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17 侵入
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「今度は、黒の21だ」
ラオンは余裕で全額を投じた。
回転するルーレット台の端を、全てを託された白い玉が滑るように走っていく。徐々に速度を落としながら、自分の行くべき、場所を見極めている。
間違いない。ラオンは確信していた。その行き先は、黒の21。
その時、ラオンは妙な違和感を覚えた。きっとその場に居合わせた他の人間は、誰一人それに気づく事はできなかっただろう。
そして玉は、ラオンの賭けたすぐ隣の赤の22に落ちた。
「ざーんねん! お客様の負けです!」
なんだか弾んだカジノ店員の声が響く。
ラオンの勝ちっぷりを面白がって見物していた客たちも、興ざめした声を洩らしながらざわざわと散っていく。
「……ラッ、ラオン~!!」
野次馬たちの声に続いて、ソモルの絶叫がラオンの耳をつんざいた。
まさかの奈落へ急降下。
全財産をすってしまったのだ。無理もない。
それも後何度かの勝ちで、小型宇宙船に手が届くところまできていたのだ。
嘆くソモルの隣で、ラオンはいぶかしく眉をひそめたままルーレット台を睨んでいる。
「何が十倍だよぉっ! 全部すっちまったじゃねえかあ!!」
歳上らしくもなく、少し涙目でラオンを責めまくる。
「……変じゃなかったか」
ラオンがぽつりと洩らす。
「何がだよぉ」
すっかり気力の失せたソモルが、力なく答える。
「ルーレットの動き、不自然じゃなかったか」
「えっ?」
ラオンの言葉に、うなだれていたソモルがふいっと顔を上げる。
「イカサマって事さ」
「なっ、なんだとぉ!」
怒り爆発なソモルが声を荒げる。抗議の為にオーナーの元へ向かおうとするソモルを、ラオンが制する。
「ソモル、今さら何云ったって無駄さ」
所詮子供の文句だと、取り合ってももらえないだろう。
「じゃあ、このまま引き下がれってのかよっ!」
それではカジノ側の思うつぼ、泣き寝入りだ。
ソモルはもちろん納得いく筈もなく、怒りまかせにラオンにまで当たり散らす。
「……汚いやり方をされたなら、こっちも同じような手でやり返すまでさ」
呟いてラオンは、キラリと鋭い眼差しでガラスケースに覆われた小型宇宙船を見た。
夜も深く、昼間の活気も忘れて街はすっかり静けさと闇に包まれていた。切れ切れに広がる薄い雲の合間から、星明かりがまばらに覗く深夜。人影も見当たらない。
そんな真夜中の街に、ラオンとソモルは居た。
街灯の光を避け、目立たないように夜に潜む。今のところ、誰にも見られてはいない筈。
「おいラオン、本当に開くのか?」
ソモルが、がちゃがちゃと扉の鍵穴をいじっているラオンに小声で尋ねた。細い二本の針金を、慎重にあやつる。
ラオンが夢中でこじ開けようとしているそれは、イカサマカジノの裏扉だった。鍵開けの方法は本で読んだ事があるからと、自信満々でラオンが始めたのだ。
「もう少し……」
手応えを感じたラオンは、なお必死になって鍵穴をいじる。
何故こんな事が、姫であるラオンにできるのだろう。多少の疑問は頭の隅に置いて、固唾を呑んで見守るソモル。
本ばかり読んで様々な知識を得たらしいのだが、この枠にはまりきらないラオンの多才ぶりには、ソモルもただただぽっかり口を開けるばかりだ。
カチッ
「よしっ!」
鍵が開くのと、ラオンの声はほぼ同時だった。感心しながら、ソモルがはぁっと息を洩らす。
「知恵の輪と同じような原理だよ。僕、得意なんだ」
さらりとラオンが云う。そうなのか。ソモルには全く判らない。
「大丈夫かよ。こういうのって扉開けたとたん、たいがいブザーが鳴るんだぜ」
さすがソモル。そういう事にはなかなか詳しい。
心配するソモルに、ラオンはOKサインを見せる。
「鍵を開けた時、怪しい機能もストップさせておいた」
その用意周到ぶりに、ソモルは思わず唖然としてしまった。一体、城ではどういう教育を受けていたのだろう。
何はともあれ、辺りに人が居ない事を確かめると、二人はそーっと扉の中に足を踏み入れた。
暗闇の店内、ラオンは文字通り眼を光らせ、お目当ての代物を探した。だが小型宇宙船は、昼間見た店入り口のショーケースからは姿を消していた。きっと何処かに移動されたのだろう。
「こういう時は、地下室が怪しいんだぜ」
ソモルの勘を頼りに、店内隅の避難階段から地下へと降りる。地下通路のあちこちには、この手の場所にはよくあるお決まりの赤外線レーザーが張り巡らされていた。うかつに触れれば、とたんにブザーが鳴る。
「ひゃ~、桑原桑原」
小柄で身動き自在なラオンに比べ、ソモルはレーザーをくぐり抜けるのに苦戦している。
「待ってて、ソモル」
ラオンはひょいひょいとレーザーを避けて進むと、通り抜けた先の壁にあった機械をちょんちょんと操作した。不自然な体勢のまま固まっていたソモルの目の前から、一瞬にして赤い筋が消え失せていく。ソモルは、気が抜けて尻もちをついた。
「ふーっ、助かった~」
安堵のため息を洩らす。
「気を抜くのは早いよ。まだ終わってないんだから」
地下通路は更に先に続いている。目的のものはまだ遠い。
角を曲がり、二人は見た。通路の隅々に、カメラが仕掛けてある。
こればかりは、どうにもならない。どう通っても姿が映ってしまう。機能を停止してみても、侵入者が居る事はばれてしまう。
「どうする、ソモル」
「仕方ない、駆け抜けるぞ」
それしか思いつく方法はない。けれどラオンは城育ちの為、とんでもない鈍足だ。それでも警備員がやってくるまで時間の猶予はあるだろう。
ソモルは手のひらで合図すると、全速力で駆け出した。ラオンも、出せる限りの全力で走る。
ラオンは余裕で全額を投じた。
回転するルーレット台の端を、全てを託された白い玉が滑るように走っていく。徐々に速度を落としながら、自分の行くべき、場所を見極めている。
間違いない。ラオンは確信していた。その行き先は、黒の21。
その時、ラオンは妙な違和感を覚えた。きっとその場に居合わせた他の人間は、誰一人それに気づく事はできなかっただろう。
そして玉は、ラオンの賭けたすぐ隣の赤の22に落ちた。
「ざーんねん! お客様の負けです!」
なんだか弾んだカジノ店員の声が響く。
ラオンの勝ちっぷりを面白がって見物していた客たちも、興ざめした声を洩らしながらざわざわと散っていく。
「……ラッ、ラオン~!!」
野次馬たちの声に続いて、ソモルの絶叫がラオンの耳をつんざいた。
まさかの奈落へ急降下。
全財産をすってしまったのだ。無理もない。
それも後何度かの勝ちで、小型宇宙船に手が届くところまできていたのだ。
嘆くソモルの隣で、ラオンはいぶかしく眉をひそめたままルーレット台を睨んでいる。
「何が十倍だよぉっ! 全部すっちまったじゃねえかあ!!」
歳上らしくもなく、少し涙目でラオンを責めまくる。
「……変じゃなかったか」
ラオンがぽつりと洩らす。
「何がだよぉ」
すっかり気力の失せたソモルが、力なく答える。
「ルーレットの動き、不自然じゃなかったか」
「えっ?」
ラオンの言葉に、うなだれていたソモルがふいっと顔を上げる。
「イカサマって事さ」
「なっ、なんだとぉ!」
怒り爆発なソモルが声を荒げる。抗議の為にオーナーの元へ向かおうとするソモルを、ラオンが制する。
「ソモル、今さら何云ったって無駄さ」
所詮子供の文句だと、取り合ってももらえないだろう。
「じゃあ、このまま引き下がれってのかよっ!」
それではカジノ側の思うつぼ、泣き寝入りだ。
ソモルはもちろん納得いく筈もなく、怒りまかせにラオンにまで当たり散らす。
「……汚いやり方をされたなら、こっちも同じような手でやり返すまでさ」
呟いてラオンは、キラリと鋭い眼差しでガラスケースに覆われた小型宇宙船を見た。
夜も深く、昼間の活気も忘れて街はすっかり静けさと闇に包まれていた。切れ切れに広がる薄い雲の合間から、星明かりがまばらに覗く深夜。人影も見当たらない。
そんな真夜中の街に、ラオンとソモルは居た。
街灯の光を避け、目立たないように夜に潜む。今のところ、誰にも見られてはいない筈。
「おいラオン、本当に開くのか?」
ソモルが、がちゃがちゃと扉の鍵穴をいじっているラオンに小声で尋ねた。細い二本の針金を、慎重にあやつる。
ラオンが夢中でこじ開けようとしているそれは、イカサマカジノの裏扉だった。鍵開けの方法は本で読んだ事があるからと、自信満々でラオンが始めたのだ。
「もう少し……」
手応えを感じたラオンは、なお必死になって鍵穴をいじる。
何故こんな事が、姫であるラオンにできるのだろう。多少の疑問は頭の隅に置いて、固唾を呑んで見守るソモル。
本ばかり読んで様々な知識を得たらしいのだが、この枠にはまりきらないラオンの多才ぶりには、ソモルもただただぽっかり口を開けるばかりだ。
カチッ
「よしっ!」
鍵が開くのと、ラオンの声はほぼ同時だった。感心しながら、ソモルがはぁっと息を洩らす。
「知恵の輪と同じような原理だよ。僕、得意なんだ」
さらりとラオンが云う。そうなのか。ソモルには全く判らない。
「大丈夫かよ。こういうのって扉開けたとたん、たいがいブザーが鳴るんだぜ」
さすがソモル。そういう事にはなかなか詳しい。
心配するソモルに、ラオンはOKサインを見せる。
「鍵を開けた時、怪しい機能もストップさせておいた」
その用意周到ぶりに、ソモルは思わず唖然としてしまった。一体、城ではどういう教育を受けていたのだろう。
何はともあれ、辺りに人が居ない事を確かめると、二人はそーっと扉の中に足を踏み入れた。
暗闇の店内、ラオンは文字通り眼を光らせ、お目当ての代物を探した。だが小型宇宙船は、昼間見た店入り口のショーケースからは姿を消していた。きっと何処かに移動されたのだろう。
「こういう時は、地下室が怪しいんだぜ」
ソモルの勘を頼りに、店内隅の避難階段から地下へと降りる。地下通路のあちこちには、この手の場所にはよくあるお決まりの赤外線レーザーが張り巡らされていた。うかつに触れれば、とたんにブザーが鳴る。
「ひゃ~、桑原桑原」
小柄で身動き自在なラオンに比べ、ソモルはレーザーをくぐり抜けるのに苦戦している。
「待ってて、ソモル」
ラオンはひょいひょいとレーザーを避けて進むと、通り抜けた先の壁にあった機械をちょんちょんと操作した。不自然な体勢のまま固まっていたソモルの目の前から、一瞬にして赤い筋が消え失せていく。ソモルは、気が抜けて尻もちをついた。
「ふーっ、助かった~」
安堵のため息を洩らす。
「気を抜くのは早いよ。まだ終わってないんだから」
地下通路は更に先に続いている。目的のものはまだ遠い。
角を曲がり、二人は見た。通路の隅々に、カメラが仕掛けてある。
こればかりは、どうにもならない。どう通っても姿が映ってしまう。機能を停止してみても、侵入者が居る事はばれてしまう。
「どうする、ソモル」
「仕方ない、駆け抜けるぞ」
それしか思いつく方法はない。けれどラオンは城育ちの為、とんでもない鈍足だ。それでも警備員がやってくるまで時間の猶予はあるだろう。
ソモルは手のひらで合図すると、全速力で駆け出した。ラオンも、出せる限りの全力で走る。
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