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16.云いにくい事

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 首都ファインの街は、馬鹿みたいに広い。
 ラオンを探すジュピターの追っ手の眼を逃れる為、俺たちは通り沿いをひたすら真っ直ぐ真っ直ぐ進んでいく。
 俺は人目からラオンを隠すように肩を抱いたまま、周囲に入念な警戒心を配りながら歩いた。
 通りを進みながら、黒い格好の人を見つける度にヒヤリとする。ガタイの良いおっさんとかが、皆ジュピターの追っ手に見えちまう。
 意外と観光市民に紛れ込んで、実はつけられてんじゃねえかとか、いろいろ疑っちまう。
 警戒し始めたら、もうきりがない。

 そうやって歩いていくうちに、俺たちはさっきまでの混雑からはだいぶ落ち着いた場所に来ていた。
 神経過敏に辺りをきょろきょろ伺いながら、俺はラオンの肩をずっと抱いたままだったのに気づいた。
 人ごみに紛れてだと気が大きくなって大胆な事しちまってたけど、こうして人も空いたとこに出るとなんだか急に照れ臭くなってきた。
 肩を抱く……というか、ほとんど後ろから抱き締めてるくらい密着してるし。

 その距離の近さを意識して、俺の体温と脈拍が急激に上がっていく。
 俺の顎に当たる、ラオンの頭。
 長い髪が、さらさらと首筋をくすぐってくる。

 ……ぞわぞわした。

 俺、今頃になってやばいくらい過敏に反応してる。

 周りからは、俺たちどんな風に見えてんのかな……。やっぱ、仲のいいカップル……?
 そうだよな、きっと友達同士には見えねえよな。だって、こんなにくっついてるし……。

 彼氏と彼女の、距離だよな……これって……。

 ラオンとの近さを噛み締める程に、胸の奥がせつない感じにぎゅっとなった。
 やばっ、幸せ過ぎ……。


「ソモル」

 俺に肩を抱かれたままずっと黙って歩いていたラオンが、消え入りそうな声で呟いた。

「あ、あん? どうした?」

 不意に話かけてくるもんだから、俺は必要以上にドギマギしながら応える。



「……トイレ、行きたい」

 少しの間の後、ラオンはすげえ云いにくそうに、小さくそう呟いた。

 ……そうだよな、いくら当たり前の生理現象とはいえ、この状況で女の子からは云い出しにくいよな。
 俺、全然そういう事に気ぃ回してやれてなかった……。

 ……全く、俺ってば反省する事ばっかじゃん。
 デートなんだぜ。俺がそういうとこ、ちゃんとカバーしなきゃいけねえのに……。

 何処にジュピターの追っ手が潜んでるか判んねえ。
 本当は常に連れ添ってやりたいけど、こればっかはそうもいかねえし。

 広い公園の、手近な公衆トイレ。
 女子の方は、……少し混んでる。なんか、並んじゃってるし。

 取りあえずトイレから数メートル先の樹の下で落ち合う事にして、俺とラオンは男女の入り口にそれぞれ別れる。まさか女子トイレに追っ手が潜んでるとか、ねえだろうな……?

 俺はさっさと用を済ませて、一足先に樹の下でラオンを待った。

 女子の方、もう少しかかりそうだな。
 女子トイレの方ばっか見てるとなんか勘違いされそうだし、俺は視線を上に移した。
 ふさふさ風に煽られる手のひらみたいな葉っぱの間から、マーズ独特の赤っぽい空が覗いてる。

 太陽、高いな。今、正午くらいかな。
 後何時間くらい、ラオンと一緒に居られんのかな……。

 不意にそんな事考えちまうもんだから、チクリチクリ、胸が痛む。
 せめて陽が沈むまで、できるなら一番星が見える頃まで、一緒に居られたらなあ……。

 ラオンに、たくさんいい思い出作ってやるんだ。
 絶対忘れたくないって思ってもらえるような、いい思い出を。
 俺が、しっかりリードしなきゃ。


 ……ラオン、遅いな。女子トイレ、すげえ混んでたもんな。

 あちゃ~、女子の方、さっきより並んでる。列が入り口の外まで達してるし。
 もうちょっと、かかるかな……。

 視線を動かした俺は、トイレのすぐ脇の水飲み場の前にラオンの姿を見つけた。
 なんだ、もう済んでたのか。

 ……ん? ラオンの前に、変な奴が居る。

 俺と同じ歳くらいの野郎が、二人。
 ラオンに、なんか話かけてる。

 なんだ、あいつらっ!

 俺の腹の底が、カーっと熱くなった。 





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