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第3章:夢の裏側 ~教務係:佐久間晧一~
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安藤基くんは、二月、三月と作品に出演し、この七月からは毎週放送のWEBラジオでアシスタントとして出演することが決まっている。
まだ事務所も決まっていないのに、かなり順風満帆な滑り出しなのではないだろうか。和泉さんの言葉を借りるなら、有望株。
「安藤くんは、ここに来る前も二年制の声優の専門学校に通っていたんだ。このスクールも二年目には多くの事務所の人が来てオーディションを受けられるんだけど、その専門学校もそれが売りでね。当時の安藤くんは、行きたい事務所も来るし、他にもたくさん事務所が来るから、どこかには受かるだろうって高を括ってたんだって」
橋本さんはディスプレイの中で微笑む安藤くんを見つめ、ぽつりぽつりと話し始めた。
「結果は、事務所所属の合格はなし。行きたいと思っていた事務所の養成所入所の声もかからなかった。声がかかったのは特に志望していなかった事務所の通常の養成所入所。片や、同じくらいの出来の男性生徒が、安藤くんが志望していた事務所の養成所に特待生として入ることが決まったんだって。
その生徒は役のあたりはずれがあって、嵌るとすごくいいけど、苦手なタイプのキャラだと先生からのダメ出しも多かったらしい。それでも結果は逆だった。この差は何なんだろうってすごく考えたって言ってた。本人にオーディションでどんなことをしたのかも聞いたんだって。
演じる台本を自分で準備するか、準備された中からセリフを選ぶスタイルのオーディションだったらしいんだけど、彼は自分の得意なタイプのキャラばっかりやったんだって。それを聞いて安藤くんは、自分の得意な分野は何かをアピールすること、自分をタレントとして魅せるという姿勢が欠けていたことに気付いたって言ってた」
ライバルのような男性生徒を妬むことなく、むしろ自分が成長するために訊いて、足りない部分を素直に認めて、取り入れようとした。
「なんていうか、安藤くんて、凄くまっすぐな人なんですね」
「そうだね。声も性格に似てすごくまっすぐだよ」
「へぇ」
それは聴いてみたい。素直に思った。
「あの……、すごく基本的なことを訊いてもいいでしょうか?」
「うん、何?」
「うちのような専門学校と養成所って、どう違うんですか?」
自分で調べることもできるのだろうけど、気づいたら口が動いていた。
「あぁ、そういえば説明してなかったね。ん~、細かい違いはいろいろあるんだけど、ざっくり二つの観点で話すね」
「はい」
説明モードの橋本さんの声に、僕は手元のメモ用紙とペンを構えた。
「一つ目は、運営機関かな。うちは学校でしょ? 学生証を発行してるから学割なんかも効く。対する、養成所は声優事務所が運営しているから学校じゃない。
二つ目は所属できる事務所の違いかな。さっきも話したようにうちのような専門学校はいろんな事務所に来てもらって複数のオーディションを受けられるような仕組みを作ってる。だから、レッスンはしたいけど、事務所を決め切れていないという人に合うし、チャンスもたくさんある。対する養成所は基本的に運営している事務所への所属を目指して入所する。だから修了時に受けるオーディションは養成所を運営している事務所のみ」
「なるほど……」
両方とも声優になるための養成機関としか思っていなかったけど、ずいぶん違う。
「ありがとうございます」
走らせていたペンを一旦止め、お礼を言う。
「あ、あともう一ついいですか。先ほどのオーディションの話題なんですけど、得意なキャラしかしないのってマイナスにはならないんですか?」
得意なキャラばかり演じると、キャラクターの雰囲気が被ったり、偏ったりしそうだ。審査をする人に演技の幅が狭いと思われないのだろうか。
「もちろん授業ではいろんな役をやらせるし、それについてダメ出しもする。ほら、小中学校でも苦手な教科は頑張って克服しましょうって言うでしょ? けど、プロの世界は苦手なもので勝負する必要なんてない。というか、逆かな。苦手なもので勝負に出て結果を出せるような世界じゃない。
いろんなタイプのキャラを演じ分ける声優さんも多いし、ゆくゆくは幅を広げていったほうがいいけど、オーディションは自分のことを知らない人に自分はこれができます、得意ですってことをアピールする場だからね。
安藤くんは自分の強みを意識せずにスクールを過ごしてしまったことや、大事なオーディションで演じる台本を選んでしまったことを後悔して、お金を出してくれた両親に申し訳なくなったって言ってた。でもまだ諦めることができなくて、卒業後、半年間バイトで稼いで、一昨年の十月からうちに通っている」
これだけ詳細に話せるところを見ると、橋本さん自身、安藤くんへの思い入れが強いのだろう。
「ずっと橋本さんが担当しているんですか?」
「うん。入校時の面談から目つきが違っていたよ。すごく印象的だった。多くを語るわけではないのに、絶対ここで結果を出すんだっていう熱意がひしひしと伝わってきた。親からの仕送りはないから、バイトで生活費と学費を稼いでる。自主練部屋で練習してることも多いかな」
「……あ」
自主練という言葉に、思わず声が零れた。
「そういえば管理簿に安藤くんの名前をよく見ます」
僕の言葉に橋本さんは「だよね」と大きく頷く。
「自主練部屋の近くを通ると、どんな練習をしてるのか気になって聞き耳立てたり、扉のガラス部分から中を窺ったりしちゃうんだけど。よく自主練に来てる子の中にも、大教室で仲間と喋ってるだけであんまり練習しない生徒もいるんだよね。その点、安藤くんはいつ覗いてもすごく真剣に教材や台本に向き合ってる。
訊いたことはないけど、もしかしたら、ここ以外にもボイトレに通っているのかもしれないね」
「どうしてそう思うんですか?」
まだ事務所も決まっていないのに、かなり順風満帆な滑り出しなのではないだろうか。和泉さんの言葉を借りるなら、有望株。
「安藤くんは、ここに来る前も二年制の声優の専門学校に通っていたんだ。このスクールも二年目には多くの事務所の人が来てオーディションを受けられるんだけど、その専門学校もそれが売りでね。当時の安藤くんは、行きたい事務所も来るし、他にもたくさん事務所が来るから、どこかには受かるだろうって高を括ってたんだって」
橋本さんはディスプレイの中で微笑む安藤くんを見つめ、ぽつりぽつりと話し始めた。
「結果は、事務所所属の合格はなし。行きたいと思っていた事務所の養成所入所の声もかからなかった。声がかかったのは特に志望していなかった事務所の通常の養成所入所。片や、同じくらいの出来の男性生徒が、安藤くんが志望していた事務所の養成所に特待生として入ることが決まったんだって。
その生徒は役のあたりはずれがあって、嵌るとすごくいいけど、苦手なタイプのキャラだと先生からのダメ出しも多かったらしい。それでも結果は逆だった。この差は何なんだろうってすごく考えたって言ってた。本人にオーディションでどんなことをしたのかも聞いたんだって。
演じる台本を自分で準備するか、準備された中からセリフを選ぶスタイルのオーディションだったらしいんだけど、彼は自分の得意なタイプのキャラばっかりやったんだって。それを聞いて安藤くんは、自分の得意な分野は何かをアピールすること、自分をタレントとして魅せるという姿勢が欠けていたことに気付いたって言ってた」
ライバルのような男性生徒を妬むことなく、むしろ自分が成長するために訊いて、足りない部分を素直に認めて、取り入れようとした。
「なんていうか、安藤くんて、凄くまっすぐな人なんですね」
「そうだね。声も性格に似てすごくまっすぐだよ」
「へぇ」
それは聴いてみたい。素直に思った。
「あの……、すごく基本的なことを訊いてもいいでしょうか?」
「うん、何?」
「うちのような専門学校と養成所って、どう違うんですか?」
自分で調べることもできるのだろうけど、気づいたら口が動いていた。
「あぁ、そういえば説明してなかったね。ん~、細かい違いはいろいろあるんだけど、ざっくり二つの観点で話すね」
「はい」
説明モードの橋本さんの声に、僕は手元のメモ用紙とペンを構えた。
「一つ目は、運営機関かな。うちは学校でしょ? 学生証を発行してるから学割なんかも効く。対する、養成所は声優事務所が運営しているから学校じゃない。
二つ目は所属できる事務所の違いかな。さっきも話したようにうちのような専門学校はいろんな事務所に来てもらって複数のオーディションを受けられるような仕組みを作ってる。だから、レッスンはしたいけど、事務所を決め切れていないという人に合うし、チャンスもたくさんある。対する養成所は基本的に運営している事務所への所属を目指して入所する。だから修了時に受けるオーディションは養成所を運営している事務所のみ」
「なるほど……」
両方とも声優になるための養成機関としか思っていなかったけど、ずいぶん違う。
「ありがとうございます」
走らせていたペンを一旦止め、お礼を言う。
「あ、あともう一ついいですか。先ほどのオーディションの話題なんですけど、得意なキャラしかしないのってマイナスにはならないんですか?」
得意なキャラばかり演じると、キャラクターの雰囲気が被ったり、偏ったりしそうだ。審査をする人に演技の幅が狭いと思われないのだろうか。
「もちろん授業ではいろんな役をやらせるし、それについてダメ出しもする。ほら、小中学校でも苦手な教科は頑張って克服しましょうって言うでしょ? けど、プロの世界は苦手なもので勝負する必要なんてない。というか、逆かな。苦手なもので勝負に出て結果を出せるような世界じゃない。
いろんなタイプのキャラを演じ分ける声優さんも多いし、ゆくゆくは幅を広げていったほうがいいけど、オーディションは自分のことを知らない人に自分はこれができます、得意ですってことをアピールする場だからね。
安藤くんは自分の強みを意識せずにスクールを過ごしてしまったことや、大事なオーディションで演じる台本を選んでしまったことを後悔して、お金を出してくれた両親に申し訳なくなったって言ってた。でもまだ諦めることができなくて、卒業後、半年間バイトで稼いで、一昨年の十月からうちに通っている」
これだけ詳細に話せるところを見ると、橋本さん自身、安藤くんへの思い入れが強いのだろう。
「ずっと橋本さんが担当しているんですか?」
「うん。入校時の面談から目つきが違っていたよ。すごく印象的だった。多くを語るわけではないのに、絶対ここで結果を出すんだっていう熱意がひしひしと伝わってきた。親からの仕送りはないから、バイトで生活費と学費を稼いでる。自主練部屋で練習してることも多いかな」
「……あ」
自主練という言葉に、思わず声が零れた。
「そういえば管理簿に安藤くんの名前をよく見ます」
僕の言葉に橋本さんは「だよね」と大きく頷く。
「自主練部屋の近くを通ると、どんな練習をしてるのか気になって聞き耳立てたり、扉のガラス部分から中を窺ったりしちゃうんだけど。よく自主練に来てる子の中にも、大教室で仲間と喋ってるだけであんまり練習しない生徒もいるんだよね。その点、安藤くんはいつ覗いてもすごく真剣に教材や台本に向き合ってる。
訊いたことはないけど、もしかしたら、ここ以外にもボイトレに通っているのかもしれないね」
「どうしてそう思うんですか?」
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