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1 伝説の星はいずこ?

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 これは、宇宙のもうひとつの可能性の物語。うなれば、全く別の宇宙で起こった現象。
 全ての惑星、衛星はひとしく大気に満たされ、多種多様たしゃたような生命に満ち溢れていた。
 たとえば超巨大惑星である木星、これも豊かな水や空気をたたえ、重力も程好ほどよい。
 金星に劇薬げきやくの雨が降る事もなければ、水星も太陽と適度てきど距離きょりたもって公転こうてんする。
 太陽系は、生命がみやすい条件がととのった星ばかりだった。
 惑星同士の交流こうりゅうさかんで、余程宇宙の外れでもない限り、言語も統一されスムーズに通じる。都合の良い事この上ない。
 もし難点なんてんをあげるとすれば、各星々における習慣しゅうかんや文化の違いなどだろうか。
 時は、宇宙歴7001年。
 知能と自我じがの発達した生命体は、自分の意思でどれ程遠く離れた星までも行く事のできる時代。可能性が、限りなく広がる世界。
 希望や夢を思うがままに翻弄ほんろうし、誰もが宇宙へと飛び出せる。まさしく夢のような時代だった。


          ☆


 今日もまた、何処どこかの星から飛び立った宇宙船が、太陽系のど真ん中を突進とっしんしていた。物質輸送ぶしつゆそうための貨物船のようだ。宇宙船には全宇宙共通文字で『ジュピター』と印されている。
 ジュピター。それは、云わずと知れた太陽系一巨大な惑星。ジュピターは太陽系だけでなく、この宇宙全体を統一する様々な経済力やリーダー性をそなえた惑星だった。
 宇宙一、人口の多い星でもある。
 その気にさえなれば、独断で全宇宙支配すら可能だろう。そうならず宇宙がわりと平和にたもたれているのは、偏に代々のジュピター王の人柄によるものだろう。
 その貨物船の乗員に、一人の少女が居た。乗員といっても、正式にその資格を持っているわけではない。
 つまり、こっそり忍び込んだのである。
 無賃乗船、といっても、少女は貧しい無一文というわけではない。顔を見られたりしたら、ヤバいのである。
 何故か?
 少女は、ジュピターの姫君なのであった。
 誰にも内緒で城を抜け出し、人に見られぬようにして、ひっそりと貨物用の宇宙船に乗り込んだのだ。
 名前はラオン。
 後ろに束ねたくせのあるワインレッドの髪、翡翠ひすい硬玉こうぎょくのような瞳、くっきりと縁取られた大きな眼、すっと通った鼻筋、そしてピンと尖った蝶のような形の耳は、れっきとしたジュピター人の印だ。
 ふっくらとした桜色の頬が、まだ十一歳になったばかりの幼さを残している。けれど身長の割りにすらりと伸びた長い脚は、子供ながらにしなやかだ。生まれてからずっと城育ちの為、無駄な脂肪も筋肉もないその肢体は、草食動物のように華奢で繊細な印象を与える。
 陽射しを知らないその素肌は透き通る程に白く、やんごとなき姫君の可憐かれんなまでの美しさを存分に引き立てていた。顔立ちも、美形の両親に恵まれた為、思わず視線をうばわれてしまう程に可愛いらしい。身にまとっている衣服は他の子供と変わらぬように見えるが、恐らく布地は高価なものに違いない。ジュピター製の織物おりものというだけで、かなりの高値がつく。
 侍女達により丹念たんねんに手入れされたワインレッドの髪に、小窓から射し込んだ星々の輝きが宿やどる。
 容姿端麗ようしたんれい完璧かんぺきだった。これぞ、姫君の決定版と断言していい美しさだった。
 まさしく、誰もがとりこ。なのだが……。
 その容姿と中身のギャップは、あまりに激しかったりした。一度言葉を交わしてみると、理想もむなしくかなりイメージが崩れる。
 絹に包まれるように大切に育てられ、世間にも触れた事がないせいか、常識はずれのとぼけた性格。おまけに姫君らしからぬ少年のような言葉使い。なかなかに凛々りりしい印象すら受ける。
 一体誰が教え込んだのか。
 一説には王子が欲しかった王妃がこっそり覚えさせたといううわさがあるが、さだかではない。

 宇宙船に乗り込んで、約二時間。
 さすがに退屈してきたラオンは、腰掛こしかけていた木箱からぴょんと飛び降りた。荷物だらけではあるが、宇宙船の中は結構広い。
 天井に近いところに小さな窓がある。
 ラオンはとんとんと壁際までやってくると、積まれた木箱を踏み台にして崩れないように慎重に上まで登り詰め、背伸びをしながら窓の外を覗いてみた。

「うわあ……」

 思わず、感嘆かんたんの声が洩れた。
 ラオンにとって、生まれて初めて直に見る宇宙だった。ホログラフィーで何度も眼にした光景ではあったが、実際にたった一枚のガラスの先に広がる宇宙に、ラオンはわくわくと胸が高鳴った。壁に当てた手のひらに、じんわり汗が滲んでくる。
 キラキラと輝く光の帯が、幾筋も船体の外を通り抜けていく。ラオンは感動にひたりながら、しばしその荘厳そうごんな光景に見入っていた。
 ジュピターの姫という身分であるラオンは、生まれてこの方一人で自由に外に出た事すらなかった。常に横には、ジイやと護衛の者が付き添う。そんなラオンが城を抜け出し、宇宙に飛び出したのには、ちょっとした理由があった。

―父上、母上。僕はお二人の為に伝説の遊星ミシャにある、永遠の愛を司るという宝石クピトを手に入れる為に旅に出ました。いきなりプレゼントしてびっくりさせたかったのであえて置き手紙はしませんでしたが、健康には気を付けますので心配しないで下さいね。

 そうなのだった。
 ラオンは両親の結婚記念日のプレゼントを手に入れる為、単独で宇宙に出る決心をしたのだ。
 遊星ミシャ。
 それは、伝説に語られる幻の星。その実態は謎に包まれている。宇宙の方式を完全に無視した、不規則な運航の星。
 アンドロメダの辺りで瞬いていたかと思えば、大マゼラン銀河で発見される事もある。かと思えば、数年間その姿を確認されない事もある始末。
 神出鬼没しんしゅつきぼつの幻の星。伝説と呼ばれる所以ゆえん
 人知を越えた星。常にその位置を把握はあくできない。
 その遊星ミシャにあるというのが、クピトと名付けられた宝石だった。
 愛を司ると云われる宝石。この宝石を手にした恋人同士は、永遠に尽きる事のない愛が約束されるという。
 まるでお伽噺とぎばなしのような宇宙の伝説。
 宇宙七大伝説のひとつである。他の六大伝説については長くなるので、今回は割愛かつあいさせていただく。
 ラオンがこのクピトをプレゼントしようと思いたったきっかけは、両親のケンカだった。日頃仲が良いだけに、やる時は派手にやってくれるのだ。しかも今回はなかなか質が悪い。二人共、全く折れる気配がない。
 初の長期戦。
 そんな折、ラオンは幼い頃にその父から聞かされた愛の宝石クピトの事を思い出した。
 生まれて初めての一大決心。
 ラオンは両親に仲直りして欲しいが為に、何処にあるとも知れない遊星を探し出し、宝石を手に入れようと決めたのだ。
 きっと長い旅になるだろう。

「どうか、お二人の結婚記念日に間に合いますように」

 ラオンは、窓の外を過ぎていく星々の光に願いを込めて祈った。
 なんだか、とっても気分が高揚していた。
 ラオンは鼻歌混じりに爪先でトントンとリズムを刻んだ。響く木箱の音が、まるでラオンの旅立ちを歓迎する拍手のようにも聞こえてくる。
 間もなく、この宇宙船は何処かの星に到着する。まだ見ぬ冒険の幕開けの地に、ラオンは一人心踊らせた。



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