祝いをするわよ」
ママの言葉に二人は息をそろえて「ママ大好き」と言った。
拓海がつまみを取りに行こうとすると、「へえ、誰の春祝い?」と言いながら、開店している事が来店客に分かる様に半分空いている入口から長身で甘い顔が特徴の二十代半ばぐらいの男が入ってきた。
拓海はその男の姿を確認すると「南先輩!」と目を輝かせて男の名を呼ぶ。南は拓海の顔を見るとより一層甘い顔を緩めて「やっと時間が出来たから来たよ」そう言ってヨウ君とママが話している場所から何席か間を空けてカウンターの椅子に腰かける。
「それで、なに? 春祝いって?」南は拓海を見つめて言った。
南の顔は口角が上がっているように見えるが、実はそれは生まれつきで、目を見ても顔全体の雰囲気を見ても笑っていない事は一目瞭然だ。しかし、そんな事お構いなしな性格の拓海は南の表情は無表情なだけで、決して怒っているのではないと知っていた。
「なんか、俺のらしいです~」と言って困り顔を見せた。
拓海と親しさを感じさせるこの男は、他の常連客とは違って拓海をあだ名で呼ぶことはなく、むしろ昼間の日常でも名前を呼んでいそうな雰囲気で、「拓海の?」と言った。
「好きな子出来たの?」南は表情を変えることなく、拓海に問いかけた。
「そうじゃなくて、今日、ウチの大学入学式じゃなかったですか、昼間アルバイトとして参加してたんですけど、帰ろうとしたとき新入生の子に声かけられて、そしたら「番を前提に付き合ってください」って言われたんですよ、やばくないですか? 今どき番を前提にって口に出して言っちゃうんですよ?」
拓海が自嘲気味に笑いながら言うと、南はその話を聞いて少し不機嫌顔を浮かべた。拓海はなんか気に障ることを言っただろうか、と気にしはじめ、南にいつものドリンクを渡したついでに「南先輩?」と首を傾げて呼んだ。
「あ、ああ悪い。それで返事はどうしたんだ?」と話を掘り下げたが、今度は逆に拓海の表情が曇った。しかし、それは一瞬のことで、表情のコントロールが上手い拓海は、いつもの明るい愛嬌のある顔を浮かべている。
「もちろん、断りましたよ、"番"なんていても面倒なだけですもん」
そう言って、ヨウ君が入れてくれたスパークリングとは別の南がボトルキープしているウィスキーを氷を入れたロックグラスに注いで南と乾杯すると、煽るように呑み干した。
「拓海、お前春祝いじゃなくて傷心会でも開くつもりか」
甘い顔に呆れを浮かべながら言った優しい口調が、拓海の心に沁みた。
「別に、春じゃないって言ったじゃないですか」
「ああ、先を越されるかとヒヤヒヤした」
そう言った南に、拓海は彼の最近の恋愛状況を思い出した。
「ハハ、また振られたんですか? 今度はなんて言われました? 愛されてる実感がない? 他に好きな人が出来た?」
容赦のない過去のトラウマを思い出させる拓海の言葉に、南は噎せ返る。
「きみね、はあ……時間、自分達の時間をもっと作れってさ」
「わあ、医大の六年生に酷なこと言うね」
それでも週に一回はここに顔を出しているんだから、その時間を相手に割けば良かったのに、と思った拓海だが、それを口にしなかった。
南は炭酸が入った琥珀色のお酒を中の氷と揺らすと、半分まで二口で飲んだ。
「しょうがないよ、相手はホワイト企業の女性だ、時間が有るから余計寂しくさせたのかもしれない」
「ふーん、α同士の恋愛でも大変なんですね」
自分とは縁遠いαの恋愛を聞いて、自分に告白してきた池上秀也を思い出した。しかし、彼の顔を頭の中から消すように、おかわりをしたグラスを傾ける。今度は、小さく一口。それだけでも彼の気持ちを抑えるには十分だった。
そんなやり取りをしていた二人は、「みい君と南さんもこっちで一緒に呑みましょうよ」と顔を赤らめながら楽しそうに笑っているヨウ君に誘われて、席を移動した。
縦長の部屋に狭いバーカウンター、薄暗い部屋はわざと照明を調節し、オレンジ色の照明に反射した壁紙の光沢が幻想的な雰囲気を作っていた。
カウンターの内側でひとりで話し続ける拓海をママと呼ばれた黒髪ロングヘアに派手めの化粧をした美人が、男顔負けの野太い声で「うるさいわねッ!」と怒鳴った。
「そんなに何回も同じ話しなくて良いわよ! あんたもう酔っ払っているの? 客が一人しかいないからってアタシに恋愛相談しないでちょうだい! ほら、ヨウ君次なに呑む? こんな子ほっといてあっちで呑みましょう」
ママは若い空気が嫌そうで、うざったらしそうに拓海を一瞥して、客に美しいと思わせる笑顔を向ける。
すると、ヨウ君と呼ばれたこちらはベージュのスーツを着た三十代手前の人の良さそうな笑みを浮かべる男が、「ママ、みい君の話を聞いてあげなよ。やっとみい君にも春が来たんだよ?」と言った。ヨウ君は透明のガラスコップの半分まで氷が溶け切った、三分目ほど残った焼酎八割のウーロンハイを一気に呑み終えると「次は、みい君の春を祝ってボトル空けちゃおう!」と付け加えた。
みい君とは、源氏名も本名の拓海として働いている時のあだ名だ。可愛らしい容姿の拓海にぴったりで、常連客のほとんどが彼をそう呼んでいる。
「え! まじでいいの!? 別に春が来たわけじゃないけど、呑んでいいなら空けちゃうよ!」
拓海はそう言って裏から何色かあるパステルカラーのお酒の中から黄色のボトルを取り出した。そして、狭い食器棚から細長いワイングラスを三人分取り出すと、泡を小さく立てて琥珀色の液体が溜まっていく。
「たくみ! ついでに裏からあんたの好きなつまみ取ってきなさい。ヨウ君がノリ気じゃ、サービスするしかないわ。ほら、ヨウ君も適当につまみ選んで、今日はとことんたくみの春祝いをするわよ」
ママの言葉に二人は息をそろえて「ママ大好き」と言った。
拓海がつまみを取りに行こうとすると、「へえ、誰の春祝い?」と言いながら、開店している事が来店客に分かる様に半分空いている入口から長身で甘い顔が特徴の二十代半ばぐらいの男が入ってきた。
拓海はその男の姿を確認すると「南先輩!」と目を輝かせて男の名を呼ぶ。南は拓海の顔を見るとより一層甘い顔を緩めて「やっと時間が出来たから来たよ」そう言ってヨウ君とママが話している場所から何席か間を空けてカウンターの椅子に腰かける。
「それで、なに? 春祝いって?」南は拓海を見つめて言った。
南の顔は口角が上がっているように見えるが、実はそれは生まれつきで、目を見ても顔全体の雰囲気を見ても笑っていない事は一目瞭然だ。しかし、そんな事お構いなしな性格の拓海は南の表情は無表情なだけで、決して怒っているのではないと知っていた。
「なんか、俺のらしいです~」と言って困り顔を見せた。
拓海と親しさを感じさせるこの男は、他の常連客とは違って拓海をあだ名で呼ぶことはなく、むしろ昼間の日常でも名前を呼んでいそうな雰囲気で、「拓海の?」と言った。
「好きな子出来たの?」南は表情を変えることなく、拓海に問いかけた。
「そうじゃなくて、今日、ウチの大学入学式じゃなかったですか、昼間アルバイトとして参加してたんですけど、帰ろうとしたとき新入生の子に声かけられて、そしたら「番を前提に付き合ってください」って言われたんですよ、やばくないですか? 今どき番を前提にって口に出して言っちゃうんですよ?」
拓海が自嘲気味に笑いながら言うと、南はその話を聞いて少し不機嫌顔を浮かべた。拓海はなんか気に障ることを言っただろうか、と気にしはじめ、南にいつものドリンクを渡したついでに「南先輩?」と首を傾げて呼んだ。
「あ、ああ悪い。それで返事はどうしたんだ?」と話を掘り下げたが、今度は逆に拓海の表情が曇った。しかし、それは一瞬のことで、表情のコントロールが上手い拓海は、いつもの明るい愛嬌のある顔を浮かべている。
「もちろん、断りましたよ、"番"なんていても面倒なだけですもん」
そう言って、ヨウ君が入れてくれたスパークリングとは別の南がボトルキープしているウィスキーを氷を入れたロックグラスに注いで南と乾杯すると、煽るように呑み干した。
「拓海、お前春祝いじゃなくて傷心会でも開くつもりか」
甘い顔に呆れを浮かべながら言った優しい口調が、拓海の心に沁みた。
「別に、春じゃないって言ったじゃないですか」
「ああ、先を越されるかとヒヤヒヤした」
そう言った南に、拓海は彼の最近の恋愛状況を思い出した。
「ハハ、また振られたんですか? 今度はなんて言われました? 愛されてる実感がない? 他に好きな人が出来た?」
容赦のない過去のトラウマを思い出させる拓海の言葉に、南は噎せ返る。
「きみね、はあ……時間、自分達の時間をもっと作れってさ」
「わあ、医大の六年生に酷なこと言うね」
それでも週に一回はここに顔を出しているんだから、その時間を相手に割けば良かったのに、と思った拓海だが、それを口にしなかった。
南は炭酸が入った琥珀色のお酒を中の氷と揺らすと、半分まで二口で飲んだ。
「しょうがないよ、相手はホワイト企業の女性だ、時間が有るから余計寂しくさせたのかもしれない」
「ふーん、α同士の恋愛でも大変なんですね」
自分とは縁遠いαの恋愛を聞いて、自分に告白してきた池上秀也を思い出した。しかし、彼の顔を頭の中から消すように、おかわりをしたグラスを傾ける。今度は、小さく一口。それだけでも彼の気持ちを抑えるには十分だった。
そんなやり取りをしていた二人は、「みい君と南さんもこっちで一緒に呑みましょうよ」と顔を赤らめながら楽しそうに笑っているヨウ君に誘われて、席を移動した。
83
お気に入りに追加
759
あなたにおすすめの小説

春を拒む【完結】
璃々丸
BL
日本有数の財閥三男でΩの北條院環(ほうじょういん たまき)の目の前には見るからに可憐で儚げなΩの女子大生、桜雛子(さくら ひなこ)が座っていた。
「ケイト君を解放してあげてください!」
大きなおめめをうるうるさせながらそう訴えかけてきた。
ケイト君────諏訪恵都(すわ けいと)は環の婚約者であるαだった。
環とはひとまわり歳の差がある。この女はそんな環の負い目を突いてきたつもりだろうが、『こちとらお前等より人生経験それなりに積んどんねん────!』
そう簡単に譲って堪るか、と大人げない反撃を開始するのであった。
オメガバな設定ですが設定は緩めで独自設定があります、ご注意。
不定期更新になります。



婚約破棄された僕は過保護な王太子殿下とドS級冒険者に溺愛されながら召喚士としての新しい人生を歩みます
八神紫音
BL
「嫌ですわ、こんななよなよした男が夫になるなんて。お父様、わたくしこの男とは婚約破棄致しますわ」
ハプソン男爵家の養子である僕、ルカは、エトワール伯爵家のアンネリーゼお嬢様から婚約破棄を言い渡される。更に自分の屋敷に戻った僕に待っていたのは、ハプソン家からの追放だった。
でも、何もかもから捨てられてしまったと言う事は、自由になったと言うこと。僕、解放されたんだ!
一旦かつて育った孤児院に戻ってゆっくり考える事にするのだけれど、その孤児院で王太子殿下から僕の本当の出生を聞かされて、ドSなS級冒険者を護衛に付けて、僕は城下町を旅立った。

悪役令息の死ぬ前に
やぬい
BL
「あんたら全員最高の馬鹿だ」
ある日、高貴な血筋に生まれた公爵令息であるラインハルト・ニーチェ・デ・サヴォイアが突如として婚約者によって破棄されるという衝撃的な出来事が起こった。
彼が愛し、心から信じていた相手の裏切りに、しかもその新たな相手が自分の義弟だということに彼の心は深く傷ついた。
さらに冤罪をかけられたラインハルトは公爵家の自室に幽閉され、数日後、シーツで作った縄で首を吊っているのを発見された。
青年たちは、ラインハルトの遺体を抱きしめる男からその話を聞いた。その青年たちこそ、マークの元婚約者と義弟とその友人である。
「真実も分からないクセに分かった風になっているガキがいたからラインは死んだんだ」
男によって過去に戻された青年たちは「真実」を見つけられるのか。

婚約者の恋
うりぼう
BL
親が決めた婚約者に突然婚約を破棄したいと言われた。
そんな時、俺は「前世」の記憶を取り戻した!
婚約破棄?
どうぞどうぞ
それよりも魔法と剣の世界を楽しみたい!
……のになんで王子はしつこく追いかけてくるんですかね?
そんな主人公のお話。
※異世界転生
※エセファンタジー
※なんちゃって王室
※なんちゃって魔法
※婚約破棄
※婚約解消を解消
※みんなちょろい
※普通に日本食出てきます
※とんでも展開
※細かいツッコミはなしでお願いします
※勇者の料理番とほんの少しだけリンクしてます
出戻り聖女はもう泣かない
たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。
男だけど元聖女。
一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。
「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」
出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。
ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。
表紙絵:CK2さま

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる