美しい玩具

遠堂瑠璃

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No.2 『恋』という現象

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 アルフレドは今日の仕事を終えると、ガラスの外の星を望みながら、読みかけの本を開いた。
 アルフレドは本を読むのが好きだった。

 本を読むアンドロイド。
 まだ母星で13番と呼ばれていた頃、人間達はそんなアルフレドに奇怪なものを見るような眼差しを向けていた。
 本というものは、非常に人工頭脳の学習分野を刺激する。アンドロイドのアルフレドが決して経験し得ない事柄を、あたかも実際に行ったかのように習得する事ができる。
 アルフレドは意欲的に有りとあらゆる分野の書物を読み漁った。様々な実用書やノンフィクション、幼児の絵本や小説まで。手にしたものを、ジャンル構わず読み耽った。

 そんなアルフレドへのせめてものはなむけか、母星を旅立つ時に人間達は重量の許す限りにたくさんの本を一緒に宇宙船へと乗せてくれた。

 今アルフレドが読んでいるのは、人間が創作した物語。いわゆる『恋愛小説』というものだった。男女の主人公を中心とした世界で、物語は情緒豊かに展開していく。
 人間と人間は、個体としての互いに興味を持ち始め、次第に強く惹かれ合っていく。それは主に男女の間で起こり、時に同性同士という事もある。

 その現象を、人間は『恋』あるいは『愛』と表現する。

 『恋』という現象により、人間は時に『心』ないしは『肉体』に不具合を生じる事もある。
 けれど、人間は人間に『恋』をする。
 それは、本能によるところが大きい。繁殖する為に必要な現象。繁殖を行い、種を絶やさない為の本能による作用。

 遺伝子に組み込まれたプログラム。
 けれど時にその感情は、繁殖をともなわない事もある。

 感情のみの、『恋』という現象。
 本能に支配されない、感情のみの『恋』。それは、何の為の『恋』?


 アルフレドは、丁寧に読みかけの本を閉じた。
 しおりを挟まなくても、読んでいる途中のページ数は正確に記憶できる。
 アルフレドは眼を閉じて、物語の内容を一度反芻する。

 恋愛感情。
 対になる個体と個体の間で交わされる、濃密な感情。

 アルフレドは、人間の持つ感情というものに強い興味を覚えていた。
 規則正しく並んだ文章の中に刻まれた、登場人物の織り成す物語。
 時に儚く、時に残酷な程の人間模様。自分自身の感情に踊らされ、無様なまでにもがく紙の上の人間達。感情の高ぶりは、人間に矛盾した行動まで起こさせる。

 アルフレドはもっと、人間の中に生じる感情を知ってみたいと思った。
 人工頭脳の自分が持ち得ないそれを、もっと探究してみたかった。



   ∞



 人間は脳の休息時に『夢』を見るという。
 休息中も活動している脳の一部が、それを見せているらしい。
 『夢』を見る事のないアルフレドは、それが一体どんなものなのか理解するのも難しい。

 人工頭脳の休息中、アルフレドの全機能は停止する。思考回路が勝手に動く事もない。停止した状態で、翌日の為に燃料を補充する。
 だから無論、『夢』を見るわけもない。



 人工頭脳を休息する為の数時間から覚醒したアルフレドは、すぐに一日の作業を開始する。
 まずは、この星を覆っている微量の大気の変化と動き。アルフレドが休息していた数時間も含めて、データとしてグラフにまとめる。次にこの星を周回する人工衛星からの映像を確認してから、全ての観測結果を母星へと送信する。

 《異常なし》

 アルフレドがこの星へ配置されてからずっと、大気などに特に目立った変化は見られない。日中と夜の気温変化は激しいが、それ以外は安定した気候条件。
 ただ日々移ろい変わっていくのは、空に見える星の動きだけ。

 遠く離れた母星。
 ここからでは、この人工眼球でもその光を確認する事はできない。母星とは、日に何度か送る観測報告の通信で繋がっているだけ。特に必要がなければ、向こうからアルフレドにコンタクトを取ってくる事もない。

 アルフレドは自分の体の機能にも異常がない事を確認すると、基地の外へ出る為の装備を始めた。今日は、この基地のある場所から10km程離れた地点にある鉱山から、土や鉱物などを採取してくる。午後には、この基地から調度真裏の地点から土や鉱物を積んだ無人探査機が帰還する予定だ。他の地点からの探査機5機は、すでに帰還済みである。
 この星のあらゆる場所で、微生物などの有無を調べる。その他、かつて生物が存在した痕跡なども重要な調査対象だ。

 人工的に造られたアンドロイドではあるが、外へ出る時はそれなりの装備を行う。人間が使用するものに近い宇宙服の着用。
 人間の場合に想定される緊急事態に備えてだ。
 宇宙線による影響が、深刻な被害を招かないとも限らない。
 人が造り出したものは、案外脆いものだ。

 ヘルメットを装着したアルフレドは、移動用の探査機に跨がると、ハンドルを捻り、発進させた。


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