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9 地下道

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 パタン
 入り口が閉まると、薄暗かった地下道はいよいよ真っ暗闇に染まる。先を進むには、ターサから渡されたランプの灯だけが頼りだ。マーズは、古からの文化を尊重する。だからこんなアンティークなものが、人々の生活の中に受け継がれているのだ。
 陽の射し込まぬ地下道はじめじめとしていて、カビ臭さが立ち込めていた。鼻の良い種族の者だったら、えきれず吐き気をもよおしていただろう。幸い、ラオンもソモルも地球人並みの嗅覚だった。

 足元をわずかな明かりで照らしながら、慎重に進んでいく。ただ地下に通路を掘っただけで舗装ほそうのされていない道は、歩きにくい事この上ない。たまに、地下水の水溜まりに出くわしたりする。
 足がぬかるみに嵌まり泥だらけになりながらも、ゆっくり着々ちゃくちゃくと出口に向かう。

「うわっ!」

 突然前を歩いていたソモルが、なにかに足を取られてバランスを崩した。

 すってーん、ビチャ!
 豪快ごうかいな音を立てて、転んだ。

「大丈夫、ソモル」

 ソモルが泥まみれの体を起こす。

「ああ、平気だけど……」

 どろが受け止めてくれた為、打ち身も軽くすんだ。しかし、ソモルは転んだ拍子ひょうしに持っていたランプをぬかるみの中に投げ出してしまった。
 ソモルは無事でも、ランプは無事ではない。
 炎は少しの間くすぶっていたが、次第にそれも弱くなり、最後は見守る二人をほくそ笑むように消えていった。

「あーあ、しまったぁ!」

 自分の仕出かした失態に、ソモルが情けない声を上げる。一瞬で、そこは闇の支配下になった。
 どうしたものか。明かりがなければ、今までのペースでは進めない。確実に出口へ向かうには、壁伝いに足元を確かめながら、そろりそろりと行くしかない。大幅な時間のロスだ。

「……悪りぃ、ラオン」

 ソモルが本当にすまなそうに、後ろのラオンを振り返った、瞬間。

「うぎゃあああっー!」


 悲鳴を上げ、ソモルが飛び退いた。危うく、尻もちをつくところだった。
 飛んだ拍子に泥が跳ねて、ソモルの背に張りつく。ソモル、本日泥日和。

「どうしたの、ソモル」

 ソモルの驚きっぷりに、ラオンがきょとんと尋ねた。

「……め……ラオンお前っ、眼がぁーっ!」

 ソモルがラオンを指差し、裏返った声を上げる。ラオンの真ん丸の大きな眼が、闇の中でギラギラと光を放っていたのだ。
 なんでそんなに驚くのか、全く判らないという様子のラオン。闇の中でその表情は、ソモルには見えない。見えるのは、ラオンのふたつの眼の輝きだけ。

「眼? あれ、ソモルは光らないの?」

 反対に訊き返され、ソモルはすっかり拍子抜けした。ジュピターの人間は夜行性の名残があるらしく、闇の中でも視界が利くのが当たり前なのだ。

 もしかして、昨夜も光っていたのだろうか。
 星に夢中で、全く気がつかなかった。そういえば、確かに瞳がキラキラしていたような。
 ソモルがぼんやりと、昨夜の記憶を手繰たぐってみる。いや、今は悠長ゆうちゅうにそんな事をしている場合ではない。

「……そ、そうか。ならラオン、お前眼が利くんなら、俺を引っ張ってってくれよ」
「うん、判った」

 ラオンが先頭を交代する。これで、なんとか危機を乗り越える事ができる。
 足元の見えないソモルは更に泥だらけになりながらも、ラオンに手を引かれて前へ進んだ。視界を奪われた空間で、やたらと時間が長く感じる。

 やがて一面の闇の中に、小さな一筋の光が見えた。

「ソモル、あれ、出口だよ」

 嬉しそうなラオンの声が、湿った地下道に反響する。近づくにつれ、光の色合いが濃くなっていく。
 外界の風を肌に受け止める。ずいぶん久しぶりの感覚のように思えた。
 清々しい風と空気が、二人を待ちわびる。

 二人は、出口からそっと顔を覗かせた。水面に眩しい陽射しを乗せて流れる河。そしてその真上には黒い橋が見えた。
 どうやら、ターサが教えてくれた出口に到着したようだ。

 恐らく太めの大人は通り抜ける事は不可能であろう小さな出口を抜けると、二人は河原の丸石の上に降り立った。目立たないように、河沿いを辿る。
 ステーションへは、ここから河下へ向かって進む。河が途切れたら、裏の緑道の小路に出れば、人目につかずに行ける。
 すっかり朝も中盤にさしかかり、人々も賑やかに活動を始めていた。二人は街の人々の視界に触れないように、死角を選んで進んでいった。

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