美しい玩具

遠堂瑠璃

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No.1 人を模したモノ

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 遠い星の光が、真っ直ぐに少年の深く青い瞳に射し込んだ。視界の限りを覆い尽くす宇宙空間。無造作に散らしたように、点々と輝く星々。更にその彼方に広がる、優雅な紅の星雲。
 その少年は一人、冷たい基地の中からガラス天井の向こうの空を見上げていた。歳格好は16、7歳くらい、聡明そうな整った顔形の少年。

 過ぎ行く時に合わせて巡る、無数の星々。少年はその全ての動きと配置を、寸分違わず正確に記憶している。この基地の置かれた星の自転に合わせて数知れぬ天体は、規則正しく地平線深くへ沈んでいく。
 大気が薄いので、ずいぶん遠くの星の光も観測する事ができる。しかしその為に、夜がくればこの星の地表はマイナス50度程まで気温が下がる。

 少年の居るこの基地の中も、精密機器を管理する為に温度調節されてはいるものの、ほぼ0度近い。それでも少年は防寒着一枚羽織らず、チャコールグレーのハイネックシャツとジーンズという出で立ちでただ黙々と空の観察を続けていた。

 少年の名はアルフレド。
 誰も名前をくれなかったので、自分でつけた。一番最初に読んだ本の、主人公の名前。
 母星の人達は、少年を13番と呼ぶ。13番目に造られたから。
 アルフレドと同じように造られた、1番から12番までの人を模したモノ達との判別を行う為の、記号と同じ役割の番号。個体を尊重する為のものではない。
 彼らに名前など必要ないと、人間達は判断したのだろう。
 だから、名前は与えられなかった。

 その理由は、彼らが『命』を持たないから。
 人のかたちを真似て造られたモノ。人が自分達の都合で造り出した、ていの良い道具。
 生身に模した人工臓器と、造り物の骨や筋組織。人間の手で体を組み立て構成させられた、アンドロイド。
 良く似せてはいるが、生身ではないから、血も通っていない。だから、極寒のこの星でも、凍える事もない。造り物の心臓は、血の代わりに筋組織を動かす為の電機信号を流すだけ。
 その指令を下すのは、少年の強化アクリル樹脂で出来た頭蓋の中の人工頭脳。
 人の手によりプログラムされた、人間の脳を真似た容の高機能な機械。この脳で新しく覚えた事を記憶していき、人間のように自発的に判断し、考える。
 人間が生命を維持するように、人工頭脳がこの体の全ての機能を支配している。
 生き物が行う生命活動に、極めて似た働き。

 けれど、全ては偽りのカタチ。所詮は、生身の人間を真似たモノ。
 本物の人間ではない。生き物ですらない。
 不完全なモノ。ツギハギの複製体。

 生まれたのは母親の胎内からではなく、冷たい実験室の中。赤い暖炉の産屋などではない、機械だらけの人工照明の部屋。
 その他12個体と全く同じ容をした、13番目のモノ。
 何の違いもない。同じ顔をした、同じ背格好の少年型アンドロイド。

 だから、名前など必要なかった。
 判別する為の番号だけで充分なのだ。
 彼らは誰も、『命』など持っていないのだから。
 生身ではないから、『命』はない。『魂』など宿る筈もない。それは、当たり前の事。


 母星を離れて、もう数ヶ月。
 アルフレドは毎日、この無人の星の基地から空を見上げる。
 アルフレドが割り当てられた星。他の12個体も、それぞれ別の無人星へと配属され、飛ばされていった。
 今この星に居るのは、アルフレドただ一人。他には誰も存在しない。

 簡単な初期調査の結果、この星に生物の存在は確認できなかった。
 極めて母星に類似した条件の星ではあるが、やはりここは大気が薄く、気温環境が厳し過ぎるのか。移住には難しいが、今後の開発次第では宇宙事業の拠点に活用できる可能性は高い。

 その為の調査をするのが、アルフレドに与えられた役目だった。長期に渡るデータが非常に重要になってくる。寿命を気にせず、尚且つ万が一壊れたとしても替えがきくアンドロイドが重宝される仕事。しかも優れた人工頭脳は、生身の人間よりもずっと融通がきく。

 アルフレドが、もう母星へ帰還する事はない。
 この器が機能を停止するまで、半永久的にこの星で観測調査を続ける。

 片道だけの燃料を積んでここへやって来た時から、決められていた事。
 アンドロイドは、素直に命令に従う。不平不満の感情など持たない。
 生身の人間に行えば非人道的な扱いでも、アンドロイドならば問題はない。
 だから、アンドロイドにしかできない仕事。

 『命』も『感情』も持ち合わせていない造り物にならば、何をしても許される。
 人間達にとって、それは『暗黙の了解』。

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