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第2章:夢に酔う ~小説・シナリオ専科:木崎彩~
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しおりを挟むわたしのデビュー作のアニメには、人気も実力もある素晴らしい声優さんたちがキャスティングされた。
主人公の女の子には、若手実力派の女性声優さんが、たくさん出てくる男性キャラクターたちには、多くの乙女ゲームでプレイヤーの女性たちをキュンキュンさせてきた男性声優たちが数多く器用されている。
慣れないスタジオに、始めて見る機材、ガラスを隔てた先にいる声優さんたちの姿に緊張と高揚が入り混じって、収録が始まる前からわたしの心臓は爆発寸前だった。
そして、収録が始まった――。
小説として書いている時点で恥ずかしいと思っていたセリフたちを目の前で演じられた結果、嬉しさよりも羞恥の方が勝り、わたしの心臓は張り裂けるのではないかというくらいバクバクと激しく鳴った。恥ずかしさと照れでいまにも悲鳴をあげてしまいそうになるのを、何とか堪える。
数時間後、わたしの胸の内とは裏腹に、収録は滞りなく終了した。
心が落ち着ききっていないうちに、音響監督さんによってわたしの紹介がされる。
演じてもらったばかりの気恥ずかしさと、顔を合わせることの緊張で、挨拶はかなり強張ってしまったけれども、感謝と喜びを精いっぱい伝えた。
ベテランの声優たちが気さくに、笑いも混ぜつつ話しかけてくれたおかげでわたしの緊張が解れてきた頃、隅にいた男性が近づいてきた。
「初めまして。安藤と言います」
整った顔に爽やかな笑顔をのせ、透き通るテノール声で挨拶をされ、わたしも「木崎です。本日はありがとうございました」と頭を下げる。
わざわざどうしたんだろう、と頭に疑問符が浮かんだとき――。
「TMSの出身だと風の噂で聞いたんですけれど、あってますか?」
「え? あ、はい、そうです」
「僕もあそこ出身なんです」
わたしと彼のやり取りに、周囲の声優さんたちが少し注目したけれども、かまわず記憶を手繰り寄せる。
東京メディアスクール、安藤、声優学科……。
良く通るテノール……。
ピタリと記憶が合致し、わたしは顔を上げる。
「あっ! 覚えてます!」
わたしの急な声に驚いたのか安藤さんは目を瞠る。
「同じ時期にスクールにいました! 在学中にラジオのアシスタントが決まったって、エントランスでみんなに囲まれているところに遭遇したことがあります!」
思い出した興奮で早口になる。言い終えた瞬間、自分の声が大きくなっていることに気づいて、わたしは慌てて両手で口を覆う。
「すみません、いきなり大きな声で……」
「いいえ」
「安藤くん、在学中からラジオやってたの?」
横から先輩の男性声優が合いの手を入れてくれる。それに対し、
「はい、そうなんです。出演をスクールの先生が発表した日、帰りにみんなにおめでとうって言ってもらって……。え、あのときあの場にいらっしゃったんですか?」
驚きを残しつつも先輩声優に答え、最後の方はわたしに確認を求めてくる。
「はい。みんなに囲まれて、起用された経緯とか収録の日程とか、質問攻めにされてました」
「そう、それで、みんなで騒ぎすぎて教務の人に叱られたんです」
「あ、やっぱり。実は一緒にいた仲間と、少し心配してたんです。教務に叱られそうだねって」
苦笑しつつ答えると、合いの手を入れてくれた先輩が声を上げて笑った。つられて他の演者たちも楽しそうに笑う。周囲の反応に、安藤さんは恥ずかしそうに頭を掻いた。
「なんていうか、同じスクールの出身だってことが嬉しくて声かけたんですけど、墓穴掘っちゃいましたね。僕、めっちゃかっこわるい……」
安藤さんは頭を抱え、また周囲に笑いが起こった。わたしも笑う。
あのとき、みんなの中心で、みんなよりも先に進んでいく青年を、わたしは遠くで見かけただけだった。まだ長編小説も書いたことがない頃だ。
そんな彼が、今、わたしの作品に出演し、こうして会話をしている。人生は本当に何が起こるかわからない。
たった数年で自分のいる世界がずいぶん変わったことに改めて驚きと嬉しさを覚えつつ、わたしは笑顔でアフレコ見学を終えた。
***
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