夢はお金で買えますか? ~とあるエンタメスクールの7カ月~

朝凪なつ

文字の大きさ
上 下
40 / 63
第4章:夢に能わず ~声優学科:高梨悠理~

4-9

しおりを挟む

 練習を繰り返し、自分の中ではある程度ココロを表現できるようになった状態で、翌日、日曜のレッスンに臨んだ。
 一組目。今度は池田さんが、ココロに想いを寄せるクラスメイトのイヌイを演じる。昨日、イヌイを演じていた渡辺わたなべさんはクラス委員長のアキヅキ役だ。
 渡辺さんは、相変わらず口の動きに合わせるのに必死でセリフをただ言っているだけになっている。
 池田さんのイヌイは、声は昨日のアキヅキとさほど変わっていないが、発せられる声の雰囲気からイヌイのイメージが伝わってきた。自分の好きな人の肩を持ち、カナミがココロを攻撃しだすと必死に応戦する。そこに見栄と虚栄が滲んでいる。アニメを見たとき、このイヌイというキャラクターは器が小さいなと思った。そのニュアンスが池田さんの声から感じ取れた。
 テストが終わり、栂谷つがや先生がそれぞれに指摘を入れていく。

「渡辺、まだお前がお前としてセリフを言ってるだけだ。アキヅキを演じるんだよ」
「はい……」
「池田、君の声じゃイヌイに合う声は出ないと思うから、そこは無理しなくていい。でも、まだちょっとイヌイが格好良くなってしまってる。ココロにいいところ見せたくて虚勢張ってる姿とか、確かじゃないのにカナミを糾弾してる姿とか……、わかりやすく言うと、小物感、もっと出して」
「はい」

 三か所の養成所でレッスンをしてきた渡辺さんへの駄目出しと初めての池田さんへの駄目出しは完全にキャリアが逆転している。先週のくぼさんのように馬鹿にする気はないけれど、やはり向き不向きはあると、私も思う。
 一組目の収録が終わった。
 次は私たちの組だ。
 テストを終え、栂谷先生が駄目出しをしていく。

「次のココロのセリフ」

 私だ。
 すぐに「はい」と返事をする。

「大切なものがなくなったときの戸惑いがただ声を張り上げているだけになってる」

 何度も台本を読んでココロの心情を理解したつもりだし、何度も練習した。けれど、そう、言われてしまった。
 家での練習より、緊張で力が入ってしまったのかもしれない。

「ただ張るんじゃなく自分で自分の身体を制御して、そこに感情をのせていかないと」

 昨日の指摘とは打って変わって難しいことを言われた。それがすぐにできれば苦労はしないよ、と心の中で突っ込みつつも私は「はい」と返した。
 栂谷先生の言わんとしていることはなんとなくわかるけれども、それをテストから本番収録までのたった数分の間に微調整出来るほどの技術を私はまだ身に着けていない。プロなら出来るのだろうけど、今の私には難易度が高い。
 本番収録は、案の定「身体を制御して、そこに感情をのせる」という指摘に対応しきれず、強く言っていたセリフを抑えめに言うだけになってしまった。

 意気消沈しながら、次の組を見る。だけど、他の人の演技も、駄目出しもただ耳を通過していった。
 そして、香山さんの組の番になった。
 彼女は今日、私が昨日演じたトクナガメイを演じる。
 ネックレスがなくなり慌てるココロと、疑われるカナミの親友ながら、一歩引いたところから見ているキャラクター、トクナガメイ。三人の中で一番おとなしく、普段から二人の後ろにいるような女の子だけれど、本当は一歩引いて物事を傍観することで自分を守ろうとする卑怯な面も持っている。
 香山さんが演じたメイは、私の予想と違っていた。
 最近のアニメに多い、おとなしくてか細い声の女の子の声を真似て出すのかと、そう思っていた。
 けれども、目の前の彼女が演じたメイからは、深く介入したり意見したりせず、大人しさの裏側で距離を保って自分を守ろうとする卑怯さが伝わってきた。ときにはココロを擁護したり、ときにはカナミを非難したりすることで、常に自分を正しい位置に立たせようとするメイが、表現出来ていた。
 昨日、私の演じたトクナガメイとはまるで出来が違う。ちゃんとこの作品の『声』、トクナガメイの『声』だった。
 もちろん先生は私に昨日言ったような駄目出しは一切せず、より細かな要望を口にした。それは良くないところを指摘するものではなく、作品をより良くするための指摘だった。


 電車に揺られながら考えた。私と香山さんの違いを。
 キャラクターの人物造形やシーンでの各キャラクターの役割は、栂谷先生が説明をしているから私も香山さんもわかっている。
 でも、私は役の心情を表現することが出来ず、彼女は表現出来ている。
 原音を何度も聞き、録音しては聞き比べて練習しているのに何故私は表現できていないと言われてしまうのか。
 レッスンノートには、今日も今までと対して違わない駄目出しが書き込まれた。新たに増えたのは、『自分の身体を制御して、そこに感情を乗せる』という駄目出し。
 本番映像を見た後にもらった駄目出しは、またしても『感情をのせて』だった。
 パラパラとめくり、これまでの駄目出しを流し見していく。

『もっと伝えて』、『感情を乗せて』、『相手に話しかけて』、『相手の声に反応して』、『強弱をつければいいわけじゃない』……。

 私は香山さんや池田さんのように細かな指摘を受けたことがない。
 代り映えしない駄目出しがぐるぐると頭の中を駆け巡る。
 私と香山さん、池田さんとの違いは何なのか――。
 アパートの最寄り駅についてもぐるぐると答えが出ず、私は上の空でコンビニで夕飯を買い、アパートに着いた。
 濃い味付けの親子丼をもそもそと食べ終わった頃、心のなかに小さなしこりのようなものがあることに気付いた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~

日暮ミミ♪
恋愛
現代の日本。 山梨県のとある児童養護施設に育った中学3年生の相川愛美(あいかわまなみ)は、作家志望の女の子。卒業後は私立高校に進学したいと思っていた。でも、施設の経営状態は厳しく、進学するには施設を出なければならない。 そんな愛美に「進学費用を援助してもいい」と言ってくれる人物が現れる。 園長先生はその人物の名前を教えてくれないけれど、読書家の愛美には何となく自分の状況が『あしながおじさん』のヒロイン・ジュディと重なる。 春になり、横浜にある全寮制の名門女子高に入学した彼女は、自分を進学させてくれた施設の理事を「あしながおじさん」と呼び、その人物に宛てて手紙を出すようになる。 慣れない都会での生活・初めて持つスマートフォン・そして初恋……。 戸惑いながらも親友の牧村さやかや辺唐院珠莉(へんとういんじゅり)と助け合いながら、愛美は寮生活に慣れていく。 そして彼女は、幼い頃からの夢である小説家になるべく動き出すけれど――。 (原作:ジーン・ウェブスター『あしながおじさん』)

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

古屋さんバイト辞めるって

四宮 あか
ライト文芸
ライト文芸大賞で奨励賞いただきました~。 読んでくださりありがとうございました。 「古屋さんバイト辞めるって」  おしゃれで、明るくて、話しも面白くて、仕事もすぐに覚えた。これからバイトの中心人物にだんだんなっていくのかな? と思った古屋さんはバイトをやめるらしい。  学部は違うけれど同じ大学に通っているからって理由で、石井ミクは古屋さんにバイトを辞めないように説得してと店長に頼まれてしまった。  バイト先でちょろっとしか話したことがないのに、辞めないように説得を頼まれたことで困ってしまった私は……  こういう嫌なタイプが貴方の職場にもいることがあるのではないでしょうか? 表紙の画像はフリー素材サイトの https://activephotostyle.biz/さまからお借りしました。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

処理中です...