13 / 28
13 追憶
しおりを挟む
街に着いたラオンとソモルがまず最初にした事は、とりあえずの腹ごしらえだった。
ここまでどうにかこうにかやってきた二人は、すっかり体力も使い果たして、くたくた腹ペコの極限状態。辿り着いたばかりの星で知らない店に入るのはなんとなく落ち着かず、適当な食べ物を買って何処か人目につかない場所でありつく事にした。追っ手が来たら、すぐさま逃げられるようにとの警戒心もあっての事。
人気のない静かな草むら。程好く木陰を作る樹の太い幹に寄りかかり、見た目だけの判断で味も知らずに仕入れてきた食べ物を口に運ぶ。舌の上に馴れない味わいを覚えながら、二人はようやくほんのわずかに肩の力を抜いた。
豊かに生い茂った枝と葉の隙間から、光が射し込む。空はその光の加減か、白い。
こうして見知らぬ星に居るという現状を噛み締める度に、ソモルはどうにも変な気分になった。妙に神経が張り詰め、頭の芯がぴりぴりしてくる。
夜までは、多分まだ長い。眠っておいた方が良いのだろうが、上手く眠りに落ちる自信がない。
「ラオン、お前少し寝とけよ。俺、見張っててやるから」
肝の座ったラオンなら、こんな状況でもしっかり熟睡できるだろう。せめてラオンだけでも、しっかり休ませてやりたい。
「この星はまだ追っ手も居ないみたいだし、ソモルも眠ればいい」
意外と繊細なんだよ、俺は。ソモルが口にはせず、心の中で呟く。
「ねえ、ソモルの生まれたルニアってどんな星?」
不意に思いついたように、前触れなくラオンが尋ねた。
ルニア。
その響きが鈍くソモルの胸を刺す。別に傷に触れたわけでもないのに、ズキンと。
「……覚えてねえんだ」
返された答えに、ラオンが不思議そうな眼でソモルを見た。
「覚えてねえんだよ、ガキ過ぎて。お袋や親父の事も、……悔しいくらい、覚えてねえ」
言葉を紡ぎながら、ソモルの眼が空を仰ぐ。
物心つくかつかないかのうちにマーズへ避難させられたソモルには、両親の記憶がない。
顔や声どころか、おぼろげな影すら思い出せない。その温もりも感触も覚えていない。抱き締められた記憶も、頭を撫でてもらった記憶も、何も。
叱る声も、笑う声も、手のひらの暖かさも。
何も、何も残っていない。
確かに愛されていた、その筈なのに。
何度も何度も、思い出そうと試みた。必死に記憶を辿り、追いかけてみても無駄だった。
「悔しいよな、情けねえ……」
だからいつか、絶対に取り戻しに行くんだ。生まれ落ちた、その場所へ。
そう決めた。
ソモルは少ない言葉に感情を乗せたまま、黙り込んだ。深い夜の色をした瞳の中に、光が射し込む。その様はまるで、ジュピターからマーズへ向かう貨物船の窓から覗いた銀河のようだとラオンは思った。
ラオンも黙ったまま、しばらくソモルの瞳を覗き込んでいた。その瞳の中にはラオンの知らないたくさんの感情が映り込んでいるようで、ラオンはその感情を探るように見詰めた。そうしているうちに、意識がその内側にさらわれ、吸い込まれていきそうな心地になる。
何処まで行っても、終わりに辿り着けない。
苦しい事からも悲しい事からも逸らさずに、堪えてきた眼。ラオンの知らない事を、きっと幾つも知っている眼。
きっと僕は、ソモルにかなう事なんてひとつもない。
ラオンそう思った。
「僕は、小さい頃から本ばかり読んでた。今知ってる事は、全部本で覚えたんだ」
ぽつりと洩らしたラオンの方へ、ソモルの眼が向く。
「城の外での人たちの生活とか、他の星の事とか、行った事もない場所の気候とか。僕が知ってる事は、全部本で覚えた」
広い広いジュピターの城の中、ラオンにあてがわれた広い広い部屋。小さなラオンには大き過ぎる部屋の片隅で。
紙の上に紡がれた文章から、疑似体験する。物語の主人公が見たり感じたりしたものを、自分のものに置き換える。
一番お気に入りの冒険活劇の主人公の真似をして、いつしか少年のような言葉で話すようになった。
けれど、ラオンは文字の中の世界しか知らない。どんなに文字を追おうと、どんなに想像してみても、それは物語の中の事。造り事。現実にラオンが見たものなど、ひとつもない。
ラオンが見ているのは、一文字一文字紡がれた紙の上の文章。
「僕は、本当は何も知らない。何ひとつ……。だからいつかね、宇宙の果てが見てみたいんだ」
「宇宙の、果て……?」
ソモルが訊き返した時には、ラオンは樹の幹に凭れたまま、すでに心地好い寝息を立てていた。
ラオンが零した言葉の答えを得られぬまま、ソモルは小さく息を吐いた。
眠りに着いたラオンにならって、とりあえず眼を閉じてみる。
わずかにうとうとしつつも、やはり落ち着かないせいかなかなか眠りは訪れてくれそうもない。
隣でぐっすりと眠るラオンの寝息を聞きながら、ソモルは幾つもの浅い夢を辿っていた。
ここまでどうにかこうにかやってきた二人は、すっかり体力も使い果たして、くたくた腹ペコの極限状態。辿り着いたばかりの星で知らない店に入るのはなんとなく落ち着かず、適当な食べ物を買って何処か人目につかない場所でありつく事にした。追っ手が来たら、すぐさま逃げられるようにとの警戒心もあっての事。
人気のない静かな草むら。程好く木陰を作る樹の太い幹に寄りかかり、見た目だけの判断で味も知らずに仕入れてきた食べ物を口に運ぶ。舌の上に馴れない味わいを覚えながら、二人はようやくほんのわずかに肩の力を抜いた。
豊かに生い茂った枝と葉の隙間から、光が射し込む。空はその光の加減か、白い。
こうして見知らぬ星に居るという現状を噛み締める度に、ソモルはどうにも変な気分になった。妙に神経が張り詰め、頭の芯がぴりぴりしてくる。
夜までは、多分まだ長い。眠っておいた方が良いのだろうが、上手く眠りに落ちる自信がない。
「ラオン、お前少し寝とけよ。俺、見張っててやるから」
肝の座ったラオンなら、こんな状況でもしっかり熟睡できるだろう。せめてラオンだけでも、しっかり休ませてやりたい。
「この星はまだ追っ手も居ないみたいだし、ソモルも眠ればいい」
意外と繊細なんだよ、俺は。ソモルが口にはせず、心の中で呟く。
「ねえ、ソモルの生まれたルニアってどんな星?」
不意に思いついたように、前触れなくラオンが尋ねた。
ルニア。
その響きが鈍くソモルの胸を刺す。別に傷に触れたわけでもないのに、ズキンと。
「……覚えてねえんだ」
返された答えに、ラオンが不思議そうな眼でソモルを見た。
「覚えてねえんだよ、ガキ過ぎて。お袋や親父の事も、……悔しいくらい、覚えてねえ」
言葉を紡ぎながら、ソモルの眼が空を仰ぐ。
物心つくかつかないかのうちにマーズへ避難させられたソモルには、両親の記憶がない。
顔や声どころか、おぼろげな影すら思い出せない。その温もりも感触も覚えていない。抱き締められた記憶も、頭を撫でてもらった記憶も、何も。
叱る声も、笑う声も、手のひらの暖かさも。
何も、何も残っていない。
確かに愛されていた、その筈なのに。
何度も何度も、思い出そうと試みた。必死に記憶を辿り、追いかけてみても無駄だった。
「悔しいよな、情けねえ……」
だからいつか、絶対に取り戻しに行くんだ。生まれ落ちた、その場所へ。
そう決めた。
ソモルは少ない言葉に感情を乗せたまま、黙り込んだ。深い夜の色をした瞳の中に、光が射し込む。その様はまるで、ジュピターからマーズへ向かう貨物船の窓から覗いた銀河のようだとラオンは思った。
ラオンも黙ったまま、しばらくソモルの瞳を覗き込んでいた。その瞳の中にはラオンの知らないたくさんの感情が映り込んでいるようで、ラオンはその感情を探るように見詰めた。そうしているうちに、意識がその内側にさらわれ、吸い込まれていきそうな心地になる。
何処まで行っても、終わりに辿り着けない。
苦しい事からも悲しい事からも逸らさずに、堪えてきた眼。ラオンの知らない事を、きっと幾つも知っている眼。
きっと僕は、ソモルにかなう事なんてひとつもない。
ラオンそう思った。
「僕は、小さい頃から本ばかり読んでた。今知ってる事は、全部本で覚えたんだ」
ぽつりと洩らしたラオンの方へ、ソモルの眼が向く。
「城の外での人たちの生活とか、他の星の事とか、行った事もない場所の気候とか。僕が知ってる事は、全部本で覚えた」
広い広いジュピターの城の中、ラオンにあてがわれた広い広い部屋。小さなラオンには大き過ぎる部屋の片隅で。
紙の上に紡がれた文章から、疑似体験する。物語の主人公が見たり感じたりしたものを、自分のものに置き換える。
一番お気に入りの冒険活劇の主人公の真似をして、いつしか少年のような言葉で話すようになった。
けれど、ラオンは文字の中の世界しか知らない。どんなに文字を追おうと、どんなに想像してみても、それは物語の中の事。造り事。現実にラオンが見たものなど、ひとつもない。
ラオンが見ているのは、一文字一文字紡がれた紙の上の文章。
「僕は、本当は何も知らない。何ひとつ……。だからいつかね、宇宙の果てが見てみたいんだ」
「宇宙の、果て……?」
ソモルが訊き返した時には、ラオンは樹の幹に凭れたまま、すでに心地好い寝息を立てていた。
ラオンが零した言葉の答えを得られぬまま、ソモルは小さく息を吐いた。
眠りに着いたラオンにならって、とりあえず眼を閉じてみる。
わずかにうとうとしつつも、やはり落ち着かないせいかなかなか眠りは訪れてくれそうもない。
隣でぐっすりと眠るラオンの寝息を聞きながら、ソモルは幾つもの浅い夢を辿っていた。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
イケメン男子とドキドキ同居!? ~ぽっちゃりさんの学園リデビュー計画~
友野紅子
児童書・童話
ぽっちゃりヒロインがイケメン男子と同居しながらダイエットして綺麗になって、学園リデビューと恋、さらには将来の夢までゲットする成長の物語。
全編通し、基本的にドタバタのラブコメディ。時々、シリアス。
がらくた屋 ふしぎ堂のヒミツ
三柴 ヲト
児童書・童話
『がらくた屋ふしぎ堂』
――それは、ちょっと変わった不思議なお店。
おもちゃ、駄菓子、古本、文房具、骨董品……。子どもが気になるものはなんでもそろっていて、店主であるミチばあちゃんが不在の時は、太った変な招き猫〝にゃすけ〟が代わりに商品を案内してくれる。
ミチばあちゃんの孫である小学6年生の風間吏斗(かざまりと)は、わくわく探しのため毎日のように『ふしぎ堂』へ通う。
お店に並んだ商品の中には、普通のがらくたに混じって『神商品(アイテム)』と呼ばれるレアなお宝もたくさん隠されていて、悪戯好きのリトはクラスメイトの男友達・ルカを巻き込んで、神商品を使ってはおかしな事件を起こしたり、逆にみんなの困りごとを解決したり、毎日を刺激的に楽しく過ごす。
そんなある日のこと、リトとルカのクラスメイトであるお金持ちのお嬢様アンが行方不明になるという騒ぎが起こる。
彼女の足取りを追うリトは、やがてふしぎ堂の裏庭にある『蔵』に隠された〝ヒミツの扉〟に辿り着くのだが、扉の向こう側には『異世界』や過去未来の『時空を超えた世界』が広がっていて――⁉︎
いたずら好きのリト、心優しい少年ルカ、いじっぱりなお嬢様アンの三人組が織りなす、事件、ふしぎ、夢、冒険、恋、わくわく、どきどきが全部詰まった、少年少女向けの現代和風ファンタジー。
忠犬ハジッコ
SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。
「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。
※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、
今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。
お楽しみいただければうれしいです。
【完結済み】破滅のハッピーエンドの王子妃
BBやっこ
児童書・童話
ある国は、攻め込まれ城の中まで敵国の騎士が入り込みました。その時王子妃様は?
1話目は、王家の終わり
2話めに舞台裏、魔国の騎士目線の話
さっくり読める童話風なお話を書いてみました。
きぼうのうた
ながい としゆき
児童書・童話
平成元年春から平成5年春まで旭川にある知的障がい児入所施設で広報を担当していた時に、地域の方たちに少しでも関心を持って手に取って読んでいただきたいとの想いから機関誌の表紙に独断で自作の詩を掲載していた。今思うと、よくお咎めがなかったなぁと不思議!あの頃は運動会や学園展のポスターを作ってみたり、道北愛護展で売り物の大根で招き猫を作って飾ったりと結構好き勝手にやらせてもらっていました(笑)
鎌倉西小学校ミステリー倶楽部
澤田慎梧
児童書・童話
【「鎌倉猫ヶ丘小ミステリー倶楽部」に改題して、アルファポリスきずな文庫より好評発売中!】
https://kizuna.alphapolis.co.jp/book/11230
【「第1回きずな児童書大賞」にて、「謎解きユニーク探偵賞」を受賞】
市立「鎌倉西小学校」には不思議な部活がある。その名も「ミステリー倶楽部」。なんでも、「学校の怪談」の正体を、鮮やかに解明してくれるのだとか……。
学校の中で怪奇現象を目撃したら、ぜひとも「ミステリー倶楽部」に相談することをオススメする。
案外、つまらない勘違いが原因かもしれないから。
……本物の「お化け」や「妖怪」が出てくる前に、相談しに行こう。
※本作品は小学校高学年以上を想定しています。作中の漢字には、ふりがなが多く振ってあります。
※本作品はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。
※本作品は、三人の主人公を描いた連作短編です。誰を主軸にするかで、ジャンルが少し変化します。
※カクヨムさんにも投稿しています(初出:2020年8月1日)
空の話をしよう
源燕め
児童書・童話
「空の話をしよう」
そう言って、美しい白い羽を持つ羽人(はねひと)は、自分を助けた男の子に、空の話をした。
人は、空を飛ぶために、飛空艇を作り上げた。
生まれながらに羽を持つ羽人と人間の物語がはじまる。
魔法少女はまだ翔べない
東 里胡
児童書・童話
第15回絵本・児童書大賞、奨励賞をいただきました、応援下さった皆様、ありがとうございます!
中学一年生のキラリが転校先で出会ったのは、キラという男の子。
キラキラコンビと名付けられた二人とクラスの仲間たちは、ケンカしたり和解をして絆を深め合うが、キラリはとある事情で一時的に転校してきただけ。
駄菓子屋を営む、おばあちゃんや仲間たちと過ごす海辺の町、ひと夏の思い出。
そこで知った自分の家にまつわる秘密にキラリも覚醒して……。
果たしてキラリの夏は、キラキラになるのか、それとも?
表紙はpixivてんぱる様にお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる