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「今度は、黒の21だ」

 ラオンは余裕で全額を投じた。
 回転するルーレット台の端を、全てを託された白い玉が滑るように走っていく。徐々に速度を落としながら、自分の行くべき、場所を見極めている。
 間違いない。ラオンは確信していた。その行き先は、黒の21。
 その時、ラオンは妙な違和感を覚えた。きっとその場に居合わせた他の人間は、誰一人それに気づく事はできなかっただろう。
 そして玉は、ラオンの賭けたすぐ隣の赤の22に落ちた。

「ざーんねん! お客様の負けです!」

 なんだか弾んだカジノ店員の声が響く。
 ラオンの勝ちっぷりを面白がって見物していた客たちも、興ざめした声を洩らしながらざわざわと散っていく。

「……ラッ、ラオン~!!」

 野次馬たちの声に続いて、ソモルの絶叫がラオンの耳をつんざいた。
 まさかの奈落へ急降下。
 全財産をすってしまったのだ。無理もない。
 それも後何度かの勝ちで、小型宇宙船に手が届くところまできていたのだ。
 嘆くソモルの隣で、ラオンはいぶかしく眉をひそめたままルーレット台を睨んでいる。

「何が十倍だよぉっ! 全部すっちまったじゃねえかあ!!」

 歳上らしくもなく、少し涙目でラオンを責めまくる。

「……変じゃなかったか」

 ラオンがぽつりと洩らす。

「何がだよぉ」

 すっかり気力の失せたソモルが、力なく答える。

「ルーレットの動き、不自然じゃなかったか」
「えっ?」

 ラオンの言葉に、うなだれていたソモルがふいっと顔を上げる。

「イカサマって事さ」
「なっ、なんだとぉ!」

 怒り爆発なソモルが声を荒げる。抗議の為にオーナーの元へ向かおうとするソモルを、ラオンが制する。

「ソモル、今さら何云ったって無駄さ」 

 所詮子供の文句だと、取り合ってももらえないだろう。

「じゃあ、このまま引き下がれってのかよっ!」

 それではカジノ側の思うつぼ、泣き寝入りだ。
 ソモルはもちろん納得いく筈もなく、怒りまかせにラオンにまで当たり散らす。

「……汚いやり方をされたなら、こっちも同じような手でやり返すまでさ」

 呟いてラオンは、キラリと鋭い眼差しでガラスケースに覆われた小型宇宙船を見た。




 夜も深く、昼間の活気も忘れて街はすっかり静けさと闇に包まれていた。切れ切れに広がる薄い雲の合間から、星明かりがまばらに覗く深夜。人影も見当たらない。
 そんな真夜中の街に、ラオンとソモルは居た。
 街灯の光を避け、目立たないように夜に潜む。今のところ、誰にも見られてはいない筈。

「おいラオン、本当に開くのか?」

 ソモルが、がちゃがちゃと扉の鍵穴をいじっているラオンに小声で尋ねた。細い二本の針金を、慎重にあやつる。
 ラオンが夢中でこじ開けようとしているそれは、イカサマカジノの裏扉だった。鍵開けの方法は本で読んだ事があるからと、自信満々でラオンが始めたのだ。

「もう少し……」

 手応えを感じたラオンは、なお必死になって鍵穴をいじる。
 何故こんな事が、姫であるラオンにできるのだろう。多少の疑問は頭の隅に置いて、固唾を呑んで見守るソモル。
 本ばかり読んで様々な知識を得たらしいのだが、この枠にはまりきらないラオンの多才ぶりには、ソモルもただただぽっかり口を開けるばかりだ。

 カチッ

「よしっ!」

 鍵が開くのと、ラオンの声はほぼ同時だった。感心しながら、ソモルがはぁっと息を洩らす。

「知恵の輪と同じような原理だよ。僕、得意なんだ」

 さらりとラオンが云う。そうなのか。ソモルには全く判らない。

「大丈夫かよ。こういうのって扉開けたとたん、たいがいブザーが鳴るんだぜ」

 さすがソモル。そういう事にはなかなか詳しい。
 心配するソモルに、ラオンはOKサインを見せる。

「鍵を開けた時、怪しい機能もストップさせておいた」

 その用意周到ぶりに、ソモルは思わず唖然としてしまった。一体、城ではどういう教育を受けていたのだろう。
 何はともあれ、辺りに人が居ない事を確かめると、二人はそーっと扉の中に足を踏み入れた。
 暗闇の店内、ラオンは文字通り眼を光らせ、お目当ての代物を探した。だが小型宇宙船は、昼間見た店入り口のショーケースからは姿を消していた。きっと何処かに移動されたのだろう。

「こういう時は、地下室が怪しいんだぜ」

 ソモルの勘を頼りに、店内隅の避難階段から地下へと降りる。地下通路のあちこちには、この手の場所にはよくあるお決まりの赤外線レーザーが張り巡らされていた。うかつに触れれば、とたんにブザーが鳴る。

「ひゃ~、桑原桑原」

 小柄で身動き自在なラオンに比べ、ソモルはレーザーをくぐり抜けるのに苦戦している。

「待ってて、ソモル」

 ラオンはひょいひょいとレーザーを避けて進むと、通り抜けた先の壁にあった機械をちょんちょんと操作した。不自然な体勢のまま固まっていたソモルの目の前から、一瞬にして赤い筋が消え失せていく。ソモルは、気が抜けて尻もちをついた。

「ふーっ、助かった~」

 安堵のため息を洩らす。

「気を抜くのは早いよ。まだ終わってないんだから」
  
 地下通路は更に先に続いている。目的のものはまだ遠い。

 角を曲がり、二人は見た。通路の隅々に、カメラが仕掛けてある。
 こればかりは、どうにもならない。どう通っても姿が映ってしまう。機能を停止してみても、侵入者が居る事はばれてしまう。

「どうする、ソモル」
「仕方ない、駆け抜けるぞ」

 それしか思いつく方法はない。けれどラオンは城育ちの為、とんでもない鈍足だ。それでも警備員がやってくるまで時間の猶予はあるだろう。
 ソモルは手のひらで合図すると、全速力で駆け出した。ラオンも、出せる限りの全力で走る。
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