夢はお金で買えますか? ~とあるエンタメスクールの7カ月~

朝凪なつ

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第2章:夢に酔う ~小説・シナリオ専科:木崎彩~

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 二週間ぶりの授業は新年度最初ということで二年次のカリキュラムについての説明から始まった。
 まず一年間の授業の概要が月ごとに書かれたプリントが配られた。
 上段が四月から九月の前期ブロック、下段が十月から三月の後期ブロックに分けられ、それぞれの月に授業のテーマが端的に書かれている。
 表の右上を見ると、枠外のところに小さくクラスの人数が記されているのに気が付いた。
 14人。
 途中で生徒が増えることはないから、ずっと来ていなかった人が正式に辞めたようだ。

 そこでわたしは、ふとあることを思い出した。
 課題の講評時、みんなに配られる課題の束がいつも一部残っていた。14人全員が出席している回でも残っていたということは15部刷ってあったということだ。
 ということは、スクール側は三月末までこのクラスを15人として扱っていたということになる。

 もう顔も名前も覚えていない。興味もない人だけど、この点だけはちょっと気になる。
 安くないお金を払っているはずだから。
 入校金と施設設備費で計10万。授業料はひと月3万だけど、一括か3か月ずつのどちらかでの支払いと決まっていて、入校時は少なくても19万は払わないと入校資格が取り消されてしまう。
 その上で、3月まで15人扱いだったということは、入校時に一年分の学費を払い終えていたと考えるのが自然だろう。
 だとしたら本当に勿体ない。確かあの人、六月か七月には来なくなった気がする。社会人だった気がするけど、仕事が忙しくなってしまったのか、病気や事故のようなよほどの事情があったということだろうか――。

「それで、後期はですね――」

 大西先生の声にハッとする。
 またしてもやってしまった。
 わたしは雑念を振り払うように頭を振って、プリントではなく大西先生に顔を向けた。下を見ているから余計なことを考えてしまうのだ。
 と、そのとき、控えめな音とともに入り口の扉がスライドした。

「遅れてすみません」

 ぺこぺこと頭を下げながらぼそりと言って入ってきたのは、スーツを着た男性だった。
 またあの人だ。
 わたしは内心で呟いた。名前は確か、三田さん。
 会社員の三田さんはいつも代り映えのしない同じ色のスーツを着ていて、たまに少しだけ遅れてやって来る。

「まだカリキュラムの説明ですから大丈夫ですよ」

 先生はそう言うと三田さんにプリントを手渡した。
 会釈して受け取った三田さんは、教室内を見回し、教卓の真ん前の机に近づいた。すでに座っている男性の横の椅子を引きながら、「すみません」とまたぼそりと呟いて着席した。

 わたしはいつも教室の右後ろの机を陣取る。だから、だいたいみんなの様子がわかる。千映ちゃんは到着がぎりぎりになるから入り口からすぐの壁際の机。三田さんは間に合うときは前から二行目の真ん中の机を選ぶけど、今日はその席に二十代の女性が座っている。

 話したことはないけれど、わたしは三田さんにいい印象を持っていない。
 以前、読んでいたライトノベルの表紙を見てドン引きしたことがあるからだ。
 そのラノベは、顔つきは幼いにも関わらず豊満な体型で露出の多い服をまとい、際どいポーズと表情をした女の子が表紙に描かれていた。
 BL作品の表紙に苦手意識を覚える男性がいるように、女性も際どい女の子のイラストにあまり良い気はしないだろう。
 タイトルを見ていないから、三田さんが読んでいたラノベの内容も人気の有無も知らない。でも人気があろうと、面白かろうと関係ない。
 わたしが三田さんに嫌悪感を抱いたのは、、四割が女性のこのクラスで、人によっては苦手な際どいイラストを隠しもせずに読んでいたことだ。
 マジであり得ない!
 声に出さなかったが、憤慨した。
 加えて、パッとしない風貌に、自信なさげな猫背、くたびれたスーツ。そんな姿が偏見と掛け合わさって肥大化し、わたしの中では、すっかりマイナスイメージが定着している。
 彼が出す課題がいかにまともでも、課題用に綺麗な物語を紡いでいるにすぎないと思ってしまっているし、彼が本当に書きたいのは、幼さとエロさが同居したキャラクターが登場する物語なんだろうなと勝手に嫌悪感を膨らませてしまっている。
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