上 下
12 / 26

張り込み

しおりを挟む

 夕食を終えた宗助は、何故か一緒に入りたがる真理をどうにか風呂へと押し込んで、昨晩のうちに仕込んでいた仕掛けの確認をしていた。
 
 リビングのテーブルの上にはノートパソコンが置かれていて、そこにはこの街の監視カメラの映像が流れていた。
 宗助はそれを静かに見ていた。
 手元のタブレットには、昨晩からの映像データのログが表示されている。
 この辺り一帯の地図が表示されていて、その中をいくつもの線が道なりに走っている。
 
 宗助が調べているのは、人の動きだった。
 あの事件があった高架下、そして狙われた風許の自宅。
 その辺りを嗅ぎまわる不審者を探しているのだった。
 監視カメラに仕込んだのは、滞在時間の長い人物がいれば、それをログとして残す事だ。

 たいていはその辺りで世間話をしている主婦や、だべっている学生がヒットしているのだが、おそらくはこの中に黒幕の人間がいるはずである。
 どうにかそれらしいものを探そうと、宗助がディスプレイとにらめっこをしているその時、リビングの扉が勢いよく開け放たれた。
 シャンプーの香りが鼻につく。

 肌に張り付いた濡れた黒髪。髪の毛でわずかに隠された胸と、むき出しの柔肌。
 ちらと見やると、裸の真理が湯気をまとったまま、ぺたぺたと濡れたままの足でリビングのフローリングの上を歩いていた。
「いやー、いいものだね、お風呂っていうのは」
「……いいから服を着ろ」
 奔放すぎる真理に対して、宗助は低い声でそう言った。

◆◆◆

「何さ~、服を着なくてもいいじゃないか」
 どうにか真理に服を着せられた真理が不服そうに言う。
 真理はリビングのソファで寝転がりながら、テーブルで作業をする宗助の背中をじっと見つめていた。
「大体、ワタシは別の生命体なんだぜ……? そんな奴の裸なんか見たって興奮しないだろ」
「いや、外見は完全に僕らと一緒じゃないか」
「中身は関係ないのかい?」
「興奮するだけなら関係ないんだよ……って、何の会話なんだよ、これ」
 宗助はため息をついて、真理はふぅんと何かを納得したような声を出す。
「キミたちの外見の基準ってのは分からないんだけど、この子を選んで正解だったみたいだね」

「なんだって……?」
 パソコンのキーを叩く手が止まり、宗助はその体を真理のほうに向ける。
「なんだよ……」
「その体、他人のなのか……?」
「いや、別にそういうわけじゃないよ。単にワタシがコッチ用の体を作るときに、見た目を真似させてもらったんだ。一から作ったんじゃ、手間だったし。この体のモデルの女の子もアノマリーで、名前は『園部沙耶《そのべさや》』って言うんだけど、特別ワタシとチャンネルが合ってて……」

 ――じゃあ、自分は見ず知らずの少女の裸を見ていたのか……。
 会った事もない園部沙耶という少女に申し訳なさを感じながらも、どうにかそれを振り払って作業に戻ることにした。
「他人の体なんだったら、裸とか見せるなよ」
「ふむ、努力しよう。ワタシたちにはそもそも服という概念が無くて……」
「絶対、だからな」
 くくく、と笑い、真理はわかったよと返事をした。

◆◆◆

「見つけた」
 真理が風呂から上がって1時間後、宗助はモニターに表示された映像を見て、そう呟いた。
「ん? 何か進展があったのかい?」
 ソファに寝転がって、人魚姫を呼んでいた真理が身を起こして、宗助の後ろにつく。
「黒幕のヒントをつかんだんだよ」
 ノートパソコンのディスプレイには、昨日夢女と戦った高架下付近の監視カメラの映像が映っていた。
 さらに別のカメラには、風許の自宅付近の映像が映っている。
 そして別のウィンドウには、町全体の地図。

「これを」
 と宗助が風許の自宅付近のカメラの映像のある一か所を指さす。
 そこは道路だった。自宅前の道路で、そこには一台の黒い軽自動車が停まっていた。
「……黒幕が……見張ってるのかい?」
「そう。おそらくは、風許を回収し損ねた理由を調べてるんだ。ほら、こっちにも」
 と次は高架下の映像を指さす。今度は別の白い車が停まっている。
「ふむ……。しかし、ここからどうやって黒幕を……?」
「簡単な話だよ。あとはこいつらの足取りを、別の監視カメラの映像から割り出せばいい」
「――面倒そうだな」
「普通にやればね。昨日の夜に仕込んだって言ったろ」
「何か手があるのかい?」
「別に、この車の情報を読み込ませて、ほかの監視カメラのログの映像と照合させればいいんだよ、プログラムで」
 そう言って宗助は別のツールを立ち上げて、映像のキャプチャーデータをそこに落とし込む。ツールに画像を認識させ、その後は比較対象のログファイルを指定し、処理を実行させる。

 すぐに画像の車が撮影していた監視カメラの情報が表示される。地図上では、そのカメラが設置されている箇所が赤く塗られていき、撮影時刻順に矢印でつなげられていく。
 二台の車が移動した軌跡が、地図上に表示される。
「――なるほど」
 その軌跡を見て、宗助はため息をついた。
 赤い線はある点から伸びて、それぞれ高架下と風許の家の前を通って、また元の場所に戻るように走っていた。

「……ここが拠点ということか」
「まぁ、そう考えるのが妥当だろうね。あくまで現段階で怪しいのは、って感じだけど」
「――ところで、ここってどこなんだい?」
 真理がその赤い点を指さして言う。

「――アンシャルって会社があるところだよ」
「ふむ、アンシャル。――ん?」

「あぁ。僕の――父さんが社長の会社だ」
 ちらついたのは、何を考えているのか分からない自分の父親の顔だった。

「なら次は、ここにハッキングをして中を調べるべきなんじゃないのかい?」
「それが出来れば苦労しないよ」
 こめかみを抑えて宗助は思案する。
「――さすがに、あそこに侵入できるほどのスキルは、今の僕には無いよ」
 医療関係の最先端技術を取り扱う会社だ。セキュリティは一級だろう。
 絶対に無理、とは思わないが、少なくとも今の自分の知識だけでは太刀打ち出来ないだろう。

「まだ知識が足りないんだ。今の僕じゃ、向こうのセキュリティを突破できそうな手段が思いつかない」
「ふむ……なるほど」
 どうしたものかと悩む宗助とは逆に、真理は困るでもなく、ただ何かを考えこむような仕草をしただけだった。

「つまり、キミに知識があれば、問題ないという事だね」
 そして、真理はまた軽い調子でそのようなことを言うのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

亡くなった王太子妃

沙耶
恋愛
王妃の茶会で毒を盛られてしまった王太子妃。 侍女の証言、王太子妃の親友、溺愛していた妹。 王太子妃を愛していた王太子が、全てを気付いた時にはもう遅かった。 なぜなら彼女は死んでしまったのだから。

同期の御曹司様は浮気がお嫌い

秋葉なな
恋愛
付き合っている恋人が他の女と結婚して、相手がまさかの妊娠!? 不倫扱いされて会社に居場所がなくなり、ボロボロになった私を助けてくれたのは同期入社の御曹司様。 「君が辛そうなのは見ていられない。俺が守るから、そばで笑ってほしい」 強引に同居が始まって甘やかされています。 人生ボロボロOL × 財閥御曹司 甘い生活に突然元カレ不倫男が現れて心が乱される生活に逆戻り。 「俺と浮気して。二番目の男でもいいから君が欲しい」 表紙イラスト ノーコピーライトガール様 @nocopyrightgirl

私が死ねば楽になれるのでしょう?~愛妻家の後悔~

希猫 ゆうみ
恋愛
伯爵令嬢オリヴィアは伯爵令息ダーフィトと婚約中。 しかし結婚準備中オリヴィアは熱病に罹り冷酷にも婚約破棄されてしまう。 それを知った幼馴染の伯爵令息リカードがオリヴィアへの愛を伝えるが…  【 ⚠ 】 ・前半は夫婦の闘病記です。合わない方は自衛のほどお願いいたします。 ・架空の猛毒です。作中の症状は抗生物質の発明以前に猛威を奮った複数の症例を参考にしています。尚、R15はこの為です。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

遠距離恋愛は続かないと、貴方は寂しくそう言った

五右衛門
恋愛
 中学校を卒業する日……桜坂光と雪宮麗は、美術室で最後の時を過ごしていた。雪宮の家族が北海道へ転勤するため、二人は離れ離れになる運命にあったためだ。遠距離恋愛を提案する光だが、雪宮は「遠距離恋愛は続かない」と優しく告げ、別れを決断する。それでも諦めきれない桜坂に対し、雪宮はある約束を提案する。新しい恋が見つからず、互いにまだ想いが残っていたなら、クリスマスの日に公園の噴水前で再会しようと。  季節は巡り、クリスマスの夜。桜坂は約束の場所で待つが、雪宮は現れない。桜坂の時間は今もあの時から止まったままだった。心に空いた穴を埋めることはできず、雪が静かに降り積もる中、桜坂はただひたすらに想い人を待っていた。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

どうぞご勝手になさってくださいまし

志波 連
恋愛
政略結婚とはいえ12歳の時から婚約関係にあるローレンティア王国皇太子アマデウスと、ルルーシア・メリディアン侯爵令嬢の仲はいたって上手くいっていた。 辛い教育にもよく耐え、あまり学園にも通学できないルルーシアだったが、幼馴染で親友の侯爵令嬢アリア・ロックスの励まされながら、なんとか最終学年を迎えた。 やっと皇太子妃教育にも目途が立ち、学園に通えるようになったある日、婚約者であるアマデウス皇太子とフロレンシア伯爵家の次女であるサマンサが恋仲であるという噂を耳にする。 アリアに付き添ってもらい、学園の裏庭に向かったルルーシアは二人が仲よくベンチに腰掛け、肩を寄せ合って一冊の本を仲よく見ている姿を目撃する。 風が運んできた「じゃあ今夜、いつものところで」という二人の会話にショックを受けたルルーシアは、早退して父親に訴えた。 しかし元々が政略結婚であるため、婚約の取り消しはできないという言葉に絶望する。 ルルーシアの邸を訪れた皇太子はサマンサを側妃として迎えると告げた。 ショックを受けたルルーシアだったが、家のために耐えることを決意し、皇太子妃となることを受け入れる。 ルルーシアだけを愛しているが、友人であるサマンサを助けたいアマデウスと、アマデウスに愛されていないと思い込んでいるルルーシアは盛大にすれ違っていく。 果たして不器用な二人に幸せな未来は訪れるのだろうか…… 他サイトでも公開しています。 R15は保険です。 表紙は写真ACより転載しています。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

処理中です...