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第2章:夢に酔う ~小説・シナリオ専科:木崎彩~
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しおりを挟む明け方4時半頃にベッドに横になったわたしは、二時限目の授業にぎりぎり間に合うかどうかという時間に目を覚まし、何も食べずにアパートを飛び出した。
授業は、ノートに日本語を書いたというレベルの取り組みで、何度も船を漕いだ。終わると学食で昼食をとって、のんびりする間もなくバイトへ向かった。
喫茶店でのわたしの仕事は、笑顔が必須の接客。だけど、連日の睡眠不足のせいで、お客さまからのオーダーと違うことを復唱すること二回、自分の言っていることとやっていることが一致しないこと三回。夕方には笑顔を張り付けることもできなくなってしまった。
さんざんな仕事っぷりを披露し、先輩バイトにはからかわれ、社員には叱られた。ボロボロになって帰ってくると、雑に顔を洗って歯を磨き、ベッドにダイブした。数分も経たずに意識は暗転した。
翌朝、わたしはぱちりと目を覚ました。
良く寝た。非常に、よく寝た。
あまりにもすっきりとした良い目覚め、クリアな思考に、次の瞬間、『寝坊』の二文字が頭に浮かんだ。慌ててデジタル時計に目をやると、時刻は7時過ぎ。安堵の息をついて、体を起こす。これならシャワーを浴びて朝食を食べても、十分一時限目に間に合う。
パンを一口かじり、スマートフォンを開いてメールアプリを開く。
「ん!」
受信ボックスの一番上のタイトルを見た瞬間、自然と背筋が伸びた。
スクールからの返事だ。
昨日届いていたのにあまりにふらふらで気が付かなったようだ。
送り主は担任の庄司さんで、企画書を大西先生に転送してくれたと書いてある。
「よかったぁ」
思わず安堵の言葉が零れる。
『企画書の添削についてはメールでのやり取りではなく、個別面談を設けてはいかがでしょうか?
大西先生との面談の調整は、私、庄司宛にご連絡ください。このメールへの返信で構いません。
小説・シナリオ専科担任 庄司』
面談、もちろんお願いするつもりだ。
でも、どうして前回も今回も、わたしの送ったメールに直接返信しないのだろう。やり取りが繋がっている方が読みやすいのに。
少し疑問に思い、送信元を見てみると、課題提出用のアドレスではなく、庄司さん名義のアドレスから送られていた。
「あっ」
それを見てわたしははっとした。そういえば、前回の授業で大西先生が、面談などの相談は提出用ではなく教務に連絡してほしいと言っていた。
しまった。言われていたのに完全に忘れていた。
先日のお伺いのときも課題提出用のアドレスを使ったけれども、本来は担任の庄司さん宛に送るべきものだったということか。
佐久間さんも庄司さんも、わたしとのやり取りが課題の提出に紛れてしまうから、そのまま返信しなかったんだ……。
いや、でも、担任宛てにメールを送ったことがないから、今の今まで庄司さんのアドレスの存在なんて忘れていたから、大西先生の言葉を覚えていたとしてもアドレスがわからず、結局は課題提出用を使っていたと思う。
もっと正直に言ってしまうと、先日の佐久間さんからのメールを読んで、担任が庄司という名前だったということを思い出したほどだ。
これまでの課題の提出率の低さや大切な企画書の未提出、連絡先も間違うわたしは、スクールの人たちや大西先生からしたらかなりの劣等生にちがいない。
でも、やってしまったことは仕方ない。
今のわたしに出来るのは、早々に面談の日程を決めて、やる気のあるところ、態度を改めたところを示すこと。
そして、先生からの添削を小説に生かして書き上げること。
正直なところ、一対一で講評を聞くのはかなり怖いけれど、今まで自分の力量を知ることを恐れ、向き合わなかったツケが回ってきただけだ。
ここで立ち向かわないと本当の意味で先には進めない。
食べつつ面談希望日の候補を4つほど手帳にメモし、朝食を終えるとすぐに庄司さんに返信を打った。
自分の力量と創作に真剣に向き合ったこの四日間、いろんな発見があったような気がする。
思っていたよりも、自分は没頭すると時間を忘れて取り組むことができるのだということ、瞼は重いのに、頭はぐるんぐるん回ってどんどんキャラクターたちを動かそうとするということ、物語の展開やキャラクター同士の掛け合いを頭の中で思い描いているだけでワクワクして、身体が思わず走り出しそうになってしまうこと。
そして、そんな時間が、妄想にかまけて満足感を得ていたときよりも、ずっとずっと満たされて、楽しくて気持ちよかったこと。
わたしはやっぱり物語が好きなのだと気づけた。
何より、この物語を形にしたいと、心から思えた。
ひと文字、ひと文字、道のりは果てしないけれど、諦めずに書き進めていきたいと改めて思った。
わたしは壁に貼り付けている紙を破れないように剥がして、小説賞の締切日の下に赤ペンで書き加えると、また壁に貼り付けた。
怠けそうになるとき、逃げだしそうになるとき、これを見て自分を叱りつけるのだ。
黒字ばかりの募集要項の中でひときわ目立つ赤い字は、何とも情けない内容だったけど、今のわたしの姿だった。
『締切厳守! 妄想厳禁!!』
苦笑しつつも、わたしはその赤い文字をしっかりと見つめた。
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