夢はお金で買えますか? ~とあるエンタメスクールの7カ月~

朝凪なつ

文字の大きさ
上 下
38 / 63
第4章:夢に能わず ~声優学科:高梨悠理~

4-7

しおりを挟む

 土曜日。アニメアフレコのレッスン二回目。
 前回と同じキャスティングで、私はトクナガメイを演じる。
 前回のレッスンから今日までの間に、何十回と映像を見て、何十回も声をあてる練習をしてきた。
 テストをやってみた感覚では、前回よりもセリフに動きがつけられたと思った。
 けれども――、

「変わっていない。もっと感情を出して」

 と、言われてしまった。

「……はい」

 とりあえず返事はしたけれども、どこがどう変わっていないのかわからない。
 だって毎日録音して聞いている限り、変わっていないなんて、そんなことはなかった。
 日曜のレッスンでの収録音声と、今日、家でやった最後の練習の録音では明らかに変化があったはずだ。
 もしかして栂谷つがや先生は前回の私の演技を覚えていないにもかかわらず、「変わっていない」という雑な駄目出しをした――?
 そうだとしたら納得いかない。
 一応ノートに駄目出しをメモしたけれど、その内容については全く納得いかなかった。
 本番収録は、全然納得していなかったけれど、「感情を出して」という駄目出しのもと、テストよりもメリハリをつけてみることにした。
 だって、一週間かけて一生懸命練習してきた成果をテストで出して、それに対する駄目出しが「感情を出して」という超ざっくりとしたものだけ。それで、数分後の収録で、私は一体何を変えればいいというのだろう。
 ちょっとヤケクソ気味の収録になってしまった。

 二つ後は香山かやまさんの組だ。私は気持ちを切り替えて、テストを見守ることにした。
 前回の厳しい駄目出しを受け、彼女はどうするのだろう。きっと、私以外のみんなも気になっていることだろう。
 テストが始まる。親友のココロのネックレスがなくなり、香山さん演じるカナミが誰もいない教室に出入りしたのを見たとイヌイが証言する。
『それだけで私を疑うなんて馬鹿げているわ』、そうカナミは否定する。ここはまだ本気で否定していない。本当に疑われていると思っていないからだ。
 香山さんのセリフから、その感情が伝わってくる。
 しかし親友であるはずのココロの目が本気で疑ってきているとわかってから、一変する。


ココロ :もう帰るって言っていたのに、どうしてまた教室に戻ってきたの?
カナミ :忘れ物があったからだけど。
ココロ :それって何?
カナミ :は? 言わなきゃいけないの?
イヌイ :言えないんだろう! 盗むために戻ってきたから!
カナミ :違うわ!
アキヅキ:おいイヌイ! ヤマナミも熱くなるなよ。
ココロ :ねぇ、カナミ、本当のこと言って……?
カナミ :……っ、ふざけないでよ! 私が盗るわけないじゃない!
イヌイ :それを証明してみろよ!
カナミ :何それ。鞄の中ばらまいて、裸にでもなって、持ってませんって言えって言うの?
     いい加減にして! だいたいあんなネックレス欲しがるわけないでしょ!
メイ  :でも、今日は可愛いって……。
カナミ :二人が可愛い可愛いって言うから、合わせてあげただけよ!
     あんなセンスのないネックレスなんいらないわ!
ココロ :ひどい……。
メイ  :カナミちゃん、あたしたちのこと、そんな風に見てたの?
イヌイ :お前最低だな。そんなことはらん中で思いながら、親友面してたのかよ。
アキヅキ:お前ら、落ち着けよ!


 疑惑を向けられ、余裕のあった否定に棘が含まれていく。ココロのことを好きなイヌイが煽り、怒りも増していき、盗っていないことの否定から、ネックレスへの否定に変わり、最後には親友へのさげすみに発展していく。
 先週は、声を張り上げるだけだった香山さんの今日の演技は、明らかに変わった。
『は? 言わなきゃいけないの?』というセリフから、『……っ、ふざけないでよ! 私が盗るわけないじゃない!』というセリフへは、徐々に声が強くなっていくだけではなく、声自体にトゲトゲとした響きが混じっていった。
 特に『何それ。鞄の中ばらまいて、裸にでもなって、持ってませんって言えって言うの? いい加減にして! だいたいあんなネックレス欲しがるわけないでしょ!』には、侮蔑ぶべつの色も含まれ、鬼気迫るものがあった。
 驚きで、私は固まった。目が香山さんから離せない。
 レッスン場内の空気も一変した。ようやく先生に視線をやると、私と同じく驚きの目で香山さんを見ていた。
 クラスのみんなも衝撃を受けていた。前回と違う彼女の演技に。
 童顔で柔らかい雰囲気、それにふさわしい可愛い声。身体の線も細い。そんな彼女の身体の一体どこからあんな激しい声が出るのだろう。
 テストを終えた後の駄目出しで、先生は香山さんを褒めた。

「かなり変えてきたな。ちょっと強すぎるかも……、いや、テンションは今の感じでいい。細かいけど、『ふざけないでよ! 私が盗るわけないじゃない!』からの責めるところはもう少し繊細に段階をつけてやってみて」

 言われたのは高度な要求。
 香山さんは、先週の怒りをはらんだ表情とは対象的に自信と余裕を感じさせる顔を先生に向けて、「はい」と返事をした。
 そして、本番収録はテストと同じ鬼気迫る演技をし、言われた通り細かな調整も入れて演じた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

もう一度『初めまして』から始めよう

シェリンカ
ライト文芸
『黄昏刻の夢うてな』ep.0 WAKANA 母の再婚を機に、長年会っていなかった父と暮らすと決めた和奏(わかな) しかし芸術家で田舎暮らしの父は、かなり変わった人物で…… 新しい生活に不安を覚えていたところ、とある『不思議な場所』の話を聞く 興味本位に向かった場所で、『椿(つばき)』という同い年の少女と出会い、ようやくその土地での暮らしに慣れ始めるが、実は彼女は…… ごく平凡を自負する少女――和奏が、自分自身と家族を見つめ直す、少し不思議な成長物語

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

実家を追い出されホームレスになったヒキニート俺、偶然再会した幼馴染の家に転がり込む。

高野たけし
ライト文芸
引きこもり歴五年のニート――杉野和哉は食べて遊んで寝るだけの日々を過ごしていた。この生活がずっと続くと思っていたのだが、痺れを切らした両親に家を追い出されてしまう。今更働く気力も体力もない和哉は、誰かに養ってもらおうと画策するが上手くいかず、路上生活が目の前にまで迫っていた。ある日、和哉がインターネットカフェで寝泊まりをしていると綺麗な女の人を見つけた。週末の夜に一人でいるのならワンチャンスあると踏んだ和哉は、勇気を出して声をかける。すると彼女は高校生の時に交際していた幼馴染の松下紗絢だった。またとないチャンスを手に入れた和哉は、紗絢を言葉巧みに欺き、彼女の家に住み着くことに成功する。これはクズでどうしようもない主人公と、お人好しな幼馴染が繰り広げる物語。

小さな贈り物、大きな成功:美味しい飴が変えた職場と地元社会

O.K
エッセイ・ノンフィクション
美味しい飴のお土産が、職場に笑顔と成功をもたらった物語。小さな贈り物がきっかけで、その飴が職場で大ヒット。地元社会との結びつきが深まり、新たなアイディアや活気が生まれた。予測不可能な成功から学んだことは、感謝とポジティブなエネルギーが大きな変化を生む力を持つということ。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

よくできた"妻"でして

真鳥カノ
ライト文芸
ある日突然、妻が亡くなった。 単身赴任先で妻の訃報を聞いた主人公は、帰り着いた我が家で、妻の重大な秘密と遭遇する。 久しぶりに我が家に戻った主人公を待ち受けていたものとは……!? ※こちらの作品はエブリスタにも掲載しております。

お茶をしましょう、若菜さん。〜強面自衛官、スイーツと君の笑顔を守ります〜

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
陸上自衛隊衛生科所属の安達四季陸曹長は、見た目がどうもヤのつく人ににていて怖い。 「だって顔に大きな傷があるんだもん!」 体力徽章もレンジャー徽章も持った看護官は、鬼神のように荒野を走る。 実は怖いのは顔だけで、本当はとても優しくて怒鳴ったりイライラしたりしない自衛官。 寺の住職になった方が良いのでは?そう思うくらいに懐が大きく、上官からも部下からも慕われ頼りにされている。 スイーツ大好き、奥さん大好きな安達陸曹長の若かりし日々を振り返るお話です。 ※フィクションです。 ※カクヨム、小説家になろうにも公開しています。

処理中です...