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25 愛の答え
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ふと、ラオンの耳に何かが聞こえた。いや、耳にではない。けれど、確かに音がする。
鼓膜ではない何処かで、ラオンはそのコエを聞いた。
コエ……? それとも、地響きか。
正面の空気が動いた。空間が、鈍く歪んでいく。そこに、裂け目が生じる。
粒子が、渦を巻く。
……来る。
ラオンは、まるで小惑星に匹敵する程とてつもない質量が近づいてくるのを感じた。
宇宙の秩序の保たれた処では、決して存在の許されぬ者が、そこに現れ出でようとしていた。
ラオンの心に、恐れはなかった。ただそれが現れるのを、じっと待ち構えていた。
空間の裂け目から、光が溢れ出した。膨大な光の束が、とぐろを巻くようにするすると折り重なっていく。寄り集まり、光が一点に集中していく。
網膜が焼かれる程の強い光であるのに、何故か眩しさを感じさせない。むしろ片時も眼を逸らしたくないような、美しい閃き。
ラオンはしかと、目の前の光を見詰めた。
―汝は、愛の宝石クピトを求めし者
突然、コエがした。魂に直に聞こえるような、荘厳な響き。そして、余韻。
―クピトを求めし者よ。汝に私の姿は、どう視える
再びコエが、ラオンに問いかけた。コエの主は、この光。
光が、ラオンに問いかけている。
「僕には、あなたのカタチが見えない」
ラオンの前にあるのは、一点に集まった眩い光。姿など持たない、おびただしい光。
「僕に見えるあなたの存在は、眩い光の集合体」
その光を受けて、ラオンの深い翡翠の瞳がキラキラと輝きを宿す。
―ほほう
光の集まりは、ラオンの言葉に面白そうに粒子を散らした。
―汝は、クピトを求めてこの星へ辿り着きし者。私は、クピトを求める者の前にしか存在する事はない。クピトは愛を司る宝石。お前はそれを知っていて、クピトを求めるのか
光が、ラオンの意思を確かめるように訊いた。
「はい」
ラオンが、短く答える。
―ではお前は、愛の意味を知っているのか
光は、更に質問を続けた。粒子の粒が、宙を舞う。
「僕には、愛の意味なんて答えられない」
―では何故、クピトを求める
光とラオンの一問一答が続く。
「父上と母上に差し上げる為に。お二人なら、きっと愛の意味を知っているから」
光は、ラオンの心の内を見定るように幾度か瞬いた。
―確かに、お前はまだこの問いには答えられぬだろう
光の中に、一瞬だけ青い糸のような筋が現れて、輪を描きながら溶けた。
―では、今一度汝に問う。生きるとは、命の意味とはなんだ
コエが、轟くような余韻を残し、ラオンの魂という球体に響いた。
ラオンは視線を落とし、黙り込んだ。
生きる事、命。
ラオンは眼を閉じた。
まぶたの先に、星が見えた。
城を抜け出して乗り込んだ貨物船から見た、太陽系の星々。そして、白い天の川が見えた。生まれて初めての友達、ソモルと見上げた数え切れない星の散る夜空。そして、遊星ミシャへ向かう宇宙船から見詰めた、幾つもの果てない銀河。
生まれては消えていく、悠久の宇宙の営み。
無数の命のカタチ。
ラオンには、その理屈など判らない。
けれど確かに、この旅で受け取る事はできた。それが、光の主が望む答えなのかは判らない。間違っているかもしれない。けれど……。
ラオンは、眼を開いた。
眩しい、光。
ラオンはためらわなかった。
今自分が与えられた、感じる事のできた全てを、言葉に乗せた。
「僕のこのカタチと命。それは、大切な僕の父上と母上にいただいたもの。この広い宇宙の果てまで探しても、他にはない唯一のもの」
ラオンの脳裏に、父アルスオンと母ミアムの姿がよぎった。お二人共、きっと僕の事を心配している。大好きな父上、母上の為に、絶対クピトを手に入れるんだ。
「そして、僕が食べるという事で、他の命から僕の命へと繋いだもの。犠牲を孕んで受け継いだもの。その分だけ、重みがかさんだもの。それは、食物連鎖の全てに生じる重み。他の生き物から受け取った、ひとつひとつの命への責任」
ラオンの小さな小さな細胞のひとつひとつに、数知れない命が繋がれている。それは、鳥であり、植物であり。
ありがとう。ラオンが強く、心に刻む。
「そして水。水がなければ、そこに命は宿らない。巡りゆく水が、絶え間なく命を癒し続ける」
干からびた処に、命は生まれない。全ての生き物は、水のある場所で生まれる。
ラオンの眼差しが、強さを帯びていく。
「そして星。最初の命はきっと、星の欠片から生まれた」
ラオンは、天の川銀河の星々を思い出していた。もう居なくなった星の欠片たち。
「星も生まれ変わる。散っていった星の欠片が宇宙を流れ、永い永い間揺られ漂って、そして僕の中に辿り着いた。生きとし生ける者は、皆ほんの少しずつ星の欠片を受け継いでいる。この宇宙の記憶、星の記憶。だからきっと、皆それを覚えてる。忘れるわけがない。だって、かけがえのない繋がりだから」
命の記憶は、連鎖していく。
有限であるから、決して失われる事のないように繋がっていく。死んでいった記憶の漂うこの広い宇宙の中で、そうやって結ばれていく。絶え間なく。
銀河を辿りながら、いつしかラオンはそれに気づいた。
僕の中にも、星は生きているんだ。
そう、だから……。
「僕の命……。それは、僕が生きたいと望む限り、この宇宙にずっと続いていくもの」
あ、そうか。
言葉を紡ぎ終えた瞬間、ラオンは悟った。
愛ってきっと、命そのものなんだ。
何故だか判らない。けれど、漠然とそう気づいた。
命と命が繋がり、互いに貴いと想う時、きっと愛は生まれるのだと。
鼓膜ではない何処かで、ラオンはそのコエを聞いた。
コエ……? それとも、地響きか。
正面の空気が動いた。空間が、鈍く歪んでいく。そこに、裂け目が生じる。
粒子が、渦を巻く。
……来る。
ラオンは、まるで小惑星に匹敵する程とてつもない質量が近づいてくるのを感じた。
宇宙の秩序の保たれた処では、決して存在の許されぬ者が、そこに現れ出でようとしていた。
ラオンの心に、恐れはなかった。ただそれが現れるのを、じっと待ち構えていた。
空間の裂け目から、光が溢れ出した。膨大な光の束が、とぐろを巻くようにするすると折り重なっていく。寄り集まり、光が一点に集中していく。
網膜が焼かれる程の強い光であるのに、何故か眩しさを感じさせない。むしろ片時も眼を逸らしたくないような、美しい閃き。
ラオンはしかと、目の前の光を見詰めた。
―汝は、愛の宝石クピトを求めし者
突然、コエがした。魂に直に聞こえるような、荘厳な響き。そして、余韻。
―クピトを求めし者よ。汝に私の姿は、どう視える
再びコエが、ラオンに問いかけた。コエの主は、この光。
光が、ラオンに問いかけている。
「僕には、あなたのカタチが見えない」
ラオンの前にあるのは、一点に集まった眩い光。姿など持たない、おびただしい光。
「僕に見えるあなたの存在は、眩い光の集合体」
その光を受けて、ラオンの深い翡翠の瞳がキラキラと輝きを宿す。
―ほほう
光の集まりは、ラオンの言葉に面白そうに粒子を散らした。
―汝は、クピトを求めてこの星へ辿り着きし者。私は、クピトを求める者の前にしか存在する事はない。クピトは愛を司る宝石。お前はそれを知っていて、クピトを求めるのか
光が、ラオンの意思を確かめるように訊いた。
「はい」
ラオンが、短く答える。
―ではお前は、愛の意味を知っているのか
光は、更に質問を続けた。粒子の粒が、宙を舞う。
「僕には、愛の意味なんて答えられない」
―では何故、クピトを求める
光とラオンの一問一答が続く。
「父上と母上に差し上げる為に。お二人なら、きっと愛の意味を知っているから」
光は、ラオンの心の内を見定るように幾度か瞬いた。
―確かに、お前はまだこの問いには答えられぬだろう
光の中に、一瞬だけ青い糸のような筋が現れて、輪を描きながら溶けた。
―では、今一度汝に問う。生きるとは、命の意味とはなんだ
コエが、轟くような余韻を残し、ラオンの魂という球体に響いた。
ラオンは視線を落とし、黙り込んだ。
生きる事、命。
ラオンは眼を閉じた。
まぶたの先に、星が見えた。
城を抜け出して乗り込んだ貨物船から見た、太陽系の星々。そして、白い天の川が見えた。生まれて初めての友達、ソモルと見上げた数え切れない星の散る夜空。そして、遊星ミシャへ向かう宇宙船から見詰めた、幾つもの果てない銀河。
生まれては消えていく、悠久の宇宙の営み。
無数の命のカタチ。
ラオンには、その理屈など判らない。
けれど確かに、この旅で受け取る事はできた。それが、光の主が望む答えなのかは判らない。間違っているかもしれない。けれど……。
ラオンは、眼を開いた。
眩しい、光。
ラオンはためらわなかった。
今自分が与えられた、感じる事のできた全てを、言葉に乗せた。
「僕のこのカタチと命。それは、大切な僕の父上と母上にいただいたもの。この広い宇宙の果てまで探しても、他にはない唯一のもの」
ラオンの脳裏に、父アルスオンと母ミアムの姿がよぎった。お二人共、きっと僕の事を心配している。大好きな父上、母上の為に、絶対クピトを手に入れるんだ。
「そして、僕が食べるという事で、他の命から僕の命へと繋いだもの。犠牲を孕んで受け継いだもの。その分だけ、重みがかさんだもの。それは、食物連鎖の全てに生じる重み。他の生き物から受け取った、ひとつひとつの命への責任」
ラオンの小さな小さな細胞のひとつひとつに、数知れない命が繋がれている。それは、鳥であり、植物であり。
ありがとう。ラオンが強く、心に刻む。
「そして水。水がなければ、そこに命は宿らない。巡りゆく水が、絶え間なく命を癒し続ける」
干からびた処に、命は生まれない。全ての生き物は、水のある場所で生まれる。
ラオンの眼差しが、強さを帯びていく。
「そして星。最初の命はきっと、星の欠片から生まれた」
ラオンは、天の川銀河の星々を思い出していた。もう居なくなった星の欠片たち。
「星も生まれ変わる。散っていった星の欠片が宇宙を流れ、永い永い間揺られ漂って、そして僕の中に辿り着いた。生きとし生ける者は、皆ほんの少しずつ星の欠片を受け継いでいる。この宇宙の記憶、星の記憶。だからきっと、皆それを覚えてる。忘れるわけがない。だって、かけがえのない繋がりだから」
命の記憶は、連鎖していく。
有限であるから、決して失われる事のないように繋がっていく。死んでいった記憶の漂うこの広い宇宙の中で、そうやって結ばれていく。絶え間なく。
銀河を辿りながら、いつしかラオンはそれに気づいた。
僕の中にも、星は生きているんだ。
そう、だから……。
「僕の命……。それは、僕が生きたいと望む限り、この宇宙にずっと続いていくもの」
あ、そうか。
言葉を紡ぎ終えた瞬間、ラオンは悟った。
愛ってきっと、命そのものなんだ。
何故だか判らない。けれど、漠然とそう気づいた。
命と命が繋がり、互いに貴いと想う時、きっと愛は生まれるのだと。
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