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第4章:夢に能わず ~声優学科:高梨悠理~
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レッスンを終え、私はアパートから一番近くにあるカラオケボックスに入った。
一人芝居のレッスンが始まった今年の一月から、気兼ねなく声が出せるようにカラオケボックスで練習するようになった。アパートだと騒音トラブルを気にしたり、誰かに聞かれていることを意識してしまったりして、声を抑えてしまう。喉に負担をかけてしまうし、芝居も小さくなってしまうから、週に一度は大きな声の出せるところで練習するようにしている。
セルフでドリンクを入れ、席に着くとバッグから台本とスマホを取り出す。
でも、台本を開く気にならない。
『強弱をつければいいわけじゃない。感情を乗せて』
収録映像を見た栂谷先生からの駄目出しが、また蘇る。
他の組の映像を見ていても、次のキャスティングの説明を受けていても、帰りの電車の中でも、この駄目出しが頭の中でこだましていた。
テストのときに「感情を出して」と言われた私は、改善方法を見付けられないままとりあえずメリハリをつけて本番を演じた。
その結果、「強弱をつければいいわけじゃない。感情を乗せて」と言われた。
溜息が零れる。
正直どうすればいいかわからない。
原音と比べると、もちろん私の発するセリフはプロよりも拙い。しかし近づいてはいるはずだ。セリフの入りと終わりのタイミングはほぼ合っているし、声もキャラに合ってる。声は硬いが、まだアフレコ自体に慣れていないからだとすれば、数をこなしていけば解けていくと思うのだ。
やっぱり先生は私の演技をあまり見ていないのではないだろうか――?
ちゃんと私の演技を見ていないから、駄目出しがいつも同じなのではないだろうか。
そこまで考えて、私はかぶりを振った。
流石にこれは被害妄想が過ぎるだろう。
次の役で挽回すればいいのだ。
私は、気持ちを切り替えるように短く息を吐くと台本を開いた。
明日と来週の土曜に演じるのは、ネックレスがなくなってしまうサエキココロ。正直なところ、疑われる女子生徒ヤマナミカナミじゃなくてよかった。今日の、香山さんのあんな演技の後では、否が応でも比較されてしまうから。
台本に目を落とす。ココロのセリフをさらってから、スマホで撮影したアニメ映像を再生する。
ココロに注目して見ていく。
買ったばかりのネックレスがなくなった困惑、不安。クラスメイトからもたらされる親友の怪しい動き。疑惑。明かされた親友の本音によって受ける衝撃。
短いシーンだけど感情の動きが激しい。ココロの様々な感情を表現しなければならない。
「『これ?』、……『違う違う。実力テストの成績が良かったから、ご褒美で買ったの』、……『そうなの、奮発しちゃった。前から可愛いと思っててさ。お小遣いじゃ足りないから、貯めてたお年玉も少し使っちゃった』、……『ありがとう。本当はつけてききゃ』っ、あ……。もっかい。
『ありがとう。本当はつけてきちゃダメなのわかってるんだけどね、嬉しくてつい』」
演技以前に滑舌で躓いてしまってはいけない。特に映像に合わせるアフレコでは、噛んでしまうとセリフの言い終わりがずれ、一緒にやっているメンバーに迷惑をかけてしまう。
一通り本読みをしたら、自分のテンポで演じるのに慣れてしまう前に映像に合わせていく。
何度か映像に合わせる練習をして録音する。
この時は噛んでも途中で止めないで最後まで演じ切ることにしている。レッスンではやり直しなんてさせてもらえないから。
録ったら、すぐに再生。気になる点を台本やノートに書き込んでいく。
後半になるにしたがって、どんどん気になる点が増えていった。
『あれ、ない!』、……『ネックレスがないの。巾着ごとなくなってる!』、……『着替えてるうちに時間なくなったから、あれ以来つけてなかったの』……。
「うーん、なんか違うなぁ。なくなった混乱以外が含まれてる……」
一旦再生を止めて、台本に目を落とす。
「この時点では単純に落としたとか置いてきたとかって思ってると思うんだよなぁ。でも、このあと盗んだ盗んでないの言い合いになることを私が知っちゃってるから、それが声に表れてる気がする……」
レッスンノートに気になった点と、改善内容を書いて再び、再生ボタンを押して聞いていく。
『もう帰るって言っていたのに、どうしてまた教室に戻ってきたの?』、……『それって何?』、……『ねぇ、カナミ、本当のこと言って……?』。
イヌイの目撃情報もあり、ココロは少しずつ怪しみ始める。けれど、まだ本気で疑っていない。一応教えて、という体で質問していると思うのだ。けれども、それが表現できていない。もうすでにカナミが盗ったと思っているように聞こえる。
一通り聞き終わり、気になった箇所を重点的に練習していく。
「『あれ、ない!』、……『ネックレスがないの。巾着ごとなくなってる!』」
大切なものがなくなった混乱と困惑をストレートに表現してみようと、強めに言ってみる。うん、この方がいい気がする。
「『もう帰るって言っていたのに、どうしてまた教室に戻ってきたの?』、……んー、なんか違う。『どうしてまた教室に戻ってきたの?』」
疑っていないことが伝わるように、『どうして』は強めに言わないようにして、『戻ってきたの?』の語尾を上げてみた。何度か練習して録音して聞いてみる。ちょっとイメージに近づいてきた。
こんな風にすべてのセリフを細かく、端々まで調整していく。
一時間半の使用時間をめいっぱい練習に費やし、私はカラオケボックスを後にした。
一人芝居のレッスンが始まった今年の一月から、気兼ねなく声が出せるようにカラオケボックスで練習するようになった。アパートだと騒音トラブルを気にしたり、誰かに聞かれていることを意識してしまったりして、声を抑えてしまう。喉に負担をかけてしまうし、芝居も小さくなってしまうから、週に一度は大きな声の出せるところで練習するようにしている。
セルフでドリンクを入れ、席に着くとバッグから台本とスマホを取り出す。
でも、台本を開く気にならない。
『強弱をつければいいわけじゃない。感情を乗せて』
収録映像を見た栂谷先生からの駄目出しが、また蘇る。
他の組の映像を見ていても、次のキャスティングの説明を受けていても、帰りの電車の中でも、この駄目出しが頭の中でこだましていた。
テストのときに「感情を出して」と言われた私は、改善方法を見付けられないままとりあえずメリハリをつけて本番を演じた。
その結果、「強弱をつければいいわけじゃない。感情を乗せて」と言われた。
溜息が零れる。
正直どうすればいいかわからない。
原音と比べると、もちろん私の発するセリフはプロよりも拙い。しかし近づいてはいるはずだ。セリフの入りと終わりのタイミングはほぼ合っているし、声もキャラに合ってる。声は硬いが、まだアフレコ自体に慣れていないからだとすれば、数をこなしていけば解けていくと思うのだ。
やっぱり先生は私の演技をあまり見ていないのではないだろうか――?
ちゃんと私の演技を見ていないから、駄目出しがいつも同じなのではないだろうか。
そこまで考えて、私はかぶりを振った。
流石にこれは被害妄想が過ぎるだろう。
次の役で挽回すればいいのだ。
私は、気持ちを切り替えるように短く息を吐くと台本を開いた。
明日と来週の土曜に演じるのは、ネックレスがなくなってしまうサエキココロ。正直なところ、疑われる女子生徒ヤマナミカナミじゃなくてよかった。今日の、香山さんのあんな演技の後では、否が応でも比較されてしまうから。
台本に目を落とす。ココロのセリフをさらってから、スマホで撮影したアニメ映像を再生する。
ココロに注目して見ていく。
買ったばかりのネックレスがなくなった困惑、不安。クラスメイトからもたらされる親友の怪しい動き。疑惑。明かされた親友の本音によって受ける衝撃。
短いシーンだけど感情の動きが激しい。ココロの様々な感情を表現しなければならない。
「『これ?』、……『違う違う。実力テストの成績が良かったから、ご褒美で買ったの』、……『そうなの、奮発しちゃった。前から可愛いと思っててさ。お小遣いじゃ足りないから、貯めてたお年玉も少し使っちゃった』、……『ありがとう。本当はつけてききゃ』っ、あ……。もっかい。
『ありがとう。本当はつけてきちゃダメなのわかってるんだけどね、嬉しくてつい』」
演技以前に滑舌で躓いてしまってはいけない。特に映像に合わせるアフレコでは、噛んでしまうとセリフの言い終わりがずれ、一緒にやっているメンバーに迷惑をかけてしまう。
一通り本読みをしたら、自分のテンポで演じるのに慣れてしまう前に映像に合わせていく。
何度か映像に合わせる練習をして録音する。
この時は噛んでも途中で止めないで最後まで演じ切ることにしている。レッスンではやり直しなんてさせてもらえないから。
録ったら、すぐに再生。気になる点を台本やノートに書き込んでいく。
後半になるにしたがって、どんどん気になる点が増えていった。
『あれ、ない!』、……『ネックレスがないの。巾着ごとなくなってる!』、……『着替えてるうちに時間なくなったから、あれ以来つけてなかったの』……。
「うーん、なんか違うなぁ。なくなった混乱以外が含まれてる……」
一旦再生を止めて、台本に目を落とす。
「この時点では単純に落としたとか置いてきたとかって思ってると思うんだよなぁ。でも、このあと盗んだ盗んでないの言い合いになることを私が知っちゃってるから、それが声に表れてる気がする……」
レッスンノートに気になった点と、改善内容を書いて再び、再生ボタンを押して聞いていく。
『もう帰るって言っていたのに、どうしてまた教室に戻ってきたの?』、……『それって何?』、……『ねぇ、カナミ、本当のこと言って……?』。
イヌイの目撃情報もあり、ココロは少しずつ怪しみ始める。けれど、まだ本気で疑っていない。一応教えて、という体で質問していると思うのだ。けれども、それが表現できていない。もうすでにカナミが盗ったと思っているように聞こえる。
一通り聞き終わり、気になった箇所を重点的に練習していく。
「『あれ、ない!』、……『ネックレスがないの。巾着ごとなくなってる!』」
大切なものがなくなった混乱と困惑をストレートに表現してみようと、強めに言ってみる。うん、この方がいい気がする。
「『もう帰るって言っていたのに、どうしてまた教室に戻ってきたの?』、……んー、なんか違う。『どうしてまた教室に戻ってきたの?』」
疑っていないことが伝わるように、『どうして』は強めに言わないようにして、『戻ってきたの?』の語尾を上げてみた。何度か練習して録音して聞いてみる。ちょっとイメージに近づいてきた。
こんな風にすべてのセリフを細かく、端々まで調整していく。
一時間半の使用時間をめいっぱい練習に費やし、私はカラオケボックスを後にした。
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