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第6章:夢を尋ねる ~キャラクターデザイン学科:河野いちか~
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しおりを挟む18時から四時間のバイトを終えた頃には、黒い空は決壊して夥しい粒を零していた。
一日の用事をすべて終えた私は、23時少し前にようやくアパートに辿り着いた。
なんだか、いつも以上にへとへとだ。
手洗い、うがいに続き、眼鏡を外して洗顔をする。汚れだけでなく、疲れも洗い流せる気がして、気持ちまでもさっぱりする。
明日は授業がない日だけれど、今日と同じ時間にバイトがある。今私はチェーンのインテリアショップでアルバイトをして生計を立てている。一時的な収入源だと初めから決めていたとしても、お金を稼げればなんでもいいや、という気にはなれず、自分の興味のある分野を選んだ。
バイト自体は好きだし、いつも勤務中は作業に集中できるのだけれど、今日はなんだか胸の中にわだかまるものがあって集中力を欠いていた。
いつもより疲れているのは、胸のもやもやを抱えながら作業していたからかもしれない。
おそらく原因は、スクールで見かけた対照的なクラスメイトたちと、熱心な増山さんの姿を見たからだと思う。
『河野さん、書籍の表紙や挿絵をフリーでやっていくのもいいと思うんだけど、企業への就職も検討してみない?』
そう増山さんに提案されたのは、今年の三月末の進路面談のときのことだった。
ちょうどその頃、同じ学年の生徒が二人、続けざまにライトノベルのイラストの仕事が決まった。それを聞いて、私も頑張ろうと意気込んでいた矢先の一言だった。
出鼻をくじかれた私にとって、増山さんの言葉は正直鬱陶しいものでしかなく、お前がフリーでやっていくのは難しい、暗にそう言われているような気すらしてしまった。
洗顔後の顔を化粧水などで整え、眼鏡をかけた私は、遅い夕飯にするため食料カゴから低カロリーの春雨スープを取り出した。電気ケトルでお湯を沸かしている間に、プラスチック包装を破き、蓋を開ける。沸かせたお湯を注ぎ、パソコンデスクに置くと、椅子の上で足を折り曲げて体育座りした。
パソコンを立ち上げて、イラスト投稿サイトを見ながらスープが出来上がるのを待つ。
大学進学を機に実家を離れ、就職先に合わせて今のアパートに引っ越してきた。人生の節々で住む場所も周囲の環境も変わっていくけれど、変わらない習慣もある。
その筆頭が高校生の頃からほぼ毎日書いている日記だ。
その日の出来事をただ書くだけのこともあれば、悩みや不安を書き散らすこともある。日記帳はもう何冊もあり、大学一年生のある日、『イラストレーターになりたい。絵を描いて生きていきたい』と自分の人生の希望を大きな字で書いた。
絵を描くことは小学生の頃から好きだったけど、仕事にしたいとはっきり自覚したのはこのときだった。
夢を書いた次のページには、近い将来どんな風になりたいかも書き連ねた。
・出版社、もしくは、イラスト投稿サイトが募集しているイラストコンテストに応募して出版デビューしたい
・小説の表紙イラストをいくつも手掛けたい
・表紙買いしてもらえるようなイラストレーターになりたい
・カレンダーやポストカード、画集の仕事がしたい
・ゲームやアニメのキャラクターデザインを頼まれたい
などなど、デビューする手段や願望などを混ぜ込んで箇条書きしたと記憶している。
そしてそれを実現すべく、バイトで貯めたお金でデジタル画材を購入し、描いたイラストを投稿サイトにアップし、何度かコンテストに応募した。
結局プロへの扉に手が届くことも、掠ることもないまま大学を卒業し、夢とは無縁の会社に無難に入社した。だけど、働きながら作品作りをして、コンテストに応募し、チャンスを掴もうと思っていた。
大学生の頃から使っているイラスト投稿サイトには、大学生時代に描いたイラスト、働き出してからのイラスト、そしてTMSに通い出してからのイラストが並んでいる。
パソコン画面のデジタル時計で指定の分数を経過したのを確認すると、私は春雨スープの蓋を取った。箸で底からしっかりかき回し、沈殿している粉を撹拌させていく。
ふーふーと何度も息を吹きかけ、ちょっと口をつけてみるけれども、猫舌の私にはとてもじゃないけど熱くて食べられそうもない。箸でかき混ぜて冷ます方法に切り替える。
湯気で曇った眼鏡が戻るのを待ってから視線をパソコンのディスプレイに戻し、大学生の頃のイラストを眺める。
乙女ゲーム作品を意識して描いたイラストや、キャラクター文芸小説の表紙を意識して描いたものが多い。この頃は時間に余裕があったから更新頻度は高い。でも、背景への描き込みが少ない作品があったり、線が乱れていたり、色のバランスが気持ち悪かったりと、ツッコミどころがたくさんある。ポーズもありきたりな上、骨格がちょっとおかしな作品もある。構図自体も単調でつまらない。
会社員時代はぐっと更新頻度が減った。時間がないけれどもアップはしたい、コンテストに応募したいという気持ちが先行した作品の出来で、キャラクターはしっかり描いているけれども背景への描き込みが大学生時代より少ない。成長しなかった時期だ。
TMSに通ってからは、授業で出る課題以外で描いた作品や投稿サイト上のコンテストに応募した作品が並んでいる。デッサンや配色なんかも授業で学んだ成果がでて、着実にレベルアップしている。
通い出して早一年数ヶ月。ちゃんと成長しているのが投稿作品を眺めるだけでもわかる。
独学では数年かかったか、もしくは身につけられなかったかもしれない技術を短期間で得られたことについては、スクールに通ってよかったと感じている。
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