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第6章:夢を尋ねる ~キャラクターデザイン学科:河野いちか~

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 どうして、私はフリーのイラストレーターになりたいと思ったの――?
 逃げずに、問いを見つめる。
 そして、ふいに、いた。
 それは、

――フリーの方が、格好いいから。

 ……これだ。
 これが本音だ。
 フリーの方が企業に勤めるより、格好いいし、実力があるような気がするから。
 今日、ずっともやもやしていた原因が、はっきりした。
 結局、私もあの二人と同じだったんだ。
 会社に就職するより、フリーで食べてく方が自由で格好いいと本音では思っていたのに、それに蓋をして、自分はあの二人とは違う、もっと純粋な理由で書籍デビューしてフリーでやっていきたいんだと、思い込もうとしていたんだ。
 あの二人は鏡だったのだ。私の本音を映した鏡。隠している青臭い本音を目の前に出され、無意識に生まれた反発心が心にわだかまっていたのだ。
 ただ一方で、一階のエントランスで見かけた就活中の二人を凄いと思ったのも本音だと思う。
 あの二人の方が自分のこれからの人生をしっかりと見据えているように思えたし、自分の夢を具体的な形に落とし込もうとしているのが伝わってきたから。三階の二人は、「どうにかなるだろう」という楽観さと甘さが透けて見えた。

 たった二年間だが会社員をしていた経験からすると、フリーで生計を立てていくのは相当大変なはずだ。そういう意味で、三階の二人の見込みの甘さに不愉快さを覚えたというのも嘘ではない。
 忘れないように、己に刻み込むように、日記帳に自分の心の内を、本心を書きなぐる。あとあと読み返したときに恥ずかしくなるだろうけれど、自分を見つめるときに多少の痛みや羞恥を伴うのは仕方がない。
 恥ずかしい本音を書き終わり、胸中のもやの原因究明が出来た私は、先ほど書いた『Q.フリー? それとも会社員?』という問いを改めて見つめた。

「デビュー……、就職……」

 呟きつつ、それぞれの文字を丸で囲む。
 仕事に就くという意味で言えばコンテスト応募も就職活動の一環と言えなくもない。
 つまり、私の就職活動は全く進んでいないということだ。
 重い溜息が、自然と零れた。
 私は逡巡してから、本心を書きなぐった少し下に問いを追加してみた。

『Q.どう生きたい?』

 と。
 しばし考えて、問いが大きすぎるなと思い、二重線で消し、書き直した。

『Q.スクール修了後、どんな生活がしたい?』

 三月にスクールを巣立った後、私はどんな生活がしたいのか。日々をどう過ごしたいのか。
 修了まで、約九カ月。
 残りの期間、今までのようにコンテストに応募し続けて、デビューを目指す方法もあるし、スクールで定期的に行われる各出版社の編集者への作品見せでチャンスを狙う方法もある。魅力的なイラストを発信し続けていたら、SNSやイラスト投稿サイトを通して仕事の依頼が来るかもしれない。ちょっと現実的なところだと、イラストの外注をしているサイトに登録してフリーとして仕事を得ていくことも選択肢の一つだろう。
 もちろん、就職活動も方法の一つだ。

「んーー」

 ペンを机に置き、私は顔を両手でおおった。
 もっと具体的に、四月からの生活をイメージしてみよう。

「私、どうしてる? どんな風に暮らしてる?」

 顔を覆っていた手を下ろし、部屋を見回す。来年の今頃、この部屋でどんな風に過ごしていたいか想像してみる。
 朝起きてから、夜寝るまで。毎日、どう暮らしてる?
 しばらくの間、いろんな可能性を思い描いてみる。

 フリーになって満員電車と無縁になり、だけど一日中一人で家にいる自分。イラストと関係のない会社に再就職し、プライベートの時間を使ってイラストレーターを目指している自分。バイトの休憩中にスマートフォンを開き仕事の依頼がきていないか毎日チェックする自分。イラスト関連の会社員になっている自分……。
 フリーと会社員、どちらも良い面も悪い面もある。どちらが正解というわけではない。
 机に突っ伏し、再びうなる。
 突っ伏してしばらく目を閉じていた私の頭に、日記帳のある言葉が浮かんだ。

『イラストレーターになりたい。絵を描いて生きていきたい』

 大学生のときに書いた夢であり。さきほど、改めて書いた想いだ。私は身体を起こし、今日改めて書いた文字を見つめる。
 何とはなしに『絵を描いて生きていきたい』という部分を指でなぞった。

「絵を描いて生きていきたい」

 今度はなぞりながら口にしてみる。
 ぴた、と何かがはまった気がした。

「そっか、そういうことか……」

 口元がほころぶのがわかった。
 先ほど立てた問いを改めて見つめる。

『Q.スクール修了後、どんな生活がしたい?』

 その下に力強くペンを走らせる。

『A.毎日イラストを描いて、それで収入を得たい』

 これだ。単純にして、明快な答え。
 一気に目の前が晴れた気がした。
 そう、毎日!
 なんだ、こんな簡単なことだったんだ。
 書いた答えを見つめつつ、椅子の背もたれに身体を預けると、自然と安堵の溜息が零れた。
 これをきっかけに次から次へと湧いてくる想いを小一時間ほどかけて日記帳に綴った私は、近いうちに増山ますやまさんと面談することを決めて、日記帳を閉じた。
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