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第1章:夢を喰う ~教務係:佐久間晧一~

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 働き出してすぐにわかったのは、ここTMS東京メディアスクールにはスクールの理念通り――狙い通り?――、学生をしつつ通っている人、学生を卒業してバイトで生計を立てつつ通っている人、働いていた会社を辞めて通い出した人、働きながら通っている人など、本当に様々な生徒がいるということだった。

 先輩社員から聞いたところによると、新卒での就職活動という大チャンスを棒に振って大学卒業後に入校した人や、せっかく入った会社を辞めてまでこのスクールに夢を託した人もいるらしい。
 なんて勿体ないことを……。

 そういう人たちは、学んだ末に自分には向いていない、無理だとわかったら、その後の人生をどう生きるつもりなんだろう。
 夢とは関係のない会社に入るために就活をするのだろうか。

 たった一度の人生だからやりたいことをするんだ、と言う人もいるだろうけど、むしろ、たった一度の人生だからこそ、衣食住を整えて生活したいとは思わないのだろうか。
 僕は後者の人生を生きるために、今ここにいる。



 このスクールで働き始めて二週間が過ぎた。
 エンターテインメント業界に知識があったわけでも特別な興味があったわけでもない僕は、バイト仲間のことを持ち出してさも興味があるようアピールして、契約社員として転がり込んだ。
 まだ試用期間のため、首から提げているネームケースの【教務係 佐久間さくま晧一こういち】は自分で書いたものだ。
 そんな僕に宛がわれる仕事は雑務ばかり。
 今は、配布資料――募集要項やパンフレットなど――の在庫を数えていた。
 教務室の端に積まれていた段ボール箱に入っている配布資料は翌月から始まる新年度の生徒募集時に使用されたもの。

 生徒の応募も選考も、もちろんすでに終わっているし、募集要項には「202x年度」の文字や、応募のスケジュール日程も書かれているから来年度には使えない。
 各学科のパンフレットも就職率や卒業生の携わった仕事の実績、デビュー実績を更新するから来年度は新しいものが準備される。

 けれども資料請求は随時受け付けているし、説明会も頻繁に行っているから、そのときに配布するために在庫が必要だということで、現時点での残数を数えるよう指示されたのだ。
 例年同時期の在庫数と比較して、足りなくなるようなら追加の発注をするのだそうだ。

 段ボール箱の側面には印刷会社が貼った印刷物の種類と枚数が記されている。
 それを見付けたとき、僕はすぐに終わる簡単な作業だと高をくくった。
 未開封の箱の個数と開封されている箱の中の束、そして端数を数えるだけ、そう思った。
 けれど、実際に箱の中を開けてみると、二十冊で一括りに束ねられているパンフレットや募集要項のなかに、少しだけ抜き取られている束がいくつもあることが見て取れた。
 正確な数値じゃなくてもバレやしないよな。一瞬そんなことを思ったけれど、僕は念のために怪しそうな束の冊数を数えることにした。そんなことをしていたら、かれこれ30分ほど格闘することとなってしまった。

 眺めていた募集要項を段ボールの中に戻すと、僕は脇に挟んでいたバインダーを手に持ち直す。
 入社してすぐに百均で購入したバインダーには不要紙が挟みこんであり、各学科名と『募集要項』と言うお世辞にも綺麗とはいえない僕の字が並んでいる。
 今数えたばかりの数値を『募集要項』の下に書き込む。学科名の下には、先ほど数え終えた学科ごとのパンフレットの在庫数がすでに書き込んである。


 すべて数え終えたことをもう一度確認して、僕は立ち上がった。腰を伸ばしながら室内を見回すが、仕事を依頼してきた橋本さんの姿は見当たらない。というか、教務室には僕しかいない。
 橋本さんに依頼された17時少し前は他に何人かいたから、僕が壁に向かって冊子を数えているうちにみんなどこかに行ってしまったようだ。
 もうすぐ声優学科の生徒たちが来るから、その前に所用を片づけているのかもしれない。
 一息つこうと自席に向かったそのとき、教務室の奥の扉が開いて、スーツ姿の女性が出てきた。
 40代の女性。この二週間、挨拶はしているけれど接点のない社員さんだ。名前も曖昧だけど、振舞いと他の社員とのやり取りを見る限りでは、このスクールでの勤続年数は結構長いようだ。

「あれ、橋本くんは?」

 僕は瞬時に首から提げているネームケースを見て、彼女が経理の佐藤さんであることを確認する。

「少し前まではいたんですけど……」
「そう。だったら、これ渡しておいてくれない?」

 底がクッション性になっている室内履きの黒いサンダルをぱたつかせて僕の傍までやってくると、佐藤さんは数枚の紙を差し出した。

「橋本くんと、庄司くんに渡しておいて」
「はい」
「あと、伝言も」
「あ、はい」

 言われてすぐに持っていたバインダーを構えようとするが、僕の準備を待たずに佐藤さんは話し出した。

「初期費の納付が遅れている生徒へのメールは送信済み。最終の人数は来週また伝えるから。そう、二人に伝えておいてちょうだい」

 汚い字で走り書きつつ復唱をする。佐藤さんは僕の復唱を聞き終わると、「じゃあ、頼んだわよ」と言って元来た扉に消えていった。
 わざわざ伝言を頼まず、社内メールで伝えればいいとも思ったけれど、僕は大人しくメモを書ききった。
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