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第2章:夢に酔う ~小説・シナリオ専科:木崎彩~

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「課題さ、書いてたんだけど、シナリオを五分にまとめるのが難しくって、結局完成しなかったんだ」

 そう、何もしなかったわけじゃない。
 妙な対抗心から、気が付いたらわたしは口を開いていた。

「ね、難しかったよね。私も五分の目安枚数を超えちゃったから、けっこう削ったんだ……」

 千映ちえちゃんが溜息交じりに呟く。

「でも、途中まで書いてたんなら提出した方が良かったんじゃないの? 先生に読んでもらえるわけだから」
「んー、一度は出そうと思ったんだけどね。でも、完成してない作品を出すのはちょっとなぁって、やめちゃったんだ」
「そっか……」
「ね、それより、千映ちゃんの作品、先生も言ってたけど自然なやり取りにキャラの性格がにじみ出てて、すごくいいなって思った。もっと長い尺で三人のやり取り読みたかった」
「本当? ありがとう」

 千映ちゃんは嬉しそうに微笑んだ。だけど、それ以上会話は続かなかった。
 二人の間に無言が落ちて一秒後、わたしは自分の失敗に気が付いた。
 つるりと口が滑って話題を広げたけど、千映ちゃんには感想を語れる作品がない。わたしが出していないから。
最初の問いかけが、千映ちゃんが課題についてわたしに振れる唯一無難な切り口だったのだ。しかもいい感じにバイトのことに話題が移っていったのに、ちょっとした負けず嫌いのせいで自ら墓穴を掘ってしまった。
 わたしは己の単純さに溜息をつきたくなった。

 ぎゅうぎゅう詰めの車内で、何とも言えない無言が続くこと十秒弱。千映ちゃんが「そういえば」と、口を開いた。

あやちゃんは応募予定の小説賞は決まってるの?」

 提供された新たな話題に、わたしは元気よく「うん」と食いつく。この話題ならお互い気兼ねなく話せる。

「S社のアップル文庫小説大賞を考えてるんだ」
「恋愛ものが多いレーベル?」
「いろいろだと思う。刊行されているシリーズを見ても、中華風の後宮ものもあるし、現代を舞台とした謎解きものもあるし、十代のスクールライフや部活動を描いたものもあるから、けっこう幅が広いと思う」
「そうなんだ。じゃあ、読んだことある作品あるかも。実はあんまりレーベルを気にして買ってないんだ」
「面白そうな作品を求めたら、自然とそうなっちゃうもわかるかも。
 えっとね……、千映ちゃんの応募先は前に聞いた気がする……。K社のカラフルハート新人賞?」
「そう! よく覚えてるね」

 千映ちゃんの表情がぱぁっと明るくなる。反応がいちいち素直なところも可愛いポイントだ。

「カラフルハートの作品、何冊か読んだことあるから覚えてたんだよね。あのレーベルも結構幅が広い気がする」
「うん、十代の女の子向けの後宮ものとか令嬢ものとかの作品から、二十代以上が見ても面白いお仕事ものもあるの。恋愛ものも幅広くて、TLやBLも受け付けてるかな」
「結構なんでもありだね。わたしが読んだのは、十代の女の子が主人公のシビアな異世界ものだったから、TLやBLがあるのは知らなかった。……うーん、手広い」

 ぼそっと言った最後の言葉に千映ちゃんがぷっと吹き出した。
 どうやら彼女のツボをついたようだ。
 真面目で課題を全て提出している千映ちゃんなら、きっと応募用の作品を着実に進めるはずだ。
 懐の広いレーベルの小説賞に、千映ちゃんはどんな物語を紡ぐのだろう。
 今日のボイスドラマのシナリオやこれまでの課題作品からすると、悪役令嬢ものやハイファンタジーものとかじゃなくて、スクールライフや部活動を舞台にした青春ものを題材に選びそうだ。千映ちゃんの人柄にぴったり合ってていいと思う。

 ちょうど会話が途切れたタイミングで電車が駅に到着した。千映ちゃんの乗り換える駅だ。

「じゃあまたね」

 開いた扉に身体を向ける千映ちゃんに手を振る。

「うん、じゃあね。また来週」

 手を振り返してくれた千映ちゃんの言葉に、

「え、来週休みだよ」

 慌てて告げる。

「あ、そうだった!」

 と、千映ちゃんが目を見開く。
 ちょっと抜けてる千映ちゃんが「ありがとう。助かったよ」と苦笑しし、わたしたちは再びじゃあねと言い合って別れた。

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