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20 危機

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 ラオンは慌てふためいて、まだ覚えきっていない機体のボタンをでたらめに押した。

 ゴゴゴゴゴ

 宇宙船がくるりと旋回し、元来た方角へ突進していく。

「うあー! そうじゃないよぉー!」

 こんな事なら宇宙船の機能一覧よりも先に、操縦方法をちゃんと覚えておけばよかった。ラオンは後悔しながらも、手元のレバーを倒す。

 グググン

 宇宙船が再び向きを変え、横に逸れて急降下した。

「どわあああっ!」

 変な方へ倒れた拍子に、ソモルの肘が操縦桿のボタンに触れた。とたんに、二人の体に過剰な重力がのしかかる。

「体が……重い……!」

 身動きすらとれない。ラオンのほんの小さな体が、鉛でできてるかのように重く感じられる。ラオンはくっと力を込めて、操縦桿に手を伸ばした。
 宇宙船の動きを止めなければ。
 その時、小型宇宙船が前方に障害物の存在を告げた。警告と共に画面が現れ、点滅する赤い丸がその位置を示している。

 ラオンとソモルは見た。確かに向かうその先に、黒い物体がある。
 飛行船のように翼を広げた黒い宇宙船だった。このままいけば、間違いなくぶつかる。衝突すれば、こんな小さな宇宙船は確実に木っ端微塵だ。
 ラオンは重たい指先を必死に伸ばした。確かあれが停止ボタンだった。さっきわずかだけ眼を通した解説画面のおぼろげな記憶を辿り、ラオンの指がゆっくり近づく。

 もう、少し……。
 黒い翼が迫ってくる。ギリギリで、ラオンの指先がボタンに触れた。

 ジュオオーン

 深いため息のような音を上げ、小型宇宙船は停止した。

「助かったあ!」

 鉛のような重力の重みからも解放され、ソモルが安堵の声を洩らす。
 ラオンは咄嗟に上体を起こし、ジュピター船の所在を確認しようとした。

 グオオオオオン

 突然、前方外に奇怪な物体が現れた。

「なんだっ!」

 まるで巨大な手のひらのようなものが、小型宇宙船に迫ってくる。それは、すんでのところで衝突を逃れた黒い宇宙船の左の翼部分から生えていた。二人の乗る丸い小さな宇宙船を鷲掴みにしようと指のような形をした機械が伸びる。

「うわあああ!」

 逃げる間もなく、二人の宇宙船はその手に捕まえられた。それはまさに、クレーンゲームのような有り様。
 獲物を捕らえた機械の手のひらは、折り畳まれるように黒い翼の中へ収まっていく。
 ラオンとソモルは、すっかり混乱していた。

「どうなるんだよ、俺たち」
「判んないよ」

 事態がうまく呑み込めない。
 ジイやたちの仕掛けた罠にはまってしまったのだろうか。ここまできて、まさかのゲームオーバー。最悪だ。ラオンは、唇を噛み締める。
 ソモルは、捕まった時の弁解を懸命に考えた。

 下降した機械の手が、小型宇宙船をゆっくりと下ろした。覆っていた物体から解放され、窓の外の視界が開ける。薄暗くて、外の様子は判らない。
 ジイやと捜索隊が居るのか、居ないのか、囲まれているのだろうか。それとも……。

「……ソモル」

 諦めたくない。ラオンの眼は、そう訴えていた。

「……降りてみようぜ」

 まだ、終わりだと決まったわけじゃない。ソモルは、ラオンをうながした。
 機体の白い扉を開き、二人は外へと降り立った。
 冷たい鉄の床。殺風景な基地のような場所。人影はない。

「なんだ、ここは」

 ソモルが前へ足を踏み出そうとした。
 不意に首筋に、ひやっと冷たく硬い感触を覚えた。直感が、同時に危険を知らせる。
 反射的に、ソモルは身を硬直させた。

「勝手なマネはするな、坊主」

 頭の上から、男の声がした。不快な気配。多分、複数人。
 さっと鳥肌が立ち、次の瞬間脇や手のひらから汗が溢れた。
 ラオンとソモルは、人相の悪い男たちに囲まれていた。ジュピターの追っ手ではないのは間違いない。どうやら事態は、もっと深刻のようだ。
 宇宙は広過ぎる。その全てを警備隊が取り締まれるわけではない。その網の目をかいくぐった無法の領域には、多数のマフィアも存在する。そのマフィア一味に、ラオンとソモルは捕まってしまったようだ。
酒場の流れ者から聞いた宇宙マフィアの非道話の数々が、ソモルの頭の中を巡っていく。生きた心地がしなかった。

「ははーん、まだガキじゃねえか」

 顔半分に傷のある男が、ラオンの顎を指で持ち上げる。ラオンは動じず、真っ直ぐに男を見据えた。その眼差しを、ニヤニヤとした男の目がねめつける。

「いいねえ、極上の玉じゃねえか。売れば高く値がつくぜ」

 品定めをしてラオンの白い顎から指を離す。やんごとなき姫君に捧げる言葉ではない。

「それならこっちの坊主だって、仕事させるにはもってこいだ」

 マフィアの下っぱたちが、下卑た笑いを見せる。

「いずれにせよ、お前らの運命はボスが決めてくれるぜ。楽しみにして待つんだな」

 ラオンとソモルは後ろ手に掴まれると、されるがままにザコマフィアに連れられ通路を進んだ。マフィアたちは二人を牢獄のような狭い小部屋に押し込むと、鍵をじゃらつかせながら去っていった。

「……僕たち、どんなるんだろう」

 マフィアたちの気配が完全に消えた後、ラオンが独り言のように洩らした。

「……さあな」

 そんな事、ソモルが訊きたい。ジュピターの追っ手の方が、まだ話が通じる相手だった。
 しかしこの小部屋、陰気でじめっとして嫌な場所だ。長く居れば、こっちまで湿っぽくなりそうだ。ポタポタと水の滴る音がする。配管にでも亀裂が入っているのだろうか。

「ソモル……、何か聞こえる」
「え」
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