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第5章:夢の見極め ~教務係:佐久間晧一~
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「あの、そろそろ明るい話題を振ってもいいですか?」
庄司さんが遠慮気味に手を挙げた。
ずっと話す機会をうかがっていたのかもしれない。
「なんだ?」
「小説専科二年の三田さん、デビューが十月に決まりました!」
「おぉ、そうか!」
嬉しそうな庄司さんの声をかき消す勢いで、江本さんの低音が教務室に響いた。
「決まったんですか。よかったですね」
和泉さんも嬉しそうだ。
「はい、ありがとうございます」
関わり合いになっていない僕も何故だか嬉しくなってしまう。
「CA文庫は毎月七日が発売日なので、三田さんのデビューは十月七日です」
「じゃあ十月に向けて、WEBサイトの掲載準備、ちゃんと進めておけよ」
すかさず江本さんが庄司さんに指示を出した。
「はい」
「そういえば、三田さんのペンネームって何なんですか?」
「あ、書きますね」
和泉さんの問いに、庄司さんが手近な紙を引き寄せる。マジックペンを走らせると、和泉さんと江本さんに紙を向けた。
僕も見える位置に椅子を動かして、首を伸ばす。
『御嶽伊蔵』
「みたけ、いぞう、って読みます。ちなみに三田さんのフルネームは、三田圭造さんです」
「ずいぶん厳ついペンネームだなあ」
江本さんが顎をさすりながら唸った。
「ですね。確かご本人はちょっと気弱な感じの人だったと思うので、ギャップがありますね」
江本さんに続き、和泉さんも苦笑いした。
「本人曰く、ペンネームで鎧を纏っているそうです。本名だと自分の殻を破れないけど、この名前が自分のものだと思うと、もっとやってやるって思うらしいです」
「へぇ」
和泉さんの呟きは、感心しているようにも、あまり腑に落ちていないようにも、どちらにもとれる微妙なトーンだった。
「本科の生徒にも三田さんのデビューを伝えてもらったんですけど、先生方が仰るには熱心な生徒が増えたそうです」
「おぉ、いい変化だな」
「やっぱり、発火材は大切ですね」
「三田さんのクラスの生徒たちに関しては、小説賞の選考途中から出版までの流れを直接本人から聞けるので、かなりいい刺激を受けているようです」
この調子で次も続けばいいんだけどな。そう言うと江本さんは教務室を出て行った。それを合図に二人とも自分の仕事に戻っていった。僕も座りなおして作業に戻る。
自分の適性と向き合って諦める人もいれば、向き合うことすらしない人もいる。
庄司さんによると小説専科の木崎彩さんは、あのあともう一度、先生との面談を入れて本格的に長編執筆に取り組んでいるらしい。自分に適性があるか、自分の実力はどのくらいなのかを知ろうとしている最中といえるだろう。
このスクールで何を得て、何を感じるか、それは人それぞれだ。人が夢を叶える様を間近で見ることができる。いや、見るだけじゃなく、携わり、応援することができる。それがなんだか面白い。
最近はそんなことを素直に思うようになった。
頼まれていた事務作業を進めていると、江本さんが教務室に戻ってきた。
「忘れるところだった」
「どうしたんですか?」
訊ねる和泉さんには目もくれず、江本さんはまっすぐに僕に視線を送ってくる。
「佐久間くん、八月・九月に二号館で行う合同企業説明会、手伝いに行ってくれ」
「え? あ、はい……」
なんとか返事をしたが、何のことだかさっぱりわからない。
詳しいことはまた、とさっさと出ていく江本さんの背中を僕は呆然と見つめることしかできなかった。
庄司さんが遠慮気味に手を挙げた。
ずっと話す機会をうかがっていたのかもしれない。
「なんだ?」
「小説専科二年の三田さん、デビューが十月に決まりました!」
「おぉ、そうか!」
嬉しそうな庄司さんの声をかき消す勢いで、江本さんの低音が教務室に響いた。
「決まったんですか。よかったですね」
和泉さんも嬉しそうだ。
「はい、ありがとうございます」
関わり合いになっていない僕も何故だか嬉しくなってしまう。
「CA文庫は毎月七日が発売日なので、三田さんのデビューは十月七日です」
「じゃあ十月に向けて、WEBサイトの掲載準備、ちゃんと進めておけよ」
すかさず江本さんが庄司さんに指示を出した。
「はい」
「そういえば、三田さんのペンネームって何なんですか?」
「あ、書きますね」
和泉さんの問いに、庄司さんが手近な紙を引き寄せる。マジックペンを走らせると、和泉さんと江本さんに紙を向けた。
僕も見える位置に椅子を動かして、首を伸ばす。
『御嶽伊蔵』
「みたけ、いぞう、って読みます。ちなみに三田さんのフルネームは、三田圭造さんです」
「ずいぶん厳ついペンネームだなあ」
江本さんが顎をさすりながら唸った。
「ですね。確かご本人はちょっと気弱な感じの人だったと思うので、ギャップがありますね」
江本さんに続き、和泉さんも苦笑いした。
「本人曰く、ペンネームで鎧を纏っているそうです。本名だと自分の殻を破れないけど、この名前が自分のものだと思うと、もっとやってやるって思うらしいです」
「へぇ」
和泉さんの呟きは、感心しているようにも、あまり腑に落ちていないようにも、どちらにもとれる微妙なトーンだった。
「本科の生徒にも三田さんのデビューを伝えてもらったんですけど、先生方が仰るには熱心な生徒が増えたそうです」
「おぉ、いい変化だな」
「やっぱり、発火材は大切ですね」
「三田さんのクラスの生徒たちに関しては、小説賞の選考途中から出版までの流れを直接本人から聞けるので、かなりいい刺激を受けているようです」
この調子で次も続けばいいんだけどな。そう言うと江本さんは教務室を出て行った。それを合図に二人とも自分の仕事に戻っていった。僕も座りなおして作業に戻る。
自分の適性と向き合って諦める人もいれば、向き合うことすらしない人もいる。
庄司さんによると小説専科の木崎彩さんは、あのあともう一度、先生との面談を入れて本格的に長編執筆に取り組んでいるらしい。自分に適性があるか、自分の実力はどのくらいなのかを知ろうとしている最中といえるだろう。
このスクールで何を得て、何を感じるか、それは人それぞれだ。人が夢を叶える様を間近で見ることができる。いや、見るだけじゃなく、携わり、応援することができる。それがなんだか面白い。
最近はそんなことを素直に思うようになった。
頼まれていた事務作業を進めていると、江本さんが教務室に戻ってきた。
「忘れるところだった」
「どうしたんですか?」
訊ねる和泉さんには目もくれず、江本さんはまっすぐに僕に視線を送ってくる。
「佐久間くん、八月・九月に二号館で行う合同企業説明会、手伝いに行ってくれ」
「え? あ、はい……」
なんとか返事をしたが、何のことだかさっぱりわからない。
詳しいことはまた、とさっさと出ていく江本さんの背中を僕は呆然と見つめることしかできなかった。
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