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第4章:夢に能わず ~声優学科:高梨悠理~
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仕事は月曜から金曜で、一日八時間。平日は仕事を終えて帰宅したら練習をする。レッスンのある土日は、家を出るまで練習して、レッスン後も基本的には練習をする。
TMSでレッスンを開始してからは、ずっとこんな日々を過ごしている。
アフレコレッスンが始まってからは、原音を聞き、それに近づけるように台本を読み込んで繰り返し練習をしては、録音をして修正する。
アフレコレッスンだけじゃない。これまでの一人芝居も二人芝居も同様だった。
やれることはやっているし、試行錯誤もしているつもり。だから、少しずつ成長していると思っている。
けれども、駄目出しがほとんど変わっていない。変わらないということは成長していないということだ。
二回目のサエキココロ役を演じる土曜までの日々を、私はもやもやしたものを抱えながら過ごしていた。
台本を読み込み、原音を聞き、自分の声を録音して聞き直す。けれど、これでいいのか、あっているのか、わからない。不安でいっぱいになる。この演技は、栂谷先生の駄目出しを解消しているのか、わからない。やっていることが正しいのか、わからない。
結局、納得のいく準備ができないまま、土曜日を迎えた。
ネックレスを無くすサエキココロの二回目。
テストも収録した本番もこれまでとさしたる違いのない駄目出しをされただけだった。
でも、仕方ない。だって自分でも何も変わっていない、変えられていないとわかっていたから。
香山さんのトクナガメイは、先週よりも細かな表現で、先生に「ちゃんと捉えている」と褒められていた。
サエキココロ役が二回終り、日曜からは、とうとうネックレスを盗んだと容疑をかけられるヤマナミカナミを演じる番だ。
カナミは疑われていることを最初は軽い気持ちで否定する。しかし、親友であるココロが徐々に疑い出し、違うと言うのに信じてもらえない。親友に裏切られたカナミは反撃する。否定が熱を帯び、終いには、ほんの少しだけ心中にあったココロを見下す思いを、あたかもいつもそう思っていたかのように叫んでしまう。
今日のサエキココロの二回目は、何をどう変えていけばいいのか、どう練習すればいいのかわからず、ほぼ諦めの境地で臨んだ。対してヤマナミカナミは、後半にかけてキレて爆発する表現が難しいけれど、アニメの原音もあるし、レッスンでは香山さんがすでに見本を見せてくれている。そのイメージを参考に練習することにした。
正直、ココロの芝居のことで、もやもやを引き摺っていて、やる気になんてなれなかったけれど、なんとか台本を読み進めた。
軽い否定、衝撃、皮肉、罵倒。表現が徐々に険しくなっていく。声もどんどんヒステリックになっていく。
イメージはある。見本となる原音も聞きこんでいる。なのに、表現したい声が出ない。
棘のある声、蔑みを含んだ響き、自分が出したい音が出せない。どれも同じような調子で声を張り上げてしまう。
なんとかしようと四苦八苦したが、無情にも時間は流れ、納得できない出来のまま翌日日曜のレッスンをむかえた。
テスト後の駄目出しでは「技術とテンションが足りない」と言われた。いつもと違った駄目出しだったけれども、すでに自覚していることだった。
駄目出しを取り入れることができないまま、本番収録も終えた。
香山さんはサエキココロ役だ。
後半、親友のカナミに罵倒されてからの『ひどい……』というセリフは声が震えて、ひどくショックを受けているのが伝わってきた。
昨日の私の演技が本当に拙く聞こえる。出来に差があるのはわかっている。わかっているけれども、それをよくしていくための方法がわからなくて、余計に苦しい。
香山さんのサエキココロに対して、先生は、また「捉え方はあっている」と言い、細かい演技指導をしていった。
どんどん、どんどん、わからなくなっていく。先生からの駄目出しはさほどバリエーションがなく、細かい演技指導もない。漠然とした駄目出しから先生が納得する演技を導き出さないといけないのに、どんな練習をすれば彼女のような声を発することが出来るのか、認めてもらえるのかわからない。
やればやるほど、わからなくなっていく。どんどん心の中で何かが育っていくような気がした。
親が共働きだったから、家でテレビを見て過ごすことが多かった。小さい頃はアニメや特撮ものが大好きだった。中学生の頃は漫画とアニメが生活の中心になり、声優という職業に興味を持ったのは自然の成り行きだったと思う。
声を自在に操り、性別も関係なく、動物にも機械にもなれる。それがとても魅力的だった。
高校は放送部に所属した。地方に住む私が今すぐマイクに向かってセリフを言ったり、滑舌や発声などを学べたりする手段がこれくらいしか思いつかなかったからだ。
華やかな結果なんてない地味な部活だったけれど、校内放送でマイクに向かってしゃべるたび、部員とボイスドラマもどきを練習して録音するたび、少しずつ声優に近づいている気がした。
大学も地方だったから、就職を機に上京してレッスンを始めることを決めた。スクール用にお金を貯めていたけれど、就職活動でかなり使ってしまい、念願のスクールは社会人一年目の秋からのスタートになった。
それまでは、一人でマンガやアニメ、ゲームのセリフを声を変えて言って、声優ごっこのようなことをした。ほんの遊びのようなものだったけど、いろんな声を試し、自分の下手さを感じつつも、レッスンで学べば出来るようになるはず、とスクールに通うのを心待ちにしていた。
声優になるのは中学からの夢。
スクールに通うのもずっと楽しみにしていた。
そして今、夢を叶える道の上にいる。
だから簡単に諦めてはいけないのだ……。
TMSでレッスンを開始してからは、ずっとこんな日々を過ごしている。
アフレコレッスンが始まってからは、原音を聞き、それに近づけるように台本を読み込んで繰り返し練習をしては、録音をして修正する。
アフレコレッスンだけじゃない。これまでの一人芝居も二人芝居も同様だった。
やれることはやっているし、試行錯誤もしているつもり。だから、少しずつ成長していると思っている。
けれども、駄目出しがほとんど変わっていない。変わらないということは成長していないということだ。
二回目のサエキココロ役を演じる土曜までの日々を、私はもやもやしたものを抱えながら過ごしていた。
台本を読み込み、原音を聞き、自分の声を録音して聞き直す。けれど、これでいいのか、あっているのか、わからない。不安でいっぱいになる。この演技は、栂谷先生の駄目出しを解消しているのか、わからない。やっていることが正しいのか、わからない。
結局、納得のいく準備ができないまま、土曜日を迎えた。
ネックレスを無くすサエキココロの二回目。
テストも収録した本番もこれまでとさしたる違いのない駄目出しをされただけだった。
でも、仕方ない。だって自分でも何も変わっていない、変えられていないとわかっていたから。
香山さんのトクナガメイは、先週よりも細かな表現で、先生に「ちゃんと捉えている」と褒められていた。
サエキココロ役が二回終り、日曜からは、とうとうネックレスを盗んだと容疑をかけられるヤマナミカナミを演じる番だ。
カナミは疑われていることを最初は軽い気持ちで否定する。しかし、親友であるココロが徐々に疑い出し、違うと言うのに信じてもらえない。親友に裏切られたカナミは反撃する。否定が熱を帯び、終いには、ほんの少しだけ心中にあったココロを見下す思いを、あたかもいつもそう思っていたかのように叫んでしまう。
今日のサエキココロの二回目は、何をどう変えていけばいいのか、どう練習すればいいのかわからず、ほぼ諦めの境地で臨んだ。対してヤマナミカナミは、後半にかけてキレて爆発する表現が難しいけれど、アニメの原音もあるし、レッスンでは香山さんがすでに見本を見せてくれている。そのイメージを参考に練習することにした。
正直、ココロの芝居のことで、もやもやを引き摺っていて、やる気になんてなれなかったけれど、なんとか台本を読み進めた。
軽い否定、衝撃、皮肉、罵倒。表現が徐々に険しくなっていく。声もどんどんヒステリックになっていく。
イメージはある。見本となる原音も聞きこんでいる。なのに、表現したい声が出ない。
棘のある声、蔑みを含んだ響き、自分が出したい音が出せない。どれも同じような調子で声を張り上げてしまう。
なんとかしようと四苦八苦したが、無情にも時間は流れ、納得できない出来のまま翌日日曜のレッスンをむかえた。
テスト後の駄目出しでは「技術とテンションが足りない」と言われた。いつもと違った駄目出しだったけれども、すでに自覚していることだった。
駄目出しを取り入れることができないまま、本番収録も終えた。
香山さんはサエキココロ役だ。
後半、親友のカナミに罵倒されてからの『ひどい……』というセリフは声が震えて、ひどくショックを受けているのが伝わってきた。
昨日の私の演技が本当に拙く聞こえる。出来に差があるのはわかっている。わかっているけれども、それをよくしていくための方法がわからなくて、余計に苦しい。
香山さんのサエキココロに対して、先生は、また「捉え方はあっている」と言い、細かい演技指導をしていった。
どんどん、どんどん、わからなくなっていく。先生からの駄目出しはさほどバリエーションがなく、細かい演技指導もない。漠然とした駄目出しから先生が納得する演技を導き出さないといけないのに、どんな練習をすれば彼女のような声を発することが出来るのか、認めてもらえるのかわからない。
やればやるほど、わからなくなっていく。どんどん心の中で何かが育っていくような気がした。
親が共働きだったから、家でテレビを見て過ごすことが多かった。小さい頃はアニメや特撮ものが大好きだった。中学生の頃は漫画とアニメが生活の中心になり、声優という職業に興味を持ったのは自然の成り行きだったと思う。
声を自在に操り、性別も関係なく、動物にも機械にもなれる。それがとても魅力的だった。
高校は放送部に所属した。地方に住む私が今すぐマイクに向かってセリフを言ったり、滑舌や発声などを学べたりする手段がこれくらいしか思いつかなかったからだ。
華やかな結果なんてない地味な部活だったけれど、校内放送でマイクに向かってしゃべるたび、部員とボイスドラマもどきを練習して録音するたび、少しずつ声優に近づいている気がした。
大学も地方だったから、就職を機に上京してレッスンを始めることを決めた。スクール用にお金を貯めていたけれど、就職活動でかなり使ってしまい、念願のスクールは社会人一年目の秋からのスタートになった。
それまでは、一人でマンガやアニメ、ゲームのセリフを声を変えて言って、声優ごっこのようなことをした。ほんの遊びのようなものだったけど、いろんな声を試し、自分の下手さを感じつつも、レッスンで学べば出来るようになるはず、とスクールに通うのを心待ちにしていた。
声優になるのは中学からの夢。
スクールに通うのもずっと楽しみにしていた。
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