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第4章:夢に能わず ~声優学科:高梨悠理~
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しおりを挟む土曜日。アニメアフレコのレッスン二回目。
前回と同じキャスティングで、私はトクナガメイを演じる。
前回のレッスンから今日までの間に、何十回と映像を見て、何十回も声をあてる練習をしてきた。
テストをやってみた感覚では、前回よりもセリフに動きがつけられたと思った。
けれども――、
「変わっていない。もっと感情を出して」
と、言われてしまった。
「……はい」
とりあえず返事はしたけれども、どこがどう変わっていないのかわからない。
だって毎日録音して聞いている限り、変わっていないなんて、そんなことはなかった。
日曜のレッスンでの収録音声と、今日、家でやった最後の練習の録音では明らかに変化があったはずだ。
もしかして栂谷先生は前回の私の演技を覚えていないにもかかわらず、「変わっていない」という雑な駄目出しをした――?
そうだとしたら納得いかない。
一応ノートに駄目出しをメモしたけれど、その内容については全く納得いかなかった。
本番収録は、全然納得していなかったけれど、「感情を出して」という駄目出しのもと、テストよりもメリハリをつけてみることにした。
だって、一週間かけて一生懸命練習してきた成果をテストで出して、それに対する駄目出しが「感情を出して」という超ざっくりとしたものだけ。それで、数分後の収録で、私は一体何を変えればいいというのだろう。
ちょっとヤケクソ気味の収録になってしまった。
二つ後は香山さんの組だ。私は気持ちを切り替えて、テストを見守ることにした。
前回の厳しい駄目出しを受け、彼女はどうするのだろう。きっと、私以外のみんなも気になっていることだろう。
テストが始まる。親友のココロのネックレスがなくなり、香山さん演じるカナミが誰もいない教室に出入りしたのを見たとイヌイが証言する。
『それだけで私を疑うなんて馬鹿げているわ』、そうカナミは否定する。ここはまだ本気で否定していない。本当に疑われていると思っていないからだ。
香山さんのセリフから、その感情が伝わってくる。
しかし親友であるはずのココロの目が本気で疑ってきているとわかってから、一変する。
ココロ :もう帰るって言っていたのに、どうしてまた教室に戻ってきたの?
カナミ :忘れ物があったからだけど。
ココロ :それって何?
カナミ :は? 言わなきゃいけないの?
イヌイ :言えないんだろう! 盗むために戻ってきたから!
カナミ :違うわ!
アキヅキ:おいイヌイ! ヤマナミも熱くなるなよ。
ココロ :ねぇ、カナミ、本当のこと言って……?
カナミ :……っ、ふざけないでよ! 私が盗るわけないじゃない!
イヌイ :それを証明してみろよ!
カナミ :何それ。鞄の中ばらまいて、裸にでもなって、持ってませんって言えって言うの?
いい加減にして! だいたいあんなネックレス欲しがるわけないでしょ!
メイ :でも、今日は可愛いって……。
カナミ :二人が可愛い可愛いって言うから、合わせてあげただけよ!
あんなセンスのないネックレスなんいらないわ!
ココロ :ひどい……。
メイ :カナミちゃん、あたしたちのこと、そんな風に見てたの?
イヌイ :お前最低だな。そんなこと胎ん中で思いながら、親友面してたのかよ。
アキヅキ:お前ら、落ち着けよ!
疑惑を向けられ、余裕のあった否定に棘が含まれていく。ココロのことを好きなイヌイが煽り、怒りも増していき、盗っていないことの否定から、ネックレスへの否定に変わり、最後には親友への蔑みに発展していく。
先週は、声を張り上げるだけだった香山さんの今日の演技は、明らかに変わった。
『は? 言わなきゃいけないの?』というセリフから、『……っ、ふざけないでよ! 私が盗るわけないじゃない!』というセリフへは、徐々に声が強くなっていくだけではなく、声自体にトゲトゲとした響きが混じっていった。
特に『何それ。鞄の中ばらまいて、裸にでもなって、持ってませんって言えって言うの? いい加減にして! だいたいあんなネックレス欲しがるわけないでしょ!』には、侮蔑の色も含まれ、鬼気迫るものがあった。
驚きで、私は固まった。目が香山さんから離せない。
レッスン場内の空気も一変した。ようやく先生に視線をやると、私と同じく驚きの目で香山さんを見ていた。
クラスのみんなも衝撃を受けていた。前回と違う彼女の演技に。
童顔で柔らかい雰囲気、それにふさわしい可愛い声。身体の線も細い。そんな彼女の身体の一体どこからあんな激しい声が出るのだろう。
テストを終えた後の駄目出しで、先生は香山さんを褒めた。
「かなり変えてきたな。ちょっと強すぎるかも……、いや、テンションは今の感じでいい。細かいけど、『ふざけないでよ! 私が盗るわけないじゃない!』からの責めるところはもう少し繊細に段階をつけてやってみて」
言われたのは高度な要求。
香山さんは、先週の怒りをはらんだ表情とは対象的に自信と余裕を感じさせる顔を先生に向けて、「はい」と返事をした。
そして、本番収録はテストと同じ鬼気迫る演技をし、言われた通り細かな調整も入れて演じた。
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