上 下
21 / 28

21 囚われの二人

しおりを挟む
 水音に交じり、かすかに人の声がする。壁の向こう側からのようだ。見ると壁と天井の間に、手のひら程の隙間が空いている。
 ソモルはよじ登ろうとしたが、壁はツルツルとしているうえ、足をかけるでっぱりもない。仕方なくソモルは、ラオンの正面で背中を向けて屈み込んだ。

「ラオンお前、俺の肩に乗れば届くだろ」
「……多分」
 
 ラオンがゆっくり、ソモルの肩に両足を乗せる。壁に手を当てバランスを取りながら、恐る恐る直立する。ラオンがしっかり体勢を保っている事を確認すると、ソモルはそうっと立ち上がった。両肩に、ずっしりと重みがかかる。いつも仕事で荷物を運んでいるソモルにとっては、ラオン一人くらいならたいした負担ではない。
 ラオンは壁の隙間に手をかけ、隣の部屋を覗き見た。やはり薄暗くて陰気な部屋。狭いその場所には、四人の若い女が居た。

「ソモル、女の人が居る」

 ラオンの声に驚き、女たちは一斉に顔を上げた。皆、美しい女たちだった。泣き腫らしたのだろうか。四人共、目元が赤く膨らんでいる。
 穢れない純粋なラオンの眼差しを、女たちは憐れむように見上げていた。

「……あなたも、マフィアに捕まって連れてこられたのね」

 掠れたか声で、女がラオンに語りかけた。女たちが憐れんでいるのは、まだ幼いラオンの行く末か。それとも、自分たちを待ち受ける運命だろうか。

「あなたたちは、あいつらに連れてこられたの?」

 そう尋ねたラオンの言葉に答えるでもなく、女たちはすすり泣いていた。

「……私たちは、じきに売られるの。そうなったらもう、人として扱われる事もない……」

 苦しそうに吐き出された言葉は、ラオンの心をざくりと突き刺した。
 そんな事は、あってはいけないと思った。
 人が人を売り買いする。そんな酷い事がこの宇宙で行われている事を、初めて知った。

「おいラオン、どうした」

 黙り込んでしまったラオンに、ソモルが声をかける。ソモルはそーっと体を低くすると、ゆっくりラオンを降ろした。

「あいつらにさらわれてきた人たちか?」

 ソモルに問われ、ラオンがうなずいた。

「僕たちと一緒に、あの人たちも逃げられる方法を考えないと……」

 わずかに眼を落とし、ラオンが云った。
 通路の奥から人の近づいてくる気配がした。マフィアたちだ。
 ラオンとソモルが身構える。
 マフィアたちは鍵を外すと、ラオンとソモルの腕を掴み外へ引っ張り出した。
 マフィアは、たったの二人。うまくすれば、逃げられるだろうか。
 ソモルは隙をうかがってみたが、やっぱり無理だろうと諦めた。一人ならばなんとかなったかもしれないが、ラオンを連れてではかなりリスクが高い。
 万が一失敗すれば、まず命はないだろう。ここは、確実なチャンスを待つ方が良い。

 通路を何度か曲がり、二人が連れて来られたのは真っ白な壁の広い部屋だった。何もない部屋の中央に、テーブルと二脚の椅子がポツンと置かれている。
 不気味なのは、そこで待っていたマフィアたちだった。二人に視線を向けたまま、面白い見世物でも見物するようにニヤニヤと笑っている。
 何かをする気なのだ。

 ソモルは眩暈を覚えた。これから行われようとしている事が、良い事である筈がない。
 なんで、こんな事になってるんだ。
 心で問い質してみた質問に、答えが返ってくるわけもない。
 ソモルは、真横のラオンを見た。ラオンは表情すら変えていない。

 マフィアに指示され、ラオンとソモルはそれぞれ椅子に座らされた。
 ラオンは眼を動かし、部屋の造りを確かめた。四方のうちの一枚の壁がガラス張りになっている。その内側にも、三人マフィアが居た。
 三人の真ん中のオールバックでスーツ姿の男が、多分奴らのボスだろう。眼の表情が、他のマフィアとは明らかに違う。きっとためらいもなく、人を殺すのだろう。そういう眼だ。

「あんな上玉にゲームさせるのか、ボスもずいぶん贅沢な事しやがる」

 ソモルの耳に、マフィアの会話が聞こえた。
 ゲーム? …………なんの?

 ソモルは、全身汗でびっちょりだった。頭がガンガンする。
 正面に座ったラオンは、堂々としたままマフィアの様子をうかがっている。

「お前ら二人のうち、ボスはどちらかを助けて下さるそうだ」

 テーブルの上に、無造作に拳銃が置かれた。
 ソモルは一瞬、それがなんであるか理解できなかった。脳みそが、考える事を拒否している。

「どちらを生かすかは、これからゲームで決めてもらう」

 そういう、事か……。

 ロシアンルーレット。そのセリフと銃が、この状況を残酷な程知らしめている。
 確率二分の一のゲーム。その終わりに待ち受けているものは、生か死、そのどちらかしかない。
 天国へ一番近いゲーム。

 ラオンはマフィアの眼を盗んで、青くなっているソモルにそっと囁いた。

「……どちらか勝った方が、後から負けた方を助けるって、どう?」

 ソモルは、返答する言葉すらなかった。
 ラオンは本物の銃を知らない。引き金を引くと花が飛び出てくるような、おもちゃの銃しか見た事がない。したがって、ラオンがこのゲームの結末を知る筈もなかった。

「……ラオン、お前……ルール判ってないだろ……」

 かろうじて残された気力でソモルが呟く。ソモルは生まれて初めて、本気で死というものに怯えている自分に気づいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

オレの師匠は職人バカ。~ル・リーデル宝石工房物語~

若松だんご
児童書・童話
 街の中心からやや外れたところにある、「ル・リーデル宝石工房」  この工房には、新進気鋭の若い師匠とその弟子の二人が暮らしていた。  南の国で修行してきたという師匠の腕は決して悪くないのだが、街の人からの評価は、「地味。センスがない」。  仕事の依頼もなく、注文を受けることもない工房は常に貧乏で、薄い塩味豆だけスープしか食べられない。  「決めた!! この石を使って、一世一代の宝石を作り上げる!!」  貧乏に耐えかねた師匠が取り出したのは、先代が遺したエメラルドの原石。  「これ、使うのか?」  期待と不安の混じった目で石と師匠を見る弟子のグリュウ。  この石には無限の可能性が秘められてる。  興奮気味に話す師匠に戸惑うグリュウ。  石は本当に素晴らしいのか? クズ石じゃないのか? 大丈夫なのか?  ――でも、完成するのがすっげえ楽しみ。  石に没頭すれば、周囲が全く見えなくなる職人バカな師匠と、それをフォローする弟子の小さな物語

魔界カフェへようこそ

☆王子☆
児童書・童話
小さな踏切の前で電車を待つ一人の少年。遮断機がおり警報機が鳴りだすと、その少年はいじめという日々から逃れるため、ためらいなく電車に飛び込んだ。これですべて終わるはずだった――。ところが少年は地獄でも天国でもない魔物が暮らす世界に迷い込んでしまう。

「羊のシープお医者さんの寝ない子どこかな?」

時空 まほろ
児童書・童話
羊のシープお医者さんは、寝ない子専門のお医者さん。 今日も、寝ない子を探して夜の世界をあっちへこっちへと大忙し。 さあ、今日の寝ない子のんちゃんは、シープお医者んの治療でもなかなか寝れません。 そんなシープお医者さん、のんちゃんを緊急助手として、夜の世界を一緒にあっちへこっちへと行きます。 のんちゃんは寝れるのかな? シープお医者さんの魔法の呪文とは?

がらくた屋 ふしぎ堂のヒミツ

三柴 ヲト
児童書・童話
『がらくた屋ふしぎ堂』  ――それは、ちょっと変わった不思議なお店。  おもちゃ、駄菓子、古本、文房具、骨董品……。子どもが気になるものはなんでもそろっていて、店主であるミチばあちゃんが不在の時は、太った変な招き猫〝にゃすけ〟が代わりに商品を案内してくれる。  ミチばあちゃんの孫である小学6年生の風間吏斗(かざまりと)は、わくわく探しのため毎日のように『ふしぎ堂』へ通う。  お店に並んだ商品の中には、普通のがらくたに混じって『神商品(アイテム)』と呼ばれるレアなお宝もたくさん隠されていて、悪戯好きのリトはクラスメイトの男友達・ルカを巻き込んで、神商品を使ってはおかしな事件を起こしたり、逆にみんなの困りごとを解決したり、毎日を刺激的に楽しく過ごす。  そんなある日のこと、リトとルカのクラスメイトであるお金持ちのお嬢様アンが行方不明になるという騒ぎが起こる。  彼女の足取りを追うリトは、やがてふしぎ堂の裏庭にある『蔵』に隠された〝ヒミツの扉〟に辿り着くのだが、扉の向こう側には『異世界』や過去未来の『時空を超えた世界』が広がっていて――⁉︎  いたずら好きのリト、心優しい少年ルカ、いじっぱりなお嬢様アンの三人組が織りなす、事件、ふしぎ、夢、冒険、恋、わくわく、どきどきが全部詰まった、少年少女向けの現代和風ファンタジー。

子猫マムと雲の都

杉 孝子
児童書・童話
 マムが住んでいる世界では、雨が振らなくなったせいで野菜や植物が日照り続きで枯れ始めた。困り果てる人々を見てマムは何とかしたいと思います。  マムがグリムに相談したところ、雨を降らせるには雲の上の世界へ行き、雨の精霊たちにお願いするしかないと聞かされます。雲の都に行くためには空を飛ぶ力が必要だと知り、魔法の羽を持っている鷹のタカコ婆さんを訪ねて一行は冒険の旅に出る。

ねこ耳探偵と愉快な仲間たち 小学生探偵の物語

三峰キタル
児童書・童話
「第2回きずな児童書大賞エントリー」 猫耳フードをかぶった小学5年生のみけ子は、好奇心旺盛な自称探偵。クラスメイトの仲間たちと共に「探偵団」を結成し、学校や町で起こる不思議な出来事に挑む。 運動神経抜群のけんた、おしゃべり好きのまり、力持ちのたける、知識豊富なユミ。個性豊かな仲間たちと共に、みけ子は日々の謎解きに奔走する。 時に危険な状況に陥りながらも、仲間との絆と知恵で困難を乗り越えていくみけ子たち。彼らの活躍が、学校や町にどんな変化をもたらすのか? 笑いあり、涙あり、そして心温まる展開の連続! 小学生探偵たちの成長と冒険を描いた、わくわくドキドキの物語!

竜使い

透水るう
児童書・童話
孤児院で育てられていたローニィは、船乗りの叔父に引き取られ船旅に出る。そこで叔父の大切にしていた短剣の宝飾を謎の男ベネディクトにとられてしまう。返す条件として船底にある青い玉をとってくるように言われ海に潜ることになるのだが、そこにいたのは…

フツーさがしの旅

雨ノ川からもも
児童書・童話
フツーじゃない白猫と、頼れるアニキ猫の成長物語 「お前、フツーじゃないんだよ」  兄弟たちにそうからかわれ、家族のもとを飛び出した子猫は、森の中で、先輩ノラ猫「ドライト」と出会う。  ドライトに名前をもらい、一緒に生活するようになったふたり。  狩りの練習に、町へのお出かけ、そして、新しい出会い。  二匹のノラ猫を中心に描かれる、成長物語。

処理中です...