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第4章:夢に能わず ~声優学科:高梨悠理~
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しおりを挟む「確か、渡辺さんって二十九歳だったよね」
「去年の自己紹介のときにそう言ってたから、今は三十歳かもだけど」
香山さんからの確認に、窪さんが補足する。
このスクールは募集要項に、十五歳から二十九歳までという年齢制限がある。初回レッスンの自己紹介のとき、渡辺さんも池田さんも二十九歳と言っていた記憶がある。二人が話しているのをよく見かけるのは、同い年というのもあるのだろう。
「マジ、ウケない? だって、四カ所目だよ? 三つも行ってまだ事務所に入れてない時点で向いてないって思わない?」
窪さんが馬鹿にしたトーンで言い放った。
高校で運動部だったという彼女の声はよく響き、扉の外の私の元までしっかり届いた。香山さんのような高いキーではないけれど、私よりも少し高く、歌で言うと、メゾソプラノくらいの高さの声。
にしても、もうそろそろ他の生徒が来るかもしれない状況で、最悪本人や池田さんが来るかもしれないこの状況で、よく人を笑いものに出来るものだ。
「ここ、事務所のオーディションの数多いから。それでじゃないかな」
香山さんがちょっと困ったように声を落とした。窪さんの声の大きさを気にしたのかもしれない。
「五十社くらい来るよね。まぁ、養成所に通っても直営の事務所の所属オーディションしか受けられないから、数打てば当たるって思って来たんじゃない?」
「絶対そんな感じだよ。渡辺さん、来年どこにも引っかからなかったら、マジウケるんだけど!」
香山さんに続いて落ち着いたトーンで言った小林さんの言葉に対して、窪さんはまたも大きな声で嗤った。
「毎回五十社来るわけじゃないみたいだけど、三人とも事務所受かりたいね」
さりげなく話題を逸らしたのは香山さんだ。やはり話題を気にしたらしい。
「少なくても数十社は来るでしょ? だったらさすがに受かるよ。ってか、亜莉朱は絶対大丈夫だって」
香山さんの気遣いに気づいたのかどうかはわからないけれど、窪さんが香山さんの話題に乗っかった。
「そう? わたしが大丈夫だったら里桜ちゃんも受かるよ」
「そんなの受かる気満々に決まってるじゃん」
話題が完全に変わったことで私は胸を撫で下ろした。
別に渡辺さんを擁護しようというわけじゃないけれど、人を悪く言っているのを聞くのは気分がいいものじゃないし、いつ本人が来てしまわないとも限らない状況だったから正直ホッとした。
「私は在学中に仕事がしたいかなぁ。仕事経験ある方がオーディションでも有利に働きそうだし」
冷静なトーンで言ったのは小林さんだ。
「あ、あたしも! 三人で同じ現場とか行ってみたい」
「それはさすがに無理でしょ」
元気よく希望を口にした窪さんにたいして小林さんがクールに突っ込むと、言われた窪さんも聞いていた香山さんも声を上げて笑った。
よし、もうこの雰囲気なら大丈夫だろう。
「おはようございます」
私は、たった今来たという風を装いながら入っていった。すでに着替え終えている三人は、ストレッチをしていたらしく、こちらを見て明るい声で挨拶を返してくれた。
「そろそろみんな来るだろうから、カーテン引きますね」
小林さんが立ち上がった。
「あ、ありがとうございます」
小林さんは、きっちりとしたクラス委員長のような雰囲気の子で、三人の中でもお姉さん的な立ち位置だ。
香山さんは、身長が低く童顔、声もそれにぴったりな可愛らしさ。本人から働きかけなくても会話に誘われるような、勝手に中心になってしまうタイプの子。
窪さんは、快活という言葉よりも豪快という言葉が似合うエネルギッシュな子だ。さっきはその振り幅が下世話なところに行ってしまったけれど、遠巻きに見ている限り、ムードメーカーないい子だと思う。
三人はストレッチを続けながらまた会話に興じ始めた。
私は少し離れたところで、のそのそと着替えを始める。
聞こえてくる話題は先ほどの続きだった。二年生の中にはスクールと提携している制作会社のアニメ作品にモブ役などで出演する人がいる。一度ではなく数回在学中から現場を経験する人もいるらしく、自分たちもそのチャンスを掴みたいね、と盛り上がっている。
在学中から仕事ができるというのもこのスクールの売りの一つだ。
実際、二年生の生徒数人が、今年の二月と三月に仕事をしている。WEBサイトの『在校生の活躍』にインタビューが載っていた。二月はアニメ作品に三人、三月はボイスドラマに二人出演している。
着替えを終えると、最後に名札を安全ピンで服に括りつけた。
初回のレッスンで手書きした名札だ。緊張していたため『高梨悠理』の字が、少し右肩上がりになってしまった。見るたび、ちょっと書き直したくなる。
準備を終えると、荷物をレッスン場の端に寄せ、壁から少し離れたところに座り、脚のストレッチから始める。
「ねぇねぇ、二年の安藤さんのこと聞いた?」
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