夢はお金で買えますか? ~とあるエンタメスクールの7カ月~

朝凪なつ

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第4章:夢に能わず ~声優学科:高梨悠理~

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 練習を繰り返し、自分の中ではある程度ココロを表現できるようになった状態で、翌日、日曜のレッスンに臨んだ。
 一組目。今度は池田さんが、ココロに想いを寄せるクラスメイトのイヌイを演じる。昨日、イヌイを演じていた渡辺わたなべさんはクラス委員長のアキヅキ役だ。
 渡辺さんは、相変わらず口の動きに合わせるのに必死でセリフをただ言っているだけになっている。
 池田さんのイヌイは、声は昨日のアキヅキとさほど変わっていないが、発せられる声の雰囲気からイヌイのイメージが伝わってきた。自分の好きな人の肩を持ち、カナミがココロを攻撃しだすと必死に応戦する。そこに見栄と虚栄が滲んでいる。アニメを見たとき、このイヌイというキャラクターは器が小さいなと思った。そのニュアンスが池田さんの声から感じ取れた。
 テストが終わり、栂谷つがや先生がそれぞれに指摘を入れていく。

「渡辺、まだお前がお前としてセリフを言ってるだけだ。アキヅキを演じるんだよ」
「はい……」
「池田、君の声じゃイヌイに合う声は出ないと思うから、そこは無理しなくていい。でも、まだちょっとイヌイが格好良くなってしまってる。ココロにいいところ見せたくて虚勢張ってる姿とか、確かじゃないのにカナミを糾弾してる姿とか……、わかりやすく言うと、小物感、もっと出して」
「はい」

 三か所の養成所でレッスンをしてきた渡辺さんへの駄目出しと初めての池田さんへの駄目出しは完全にキャリアが逆転している。先週のくぼさんのように馬鹿にする気はないけれど、やはり向き不向きはあると、私も思う。
 一組目の収録が終わった。
 次は私たちの組だ。
 テストを終え、栂谷先生が駄目出しをしていく。

「次のココロのセリフ」

 私だ。
 すぐに「はい」と返事をする。

「大切なものがなくなったときの戸惑いがただ声を張り上げているだけになってる」

 何度も台本を読んでココロの心情を理解したつもりだし、何度も練習した。けれど、そう、言われてしまった。
 家での練習より、緊張で力が入ってしまったのかもしれない。

「ただ張るんじゃなく自分で自分の身体を制御して、そこに感情をのせていかないと」

 昨日の指摘とは打って変わって難しいことを言われた。それがすぐにできれば苦労はしないよ、と心の中で突っ込みつつも私は「はい」と返した。
 栂谷先生の言わんとしていることはなんとなくわかるけれども、それをテストから本番収録までのたった数分の間に微調整出来るほどの技術を私はまだ身に着けていない。プロなら出来るのだろうけど、今の私には難易度が高い。
 本番収録は、案の定「身体を制御して、そこに感情をのせる」という指摘に対応しきれず、強く言っていたセリフを抑えめに言うだけになってしまった。

 意気消沈しながら、次の組を見る。だけど、他の人の演技も、駄目出しもただ耳を通過していった。
 そして、香山さんの組の番になった。
 彼女は今日、私が昨日演じたトクナガメイを演じる。
 ネックレスがなくなり慌てるココロと、疑われるカナミの親友ながら、一歩引いたところから見ているキャラクター、トクナガメイ。三人の中で一番おとなしく、普段から二人の後ろにいるような女の子だけれど、本当は一歩引いて物事を傍観することで自分を守ろうとする卑怯な面も持っている。
 香山さんが演じたメイは、私の予想と違っていた。
 最近のアニメに多い、おとなしくてか細い声の女の子の声を真似て出すのかと、そう思っていた。
 けれども、目の前の彼女が演じたメイからは、深く介入したり意見したりせず、大人しさの裏側で距離を保って自分を守ろうとする卑怯さが伝わってきた。ときにはココロを擁護したり、ときにはカナミを非難したりすることで、常に自分を正しい位置に立たせようとするメイが、表現出来ていた。
 昨日、私の演じたトクナガメイとはまるで出来が違う。ちゃんとこの作品の『声』、トクナガメイの『声』だった。
 もちろん先生は私に昨日言ったような駄目出しは一切せず、より細かな要望を口にした。それは良くないところを指摘するものではなく、作品をより良くするための指摘だった。


 電車に揺られながら考えた。私と香山さんの違いを。
 キャラクターの人物造形やシーンでの各キャラクターの役割は、栂谷先生が説明をしているから私も香山さんもわかっている。
 でも、私は役の心情を表現することが出来ず、彼女は表現出来ている。
 原音を何度も聞き、録音しては聞き比べて練習しているのに何故私は表現できていないと言われてしまうのか。
 レッスンノートには、今日も今までと対して違わない駄目出しが書き込まれた。新たに増えたのは、『自分の身体を制御して、そこに感情を乗せる』という駄目出し。
 本番映像を見た後にもらった駄目出しは、またしても『感情をのせて』だった。
 パラパラとめくり、これまでの駄目出しを流し見していく。

『もっと伝えて』、『感情を乗せて』、『相手に話しかけて』、『相手の声に反応して』、『強弱をつければいいわけじゃない』……。

 私は香山さんや池田さんのように細かな指摘を受けたことがない。
 代り映えしない駄目出しがぐるぐると頭の中を駆け巡る。
 私と香山さん、池田さんとの違いは何なのか――。
 アパートの最寄り駅についてもぐるぐると答えが出ず、私は上の空でコンビニで夕飯を買い、アパートに着いた。
 濃い味付けの親子丼をもそもそと食べ終わった頃、心のなかに小さなしこりのようなものがあることに気付いた。

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