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第3章:夢の裏側 ~教務係:佐久間晧一~

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 一年間で二回しか課題を提出してこなかった木崎さんが『目が覚めた』という授業とは一体どんなものだったのか。
 メールを読んだときに浮かんだ疑問が再度過ったとき、庄司さんが僕に顔を寄せた。

「実は僕さ、大西先生に授業でどんなことを話したのか訊いてみたんだよ。一番大事な課題を出さなかった人が変わるなんて、やっぱり気になるだろ?」

 心の中を読まれたのかと思って少しドキリとしたけど、「そうですね」と無難に相槌を打つ。もちろん僕も気になる。

「木崎さんと同じクラスに三田さんっていうサラリーマンの生徒さんがいてさ。少し前にライトノベルの小説賞で銀賞を獲ったんだけど、そのことを先生が授業で発表したんだって」
「凄いですね」
「そうなんだ。賞を獲ったってことは、つまりはデビュー。その流れで、プロになるってことは出版社という企業との契約になるから、締め切りは守る必要がある、遅れそうになるなら事前に相談を入れるべきって話をしたらしい。  
 通常デビューの話って、他の生徒のやる気を引き出すためにするんだけど、今回は先生自身も大事な企画書すら出してこなかったのがさすがに気になったらしくってさ、木崎さんに向けて言ったところもあるみたい。きっとそれが効いたんじゃないかな」
「そこまではっきり言われたら、さすがに堪えますね」
「そうでしょ? それで、佐久間くんが読んだメールを課題提出用のアドレスに送ったんだろうね。本来なら担任の僕宛がよかったんだけど、きっと彼女、担任が僕ってことも覚えてなかったんじゃないかな」

 自分のクラスの担当教員を知らないで一年を過ごすことなんてあるのだろうか。僕は庄司さんへのいい返しが思いつかなくて無言になった。

「本科は生徒それぞれと定期的に面談をするけど、専科って週一しかないから面談の回数が少ないんだよね。もちろん相談したいって人からは随時受け付けるけど。僕の記憶だと、一年生の最初に喋ったきりだから、もしかしたら担任がいることも知らなかったかもしれないね」

 なんともリアクションに困る話だ。
 積極的になっていると喜んでいる庄司さんに水を差すようで申し訳ないかとも思ったけれど、僕は気になっていることを訊いてみることにした。

「木崎さんってこれまで二回しか課題を出してないって書いてましたけど……、そんな状態でも長編って書けるものなんですか?」

 木崎さんのメールをきっかけに格納フォルダの保存されている過去の課題を見てみたけど、木崎さんは短編小説の企画書と二千文字以内の掌編小説しか提出していなかった。文字数の多い作品を書いた経験があるのかないのか。
 なかったとして、いきなり長編小説なんて書けるのだろうか。

「んー、そこだよねぇ、問題は」

 庄司さんは腕を組んで唸った。

「授業で執筆法や発想法、企画書の書き方、文章作法なんかを聞くとわかった気になっちゃうけど、それと実際に小説を書くのは全く別物だからね。木崎さんは大学生で、応募予定の賞の締め切りも十二月とまだ先だから十分時間はあるんだけど、正直長編を書ききる体力があるかはかなり不安だよね……」
「体力、ですか?」
「うん。……佐久間くん、小中学生のときに作文って書いたよね?」
「はい」
「二・三枚ならまだしも、五十枚書いてくださいって言われたらどう? ちなみに、題材は問わない」
「いや、それは題材の問題じゃないですね。枚数聞いただけで途方もなくて嫌になります。……あ、なるほど。そういうことですか」
「うん。小説の場合はプロットを書いて、ある程度の筋道を立ててから書くから書けそうなんだけどね。でも一つのことをずっと続けるってこと自体が大変でしょ?
 それに学校の作文と違って、小説って、キャラクターの書き分けや文章表現の工夫も必要だし、読者を引き付ける構成力も必要。何より書いている途中で、この物語つまらないんじゃないかな、こっちのほうがいいかなって迷いが生じる。そこでストーリーを変えようかな、キャラの設定を変えようかなってなると、また頭から書き直すことになる。先に進めない、書き終わらない。……みたいなことになる」

 やたら具体的だ。

「大西先生は完結した作品の文字数をカウントして、実績にしましょうって伝えているんだけど、それに則って言うと彼女は二千字。スクール以外で書いていて、すでに完結作品があるんならそれもカウントできるけど、そういうのもない状態でいきなり長編を書ききるのは大変というか、難しいだろうね」
「完結作品の文字数、ですか」
「そう。通常の小説賞で受け付けてもらえるのはあくまで完結作品だからね。
 ネットだと完結していない作品も書籍化されることが多いけど、やっぱり書き上げる力を養わないといけないから」
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