夢はお金で買えますか? ~とあるエンタメスクールの7カ月~

朝凪なつ

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第2章:夢に酔う ~小説・シナリオ専科:木崎彩~

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「今回の課題提出者は6名でした」


 大西先生の言葉を聞いて、わたしはほっと胸を撫で下ろした。
 配られた生徒たちの課題の束もいつもより薄い。
 課題のシナリオ原稿に目を落とし、パラパラと捲る。6人ともフォントや文字サイズ、行間などが異なっているけれども、ちゃんと授業で習った書き方に沿ってシナリオを書き上げていた。

 ボイスドラマのシナリオ、それが今回の課題だった。
 わたしは周囲を見回し、出席人数を数える。
 わたしを含めて14人。いつも通りだ。
 スクールが始まったばかりの四月は15人だったけれど、数か月ほど経った頃から14人が固定になった。名簿上はまだ残っているみたいだけど、実質14名のクラスになっている。
 その14人中、提出したのは6人。わたしを含め8人も出していない。

 わたしはルーズリーフバインダーを開き、最新ページの端に提出者の人数を書き込む。数枚捲って前回の課題の提出者数を遡って確認する。
 9人。
 短編小説が前回の課題だった。今回の方が提出率が低いことに、わたしは安堵を深くした。

「このクラスは小説家志望がほとんどだと思いますが、シナリオもちゃんと書いてほしかったです。僕はライトノベルでデビューしましたが、これまでにゲームのシナリオやボイスドラマのシナリオを書いたこともあります。出来て困ることはありません。
 むしろ、声をかけてもらったときに『できる』と言えるものが多いのは強みになりますし、チャンスに繋がります」

 自分には必要ないなんて思わないでください。そう加えると、大西先生は黒縁眼鏡をブリッジ部分で押し上げた。

「それでは、三分ほどでさらっと皆さんの作品に目を通してください。その後、講評に入ります」

 大西先生の合図を待たずに生徒の大半が手元の提出課題に目を落とた。
 小説・シナリオ学科の授業は座学の回と、座学で出された課題の作品の講評回に分かれている。今日は一年生最後の授業で、ボイスドラマシナリオの講評回。

 物語のジャンルは不問だけど、登場キャラクターは4人まで。音声にしたときに5分以内に収まる長さにするという制限があった。

 制限が設けられている理由は本科にある。
 本科では、書き上げたシナリオの中から投票で10作選出し、声優学科の生徒に演じてもらうというコラボイベントがあるらしく、それ故、人数と時間に制限を持たせているらしい。
 わたしが在籍している専科では声優学科の生徒に演じてもらうというコラボ展開はなく、課題を平等にするためという理由で本科と同じ執筆条件で出された。

 わたしも手元の作品に目を落とす。そして、早速目に飛び込んできた名前に、胸が少しざわついた。
 作者名は、小倉千映ちえ
 千映ちゃんはわたしと同じ大学二年生で、同じくライトノベル作家を志す女の子。
 わたしたちのクラスは、六割くらいが社会人で、残りはわ学生やフリーターで構成されているから、同じ学年の千映ちゃんと仲良くなったのは自然なことだった。

 スクール以外にメインの活動を持っているからか、振り返ってみると全員が課題を提出していることの方が少ない。けれども、わたしの記憶が正しければ、千映ちゃんはこの一年間、出された課題を全て提出している。
 その事実に思い至り、胸の中がさらにざわついた。

 しかしわたしは、「でも」と心中で呟いた。
 ボイスドラマのシナリオの課題を出したからといって小説家としての力が付くわけじゃないし、スクールの課題を全て出したからといって面白い小説が書けるようになるわけでもない。世界観やキャラクター、着眼点などに独自性や真新しさがないと物語は面白くならない。そういう点ではこの課題について、わたしはすでに先生に褒められている。

 今回の課題は、二週間前の授業の中でシナリオのコンセプトとあらすじを一度先生に見てもらい、創作の方向性を決めてからシナリオ執筆に着手するという段取りで進められた。  
 そのときコンセプトとあらすじを読んだ大西先生から、「木崎きざきさんの作品、設定が面白いですね。このまま進めてください」と言ってもらったのだ。

「皆さん読めましたかね。それでは始めていきますね」

 えっ。
 先生の声にはっとしてわたしは顔を上げた。
 やばい、全然読んでいない。
 手元の原稿は、千映ちゃんの作品の二枚目に差し掛かったところで止まっている。一作も目を通せず、三分が過ぎてしまった。
 またやってしまったと一瞬溜息をつきそうになったけど、まぁ、読んでなくても講評を聞けば大体わかるかと、出かかった溜息をひっこめた。
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