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13 追憶

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 街に着いたラオンとソモルがまず最初にした事は、とりあえずの腹ごしらえだった。
 ここまでどうにかこうにかやってきた二人は、すっかり体力も使い果たして、くたくた腹ペコの極限状態。辿り着いたばかりの星で知らない店に入るのはなんとなく落ち着かず、適当な食べ物を買って何処か人目につかない場所でありつく事にした。追っ手が来たら、すぐさま逃げられるようにとの警戒心もあっての事。

 人気のない静かな草むら。程好く木陰を作る樹の太い幹に寄りかかり、見た目だけの判断で味も知らずに仕入れてきた食べ物を口に運ぶ。舌の上に馴れない味わいを覚えながら、二人はようやくほんのわずかに肩の力を抜いた。

 豊かに生い茂った枝と葉の隙間から、光が射し込む。空はその光の加減か、白い。
 こうして見知らぬ星に居るという現状を噛み締める度に、ソモルはどうにも変な気分になった。妙に神経が張り詰め、頭の芯がぴりぴりしてくる。
 夜までは、多分まだ長い。眠っておいた方が良いのだろうが、上手く眠りに落ちる自信がない。

「ラオン、お前少し寝とけよ。俺、見張っててやるから」

 肝の座ったラオンなら、こんな状況でもしっかり熟睡できるだろう。せめてラオンだけでも、しっかり休ませてやりたい。

「この星はまだ追っ手も居ないみたいだし、ソモルも眠ればいい」

 意外と繊細なんだよ、俺は。ソモルが口にはせず、心の中で呟く。

 
「ねえ、ソモルの生まれたルニアってどんな星?」
                                            
 不意に思いついたように、前触れなくラオンが尋ねた。
 ルニア。
 その響きが鈍くソモルの胸を刺す。別に傷に触れたわけでもないのに、ズキンと。

「……覚えてねえんだ」

 返された答えに、ラオンが不思議そうな眼でソモルを見た。

「覚えてねえんだよ、ガキ過ぎて。お袋や親父の事も、……悔しいくらい、覚えてねえ」

 言葉を紡ぎながら、ソモルの眼が空を仰ぐ。
 物心つくかつかないかのうちにマーズへ避難させられたソモルには、両親の記憶がない。
 顔や声どころか、おぼろげな影すら思い出せない。その温もりも感触も覚えていない。抱き締められた記憶も、頭を撫でてもらった記憶も、何も。
 叱る声も、笑う声も、手のひらの暖かさも。
 何も、何も残っていない。
 確かに愛されていた、その筈なのに。

 何度も何度も、思い出そうと試みた。必死に記憶を辿り、追いかけてみても無駄だった。

「悔しいよな、情けねえ……」

 だからいつか、絶対に取り戻しに行くんだ。生まれ落ちた、その場所へ。
 そう決めた。

 ソモルは少ない言葉に感情を乗せたまま、黙り込んだ。深い夜の色をした瞳の中に、光が射し込む。その様はまるで、ジュピターからマーズへ向かう貨物船の窓から覗いた銀河のようだとラオンは思った。
 ラオンも黙ったまま、しばらくソモルの瞳を覗き込んでいた。その瞳の中にはラオンの知らないたくさんの感情が映り込んでいるようで、ラオンはその感情を探るように見詰めた。そうしているうちに、意識がその内側にさらわれ、吸い込まれていきそうな心地になる。
 何処まで行っても、終わりに辿り着けない。
 苦しい事からも悲しい事からも逸らさずに、堪えてきた眼。ラオンの知らない事を、きっと幾つも知っている眼。
 きっと僕は、ソモルにかなう事なんてひとつもない。
 ラオンそう思った。

「僕は、小さい頃から本ばかり読んでた。今知ってる事は、全部本で覚えたんだ」

 ぽつりと洩らしたラオンの方へ、ソモルの眼が向く。

「城の外での人たちの生活とか、他の星の事とか、行った事もない場所の気候とか。僕が知ってる事は、全部本で覚えた」
  
 広い広いジュピターの城の中、ラオンにあてがわれた広い広い部屋。小さなラオンには大き過ぎる部屋の片隅で。
 紙の上に紡がれた文章から、疑似体験する。物語の主人公が見たり感じたりしたものを、自分のものに置き換える。
 一番お気に入りの冒険活劇の主人公の真似をして、いつしか少年のような言葉で話すようになった。
 けれど、ラオンは文字の中の世界しか知らない。どんなに文字を追おうと、どんなに想像してみても、それは物語の中の事。造り事。現実にラオンが見たものなど、ひとつもない。
 ラオンが見ているのは、一文字一文字紡がれた紙の上の文章。

「僕は、本当は何も知らない。何ひとつ……。だからいつかね、宇宙の果てが見てみたいんだ」
「宇宙の、果て……?」

 ソモルが訊き返した時には、ラオンは樹の幹に凭れたまま、すでに心地好い寝息を立てていた。
 ラオンが零した言葉の答えを得られぬまま、ソモルは小さく息を吐いた。
 眠りに着いたラオンにならって、とりあえず眼を閉じてみる。

 わずかにうとうとしつつも、やはり落ち着かないせいかなかなか眠りは訪れてくれそうもない。
 隣でぐっすりと眠るラオンの寝息を聞きながら、ソモルは幾つもの浅い夢を辿っていた。




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