51 / 63
第6章:夢を尋ねる ~キャラクターデザイン学科:河野いちか~
6-2
しおりを挟む18時から四時間のバイトを終えた頃には、黒い空は決壊して夥しい粒を零していた。
一日の用事をすべて終えた私は、23時少し前にようやくアパートに辿り着いた。
なんだか、いつも以上にへとへとだ。
手洗い、うがいに続き、眼鏡を外して洗顔をする。汚れだけでなく、疲れも洗い流せる気がして、気持ちまでもさっぱりする。
明日は授業がない日だけれど、今日と同じ時間にバイトがある。今私はチェーンのインテリアショップでアルバイトをして生計を立てている。一時的な収入源だと初めから決めていたとしても、お金を稼げればなんでもいいや、という気にはなれず、自分の興味のある分野を選んだ。
バイト自体は好きだし、いつも勤務中は作業に集中できるのだけれど、今日はなんだか胸の中にわだかまるものがあって集中力を欠いていた。
いつもより疲れているのは、胸のもやもやを抱えながら作業していたからかもしれない。
おそらく原因は、スクールで見かけた対照的なクラスメイトたちと、熱心な増山さんの姿を見たからだと思う。
『河野さん、書籍の表紙や挿絵をフリーでやっていくのもいいと思うんだけど、企業への就職も検討してみない?』
そう増山さんに提案されたのは、今年の三月末の進路面談のときのことだった。
ちょうどその頃、同じ学年の生徒が二人、続けざまにライトノベルのイラストの仕事が決まった。それを聞いて、私も頑張ろうと意気込んでいた矢先の一言だった。
出鼻をくじかれた私にとって、増山さんの言葉は正直鬱陶しいものでしかなく、お前がフリーでやっていくのは難しい、暗にそう言われているような気すらしてしまった。
洗顔後の顔を化粧水などで整え、眼鏡をかけた私は、遅い夕飯にするため食料カゴから低カロリーの春雨スープを取り出した。電気ケトルでお湯を沸かしている間に、プラスチック包装を破き、蓋を開ける。沸かせたお湯を注ぎ、パソコンデスクに置くと、椅子の上で足を折り曲げて体育座りした。
パソコンを立ち上げて、イラスト投稿サイトを見ながらスープが出来上がるのを待つ。
大学進学を機に実家を離れ、就職先に合わせて今のアパートに引っ越してきた。人生の節々で住む場所も周囲の環境も変わっていくけれど、変わらない習慣もある。
その筆頭が高校生の頃からほぼ毎日書いている日記だ。
その日の出来事をただ書くだけのこともあれば、悩みや不安を書き散らすこともある。日記帳はもう何冊もあり、大学一年生のある日、『イラストレーターになりたい。絵を描いて生きていきたい』と自分の人生の希望を大きな字で書いた。
絵を描くことは小学生の頃から好きだったけど、仕事にしたいとはっきり自覚したのはこのときだった。
夢を書いた次のページには、近い将来どんな風になりたいかも書き連ねた。
・出版社、もしくは、イラスト投稿サイトが募集しているイラストコンテストに応募して出版デビューしたい
・小説の表紙イラストをいくつも手掛けたい
・表紙買いしてもらえるようなイラストレーターになりたい
・カレンダーやポストカード、画集の仕事がしたい
・ゲームやアニメのキャラクターデザインを頼まれたい
などなど、デビューする手段や願望などを混ぜ込んで箇条書きしたと記憶している。
そしてそれを実現すべく、バイトで貯めたお金でデジタル画材を購入し、描いたイラストを投稿サイトにアップし、何度かコンテストに応募した。
結局プロへの扉に手が届くことも、掠ることもないまま大学を卒業し、夢とは無縁の会社に無難に入社した。だけど、働きながら作品作りをして、コンテストに応募し、チャンスを掴もうと思っていた。
大学生の頃から使っているイラスト投稿サイトには、大学生時代に描いたイラスト、働き出してからのイラスト、そしてTMSに通い出してからのイラストが並んでいる。
パソコン画面のデジタル時計で指定の分数を経過したのを確認すると、私は春雨スープの蓋を取った。箸で底からしっかりかき回し、沈殿している粉を撹拌させていく。
ふーふーと何度も息を吹きかけ、ちょっと口をつけてみるけれども、猫舌の私にはとてもじゃないけど熱くて食べられそうもない。箸でかき混ぜて冷ます方法に切り替える。
湯気で曇った眼鏡が戻るのを待ってから視線をパソコンのディスプレイに戻し、大学生の頃のイラストを眺める。
乙女ゲーム作品を意識して描いたイラストや、キャラクター文芸小説の表紙を意識して描いたものが多い。この頃は時間に余裕があったから更新頻度は高い。でも、背景への描き込みが少ない作品があったり、線が乱れていたり、色のバランスが気持ち悪かったりと、ツッコミどころがたくさんある。ポーズもありきたりな上、骨格がちょっとおかしな作品もある。構図自体も単調でつまらない。
会社員時代はぐっと更新頻度が減った。時間がないけれどもアップはしたい、コンテストに応募したいという気持ちが先行した作品の出来で、キャラクターはしっかり描いているけれども背景への描き込みが大学生時代より少ない。成長しなかった時期だ。
TMSに通ってからは、授業で出る課題以外で描いた作品や投稿サイト上のコンテストに応募した作品が並んでいる。デッサンや配色なんかも授業で学んだ成果がでて、着実にレベルアップしている。
通い出して早一年数ヶ月。ちゃんと成長しているのが投稿作品を眺めるだけでもわかる。
独学では数年かかったか、もしくは身につけられなかったかもしれない技術を短期間で得られたことについては、スクールに通ってよかったと感じている。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
満天の星空に願いを。
黒蝶
ライト文芸
色々な都合で昼間高校ではなく、別の形で高校卒業を目指していく人たちがいる。
たとえば...
とある事情で学校を辞めた弥生。
幼い頃から病弱で進学を諦めていた葉月。
これは、そんな2人を主にした通信制高校に通学する人々の日常の物語。
※物語に対する誹謗中傷はやめてください。
※前日譚・本篇を更新しつつ、最後の方にちょこっと設定資料を作っておこうと思います。
※作者の体験も入れつつ書いていこうと思います。
海の調和: 漁師の物語
O.K
エッセイ・ノンフィクション
漁師の主人公、太郎はカニ漁で大成功し、豪遊生活を送る。しかし、カニが不漁になり、海の環境問題が原因であることが分かる。彼は豪華な生活を捨て、海洋保護活動に取り組み、村人と共に持続可能な漁業を目指す。海の状態は少しずつ改善され、彼のリーダーシップで地域の人々は持続可能な方法で海の資源を守ることを学ぶ。彼の物語は個人の成功だけでなく、自然と調和した共同体の重要性を示している。
家賃一万円、庭付き、駐車場付き、付喪神付き?!
雪那 由多
ライト文芸
恋人に振られて独立を決心!
尊敬する先輩から紹介された家は庭付き駐車場付きで家賃一万円!
庭は畑仕事もできるくらいに広くみかんや柿、林檎のなる果実園もある。
さらに言えばリフォームしたての古民家は新築同然のピッカピカ!
そんな至れり尽くせりの家の家賃が一万円なわけがない!
古めかしい残置物からの熱い視線、夜な夜なさざめく話し声。
見えてしまう特異体質の瞳で見たこの家の住人達に納得のこのお値段!
見知らぬ土地で友人も居ない新天地の家に置いて行かれた道具から生まれた付喪神達との共同生活が今スタート!
****************************************************************
第6回ほっこり・じんわり大賞で読者賞を頂きました!
沢山の方に読んでいただき、そして投票を頂きまして本当にありがとうございました!
****************************************************************
箸で地球はすくえない
ねこよう
ライト文芸
ネットハッカーのネズミ。情報屋のウサギ。詐欺師のオウム。仲介屋のキツネ。そして刑事の牛尾田。
この五人がある事件に遭遇します。
その事件に至るまでの前日譚。各々の犯罪者や刑事が、今までどういう人生を送ってきて、その事件と関わっていくのか、というストーリーです。
それぞれの話が短編で独立していますが、少しずつ絡み合っています。
順番に読んで頂いても良いですし、興味の沸いた人物の章から読んで頂いてもOKです。
ちなみにですが、刑事牛尾田の話は、「その一」でも「その四」でも一つずつ独立したショートショートです。
The Color of The Fruit Is Red of Blood
羽上帆樽
ライト文芸
仕事の依頼を受けて、山の頂きに建つ美術館にやって来た二人。美術品の説明を翻訳する作業をする内に、彼らはある一枚の絵画を見つける。そこに描かれていた奇妙な果物と、少女が見つけたもう一つのそれ。絵画の作者は何を伝えたかったのか、彼らはそれぞれ考察を述べることになるが……。
パドックで会いましょう
櫻井音衣
ライト文芸
競馬場で出会った
僕と、ねえさんと、おじさん。
どこに住み、何の仕事をしているのか、
歳も、名前さえも知らない。
日曜日
僕はねえさんに会うために
競馬場に足を運ぶ。
今日もあなたが
笑ってそこにいてくれますように。
序列学園
あくがりたる
ライト文芸
第3次大戦後に平和の為に全世界で締結された「銃火器等完全撤廃条約」が施行された世界。人々は身を守る手段として古来からある「武術」を身に付けていた。
そんな世界で身寄りのない者達に武術を教える学園があった。最果ての孤島にある学園。その学園は絶対的な力の上下関係である「序列制度」によって統制され40人の生徒達が暮らしていた。
そこへ特別待遇で入学する事になった澄川カンナは学園生徒達からの嫌がらせを受ける事になるのだが……
多種多様な生徒達が在籍するこの学園で澄川カンナは孤立無援から生きる為に立ち上がる学園アクション!
※この作品は、小説家になろう、カクヨムでも掲載中です。加筆修正された最新版をこちらには掲載しております。
立花家へようこそ!
由奈(YUNA)
ライト文芸
私が出会ったのは立花家の7人家族でした・・・――――
これは、内気な私が成長していく物語。
親の仕事の都合でお世話になる事になった立花家は、楽しくて、暖かくて、とっても優しい人達が暮らす家でした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる