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21 囚われの二人
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水音に交じり、かすかに人の声がする。壁の向こう側からのようだ。見ると壁と天井の間に、手のひら程の隙間が空いている。
ソモルはよじ登ろうとしたが、壁はツルツルとしているうえ、足をかけるでっぱりもない。仕方なくソモルは、ラオンの正面で背中を向けて屈み込んだ。
「ラオンお前、俺の肩に乗れば届くだろ」
「……多分」
ラオンがゆっくり、ソモルの肩に両足を乗せる。壁に手を当てバランスを取りながら、恐る恐る直立する。ラオンがしっかり体勢を保っている事を確認すると、ソモルはそうっと立ち上がった。両肩に、ずっしりと重みがかかる。いつも仕事で荷物を運んでいるソモルにとっては、ラオン一人くらいならたいした負担ではない。
ラオンは壁の隙間に手をかけ、隣の部屋を覗き見た。やはり薄暗くて陰気な部屋。狭いその場所には、四人の若い女が居た。
「ソモル、女の人が居る」
ラオンの声に驚き、女たちは一斉に顔を上げた。皆、美しい女たちだった。泣き腫らしたのだろうか。四人共、目元が赤く膨らんでいる。
穢れない純粋なラオンの眼差しを、女たちは憐れむように見上げていた。
「……あなたも、マフィアに捕まって連れてこられたのね」
掠れたか声で、女がラオンに語りかけた。女たちが憐れんでいるのは、まだ幼いラオンの行く末か。それとも、自分たちを待ち受ける運命だろうか。
「あなたたちは、あいつらに連れてこられたの?」
そう尋ねたラオンの言葉に答えるでもなく、女たちはすすり泣いていた。
「……私たちは、じきに売られるの。そうなったらもう、人として扱われる事もない……」
苦しそうに吐き出された言葉は、ラオンの心をざくりと突き刺した。
そんな事は、あってはいけないと思った。
人が人を売り買いする。そんな酷い事がこの宇宙で行われている事を、初めて知った。
「おいラオン、どうした」
黙り込んでしまったラオンに、ソモルが声をかける。ソモルはそーっと体を低くすると、ゆっくりラオンを降ろした。
「あいつらにさらわれてきた人たちか?」
ソモルに問われ、ラオンがうなずいた。
「僕たちと一緒に、あの人たちも逃げられる方法を考えないと……」
わずかに眼を落とし、ラオンが云った。
通路の奥から人の近づいてくる気配がした。マフィアたちだ。
ラオンとソモルが身構える。
マフィアたちは鍵を外すと、ラオンとソモルの腕を掴み外へ引っ張り出した。
マフィアは、たったの二人。うまくすれば、逃げられるだろうか。
ソモルは隙をうかがってみたが、やっぱり無理だろうと諦めた。一人ならばなんとかなったかもしれないが、ラオンを連れてではかなりリスクが高い。
万が一失敗すれば、まず命はないだろう。ここは、確実なチャンスを待つ方が良い。
通路を何度か曲がり、二人が連れて来られたのは真っ白な壁の広い部屋だった。何もない部屋の中央に、テーブルと二脚の椅子がポツンと置かれている。
不気味なのは、そこで待っていたマフィアたちだった。二人に視線を向けたまま、面白い見世物でも見物するようにニヤニヤと笑っている。
何かをする気なのだ。
ソモルは眩暈を覚えた。これから行われようとしている事が、良い事である筈がない。
なんで、こんな事になってるんだ。
心で問い質してみた質問に、答えが返ってくるわけもない。
ソモルは、真横のラオンを見た。ラオンは表情すら変えていない。
マフィアに指示され、ラオンとソモルはそれぞれ椅子に座らされた。
ラオンは眼を動かし、部屋の造りを確かめた。四方のうちの一枚の壁がガラス張りになっている。その内側にも、三人マフィアが居た。
三人の真ん中のオールバックでスーツ姿の男が、多分奴らのボスだろう。眼の表情が、他のマフィアとは明らかに違う。きっとためらいもなく、人を殺すのだろう。そういう眼だ。
「あんな上玉にゲームさせるのか、ボスもずいぶん贅沢な事しやがる」
ソモルの耳に、マフィアの会話が聞こえた。
ゲーム? …………なんの?
ソモルは、全身汗でびっちょりだった。頭がガンガンする。
正面に座ったラオンは、堂々としたままマフィアの様子をうかがっている。
「お前ら二人のうち、ボスはどちらかを助けて下さるそうだ」
テーブルの上に、無造作に拳銃が置かれた。
ソモルは一瞬、それがなんであるか理解できなかった。脳みそが、考える事を拒否している。
「どちらを生かすかは、これからゲームで決めてもらう」
そういう、事か……。
ロシアンルーレット。そのセリフと銃が、この状況を残酷な程知らしめている。
確率二分の一のゲーム。その終わりに待ち受けているものは、生か死、そのどちらかしかない。
天国へ一番近いゲーム。
ラオンはマフィアの眼を盗んで、青くなっているソモルにそっと囁いた。
「……どちらか勝った方が、後から負けた方を助けるって、どう?」
ソモルは、返答する言葉すらなかった。
ラオンは本物の銃を知らない。引き金を引くと花が飛び出てくるような、おもちゃの銃しか見た事がない。したがって、ラオンがこのゲームの結末を知る筈もなかった。
「……ラオン、お前……ルール判ってないだろ……」
かろうじて残された気力でソモルが呟く。ソモルは生まれて初めて、本気で死というものに怯えている自分に気づいた。
ソモルはよじ登ろうとしたが、壁はツルツルとしているうえ、足をかけるでっぱりもない。仕方なくソモルは、ラオンの正面で背中を向けて屈み込んだ。
「ラオンお前、俺の肩に乗れば届くだろ」
「……多分」
ラオンがゆっくり、ソモルの肩に両足を乗せる。壁に手を当てバランスを取りながら、恐る恐る直立する。ラオンがしっかり体勢を保っている事を確認すると、ソモルはそうっと立ち上がった。両肩に、ずっしりと重みがかかる。いつも仕事で荷物を運んでいるソモルにとっては、ラオン一人くらいならたいした負担ではない。
ラオンは壁の隙間に手をかけ、隣の部屋を覗き見た。やはり薄暗くて陰気な部屋。狭いその場所には、四人の若い女が居た。
「ソモル、女の人が居る」
ラオンの声に驚き、女たちは一斉に顔を上げた。皆、美しい女たちだった。泣き腫らしたのだろうか。四人共、目元が赤く膨らんでいる。
穢れない純粋なラオンの眼差しを、女たちは憐れむように見上げていた。
「……あなたも、マフィアに捕まって連れてこられたのね」
掠れたか声で、女がラオンに語りかけた。女たちが憐れんでいるのは、まだ幼いラオンの行く末か。それとも、自分たちを待ち受ける運命だろうか。
「あなたたちは、あいつらに連れてこられたの?」
そう尋ねたラオンの言葉に答えるでもなく、女たちはすすり泣いていた。
「……私たちは、じきに売られるの。そうなったらもう、人として扱われる事もない……」
苦しそうに吐き出された言葉は、ラオンの心をざくりと突き刺した。
そんな事は、あってはいけないと思った。
人が人を売り買いする。そんな酷い事がこの宇宙で行われている事を、初めて知った。
「おいラオン、どうした」
黙り込んでしまったラオンに、ソモルが声をかける。ソモルはそーっと体を低くすると、ゆっくりラオンを降ろした。
「あいつらにさらわれてきた人たちか?」
ソモルに問われ、ラオンがうなずいた。
「僕たちと一緒に、あの人たちも逃げられる方法を考えないと……」
わずかに眼を落とし、ラオンが云った。
通路の奥から人の近づいてくる気配がした。マフィアたちだ。
ラオンとソモルが身構える。
マフィアたちは鍵を外すと、ラオンとソモルの腕を掴み外へ引っ張り出した。
マフィアは、たったの二人。うまくすれば、逃げられるだろうか。
ソモルは隙をうかがってみたが、やっぱり無理だろうと諦めた。一人ならばなんとかなったかもしれないが、ラオンを連れてではかなりリスクが高い。
万が一失敗すれば、まず命はないだろう。ここは、確実なチャンスを待つ方が良い。
通路を何度か曲がり、二人が連れて来られたのは真っ白な壁の広い部屋だった。何もない部屋の中央に、テーブルと二脚の椅子がポツンと置かれている。
不気味なのは、そこで待っていたマフィアたちだった。二人に視線を向けたまま、面白い見世物でも見物するようにニヤニヤと笑っている。
何かをする気なのだ。
ソモルは眩暈を覚えた。これから行われようとしている事が、良い事である筈がない。
なんで、こんな事になってるんだ。
心で問い質してみた質問に、答えが返ってくるわけもない。
ソモルは、真横のラオンを見た。ラオンは表情すら変えていない。
マフィアに指示され、ラオンとソモルはそれぞれ椅子に座らされた。
ラオンは眼を動かし、部屋の造りを確かめた。四方のうちの一枚の壁がガラス張りになっている。その内側にも、三人マフィアが居た。
三人の真ん中のオールバックでスーツ姿の男が、多分奴らのボスだろう。眼の表情が、他のマフィアとは明らかに違う。きっとためらいもなく、人を殺すのだろう。そういう眼だ。
「あんな上玉にゲームさせるのか、ボスもずいぶん贅沢な事しやがる」
ソモルの耳に、マフィアの会話が聞こえた。
ゲーム? …………なんの?
ソモルは、全身汗でびっちょりだった。頭がガンガンする。
正面に座ったラオンは、堂々としたままマフィアの様子をうかがっている。
「お前ら二人のうち、ボスはどちらかを助けて下さるそうだ」
テーブルの上に、無造作に拳銃が置かれた。
ソモルは一瞬、それがなんであるか理解できなかった。脳みそが、考える事を拒否している。
「どちらを生かすかは、これからゲームで決めてもらう」
そういう、事か……。
ロシアンルーレット。そのセリフと銃が、この状況を残酷な程知らしめている。
確率二分の一のゲーム。その終わりに待ち受けているものは、生か死、そのどちらかしかない。
天国へ一番近いゲーム。
ラオンはマフィアの眼を盗んで、青くなっているソモルにそっと囁いた。
「……どちらか勝った方が、後から負けた方を助けるって、どう?」
ソモルは、返答する言葉すらなかった。
ラオンは本物の銃を知らない。引き金を引くと花が飛び出てくるような、おもちゃの銃しか見た事がない。したがって、ラオンがこのゲームの結末を知る筈もなかった。
「……ラオン、お前……ルール判ってないだろ……」
かろうじて残された気力でソモルが呟く。ソモルは生まれて初めて、本気で死というものに怯えている自分に気づいた。
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