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第3章:夢の裏側 ~教務係:佐久間晧一~

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「私のクラスにも声のいい男性生徒はいるのよ? でも何ていうか華がないのよねぇ、安藤くんのような華が。このまま成長すれば事務所に入れそうだなって生徒なんだけど、ちょっと年齢いってるっていうか、宣伝向きじゃないっていうか……」
「はぁ……」

 和泉いずみさんのぼやきに僕は気のない返事をする。
 きっとただ聞いてほしいだけなんだろうなと判断して、僕は彼女の話にただ耳を傾けることにした。

「女の子にも見た目も声も可愛いくて歌も上手いって子がいるんだけど、まだ演技の幅が狭くてさ。もう一皮、二皮けたらいいんだけど……」
「そうなんですね」
「そうなのよ」

 これだけ聞くと和泉さんも江本さんと同じように、夢を喰い物にするモンスター、生徒を自分の見栄のためやスクールの宣伝のためのコマと捉えているように見えるけれど、実はそうではないことを僕はもう知っている。
 声優学科は週三のクラスが三つある。しかも四月と十月に募集する、このスクールで一番生徒数の多い学科だ。だから担任は一人で複数のクラスを受け持ち、抱える生徒数も多い。
 しかし和泉さんは――もちろん橋本さんも――、時間を作っては、授業を撮影した映像を見ているし、先生に生徒たちの状況も聞いている。
 和泉さんたち他の声優学科の担任は、週に何度かパソコンで授業風景の録画をチェックしている。
入社当初の僕は何をしているのかわからず、たまたま話しかけてくれた和泉さんに教えてもらったのだ。

「生徒がどんな声なのか、どんなお芝居をするのか見てるの。知らないと面談できないでしょ? 本人はアニメやりたいって言ってても、どちらかというと吹き替え向きとかさ。別にそれに絞らせるわけじゃないけど、まずはプロにならないと始まらないし、こんな選択肢もあるんだよって提案することはできるから」

 一回二時間で週三回授業のあるクラスを、和泉さんは二つ受け持っている。
 流し見や少し飛ばして見たとしても結構時間のかかる行為を当たり前のように話した和泉さんを見て、印象がかなり変わった。
 生徒をちゃんと見ている。もちろん実際に授業で教えている先生に比べたら足りない部分もあるのかもしれないけれども、単に生徒を管理しているだけではないことを知った。
 そんな和泉さんは言いたいことを言ってしまうと、さっさと自分の席に戻っていった。取り残された僕も鍵をさっさと仕舞って自席に向かった。


 翌日木曜日は、午前中からいろんな人に頼まれた雑用を片づけ、昼食から戻って席に着くと、橋本さんが近づいてきた。

佐久間さくまくん、今大丈夫?」
「はい、何か手伝いますか?」
「いや、手伝いというより説明をしたくて。昨日、江本さんが話してたインタビュー記事をWEBサイトに掲載する話し」
「あ、はい」
「佐久間くんはまだ担任についていないけど、せっかくだから一連の流れを説明しようと思ってさ。別の学科でも流れは基本同じだし、知っていれば他の人が話している内容もわかるようになるから」
「わかりました」

 入社して二か月半。橋本さんが一番、僕にいろいろなことを教えてくれる。同性で話しやすいというのもあるのかもしれないけれど、きっと生来の面倒見の良さがあるのだろう。話しかけてくるときはいつも笑顔で穏やかだ。
 まぁ、早く仕事を覚えてもらって、自分の仕事を任せて楽になりたいという思いもあるかもしれないけれど、質問すれば答えてもらえて、積極的に教えてくれるというのは、放置されるよりもずっとありがたい。
 橋本さんが教えてくれたのはこんな流れだった。
 生徒の仕事についての情報はまず教務部が知る。それから広報部に連絡する。ラジオ収録の同行や写真許可は広報が行い、実際の同行も広報が行う。担任がついていくこともあるけれど、安藤くんという生徒はこれが初めての仕事じゃないから橋本さんはついていかないらしい。

 収録中の様子などを撮影し、インタビューは別途スクールで行う。ラジオ収録の邪魔にならないためだ。インタビュー記事は広報が準備し、レイアウトなどはWEB担当――昨日橋本さんが言っていた『安井』さん――が行う。最終確認を教務部がしたらWEBサイトにアップ。
 そこまで話すと橋本さんは僕の手元のマウスを「いい?」と訊いてから操作し、スクールのWEBサイトを開いた。声優学科のページを開き、「この辺かな?」とマウスで掲載予定の場所をくるくると指し示した。
『在学生の活躍』という普通のタイトルのページに、今年の二月にアニメ作品の収録に参加した三名の生徒のインタビューと、三月に収録があったボイスドラマ作品に出演した二名のインタビューが載っている。

「七月からラジオが始まるから、開始の週かその次の週にはアップする予定」
「はい」

 今回のインタビューにおいて僕が何か手伝いをすることはないかもしれないけれど、これまで何気なく見ていたスクールのWEBサイトがこうしていろんな部署の事前の段取りから始まっているのだと知って、興味が湧いた。

「それで、この子が安藤くん」

 マウスから手を放し、ディスプレイに指を伸ばした橋本さんは、二月の三人の生徒の真ん中と、三月の二人の左側をそれぞれちょんちょんと指さした。
 どちらの写真にも、同じ男子生徒が映っている。写真の下には名前も書かれている。
 安藤基。
 なんて読むのだろう。

「変わった名前ですね。僕、読めないです」
「そうだよね。俺も最初わかんなかった。もといって読むんだって」

 安藤もとい

「格好いい名前ですね」
「ね」

 見る限り僕とさほど変わらない年齢だろう。整った顔立ちと柔らかな笑顔が好印象な男性だ。
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